馬鹿な真似3
食事の時間はそれなりに楽しいものだった。
流石にランバートの招待する友人たちだけあって、皆機知にとんだ洒落がきいていて会話も弾む。どうも集う面々はカミューのように社交性のある人物ばかりのようだった。
豪勢なフルコースの食事が終わった後も、別室で今度はゆっくりと酒を飲もうとランバートに誘われて、断る理由など微塵もなかった。ところがそこで女性達とは揃って分かれることとなった。
といっても、こうした事は貴族間では当たり前の決まりごとで、独特の意味のない様式美と言っても良い。男達はやはり顔をつき合わせれば政治や経済の固い話に夢中になりがちだし、女性達は甘いデザートなどを楽しみながら真偽の程も分からない噂話に興じる方が有意義なのである。
ところが、何故だかここでカミューだけが女性陣の側へと引き離された。
「あら、カミュー様はこちらにどうぞ」
両脇から二人の女性に腕を取られて先を阻まれてしまい、慌てた視線の先にはロスマリンが優雅に微笑んでいた。
「え、ちょ……っ、レディ?」
困惑も露わに声を上げると、ひょいとロンバートが戻ってきて一言挟む。
「ああ、すまないなカミュー。諦めてくれ、毎夜一人は女性の玩具になる定めだ」
「な、なんですかそれはっ」
「明日はきっとマイクロトフだ。な、今から心しておけよ」
そしてロンバートがマイクロトフの肩を叩く傍ら、他の男性諸君が曖昧な苦笑を浮かべながら通り過ぎる姿を見て、カミューはどうやらこの冗談のような話が真実らしいと知って、ひくりと笑顔を強張らせた。
「マイクロトフ……」
何とか逃げ出したいものの、女性のか弱い力では無闇に振り払うことも出来ず。堪らずカミューは心許ない声でマイクロトフに助けを求めた。
しかし黒い瞳はカミューから逸らされることはなかったのだが、男らしい声がきっぱりと答えた。
「すまん、カミュー」
律儀に頭を下げてまで求めた助けを拒絶されて、カミューは恨みがましい目でじろりと睨む。
「………明日、絶対に助けてやらないからな」
「ぐ……」
途端に言葉に詰まってうろたえる姿からぷいと視線を逸らしてカミューは地面を睨む。
マイクロトフが女性に対して引き気味なのは充分分かっているが、そんなにも即座に撥ね退けなくても良いだろうに。曲がりなりにも恋人なら苦手でも何でも少しは助けてやろうと言う努力くらいは見せるべきじゃないのか。
しかし厳しい顔つきでいるマイクロトフの傍らでは、ロンバートが苦笑いを浮かべて、こちらに手を振っていた。
「ではなカミュー、健闘を祈る」
その他人事のような口振りにカミューは思わず低い声で返していた。
「ロンバート、恨みますよ」
ところが途端に周りからささやかな抗議の声が上がる。
「あら、それじゃあまるで私たちが悪者みたいよ?」
コロコロと笑いつつのロスマリンの言葉に思わず声が詰まる。しかし女性達はクスクスとささやかに笑みを零しながら、そんなカミューを引き連れて歩き出すのだ。
「そうそう、美味しいデザートも用意しているの。カミュー様は甘いものはお好きかしら?」
ロスマリンの問い掛けに、ぎこちない笑みで答えながら、カミューは内心で男たちの薄情さを罵るのだった。
そして。
「まぁ! なんて綺麗なお肌なのかしら」
「ほんと、それに髪も艶やかでなんてなめらか……」
「睫も長くて、それにこの淡い瞳の色がとっても素敵」
まるで幼い少女達に囲まれた新参のお人形さん気分だと思いながら、カミューは女性たちの中央で微笑を浮かべ続けていた。
ところがその窮地を救ったのは他ならぬロスマリンである。
「さぁ皆様。あんまりカミュー様を困らせないで、こちらに来てデザートはいかが?」
途端に女性たちの目の色が変わって、漸く解放されたカミューは大袈裟なほどに溜息を吐いた。それを見てロスマリンがまた笑う。
「カミュー様も、どうぞこちらにおいでなさって」
そして誘われるままに向かった先には美しいフルーツの盛り付けられた小さなケーキがテーブルの上に沢山用意されていた。それに女性達は歓声をあげて手を伸ばしている。
確か先程まではディナーを慎ましく頂いていたはずだが、と言うのは禁句である。口を閉じてじっとそんな有様を傍観していたカミューだが、目の前にそっと湯気の立つティーカップを差し出されて、その手の先を見た。
「ハーブティーですわ」
ロスマリンがたおやかに微笑んでいた。
「騒々しくて吃驚なさったでしょう? でも直ぐに返して差し上げますわ」
「本当ですか?」
香り立つティーカップを手に取り上げつつも首を傾げると、ロスマリンはこっくりと頷いた。
「わたくしたちのお遊びにお付き合い下さったら、もう直ぐにでも」
そして浮かべる邪気のない笑顔。
だがそれを見た目どおりに受け取るほどカミューも単純ではなかった。内心で嫌な汗を掻きながら、お愛想のように笑顔で返す。
「お遊びですか」
「ええ、そう。さ、皆様今日もやりますわよ」
そんなロスマリンの呼び掛けに、ミニケーキに注意を向けていた女性たちの目が一斉にこちらを向く。そしてロスマリンがおもむろに取り出した物にその目の色を変えた。
「それは……」
「くじ、ですわ」
にっこりとカミューの目前に出されたそれら。
カードのようなそれらが五枚ほど、裏を返して模様の面を上にしてテーブルに並べられた。
「さ、カミュー様。お好きなものを一枚、お取りになって?」
途端に戦場で敵に囲まれるのと同等か、或いはそれ以上の圧迫を感じて硬直するカミューである。そもそもカードの裏に一体なにが書かれているのかすら教えてくれる様子でもない。
全く未知のものを選んでめくれと言うのか。
ともあれ、今自分を見詰める女性陣の眼差しに含まれる興味津々の色に、くじの内容が禄でもないだろうことは確かだ。何とも趣味の悪い遊びである。
仕方なくカミューは腹を決めて、そっと手を伸ばした。
中央の一枚。
カミューの指先がそれに触れ、裏を返すまでの間、女性達は一言も声を発しない。息を詰めてじっと見守るだけだ。そんな中、カミューはそれを一気にひっくり返した。
『
女装』
なに?
「きゃあ! とうとうコレが出たわ!」
「しかもカミュー様が!! なんて素敵!」
待て。
「本当、準備は万端整っていたのに、これ迄不思議なほど出ませんでしたものね」
とロスマリンがにっこり笑って立ち上がった。そしていそいそと奥のクローゼットへ向かうと、そこから大きな衣装箱を引っ張り出して床へと置いた。
「あぁ重い。カミュー様、手伝っていただけません?」
言われるまでもなく既に立ち上がっていたカミューは、その箱の中身を敢えて考え無いようにしながら、それを部屋の中央まで持って行った。そして期待に満ちた視線に衝き動かされて、大きな蓋を開く。
途端に歓声が上がった。
「まぁ素敵!」
「そうでしょう? このためだけに特注したものですもの、かなりのものなの」
女性たちの賛辞に満足げに答えるのはロスマリンだ。そんな彼女の手が衣装箱の中に入り、そっと中身を持ち上げる。そして現れたのは―――。
真っ赤なドレス。
艶やかな光沢のそれを、ロスマリンは笑顔でカミューに宛がった。
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ひゃっひゃっひゃ
無理な展開ですね!
でも楽しい!
次回はウレシハズカシ、着せ替えです!(笑)
2003/08/13
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