天使たち


 十四


 ナインと言う赤騎士隊長は、まさに飛んでやって来るという表現の通りに現れた。
 よほど団長とやらが大切らしい。最初に声をかけてきた赤騎士と共に、足早にケインの元までやってくると睨みつけるように見下ろしてきた。
「……私に話があると聞いたが」
 挑むようなこちらをはかるような眼差しながらも、落ち着いた声音にケインはカミューのたどたどしい口調でなされた説明の言葉を思い出す。
 ―――ケインはれいぎただしいからはなしやすいとおもう。でも、かんげきしやすいからすこしふあん…かな?
 かな、ってなんだよ、と思いながらケインは負けじと赤騎士を見上げ返した。
「誰にも知られずに来たんだろうな? もし他にばれてたら俺はこのまま帰るからな」
 ぶっきらぼうに言ってみたものの内心は心臓が飛び出そうな心地であった。しかし赤騎士はゆっくりと首を振って溜息を落とし、そしてじっとケインを見詰めると再び厳しさをその眼差しに宿した。
「当然のこと。団長の命令は我ら騎士にとって絶対のものです」
「俺が本当にあんたらの団長と繋がってるってそう簡単に信じていいわけか?」
 あの子供の言うとおりにしているのはケイン自身だが、それでこの赤騎士連中がその通りの動きを見せるのがどうにも腑に落ちない。だが目の前の赤騎士は首を傾げてそんなケインを見た。
「あなたが伝えてくださった言葉は紛れもなく我が団長のもの。疑う余地はありません」
 気のせいかそう断言する赤騎士の頬が赤いような。ともあれいったい何がここまでの確信を持たせるのか不明だが、まぁ上手く事が進むのは結構なので話を続けることにした。
「いっけどよ。じゃあ話進めさせてもらうけど、ここじゃなんだから場所変えようぜ。どこか良い場所知らないか」
 にやりと笑って見せたケインに、赤騎士たちはそれならと先にたって歩きはじめた。

 そして辿り着いたのはなんと赤騎士たちが寝泊りをしていると言う大部屋だった。
「おい、大丈夫なのかよ。誰も来ないんだろうな?」
「昼の間にここへ戻ってくるものはいない。安心してくれて構いません」
「そ……。んじゃさっそくだけどな、俺が今後こうして会って話をするのは隊長さん、あんただけだ。だから悪いけど、あんたは出てってくれないか」
 最初に声をかけて、ここまで共についてきた赤騎士に向かって言う。だが納得し兼ねるのだろう、咄嗟に反論しようとしたところをナインに止められた。
「承知した。すまないがお前は外してくれ」
「しかし隊長……」
「心配するな。それよりも他言無用だぞ、分かっているな?」
「…はい」
 そして渋々出て行った赤騎士を見送って、ケインは漸く一息ついた。そこへナインの潜めた声が降りる。
「さて、言う通り人払いをさせてもらいましたが……」
「あぁ、手間取らせたな」
 詫びてからケインは改めて自らが呼び出した赤騎士と対面した。なるほど確かに礼儀正しい男だ。随分と背が高いし、その足運びや立ち居振る舞いはただものでは無い。騎士とは皆こういう者たちなのだろうか。そしてこの彼らの団長と言うのも。
 ―――あかきしだんちょうは、いま、いないんだ。
 幼児はにっこりと笑ってそう言ったのだ。赤騎士団長が不在の今、それを利用しようとケインたちを唆したのである。なんて子供だ。
 ―――だれもいばしょをしらないから、きっとしんじてくれるよ。
 赤騎士団長とか言う男は時々ふらりと姿を消すらしい。いつもその度に周囲の者がやっきになって探しているとか。やけに内部事情に詳しそうだったから、あの子供の親は赤騎士の一人なのかもしれないとケインは思った。



「本当に上手く行くのかよ」
「こまって、いるんでしょう?」
 言い捨てるケインに幼児はその愛らしい首を傾げてそう問うて来る。言葉に詰まってケインはそっぽを向いた。するとベリルが慌てたようにカミューに声をかけた。
「で、でもカミューは本当に頭が良いなぁ。俺なんてそんな計画言われてもまだ良くわからないよ。えっと、俺たちが実はカミューを助けたって事にするんだっけな?」
「うん、そうだよ」
 にっこりとカミューが笑って頷けば、ベリルはホッとして胸を撫で下ろす。しかしふと眉を寄せて不安そうな面持ちになった。
「でもそうするとカミューをさらったのは誰になるんだ?」
「馬鹿、架空の犯人をでっち上げるってさっき言ったろ! そいつらはもうとっくにどこかに逃げちまった事にして、俺たちはたまたま助けたって事で表にしゃあしゃあと顔出しゃあ良いんだよ」
 ケインがすかさずそう突っ込むとベリルは「あ、そうだな」と頭を掻く。その横でカミューも頷きながら聞いていたが、ふと沈黙が落ちた時にぽつりと言った。
「そう。でもね、ただそういってそとにでても、うたがわれるだけだとおもう」
「まぁそうだな。世の中そんな甘くいかねえな」
「えぇ、でもケイン、それじゃあ俺たちいったいどうすりゃ…」
 うろたえるベリルにケインは苦虫を噛んだような顔でカミューを見た。
「いくらおまえが賢くっても、それ以上の知恵は出ねえだろうなぁ」
 はははと乾いた声で笑いながらケインは溜息をついた。ところが。
「だいじょうぶ。うまくいくほうほうがあるからね」
 にこにこと、カミューは先程から全く笑みを絶やしていない。これでは機嫌の良い人見知りの無い幼児にしか見え無いのだが、ベリルはともかくケインとも普通に大人びた会話をしているところで、ただの幼児には見えない。ケインは少しばかり空恐ろしい気分を抱えながらカミューの顔を覗き込んだ。
「なんだ、言ってみろよ」
「あのね。あかきしだんちょうに、てつだってもらうんだよ」
 くすくすと、カミューは可笑しそうに笑って言ったものだった。




2002/07/30




 十五


 しかし赤騎士隊長ナインは確かに誰にもケインとの会合を打ち明けることはなかったが、しかし解らぬように隠密に動くことはしなかった。もとより、騎士団長の命令は絶対だが、敬愛すべきその団長の生命の尊守は何にも勝る。果たして、ナインの行動にさっそく赤騎士団副長オブライエンは動いていた。



 幸いナインは上手く緩く閉ざした窓の側で会話を始めた。オブライエンとそれに連れられてビクトールがその窓下に身を潜ませて、洩れ聞こえてくる話し声に耳を潜ませていた。
『つまり、団長は今は動けぬ身だと、そう仰るわけですね』
『あぁ。だが怪我をしてるとか命に危険があるとかじゃねえ。ただどうにもこうにも閉じ込められて身動きがかなわねえだけだ』
『さて、それではその暴漢と言うのは?』
『それはおたくの団長様が全部追っ払っちまいやがった。流石だねー、強いねー』
『なるほど。それで団長は我らに何を』
『脱出の手助けをして欲しいってよ。だいたい俺の手には余るんだ。変な場所だしよ、いつあの悪党たちが戻ってくるかしれねえからな』
 ケインと言う男の口調はまるで立て板に水で、つっかえたりどもったりと言う具合がまるでない。その流暢な喋りは返って不審を呼んだのだが、ビクトールは黙って先を聞いた。
『先に言っとくが、大勢は入り込めない場所だ。それにいつ崩れてもおかしく無い脆い作りだからよ、少数だけしか無理だ』
『承知した……信用出来る者を三名ほど選ばせていただきましょう』
『そんじゃ、俺はまた様子見に戻るからよ。一時間後にまたさっきの場所でな? くれぐれも俺の後なんかつけるんじゃねえぞ』
 そしてケインは去って行く。
 ビクトールはオブラインに目配せをして、去って行こうとするその小男の背をすかさず追跡するために立ち上がった。
 ところが少しもいかないうちにビクトールの追う男はぴたりと立ち止まる。慎重に追っていたために慌てることは無かったが、それでも急いで息を潜めて物陰に身を潜める。しかし小男は振り返るときょろきょろと辺りを見回しはじめた。
「ほんとにいるってのか?」
 そんな男の声が聞こえてくる。
「えーと、誰だ? 赤騎士の誰か、それともフリックってのかビクトールってのか、ともかく誰かいるんだろ」
 ビクトールは驚いた。だがあえて声をあげずに男の様子を見る。すると焦れた様に男は髪を掻き毟り唸った。
「いねえのかよ! ったく、絶対あとつけて来るからなんて言いやがって!」
 男は苛立ったように地面を乱暴に踏みつけるとくるりと踵を返して去ろうとする。ビクトールはそれを追うように慌てて飛び出した。
「待て。誰がなに言ったって?」
 途端に男が飛び上がらんばかりに驚いて声を上げた。
「う、うわっ、吃驚するじゃねえか、この野郎!」
 赤い顔をして振り返り、ビクトールに怒鳴りつける。その腕を振り回して文句を言う男の様にどうにも緊張感を削がれてビクトールは引き攣ったように笑う。
「あのな、おまえ俺がつけてきてるって分かってたんじゃねえのか?」
「な、あ、勿論……分かってたさ」
「ほんとかぁ?」
 ぐずぐずと即答しきれていない男にビクトールは不審も顕わに首を傾げて覗き込んだ。すると男はうっと仰け反って見た目にも顕わに慌てた。それを愉快に思いながらも、またそれを隠そうともせずにビクトールがにやにやとして見るのに、男も焦ったように唾を飛ばして喚きたてた。
「そ、それよかおまえは何モンだよっ!」
「誰だと思うよ、当ててみな」
「な…っ。赤騎士、じゃねえよな。そしたらフリックってのか?」
「違うな。俺の名前はビクトールだ」
 男の返答に笑いを堪え切れず、ビクトールは肩を震わせてあっさりと名乗った。
「で、おまえの名前はなんてんだ?」
「へっ、教えてやる義理はねえな」
「あぁそうくるか。じゃあここでふんじばって地下牢まで連れてってやるか」
 ビクトールがこきこきと首を鳴らしてそんな事を言うと男は目を剥いて驚いた。
「な! なんでそうなるんだよ!」
「あぁ? そりゃおめえがカミューの居場所を知ってるらしいからに決まってんだろ。尋問でも拷問でもなんでもして吐かせるさ」
「拷問って! ……て、待てよ。あんたカミューを知ってんのか?」
 顔色を青くして男は飛び上がりそうなほど慌てたが、しかし不意にその表情を変えて首を突き出してくる。ビクトールは首を捻った。
「知ってるも何も―――」
「なら話は早え! 俺たちは間違ってあの子を連れてきただけなんだ!」
「あん?」
 ビクトールの言葉を遮って男は助かったと言わんばかりの表情で詰め寄る。
「危害を加えるつもりなんかこれっぽっちもねえ! ただあの子を親元に返してやりたいだけなんだ。それさえ出来りゃあ俺たちだってもうここには用はねえんだ」
 一生懸命に言い募る、その言葉の端々までを確り聞きとめてビクトールは片眉を跳ね上げた。そして。
 ―――ああ、なるほど。
 その図体の割に存外と聡い傭兵は密かに納得の吐息を落とした。
 ―――そう言うわけかい。
 ビクトールはふむふむと頷きながら、何処にいるかは分からないが今は幼児の姿となっている赤騎士団長へ向けて感嘆とも呆れともつかない思いを捧げた。

 この男の中では、カミューと赤騎士団長は別人なのだろう。
 カミューはそう誤解をさせた上で、どうやってかこの男を言いくるめて赤騎士と接触を持たせた。
 そして他言無用とあえて伝えさせたのは、それが返って赤騎士たちの注意を引く事を見越した上でなのだろう。そうすれば他言無用どころか男との内密の接触は上層部に筒抜けになる。そして接触後赤騎士と別れた男の行方を誰かが必ず追うに違いないとカミューは知っていたのだ。男が先ほど言っていたでは無いか「絶対あとをつけてくるから」と。そこに赤騎士か、或いはフリックか自分の名を教えたのはカミューの推測だろう。まったく見通しの良いことである。
 ちゃっかりとその思惑に乗せられて自分がこうして男と相対しているわけなのだが、しかしまったく小さくなっても中身はそのままカミューなのだなと妙に納得してしまうビクトールだった。

 もっとも、今現在カミューを取り巻く環境がどうなっているのかまでは流石に伺い知ることは出来ない。ただ確かなのは、この回りくどいやりかたをするからには、カミューの中にこれを大事にはしたく無いと言う意思があるのだろう事だ。
「まぁいいや」
 ぼそりと呟いてビクトールはにやりと笑った。
 乗ってやろうじゃねえか。

 そしてビクトールはまだあれこれと言う男の腕を唐突に掴んだ。途端にびくっとした反応が返る。これでもビクトールは図体のあるいかにも強そうな姿をしているのだ。小男には恐ろしいことだろう。
「な、な、なん……っ」
「名前なんつったっけ? あぁ、まだ聞いてねえか。とりあえずゴンベ、良いからカミューんとこに俺をつれてきな」




2002/08/20




 十六


 そうしてビクトールがケインを連れてカミューの元へ行こうかと足を踏み出した頃、当のカミューはベリルを相手に楽しく会話に花を咲かせていた。

「そっかマイクロトフって言うのか」
「そうマイクロトフ。どうめいぐんにもいっしょにきたんだよ」
「俺もケインとはずっと一緒に育ったんだ。幼馴染で、俺はいっつもケインの後ろをついて歩いてたんだ」
「としはおなじ?」
「あぁ、そうだ。そうは見えねえみたいだけどな。ケインの方が確りしてるし、兄貴みたいな態度だから。でもあれで結構怖がりなんだぜ」
 ベリルは可笑しそうにカミューにそう語って聞かせる。それをにこにこと愛想良く相槌を打ちながらカミューはやはりきょろきょろと周囲を隙無く観察していた。
 城の地下であろうことはもう疑いようが無かった。
 漸く薄暗さに慣れた目で見れば、壁にところどころむき出しになっている岩盤は船着場で見かけるそれと同じ岩質であるし、一部の壁には切り出して磨き上げたらしい壁材が中途半端に施されている。それは城の古い箇所に使われている物と同一の仕様だった。地下牢で見た事がある。
 そして水とは下に流れるものだ。先ほどから絶え間なく水の流れる音が聞こえてくる。少量ではあるが確実な流れを思わせるその音は、城の何処かから漏れ出ているのか、それとも湖から直接流れ込んでいるのだろうか。
 もしかしたらケインたちが出入りするものとは別に、どこか出入りできる場所があるかも知れ無い。何せ元は古い城である。隠し通路のひとつやふたつ無い方がおかしいだろう。
 そこまで考えてカミューはじっとベリルの顔を覗った。
 上手く事が運んでフリックかビクトールかがケインと共に現れたなら簡単だ。事情を話してこの二人を傭兵隊にでも放り込んでもらえばいい。多少の融通はきくはずだから、誘拐の罪も揉み消せるだろう。そして数日経てばこの姿も元に戻るはずだから、彼らがいったい誰を攫ったかなど知らせずに済む。何事も面倒が無いにこした事は無いのだから。
 次が赤騎士の誰かが来た場合だ。その場合も事情を話さねばなるまいが、その時はどうしようもなくケインとベリル二人の前で身分を明かす必要が出てくるだろう。赤騎士の誰かによってはそれをせずに済むかもしれないが、殆どは団長であるカミューが攫われて頭に血が上っているかも知れ無い。
 最後にマイクロトフが来た場合。これは考えたく無いし、ビクトールたち周囲の人間が留めてくれるのを期待するしか無いのだが、彼があの小さな姿のままで飛び込んできたなら、その時どうなってしまうかなどカミューには予測もつかない。
 そして最悪、誰も来ずに小細工が失敗に終わった場合、カミューは自力でここを脱出しなければならない。逃走手段の確保は必要と言えた。
 カミューはベリルの善人っぽい表情を見詰めながら、ビクトールが来てくれたなら一番良いのにと、あのひと癖もふた癖もありそうな傭兵の顔を思い浮かべていた。
 ところが不意に聞こえてくる水音に変化があった。
「ベリルさん」
「ん? どうした?」
「なにか、いる」
 カミューの言葉にベリルが「えっ」と腰を浮かせた。
「あっち、ケインさんがでていったのとは、ちがうほうこうに」
 カミューがその小さな指先で灯りの届かない暗い室内の隅を指すと、ベリルは一転その善人そうな顔に緊張を走らせた。
「確かだな?」
「うん、みずおとがかわった。あっちにはなにがあるの?」
「あっちか。瓦礫で先の通路が塞がれてんだ。だから誰か入ってくるなんてねえんだけど、小さい魔物なら入り込めるかもな」
 ふさふさとか、とベリルが呟いて立ち上がる。
「じっとしてるんだぞ?」
 大丈夫だからなとカミューを安心させるように不器用に微笑んで、ベリルは灯りを手元のランプに写し取ると奥へと足を向けた。それをじっと座ったまま見詰めるカミューだったが、そうして徐々に奥が灯りで露わになる度にやはり油断なく観察を続けた。
 確かにベリルの言う通り奥へ行くほど壁は崩れている。朽ちて久しいらしいその様子に、普段起居している場所の明るさとの裏腹な古びた具合が際立って、この城の歴史を思わせる。
 今度、シュウにでも進言して隅から隅まで調べねばなるまいと考えつつカミューはベリルの行く先に目を凝らした。と、そこでベリルの足元を素早く走る影があった。
「……っ!」
 カミューが驚き目を見開くと、その影はさっと灯りのもとに飛び出した。

「カミュー!!」

 小さな影は真直ぐにカミューを見つけると響き渡る大声でそう叫んだ。カミューはそして呆然と呟いた。

「マイクロトフ……?」

 どうしてここにと、カミューは信じられない思いで埃と砂にまみれたその小さな少年姿のマイクロトフを見つめたのだった。


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みんなの思惑をぶっ飛ばす、それが青

2002/08/29

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