交差する道 3
カミューの言葉にナナミがぽかんとして目を瞠る。そしてハッと気付いたように勢い込んで改めて問い掛ける。
「二年も?」
「はい」
改まってナナミに向き直り、微笑んできちんと丁寧に頷くカミュー。そんな態度に余計に焦れたように飛び跳ねて詰め寄る少女。
「ど、どうしてっ」
「それは、マイクロトフも今ではマチルダの白騎士団長で領主ですから、あの地に腰を据えていなければなりません。そしてわたしはこの通り流浪の身で、グラスランドにいるものですから」
ね? と真正面から笑みを向けられてナナミが固まる。だが慌てて目を閉じてぷるっと首を振ると「でもっ」とカミューを見上げる。その胸元で固く握り締められた拳が、少女の必死さを思わせた。
「会いに行ったりしないの? その、マイクロトフさんからは無理でもカミューさんの方から、マチルダに、皆にっ……」
「デュナンに戻るつもりはありません」
きっぱりと言い切ったカミューに、ナナミは今度こそぽっかりと口を開けて言葉をなくしている。そんなに意外な事を言っただろうか、と首を傾げる。
「ナナミ殿、わたしは既にマチルダ騎士団を辞した者です。そんな者がどうしてあの地に留まれますか。かつてわたしは赤騎士団の長を任ぜられていました。ですからそれ故に、わたしはあそこに住まう誰にも、何にも、もう何の影響も与えたくはありません。わたしという存在はもはやあの地では無用なのですよ」
「そんなこと、無用だなんて言わないで。だって、だってカミューさんは一緒に頑張ったじゃない。皆とずっと頑張ってきたじゃない! それなのにどうして!」
困り果て、カミューは少女を宥めようとするが言葉が出てこない。理由など誰よりも少女自身が分かっているはずなのだ。しかしこれを言うべきは自分ではないような気がして、けれども。―――惑う内に、少女がはたと気付いたように弟を振り返った。
「あ……そっか、そうなんだ…」
呟き、もう一度振り返りカミューを見上げる瞳には、寂しげな微笑が浮かんでいた。
「私たちと、同じなんだね」
ああ、また子供達の成長を感じる。カミューはそれが少しだけ寂しく、そしてそれを遥かに凌ぐ強さで嬉しさを感じて、小さく頷いた。
「……そうです」
「私たちも、デュナンには……もうあの場所には戻らない。ううん、戻れないもの。全部、シュウさんやテレーズさん達に預けてきちゃったんだもんね。そこに戻っても、皆を迷わせて困らせるだけだもん。カミューさんも、マイクロトフさんに全部任せてきたんだね」
「はい」
「でもカミューさん?」
「はい?」
ナナミは一転、頬に指先を添えて首を傾げる。
「でも、それでもそれと、マイクロトフさんと二年も会わないでいるのとは、話が違うんじゃないかと思うんだけど」
「…………」
正直に言えば、痛いところを突かれた。子供がいつまでも純真な子供のままではいられないように、彼女もまた女性特有の鋭さを成長と共にきちんと培っているようだ。しかしだからと言って言い当てられた動揺を馬鹿正直に顔に出すような真似はしない。いや出来ない性分である。
「連絡を取って、たとえばそう、このカレリアで会おうと思えばできないことじゃないよね?」
「いいえ」
さらりと、カミューは笑顔で首を振る。
「マイクロトフは今、マチルダやデュナンのために粉骨砕身せねばならない時です。やすやすと領地を離れていいわけがありません。わたしもまたグラスランドで成すべきことがあります。お互いにそれどころではないのが本音ですよ。それこそ、こんな時に旧い友人に会って愚痴でもこぼしたいなど軟弱なことを言うようであれば、逆に二度と会わんと絶縁状を叩きつけてやるくらいの覚悟が必要かと」
「そ、そんなにっ?」
「ええ」
嘘っぱちである。
会わないでいる理由はもっと個人的に拠るところが大きかった。
とてもではないが、会えない―――。
生涯にただひとりと決めた男と決別したというのに、未だ未練の残るうちは会える筈もないではないか。
二度と会わないと決めたのは、二年前のあの日。
そしてそのもっと前にそんな考えを抱き、準備を始めたのはそう―――終戦後のデュナン共和国の建国宣言がされた頃の三年前だった。
ルルノイエが陥落し、戦いは新都市同盟軍の勝利に決した。
そしてカミューは元マチルダ騎士団赤騎士団長として、せんだって攻略し、新都市同盟軍のルルノイエ攻めの補給線の要所としていたロックアックスの街へと戻った。
ロックアックスは、幸いなことにそれほどの戦禍に見舞われることはなかった街だ。当時の領主ゴルドーが比較的早期にハイランドと手を結んだ事で、ロックアックスも含めたマチルダ全域が白狼軍の蹂躙を逃れたおかげだ。
そして新都市同盟軍が攻略にかかった時も、街はそのままに地下道を通り抜け城の制圧だけを目的とした為に、戦闘の場となったロックアックス城自体も、ゴルドーを討ち取った後は即座に新都市同盟軍の旗が騎士団のそれと取り替えられるや、騎士団は全面降伏したのでさほど荒れもしなかった。
それがためにマチルダは、ことごとく戦地となってしまったデュナン全域の中で、唯一、殆ど被害のなかった都市といえた。だが戦後処理の問題は山積している。少なくとも、戦後においても同盟の中で抜群の軍事力を誇る都市として、周辺諸国に対する睨みを利かせる必要があった。
南東のトラン共和国とは平和協定を結んでいたものの、北はハルモニア。西はグラスランドにゼクセン。海を越えて遥か南にはガイエン公国。油断をしていると戦後の混乱に乗じて、国土や利権を削り取られかねない不利な情勢である。
戦争に勝利したからと言ってそれで終わりではない。本当に大変なの終戦してからである。正軍師のシュウもそれを分かって、一刻も早い建国宣言をするための準備に取り掛かる旨を、ルルノイエ陥落後の僅か数日後に決断発令した。
国土の安定よりまず建国宣言だと、彼は言った。細かいことはそれからで良いと。
そして驚くべきことに、終戦後一年にも満たずシュウは本当に、デュナン共和国という新たな国家の建国を宣言してのけたのであった。
思い出すのは、そんな建国宣言の式典を近日に控えていたある夜のことだ。
深夜。今や首都候補となったかつての本拠地であるノースウィンドウ。もはや小さな城館とそれを囲むようにぽつりとあった町の面影は僅かとなり、おおきく増築された城に立派な城壁と城門と、更にはその周囲に広がる街並みは、他の都市のどの街にも引けは取らないほどであった。
マチルダのロックアックスとノースウィンドウとを、何度も往復する日々の中で、カミューはマイクロトフと共に広い一室を用意されてそこに寝泊りしていた。かつて与えられていた部屋は既に引き払っている。新国家の一角を担うマチルダ地方の代表として訪れている二人は、今はどちらかと言えば賓客扱いに近い立場にあった。
終戦後、同盟軍という戦いに重きを置いていた体制を見直し、国家樹立の為の新組織へと新たに組み替えられた後は、本拠地も随分と様変わりした。溢れ返っていた志願兵たちは皆、武器や防具を置いて復興の為の貴重な人材へと姿を変えていたし、寄る辺を失くしていた難民達の多くも故郷に帰っていった。
そして城は、すっかり新国家の中枢としての威容を備えるべく、少しずつ変化をしていったのだ。かつては見かけなかった、文官らしき新顔や城内の各所を世話する使用人たちも大幅に増えていた。
「いやはや。可愛らしいメイドさんたちが大勢いたな」
「ここはもっと無骨な城だったように感じていたが」
石材の剥き出しだった広間は、いつしか厚手の絨毯に覆われていたし、覗き穴の沢山穿たれていた外壁はそのままに植物の鉢やタペストリーで美しく飾られていた。城も区画によって雰囲気が変わり、以前は武人達が泥のついた軍靴のまま踏み入っていた場所も、今ではそんな荒くれた雰囲気など全く感じられず、文官が忙しく立ち働く場所になっているのだ。
これが時代の変化か、と改めて感慨深く互いの感想などを言い合うカミューらであったが、式典までの打ち合わせでシュウたちと意見を詰めた後は、案内された客間へ向かいメイドに用意してもらった酒肴を挟んでゆっくりとしていた。
式典も差し迫り、各地に散っていた宿星たちも大勢集まってきている。そんな彼らの話をしたり、もう二度と会わないだろう人々に思いを馳せたり。だがいつしか、話題は今後の新国家―――デュナン共和国について移り変わっていた。
カミューはぺろりと酒を舐めるようにグラスを軽く傾けると、香りだけを味わうために舌先で琥珀色の液体を転がした。それからおもむろに半眼で、長年ずっと傍らに心を添わせてきた男を見つめる。
「前から考えていたことがあるんだ」
「カミュー?」
不意に空気が変わったのを感じ取ったのだろう。マイクロトフがぱちりと目を瞬かせる。その黒い瞳をじっと見据えながらカミューは、心の内を吐露するように口を開いた。
「デュナンは共和国として新たに旧ハイランドを含めた広大な国家となる。これまで同盟で寄せ集めていたものが完全にひとつになるんだ。だがだからと言って国民の生活が、すぐにがらりと変わってしまうかと言えばそうでもない。相変らず各都市は各都市として機能するし、それぞれの都市に代表がいて、その地方を治めることに変わりはないんだよな」
カミューたちがマチルダという都市の代表であるように。ミューズではフィッチャーが市長になっているし、他の都市も似たようなものだ。
「そうだな。共和制というのはトランを模倣したのだと聞いた。国民主権と言うのだそうだな。国が、一部の貴族や王だけで動かされるものではなく、国民の総意で選ばれた代表が動かすのだと。そのトランでは昨年行われた投票で民衆が議員を選び、その議会が政治を行っているそうだな」
「ああ。だが議会が機能するまでは大統領のレパント殿が君主代行のような立場でいたとも聞く。だけどなあ」
カミューは、ふう、とため息を零すと天井を見上げた。城の上階に居るのは、さて。
「我らが新国家の初代大統領はテレーズ殿に決定している。けれど実際に今この国を動かしているのは、シュウ殿だ」
「まあ、そうだな」
国民達はテレーズが新たな指導者として今も建国後も、政治的手腕を振るうのだと思っているが、実のところ裏で全ての采配を振るっているのがシュウであるのは、上層部では周知である。
彼の能力は計り知れないね? シルバーバーグを破門されたのも実際彼が軍師という器に納まりきらなかっただけのことじゃないかな。カミューが苦笑交じりに軽口を飛ばす。しかしそれもすぐに真剣な表情に戻ってしまう。
「けれど、そのシュウ殿が今この時に、誰よりも何よりも己の立場を最大限に利用して、大胆に、けれど慎重に各都市へ変革を求めてきている。二度と同じ歴史を繰り返さぬようにという気持ちは分かるんだがな、些か強引に過ぎるとわたしは思っている」
「あれか、マチルダへの二騎士団制移行の提案か」
「そう。この際、白をなくして赤と青の二つの騎士団が対等な立場で互いを支え合えるようになれば良いではないか、というあれだ。今、確かに白騎士団は組織自体が機能していないようなものだからな」
終戦後、白騎士団は多くの退団者を出した。戦死した者もいたし、残っていた者の中でもゴルドー派だった者達が、まるで追われるように自主的に退団していった事もある。カミューとマイクロトフには、白騎士だからと排斥するような意思はなく、赤騎士と青騎士の―――特に共に離反した―――者だからと言って優遇するつもりもなかった。
だが世間の空気がそれを許さなかった。居心地の悪さは結果的に白騎士団の彼らを騎士団から追いやってしまった。そしてカミューたちにそれを無理に引き止める理由も術もなく、そのために、今のマチルダではかつて領主を頂いていた白騎士団はほぼその権力を失い、代わって両翼であったはずの赤騎士団と青騎士団が、双璧をなすように影響力を増してきていた。
シュウはそこを指摘して、いっそマチルダ騎士団の体制を変えてしまえば良いと、そしてその両頭をカミューとマイクロトフが担うべきだと提案してきたのだ。
返答は保留にしていた。騎士団上層部とマチルダの有力者の中に、その提案に前向きな者達が少なくはなかったからだ。それだけ離反騎士とそれを率いたカミューとマイクロトフが英雄視されているのだ。
「だが、だからといって白騎士団を失くしてしまえというのは乱暴だ」
「カミューは、白騎士団が必要だと言うのだな」
ああ、とカミューは頷いた。
「マイクロトフ。対立の構図、というものがある」
そしてグラスを置いた卓上を指先で二箇所、トントン、と叩いた。
「二者が対立関係にあった場合、その勢力が拮抗しているあいだは均衡が取れるが、一方の勢力が変化したら、その調和は崩れてしまう。勢力は食い合いをはじめて、どちらかの消滅を呼ぶことにもなりかねない。そして、国家や組織、団体において、二者の勢力が常に拮抗し続けるという状況はありえない」
「なるほど。おまえの言いたいことは分かるぞ。それが三者の対立になった時、勢力均衡は格段に崩れにくくなるからな」
今度はマイクロトフが卓上を指先で三箇所叩いた。それは正三角形の頂点を示すような三箇所だ。
このような構図の場合、仮に三者のうちひとつの勢力が変化しても、残りの二つが互いを牽制しあっていれば、拮抗し合う関係は保たれる。
「だがそれも、今回のように他の二つの勢力が手を結び、残る勢力をどうにかしようと企んだならその限りではないが」
「うん。そしてその場合、二つの勢力が最終的にひとつの組織として統合されるのなら問題はない。だがシュウ殿の提案はひどく中途半端だ。おそらく、意図的なんだろうね」
「なんだと?」
「あの切れ者が、あらゆる事態を想定しないわけがないじゃないか。もしシュウ殿の提案を丸呑みしたならどうなる? そんな事をすればそのうちマチルダ騎士団は、ひとつの巨大な騎士軍団から、二つの小さな騎士団になってしまうんだよ。分かるだろう? 二人の騎士団長が同等の権力を持てば、それは次第に対抗意識を持ち、騎士たちは集合体としての協調性を失ってそれぞれの騎士団ごとの存在意義を持つようになる。そうなってからまたひとつの騎士団として団結しようとしても遅い。シュウ殿はそれを狙っているのだと思うね。つまりマチルダ騎士団の弱体化さ」
「同じ国家を支えるマチルダを弱らせて、シュウ殿にとってどんな意味がある」
「さっきも言ったろう。二度と同じ歴史を繰り返さぬためだ。知っているか? 先の戦はデュナン統一戦争と呼ばれているそうだ。これはハイランドとの統一だけを指しているのではなく、それまでこのデュナンが分裂状態にあったことを示唆している。戦前なら各都市は同盟関係だったから辛うじて体制を保っていられたが、これからは違う。ひとつの国家だ」
「各都市が独自に力を得て、国の中央と対立するのを避けるため。ひいては国家という傘の下に収めるために、だな?」
「そう。さっきの対立の構図さ。各都市が勢力として弱体化し、国の中央が、つまり大統領を頂点とする政府が一大勢力であれば、対立は起きない。シュウ殿は国外に対し厳しい目を向けながらも、さりげなく国内で内乱など絶対に起きないように下準備をしているんだろう。だがそれもティントには効かないようだけどね」
カミューが最後に言った内容に、マイクロトフは怪訝に顔を曇らせた。
「ティントの、グスタフ殿が何か企んでいるのか」
「企むというほどじゃない。単純に、デュナンから独立したいらしい」
ティントはデュナンでも西部のかなり端の方に位置している。しかも山を越えた向こうにあるために、立地的には確かに離れ小島のような土地だ。むしろグラスランドの方が近い。鉱山に囲まれている為、鉱物の産出が主な収入源の都市だったが、それを新国家の関税などに左右されずに独自に他国と取引したいのだろう。
「盟主殿がネクロードを倒し街を救ったおかげで、ティントを占有していたハイランド軍を撃退できたというのに、どういうつもりだあの男は!」
「だがその後、ティント市兵は同盟軍に加勢してルルノイエまで共に戦ったじゃないか。グスタフ殿にしてみればそれで恩は返したつもりなんじゃないかな。ネクロード達が襲ってこなければティントは最後まで静観を決め込んでいただろうしね。よしんばハイランドが勝利していたとしても、やはり独立を望んだだろうさ」
「シュウ殿は当然、知っておられるのだろうな?」
「おそらくな」
「他の都市もティントに倣って独立を望むとでも思っているのだろうか」
「あってもなくても、最初から独立できないようにしておけば問題はない。そういうつもりじゃないかな。あの軍師殿は妙なところで大雑把だから」
言われて思い当たる節があるのだろう。マイクロトフはため息をついて眉をしかめた。
「軍師のくせに単独で自ら森に火を放って、焼死しかけたような男だからな」
危険で重要な役目だからこそ他の誰にも任せられなかったと後で言い訳をしていたが、同盟軍の面々は呆れ返ったものである。最後の決戦地ルルノイエまでの血路を開くつもりだったのは明白だ。確かにあそこで巻き返せなければ同盟軍は負けていたかもしれない。そうなれば軍師の役目もなにもないし、あのとき勝利できたからこそ勢いに乗ってルルノイエまで攻め込むことが出来た。
思い返してみてもあの場面以上の契機はなかった。正軍師としてシュウが火攻めの策に命を賭した理由も良く分かる。分かるが。
「うん。あれだけは、同盟軍全員から馬鹿と罵られても文句は言えなかったよな。ビクトール殿が救出しなければ本当に焼け死んでいたんだ。それにあの男のことだ。自分が死んだら我ら上層部がそれを利用して、弔い合戦で兵たちの士気を上げるだろう事も計算していただろうな。何しろ師匠の例がある」
「……マッシュ・シルバーバーグか。阿呆かあの男は。自分があのマッシュ・シルバーバーグほど兵たちに慕われていると思っていたのか?」
ぐ、と喉を詰まらせてカミューは軽く咳き込む。このマイクロトフは自分よりも辛辣な時がある。
三年前の赤月帝国と解放軍のトラン解放戦争の際、最終決戦のグレッグミンスター戦の直前に、解放軍内部にいた裏切り者によって、軍師マッシュ・シルバーバーグが暗殺されたのは有名な話だ。解放軍は元々彼の妹であるオデッサ・シルバーバーグが組織した反政府集団だった。その経緯もあって、マッシュは解放軍の中で絶大な信頼と尊敬を受けていたのだ。
あの名門シルバーバーグ家の人間というだけでなく、大勢の弟子を持つほどの人望があり、その教えに深く傾倒する若者は多かった。それに解放軍に加わる前までは市井にあって子供たちに学問を教えていたのだという。教育者としても有能な人だったらしい。
確かに、まぁ、マッシュ・シルバーバーグと比べると、師匠ほどに弟子の―――しかも破門されている―――シュウが慕われているとは言えないだろう。だがその点を比べてしまうのは気の毒な気がする。
「ともかく、ね。そんなわけでシュウ殿―――いや、デュナン共和国としてかな―――にとって、マチルダ騎士団は現状のままでは、とても微妙な立ち位置なのさ」
「うむ」
「いわば懐中に切れ味の良すぎる短剣を剥き出しで抱えているのと同じだろうな。けれどマチルダから見れば自分たちの兵力を保とうとするのは当然のことだ。なにしろ北方に山脈を挟んでハルモニアと接しているのだしね。むしろ連綿と続くマチルダ騎士団としてその誇りと使命をないがしろにされてはたまったものじゃない。だろう? マチルダ騎士団はデュナンにおいては守護者であり且つ監視者でもあるのだからね」
その成り立ちを思えば、マチルダ騎士団は、ただの軍隊組織ではない。都市同盟の中でも有数の貴族や名士が集まって、デュナンの剣と盾であれと結成された由緒ある騎士団である。更にいざと言う時は、ジョウストンの丘の誓いに則って、武力でもって同盟に反する者を制する使命をも抱いていたのだ。
そして図らずもその騎士団当初の誓いをそのまま実行した形になった、カミューたち離反騎士である。
「唯々諾々と、国家の一部として吸収されるのは、わたしとしては反対なのさ」
カミューは、グラスに残っていた最後の酒をあおると、ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。
「だからやはり白騎士団は残すべきであり、白騎士団長は領主として赤青の両騎士団長から忠誠を授けられるべきなんだよ。あの、一度は燃えたマチルダの旗の通りに、二振りの剣が等しく交差して領主たる鷹を守らねばならないんだと。そうであってこそのマチルダ騎士団だとわたしは思う。それでね」
カミューは一度言葉を切ると、ゆっくりと目を閉ざして、小さく息を吸い込むと改めてマイクロトフの顔を正面から見据えた。
「わたしは、だからこそ……マチルダを出ようと思うんだ」
next
国家とか政治とか思想とかすみません適当です。
実在の歴史や思想家の言葉を流用できないのがつらいところです。
軽く流していただけると助かります。
2011/04/10