凍 る 熱
何が変わったのだろう。
黒い瞳は冷たさの中に、時折穏やかな色を含んで見詰めてくれる。気の迷いかと思って見ても、それは紛れもなく以前の通りの優しい瞳で。しかし次の瞬間にはそれは冷たく凍えたそれに消えてしまう。
触れてくれる掌も温かい。その体温も鼓動も変わりようがないのに。
心だけが、通わない。
何が、変わってしまったのだろう。
荒い息が闇の中木霊している。
白い肌が薄闇に浮かび上がって、ぬるぬると濡れた感触に艶かしく光っていた。
「…んっ……」
堪えてもどうしても喉の奥から零れ落ちてしまう声に、カミューが唇を噛む。だがここで脆く崩れ落ちてしまえば一瞬で快楽が絶望に塗り変わってしまう。
だからカミューは薄い唇の皮が切れて、血が滲んでしまうのも構わず声を殺した。
「どうした」
低い声が問う。
ふるりとゆるく首を振れば、しっとりと湿り気を帯びた金茶の髪がぱさぱさと散る。その背後から、黒髪が微かな笑みに震えた。
「まだ―――耐えるか」
「い、ぁ……」
冷たい声に琥珀が潤む。
胸を震わせながらカミューは己を凝視する黒い瞳を感じて、力の入らない指先で敷布を掻いた。
むき出しの白い背中は汗にびっしょり濡れている。這うように寝台に突っ伏したカミューの背後にマイクロトフは着衣も乱さず座していた。そして戯れに指先を伸ばしては快感に震える身体を嬲るのだ。
使われたのは媚薬の類だろうか。
おそらくは最初に施された香油がそれだったのだ。気がついたときにはもう欲望の制御が効かない状態に追い込まれていた。そんなカミューを寝台の上に放り出して尚、マイクロトフはまだ追い詰めた。
「マイクロトフ…」
小さく名を呼べば、つ、と背筋に触れる武骨な指先にまた涙が揺れる。
「マイクロトフ……っ」
「言え」
短い応えにカミューはまた首を振る。まるでそうすることしか出来ないように。
「言ったら、解いてやる」
そしてマイクロトフが触れたのはカミューの足の付け根。今にも弾けそうなほど勃ち上がったその根元に無情にも括り付けられた戒めの紐だった。
もう全身が痺れて何処を触れられても快感にすりかわってしまうというのに、その紐のために終わりがない。快感がどんどんと重ねられていってもう痛くさえ感じる。
「いきたいんだろうが。そう言ったらさっさと解放してやるんだぞ」
「―――イ、ヤ…」
「そんなに抱かれたいのか」
「ぅ……っく」
意志に反して高められた身体に、マイクロトフは戯れに指先で触れるばかりだ。絶頂をせき止めておきながら、こうしてちくちくと嬲る。カミューがそれに耐えているのはひとえに―――。
「マイクロトフ……」
抱いて欲しい。
小さく囁いたカミューに、マイクロトフは溜息をこぼした。
一定時間耐え切れたなら抱いてやる。
最初に耳元へと囁かれた今宵の趣向に、カミューは恐る恐ると頷いたのだ。そして今に至る。もうすっかり力をなくして寝台に臥して息も絶え絶えでありながら、カミューは頑なに解放を拒絶するのだ。
「ここまでされてどうしておまえは……」
あきれるような声に、それでもカミューは涙を零しながらすがった。こんな一人だけで快感を与えられても悲しいばかりだ。あの目も眩むようなマイクロトフの熱を中に感じたい。
「だって…っ、ん……あいして、る…」
「ばかなことを」
「マイクロトフ―――ひあ…」
武骨な指が唐突に突き入れられてカミューは戦慄いた。薬の作用か内部から発火するような熱が生まれて、さほども触られていないのにもうすっかりと柔らかくほぐれている。そこをマイクロトフは無遠慮に掻き回した。
「や、やぁ……あああ」
身体を突き抜けた快感にカミューの身体が敷布の上を逃れるように這う。その腰を掴んで押さえマイクロトフは漸く立ち上がった。
「いや? 違うだろうカミュー」
笑ってマイクロトフは後ろを探る指を性急に増やしていった。
「うああああ!」
もうマイクロトフは焦らすつもりなどないようで、ただでさえ薬で常より敏感になったカミューの身体を責めだした。後ろを三本もの指で乱暴に突き上げながら胸の尖りやわき腹や、弱い所を絶え間なく弄る。
「ひゃ…う、ぁぁあっ……っく」
根元を戒められているにもかかわらず、先端からぽたぽたと蜜がこぼれて腹の下の敷布を濡らしていく。いっそ苦痛とよべるほどの快感に全身に冷や汗の珠を浮かべてカミューは泣いた。
解放されることのない責苦にもう許してと懇願したくなる。けれど、じんじんと痺れ続ける四肢にマイクロトフの指先や掌が触れるだけで言葉にならない幸福が残る理性を繋ぎとめているのだ。
「マイクロトフ……っふ、ああ……マイクロトフ……」
だらしなく唾液を滴らせている唇から、幾度も名を呼ぶ。それだけしか縋る術がなくて、カミューはぼろぼろと涙を零し咽び泣きながらひたすら訴えた。
「好、き……ぅ…マイクロトフ……き…」
だがそんな健気なばかりの想いも、過剰に昂ぶらされた快感にそろそろと侵食されていく。もはや視界さえかすみはじめて、噛みしめたために血の滲んだ唇からは意味をなさない喘ぎばかりがこぼれはじめた。
そんなびくびくと痙攣するカミューを見て、マイクロトフが不意に舌打ちをしてその身体をいいように弄んでいた手を止めた。途端に放り出された白い身体がどさりと力を失って敷布の上に横たわる。
しかしそれで解放をするのではなく、マイクロトフはカミューの身体を仰向けに裏返すと力を失っていた両足をぞんざいに広げて抱えあげた。
「―――っひああああ!!」
どろどろに溶けていたカミューのそこは難なくマイクロトフの欲望を受け入れた。だが突然の挿入に全身を硬直させたカミューは、大きく見開いた瞳からまたぼろぼろと涙を零している。
その身体を抱え起こしてマイクロトフは己の膝の上にカミューを乗せる。途端に繋がっていたそこが自重で奥深くまで内部を抉り、また白い身体がガクガクと震えた。
「あ、あぁぁ……ぐ」
苦痛に耐えてまで望んだはずの接合を、もはやカミューは現実として理解しきれていない様子で、突き上げられるたびに嬌声をあげながらも壊れた人形のように力なく為されるがまま身体を揺らしていた。
「カミュー」
「……っあ…ぅん…」
「これで幸せか?」
問うてマイクロトフはカミューの赤らんだこめかみに掌を触れさせる。そして朦朧とした琥珀の瞳を覗き込んで吐息が触れるほど顔を寄せた。
だが口付けだけはしなかった。
涙にしとどにぬれた頬を指先で戯れに拭うだけで、直ぐに飽いたようにその肩を突き離して、より乱暴にカミューの身体を突き上げた。そして己の快感だけを追うとその内部で熱く欲望を弾けさせた。
「……―――っ!」
声もなく、カミューの瞠られた琥珀から大きな涙粒が零れ落ちる。そして唐突に、がくんと意識を失わせた。それでもまだびくびくと身体を震わせているのは、いまだ解放されないままのカミューの熱のせいだろう。
マイクロトフは気を失った身体を元通り寝台に横たえると、ずるりと自身を引き抜いた。そんな刺激にすら震える虐げられた身体を、その掌でそっと撫でる。そして戒め続けていた紐を容易く解いた。
途端にどろりと蜜を溢れさせたそれを、マイクロトフは無言で扱くと丁寧に昂ぶりを昇華させてやった。そして意識のないままの身体を簡単に拭ってやる。
薬で意志に反して乱された身体は、汗と精液とにまみれているばかりではなく、あちこち痣が浮いてひどい有様だ。そんな身体を暫く見詰め、マイクロトフは顔を歪めた。
「カミュー……」
小さく呟き、汗で額に張り付いた髪を慎重な仕草でかきあげた。
そして露わになった蒼ざめて萎れた頬を撫で、薄く開いた唇に口付けを落とした。僅かに血の味が滲む唇はかさかさに乾いていた。それを軽く舐めて濡らすとマイクロトフはもっと深く口付ける。
「………っ」
不意にカミューがびくんと震え、マイクロトフが弾けたように離れた。だがやはり目覚めないままの青年にほっと胸を撫で下ろす。
そんな男の黒い瞳には、言い知れぬ深い闇が覗いていた。
「カミュー。おまえは、どうして俺を……」
く、と寄せられた眉根に苦渋の色が滲んでいる。
だがそれきり口を閉ざしたマイクロトフは、白い裸体におざなりに毛布をかけてやると、暗く隠微な香りの残る部屋を後にした。
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喘ぎ声のバリエーションに苦労
2004/01/01