脅迫者


 夜更けて間もない頃、フリックがそれを目撃をしたのは偶然だった。

 それは、マチルダからきた騎士団長二人の織り成す、一方的な告白の場面だった。元青騎士団長が相手の腕を掴んで引き止め、自分の思いを告げていたところだったのだ。その強引さの程は、告白相手の元赤騎士団長が蝋燭の乏しい灯かりのもと、酷く困惑していたのが遠目に見ているだけのフリックにも良く分かるくらいだった。

 元赤騎士団長のカミューは、他人の目から見てもやたらと容姿の整った男だった。
 しかしいくら綺麗ななりをしていても男だ。同じ男で、しかも同じ元マチルダ騎士団の騎士団長同士。そんな相手に告白をする男の気持ちがフリックには理解できなかった。
 マイクロトフという、元青騎士団長の男はいったいどんな人物なのだろうかとフリックは思う。
 騎士たちがこの本拠地に起居するようになって、さほどの日数も経ていない今。フリックはまださして親しくはしていなかったが、かねてより噂に聞いていた元青騎士団長の人柄も実力も認めるところだったし、だからこそこれまで大した好意も嫌悪も抱いていなかった。
 しかし、この夜。己の視線の先で繰り広げられた告白劇を見て、フリックの中でその印象が若干変化した。

 ―――なんだあれは。

 胸の内に怒りが生まれる。

 ―――あれじゃあ、まるで……。

 フリックの視線の先。
 マイクロトフの大きな手は、カミューの腕を強く握り締めて。
 そしてその低い声は、まるで脅迫するかのように告げていたのだ。

『いいかカミュー。もう逃げても無駄だ。おまえが嫌だと言っても俺の気持ちは変わらない。必ずおまえから俺を求めるようにしてやる』

 対するカミューは目も合わせたくないとばかりに顔を反らせ、自分の腕を掴む手を振り払おうとしていた。

『いきなり何を言うんだ! 馬鹿なことをっ……。今のわたし達の置かれている立場が分かっているのかマイクロトフ』

 そこで、どうやらマイクロトフがこのとき初めてカミューにそんな事―――告白めいた言葉―――を言っているのだと分かった。しかもマイクロトフはフリックが驚くほどに不敵な笑みを見せたのだ。この男でもこんな歪んだ笑い方が出来るのかと目を瞠るほどの笑みだ。

『重々分かっているつもりだ……今ほど、おまえが俺の前から逃げようのない時はない事をな。おまえには、ここまでついてきてくれた部下やこの同盟軍の仲間を置いて消える真似など出来まい』

 二人が騎士団を離反してきた事情は、同盟軍の誰もが知っている。
 騎士にとって忠誠を捧げた主君を裏切る事は、その誇りや名誉を地に落とすも同然らしい。そんな屈辱を味わってでもマチルダを離反してきた騎士たちだ。そして同時に大勢の騎士を煽動し同盟軍まで率いてきたも同然のカミューとマイクロトフにとって、既にこの同盟軍以外に行く場所などないのは自明の理である。
 カミューは反らしていた顔をはっと上げ、見開いた瞳でマイクロトフを信じられないものを見るような目で見た。

『マイクロトフ』
『おまえが自分の立場に責任を負おうとすればするほど、俺の傍にいなくてはならない。俺にとって今が一番好都合なのは分かりすぎるほど当たり前の理屈だ。毎日でも俺はおまえにこうして愛していると言い聞かせられる』
『マイクロトフ止せ。おまえは何か思い違いをしているんだ。頼むからそんな馬鹿な事を言うのは止めてくれ』
『何故だ? 俺が愛していると告げるのはそんなに迷惑な事か』
『……迷惑だ』
『―――カミュー。……俺を本当に拒絶したいのなら俺を殺すか自分を殺すかのどちらかだ』
『………なんてことを』

 呻くように絶望的な声を零したカミューに、マイクロトフは漸く掴んでいた腕を離した。途端に二人の間に距離が生まれる。

『カミュー。万が一でも決して俺から逃げようとなど考えない事だ。俺を甘く見るなよ』
『……マイクロトフ、目を覚ませ。わたしは逃げたりなどしないから、もっと冷静になってみろ。自分がどれだけ馬鹿げたことを言っているかが分かる』
『どうだかな。おまえはまだ俺を見くびっているところがある。そこを自覚していれば良いんだが』
『マイクロトフ。わたしがおまえをいつ見くびったんだ。少しも分からないよ。おまえが、突然分からなくなった……』

 途方に暮れたように訴えるカミューに、マイクロトフはふと声の調子を変えて呟いた。ひっそりとした声が寂しげに聞こえたのはフリックの気の所為だろうか。

『見くびっているから、分からなくなるんだ』

 カミューはそれ以上は何も言わずに、疲れたように首を軽く振っただけだった。マイクロトフはそんな彼にまた小さく笑うと、くるりと背を向けて足早にその場を去った。
 残されたカミューも少しだけ放心したように立ち尽くしていたが、ややもして気を取り直したように背筋を伸ばすと同じく立ち去っていった。
 最後までそんな二人を偶然とはいえ盗み見るようにしていたフリックはそこで漸くはっとして、呼吸も忘れて見入っていた己を自覚して顔を赤くした。



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短くてすみません

2006/10/27

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