脅迫者


 青騎士団長が男色趣味だとは思ってもみなかった、とフリックは落ち着かない胸騒ぎを抱えながら、妙な感心をする。
 だが誰が誰を好きであろうとそんなものは自分に関係がない。他人の色恋などは無関心が一番だと知っている。
 しかし。
「くそ、やっぱり落ち着かねぇ」
 ぼやいたのは誰にでもなく。場所は程々に騒がしい小舞台のある広間だ。東の棟へと渡る通路に通じているので通り抜ける人間もいれば、設えられている座席に座って舞台の演目を眺める人間もいる。
 フリックは端の方に座って舞台上のコボルトダンスを見るともなしに過ごしていた。だが目はコボルトたちの滑稽な動きを見つめていても頭は全く別のことを考えてばかりだ。
 むろん、ついさっき見た告白劇のことである。
 マチルダの騎士団長二人が、この同盟軍に来る以前にどうだったかは知れないが、はた目には確かな信頼関係を築いているように見えた。
 そして二人とも大勢の部下を率いるに不足のない立派な武人で、決して奢ることのない誠実な人柄に見えたのだ。
 それなのにあれはなんだ。
 カミューは良い。
 友人に突然あんな事を言われて迷惑をしているのだ。
 良くないのはマイクロトフの方だ。
 どんなに親しくしていてもあれはないだろう。あんな、愛情の押し付けは良くない。まるで脅しそのものの物言いで、今の同盟軍の窮状とカミューの責任感の強さをまんまと利用している。
 あんな男だとは思わなかったというのが、フリックの正直な気持ちだった。
「卑怯だ」
 口に出すと一層その思いは強くなった。ちょうど、その時だった。
「あ」
 そんなフリックの目の前を通り過ぎたのは、誰あろう、今まさにその顔を思い浮かべてた元青騎士団長マイクロトフその人だった。
 そして無意識に発した声に気付いたのだろう。立ち止まり振り向いた目がフリックの顔をしげしげと見つめる。そして僅かばかりの背の差で見下ろされる感じが、唐突な不快感を生んだ。
「おい、マイクロトフ」
 フリックにとって年齢がひとつでも上であれば、相手がどんな立場のものであれへつらうものではないと考えている。だから最初から彼のことは呼び捨てだ。
 そのことに彼もそう抵抗もないらしく、最初から礼儀正しく返してくれる。この時も、それは変わらなかった。
「なんだろうか」
 しかし今ばかりはその態度がフリックの目に慇懃無礼に映る。
「おまえに言いたい事がある」
 訝しげに問いかけるような目をして黙り込んだマイクロトフに、フリックは近くにある椅子を指差し顎をしゃくる。
「座れ」
「……分かりました」
 僅かに頷いたマイクロトフに、フリックも傍らの椅子を引き寄せてどっかりと座り込む。

「それで、話とは」
「ああ。おまえとカミューとの事だ」
 途端にフリックはマイクロトフの纏う空気が微妙に変化したのを感じた。
 それまで薄い膜に覆われたようだった他人行儀な気配が、するりと一枚剥がれたような感覚だ。しかもその膜の下には強く他者を圧する気迫が隠れていたらしい。
「カミューが何か」
 言いたいことがあるなら聞くが余計な事は言わせない、とでも言いたげな雰囲気である。だがフリックにはそんな無言の脅しなど利くわけがない。これでも百戦錬磨の傭兵稼業で、無頼の連中を纏め上げてきた自負がある。
「別に、カミューに文句があるわけじゃない」
「では俺に何か」
「そうだ。おまえら親友同士なんだろうが。それを何だって脅迫みたいな真似して、カミューを困らせるんだ。一方的なものは相手にとって害にしかならないのが分からないのか」
 程度の差こそあれ、フリックもまた同盟軍で強引な少女に追い掛け回されていささか辟易気味であるところだ。それもあってマイクロトフに腹を立てているのかも知れない。
 他人事とはいえ、カミューに同情してしまうのだ。
 だから諌める気持ちでマイクロトフに言ってやったのだが、あんな強引な態度に出ていた男が、フリックの一言でそれをあらためるわけはなかった。
「何故それを知っておられる」
 正面から圧してくる気迫が一段と重みを増した気がした。
「たまたま通りかかった時に聞こえたんだよ」
「盗み聞き、ですか」
 静かな問い返しだったが途端にフリックはむっとした。
「人聞きの悪い事を言うんじゃねえ。あんな場所で話してるんだ、俺じゃなくたって聞くさ」
「それは確かにその通りだ」
 と潔くフリックの立ち聞きに関しては認めたらしいマイクロトフだったが、不意に顎を引くとその口元に薄っすらと笑みを浮かべた。
「だが、フリック殿には関係のない話ですな。そう言う事なら俺はこれで失礼する」
「………っ!」
 カッと頭に血が上る。
「関係ないわけあるかよ!」
 気がつけば立ち上がり、怒鳴り返していた。
「俺はな、卑怯な真似が大嫌いなんだ。卑怯なことをするのもされるのも、聞くのも見るのも反吐が出る! 見過ごせるかよ!」
 マイクロトフは驚いたように目を瞠りフリックを見上げていたが、ふとその目を細めて相変わらずの低い静かな声で言い返す。
「それはフリック殿の事情であって、やはり我らには関係がない。放っておいて頂きたい」
「だから放っておけるか! 仲間なんだからな!」
「…………」
 その一瞬、再びマイクロトフが口の端に笑みを浮かべた気がしたが、すぐに浮かんだ別の表情に意識がそれる。
 無関心とも言うべき素っ気無い眼差しを向けたマイクロトフは、同じく立ち上がりフリックを斜めに見据えた。
「申し訳ないが、これ以上この件に関してここであなたと話す事はない」
「待てよ」
 その頃に来て漸くフリックは人の多いこの広間で自分たちが注目を集めていることに気付いたが、今更引っ込みがつく筈もない。踵を返そうとするマイクロトフを呼び止めた。
「行くなら、強引な真似だけはするなって、それだけ俺に約束してから行け」
「……出来ない約束は、しない」
「おまえなぁ」
「騎士が口先だけの約束を出来るわけがない」
「だったら脅迫みたいなこともすんな!」
「あれはそんなものではない。……事情を知らぬあなたがそう感じたのも無理はないが、とにかくフリック殿には関係のない事なのだ」
 それ以上は本当に放っておいてくれと、マイクロトフは僅かに顔を顰めて先を行こうとする。その背に、今度はフリックが先ほどの再現宜しく彼の腕を掴んで引き止めた。
「冗談じゃないぞ、オレは同盟軍の仲間として口出ししてんだ。あいつの立場を利用して強引な真似しやがったら承知しねえぞ」
「フリック殿。言葉を慎んでもらえないだろうか」
「都合が悪いからって話を反らそうとすんじゃねえ! オレはなぁ!」
「カミューの事を考えて下さるのなら、それ以上は止めて頂きたい」
「止めるのはおまえの方だろ!」
 怒鳴った、その時だった。

「マイクロトフ…?」

 カミューの声がした。



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公衆の面前で罵りあいクリア。
お人好しフリックが好きです。

2006/11/04

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