手袋
冬は寒い。
当たり前の事だ。だがその当たり前のことに、文句を言う男がいる。
「カミュー、うるさいぞ」
マイクロトフが背中から嗜めるが、振り返りもせずにぶつぶつぶつぶつ雪雲に向かって不満を垂れ流し続けている。
そんなに寒いのならどうしてわざわざ散歩になど誘うのだろう。
二人して今にも雪が降りそうな空模様の下に出てきたのは、ほんの少し前にカミューがマイクロトフの部屋に来たのが始まりだ。
散歩に行こう、とやけにワクワクした様子で誘ってきたものだから、マイクロトフも否やはなくついて出た。
ところが、外に出て暫くもしないうちに首を竦めてポケットに手を突っ込み、寒い寒いと繰り返しはじめた。
「カミュー、少しは黙れ」
そんなに寒いのなら部屋に戻れば良いのに。
確かな寒さを感じつつも、マイクロトフは元来寒さには強い性質をしている。それでなくてもこんな寒空の下、手袋のひとつは必須だろう。
「カミュー。おいカミュー」
少し大きな声で呼ぶと漸く振り向く。その顔に向かってマイクロトフは僅かばかりの不機嫌さを隠しもせずに提案をした。
「中に戻るか?」
だがカミューは頑なに首を左右に振った。
「もっと、散歩する」
今にもガチガチと震えて音を立てそうな口調でそう返してくるのに、マイクロトフは大きく溜息をついた。
「無理はするな。寒いのだろう?」
「サムイ」
「だったら」
呆れて声を荒げると、カミューは突然しゅんと小さくなった。
「……マイクロトフと二人だけが良いんだ」
「なんだと?」
「外なら、誰もいない」
ぽつりと洩れた呟きに、マイクロトフは唖然とした。
馬鹿かこいつ。
「だからといって凍える奴があるか」
さあ戻るぞ、と傍まで行ってその手を取った。ところが。
「うわ、冷たいぞカミュー!」
信じられないほど冷え切った手に、心底驚いてマイクロトフは怒鳴る。するとカミューは益々小さくなった。その口からは今にも「だって」と聞こえてきそうだ。
そんな気弱い様子にマイクロトフはついほだされる。
仕方が無いと呟いて、自分の片方の手袋を脱いでカミューに渡した。
「ほら」
「え?」
きょとんとするのに、マイクロトフは少々荒っぽくカミューの片手を取って無理やり手袋をつけさせる。そして。
「ほら」
「………え」
空いた素手をカミューに差し出した。
すると寒さにガチガチになっていたカミューの頬がやにわに笑みに緩くなる。
「マイクロトフ……」
「一周したら戻るからな」
「うん」
ひやりと冷えた指先を強く握り込んでやって、マイクロトフは歩き出す。つられてカミューも今度は口を閉ざして大人しくその横を歩き出したのだった。
end
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2003/02/02