ほんとうの話


 カスミに礼を告げグレッグミンスターの城を後にして、一同は再び街へと戻ってきていた。そして中央通の広場、大きな噴水の前で立ち止まり互いに顔を見合わせると、ホッと安堵の笑みを浮かべた。
「良かったなマイクロトフ」
 フリックが親しみの滲む笑みを浮かべてそうマイクロトフに語りかける。するとそれに便乗するようにビクトールがこくこくと頷いた。
「一時はどうなる事やらと思ったが、大事に無らねえで良かったぜ」
「そうですね。でもいつ戻るかは分からないんだよなぁ」
 少年がはあーどうしよう、と腕を組んで考え込む。
 同盟軍には大統領の好意でロッカクの里の人員を使って連絡をして貰えることとなったので、今夜中にはシュウに事情が伝わるだろう。なので直ぐに帰らなければならない必要は消え、マイクロトフが戻るまではゆっくりしていて構わないのだ、が。
「元に戻るまでは宿屋に滞在していても構わないけど、あんまり長引くと宿代がかかっちゃうし」
 元交易商人だった軍師のおかげか、人一倍金銭感覚の発達した少年は手持ちの金を勘定し始めた。
「この街の宿代は平均的なもんだけどこの人数で連泊するとなると大きいな〜。あでもマリーさんとこだったらもしかしてちょっと値引きして貰えるかな」
 せっかく顔見知りになったんだし、と少年は考えをめぐらせる。そして傍らの傭兵の顔を見上げた。
「ビクトールさんちょっと口利いてくれる?」
「おー任せとけ」
 対する傭兵はドンと胸を叩いて見せる。それをもう一人が嗜めた。
「おいおい、安請け合いなんぞして俺は知らないからな」
「何言ってるんですか、フリックさんも一緒に値引きして貰えるよう頼んでくださいね」
 知り合いでしょ、と少年が命ずるのに押されてフリックはつい頷いてしまう。その背後では一歩引いた場所に立つクライブが何処を見ているのか分からない瞳をフードの影に隠していた。誰かを追っているらしいこの青年は、その追う相手が今都市同盟内にいるというからこそ、条件付で仲間入りをしてくれているようなものである。つまりトラン共和国には微塵も用がない以上はとっとと戻りたいのが本音だろう。
 ふとそんなクライブの背景を思いやってマイクロトフは眉を寄せた。望んでこんな事態を招いたわけではなかったが、己の不始末が原因なのは間違いがないのである。モンスターから得たアイテムを使用せねばならないほどに負傷した己に非があるのは明白だった。
「俺のせいで煩わしい真似をさせて申し訳ない」
「そんなおまえ、マイクロトフが気にするこっちゃねえよ。知ってたら俺だって食うなって注意は出来たろうが、こればっかりは誰も知らなかったんだ。仕方のない事だったんだぜ?」
 ビクトールが励ますようにそう言ってくれるのが、マイクロトフにしてみれば益々いたたまれない気分でならなかった。黙って頷き唇を噛み締める。だがそんなマイクロトフの背をふと温かな掌が撫でた。
「マイクロトフ。ビクトール殿の仰る通りだ、あまり気落ちするものじゃない。それにおまえが落ち込んだところで事態が好転するものでもないしな」
「カミュー……」
 マイクロトフは暗い気持ちでカミューの言葉を受け取った。確かに己が後悔して落ち込んでもこの姿が元に戻るものでもない。その通りなのだがまるで追い討ちをかけるようなそのカミューの言い草が胸にぐさりと来る。しかも。
「どうでも良いさ。元に戻るまでは出来るだけ外に出ないようにしなければならないし、宿を決めなければならないのは当然だ」
 さも面倒事のようにカミューはそう言った。それを聞いてマイクロトフは最前の情景を思い出して項垂れた。やはり、カミューは……。
「どうしたマイクロトフ?」
 フリックがきょとんと覗き込むように声をかけてくる。
「いえ……」
 マイクロトフは眉間に寄せていた眉を益々縮めて歯を食いしばる。

 やはりカミューは、俺がこんな羽目に陥ったのを不快に思っているのだ。

 関所で有無を言わせずマイクロトフの正体を明かし、女装が似合うなどと言い、早く原因をつきとめろと言わんばかりに城まで引っ張って行き―――とどめに元に戻れると聞いた時のあの顔は……。
 思い出してマイクロトフは小さく首を振った。
 明らかな安堵の表情は、ビクトールたちだって浮かべていたではないか。カミューが同じく安堵するのは当然の事だろう。だがどうしてもマイクロトフには、あれは厄介事が解決するらしい事にやれやれと言った気分でいるようにしか見えなかった。
 何故こんな風に思えてならないのだろうとマイクロトフは思った。こんな穿ったような見方は本来ならばしない。それが何故、と考えて唐突に思いたった。
 カミューの態度だ。
 こんな姿になってからのカミューの態度がひどく不自然なのだ。よそよそしいかと思えば瞳を真っ直ぐに見つめてくる。言葉も途中で何かを飲み込んでいるような曖昧な物言いをするかと思えば、断言するようにきっぱりと言い切ったり。不安定なそのカミューらしからぬ態度がマイクロトフをも不安にさせているのだ。
 いったいカミューはどういうつもりで今の己を見ているのだろうかと、マイクロトフはそっと背後の男を伺い見た。今は少年や傭兵たちとマリーの宿で世話になるのを決め、その間どう過ごすかを話し合っている。その横顔は常の彼らしく心情の読み難い微笑を見せている。
「それではマイクロトフと私は同室ですね」
「うん。やっぱり大部屋で一緒は気を使っちゃうし。かといって一人部屋借りるほど余裕もないし」
「そこまで気を使って頂けるだけで有り難いと言うものです。なぁマイクロトフ?」
「ん……えっ?」
 突然に話を振られてマイクロトフは驚き慌てた。するとカミューが苦笑を零して肩を竦める。そんな仕草すら嫌になってマイクロトフはまた奥歯を噛み締めた。
「ぼんやりして、大丈夫かマイクロトフ。まぁ、宿に入ったら取り合えずひと休みする事だよ。わたしはおまえと同じ部屋を借りる事になったから、茶くらい淹れてやれるよ」
 な? とカミューはまたマイクロトフの背に掌を当てて、撫でるようにさすった。
 マイクロトフはどうしてと苛立つ気持ちを胸に抱えてぎゅっと拳を握り締めた。

 どうしてカミューは優しくしたり突き離すような事を言ったりするのだろう。



 考えても結局答えは出なかった。
 それにマイクロトフ自身、己の姿が変化してしまった事に対する戸惑いが充分すぎるほどにあったと自覚していなかった。実際この時、その場の誰よりも困惑して思考を混乱させていたのはマイクロトフだったのである。
 だからこそカミューがこの時何を思い、マイクロトフに対してどう接していたのか、その真意を汲み取る事が出来なかったのだ。

 カミューにとって揺ぎ無い想いはひとつだけしかないのだ。
 本当はマイクロトフとてそれを知っていたし理解していた筈だ。だがあまりに突拍子もなく予想外の出来事だっただけにそれを見失っていた。
 そして消沈するままにマイクロトフはとぼとぼとマリーの宿へ向けて歩き出す一同の後について歩き出したのだった。


つづく



短いところで切ってしまってすみません
しかもなんだか悶々としています
でもこのあと直ぐギャグになる予定です(笑)

2002/12/07

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