
※裏向きな内容です
マイクロトフに対して、カミューが抵抗する事はあの夜以来一度としてない。
何をされても、ただ受け入れる。
心を凍えさせながら、顔を青ざめさせて。
抵抗を見せなくても、マイクロトフは半ば力任せに引き摺るようにカミューをベッドへと連れて行く。そして些か乱暴に突き飛ばすと不遜に言い放った。
「償いはどんな方法が良い」
「……………」
「ああ、これにするか」
呟いたマイクロトフの片手が、壁にかかったカミューの騎士服に伸びる。
「ちょうど良い」
満足げに頷いて、するりと抜き取ったそれはマントを留める飾り紐だった。端を摘んでだらりとぶら下げると結構な長さがある。それをマイクロトフはカミューに見せたが、それをぼんやりと見上げる琥珀の瞳からは既に精気が失せている。
両手を取られ持ち上げられても、その瞳には何の変化も現れなかった。
しかし。
流石にベッドの支柱にその両手首を紐で繋ぎ止められたと知った時には、その瞳に翳りが走った。
「…マイクロトフ……?」
知らず声に脅えが滲む。
だが、確りと結わえられた紐は少しカミューの腕を浮かせて、きつく拘束を果たしてしまっている。その上で、マイクロトフは横たわったカミューの衣服にするりと手をしのばせ始めた。
「何を…」
「償いだカミュー」
僅かな笑いを含んだ声が応える。同時にカミューのはだけた胸に濡れた舌が這う感触が伝った。
「何度教えても俺を裏切る。その報いを」
唾液で濡れたところに言葉と共に息がかかって、カミューは粟立つ自身の肌に切なく吐息を漏らした。もう、何度となくマイクロトフを受け入れた青年の身体は、今や僅かな刺激さえ敏感に感じ取る。しかし何処か強張りの抜けない四肢は、今夜支柱に堅く両腕を縛り留められていることで一層硬くなっていた。
「緊張しているようだが心配は要らん。前みたいに痛めつけたりはしない」
鳥肌の立ったカミューの肌を、優しく撫でてマイクロトフは囁いた。
「前はつい頭に血が上ったが……今日はこれでも落ち着いているんだぞ?」
そして甘く微笑むと、その黒い双眸でカミューをじっと見つめた。
「おまえの綺麗な顔が苦痛に歪むのはあまり見たくない。出来れば、いつものようなのが俺は良い」
いつもの。
最後にはいつも、泣いて許しを請うカミューを、マイクロトフは嬉しそうに宥める。すまない、と言葉では詫びながらも、カミューが力尽きて意識を失うまでに貪り尽くす。意識が途絶える寸前、血の気が失せているだろう頬に手を這わせ満足げに微笑むのを、何度霞む目で見たかしれない。
そんな酷く無理の続く日々の中、時折悪夢に魘されるカミューをマイクロトフは何度も起こす。
そして悪夢によって青ざめ冷や汗を滴らせる身体を、また、抱く。
それがいつもの。
連想によって思い出すだけでカミューの身体が冷えていく。
すうっと血が下りていく感覚に指先が震えるが、今はきつく縛られていてそれも叶わなかった。
「カミューどうした?」
問われても喉がひくついて言葉が出てこない。だがそれらは全て承知の上でマイクロトフは問うのだ。
「どうかしたか?」
甘く囁きながら、徐々にカミューの身体を暴いていく。そして冷える心とは裏腹に高められていく身体に、カミューは殉ずるような表情を浮かべて目を閉じる。ただ、なすがまま弄ばれるのを覚悟できつく目を瞑る。
しかしこの夜は、不意に中断された愛撫の手にその瞳が薄く開いた。
中途半端に熱を持たされた肌からマイクロトフの手が離れる。
「マイクロトフ……?」
「そう不安そうな顔をするな」
薄く開いた瞳の向こう、甘い笑みがそう応える。だが、ぎしりとベッドを軋ませて、良く見れば全く衣服に乱れの無い男は床に下り立つとそのまま扉に向かって歩き出す。
「…マイクロトフ……っ」
カミューの両手は支柱に括り付けられたまま、まさかこのまま放置するつもりなのか。しかしマイクロトフは緩やかに振り返ると苦笑を漏らした。
「直ぐ戻る」
そしてまるで何も無かったかのようにマイクロトフは扉の向こうに消えた。
取り残されたカミューは、ひたすら閉じられた扉を見つめ、やたらと大きく聞こえる自分の呼吸音に顔を顰めた。熱くされたまま放り出された肌は、ことさら静まり返った部屋の空気に敏感で。何もされていないのに気恥ずかしさからか徐々に熱が高まる。
しかし、気のせいかと思われた身体の熱は、羞恥のせいなどではなくまるで灯油に火をともしたかのように加速度的にカミューの身体を冒していった。
「………まさ…か…」
両手を繋がれたまま、せり上がる疼きと情動にカミューは身を捩じらせて堪らず目を閉じる。
何かされたのだと気付いた頃にはもう遅かった。
いつの間にか媚薬のような何かを施されていたらしい。全身から汗が噴き出し小刻みな震えが襲ってくる。それはさしずめ悪寒に震える熱病患者のようであった。
「あ…マ……マイクロトフ…」
直ぐ戻ると言ったはずが、扉の向こうには一向にその気配が感じられない。助けを請うようにか細く何度も名を呼んで扉を見つめても、ただ身体を冒す熱が高まっていくだけで。
これが、とカミューはもう声も出ない声で呟いた。
つまりこれが今夜の趣向というわけだ。
長く暗い沈黙の後に、不意に扉がノックされた。
カミューは涙が滲んでぼんやりと霞む視線で扉をとらえた。マイクロトフかと思ったが、直ぐ後に続いた固い声に途端に意識が鮮明になる。
「カミュー様?」
誰か、若い騎士の声だ。
そう認識するなり、冷水を浴びせられたように全身が冷えた。
「カミュー様、おられませんか?」
もう一度ノックの音が響く。
確か。
マイクロトフは、どうやって出ていった?
カミューは目を閉じると、ともすれば熱でぼんやりと霞む頭を左右に振り、必死で記憶を辿る。
マイクロトフの姿が扉の向こうに消えて、扉は鈍い音をたてて閉まった。
閉まった。だが、その後に響くはずの施錠音は?
外側の鍵穴から、マイクロトフは持っている合鍵で施錠できるはずだ。
だが、聞き慣れたその音が記憶には無かった。
扉は今、無防備に開け放たれているも同然だった。
「………っ」
喉をついて迸ろうとする悲鳴を噛み殺せたのは、薬に冒された身では随分な僥倖だったろう。
今ここで存在を明らかにして、入室されるのはどうしても避けたかった。
何しろ半ば脱ぎ掛けの衣服を纏っただけの姿で、両手を括り付けられ身動きがならないのだ。しかも全身情欲に濡れている。
どくん、と耳奥で脈動音が大きく響いた。
「カミュー様?」
扉に僅かな負荷のかかった音がする。
「…おかしいな、マイクロトフ様は部屋にいるはずだと……」
扉の向こう、若い騎士の朴訥な呟きはカミューに落雷を受けたような衝撃をもたらした。
たったこれだけの言葉で、男の思惑が容易に知れる己の機知が厭わしい。
―――マイクロトフ…。
身じろぎもせず、カミューは静かに嗚咽をこらえた。
さいなまれる精神はもう、カミューに涙を流させる事を忌避としない。ただ感情のままに壊れた涙腺は止めど無く涙を流す。
だが、再びぎしりと軋んだ扉にカミューは身を竦ませた。
「…ん? 開いて……?」
扉の隙間から漏れてくる声に、涙さえ止まる。
それこそカミューが恐れた事態であり、マイクロトフが目論んだ事態であろう。
声と共に、室外と室内を隔てる扉は軽い音を立てて動き、カミューは息を呑んで身を強張らせた。
しかし、カミューが息を詰めて凝視する中で、扉は僅かの隙間を開けたのみでとどまった。
「あ、マイクロトフ様」
さっきよりも明瞭に若い騎士の声が聞こえる。それから少し小さな声で僅かなやり取りがあって、そして一人分の足音が遠ざかって行った。
扉が揺れる。
そこから顔を覗かせたのはマイクロトフだった。刹那、気が遠くなりそうになってカミューはシーツに重い吐息を落とした。四肢の力が抜けて行く感覚に再び涙が滲み始めた。
「あの騎士が入ってくると焦ったか? 俺は直ぐ戻ると言ったろう」
安心を誘う笑みを浮かべてマイクロトフは再びベッドに乗り上がり、カミューの頭の間際に片手をついて覗き込んできた。
「凄い汗だな、苦しいか?」
頬に触れたマイクロトフの指先が、じわりとカミューの焦燥を誘った。だがその手は直ぐに離れてカミューの頭上へと向かう。
「あぁ…しまった、何か布でも当ててやれば良かったな。赤く擦れている」
手首の辺りにマイクロトフの指が触れたが、どうやらすっかり痺れてしまっているらしく感覚がほとんどなかった。だから、そっと括り付けている紐が解かれても直ぐには気付かなかった。
「まぁ、手袋で隠れるか」
呟いてマイクロトフは手首を撫でた。
「さて……どうだ?」
うっそりと囁いてマイクロトフはカミューの上に身を屈め、そっとその肌に手を這わせた。途端にびくっと顕著な反応を返してしまう。
「これはこれは、随分と便利なものがあるんだな」
機嫌良さそうに頷いてマイクロトフは笑いを含んだ声で囁いた。
「案外簡単に手が入るんで驚いたぞ俺は」
「…マイクロトフ……何…を……?」
「薬だ。習慣性がないから心配は要らない」
そして、中断されていた愛撫が再開される。その指先の侵略に、何処かで安堵を覚えながら、薬によって意識外で暴れ出そうとする情動に、耐え切れずカミューは声を漏らした。
「もう、いやだ―――こんなの…は」
喘ぎに紛れて訴えるが、マイクロトフは軽い笑い声で答えた。
「こんなの? 今更だなカミュー」
ことさら敏感な個所を刺激しながらマイクロトフはカミューの耳朶を唇で嬲った。煽られて、喉をついて呻き声が漏れる。嫌だ、と訴える声もそれに紛れて消えてしまった。
拘束を解かれた両手は、縛られていた時以上の強張りでシーツをきつく掴み締めている。その手を、そっとマイクロトフの手が覆った。
「カミュー、力を抜け」
優しい声音に撫でられて、一瞬カミューの身体から強張りが解けた。その僅かな瞬間にマイクロトフは突然、カミューの足を割り開きその身体を引き裂いた。
声にならない悲鳴がカミューの喉もとでわだかまる。刺し貫かれた痛みは、だが薬の所為で直ぐに溶けて消えていった。代わりに貪欲なほどの快感が身の内を吹き荒れる。
「全く便利だな……どうだ? カミュー」
全身を覆い尽くす痺れるような感覚の中、マイクロトフの低い声は背筋をぞっとさせる威力がある。気付けば絶え間ない嬌声を漏らしながらカミューはマイクロトフの身体にしがみついて求めていた。
徐々に意識が遠ざかる。その沈み込んでいきそうな感覚に、落下の恐怖を覚える。
助けて、と叫んだかどうかすら、もうわからない。
そしてマイクロトフの低い笑い声を遠くに、カミューの意識は完全に白濁したのだった。
白いシーツの上に散った金茶の髪をひと撫でして、マイクロトフは立ち上がった。
見下ろすカミューの白い頬は青ざめていて、確りと瞑られた両目の下は薄らと隈が浮いている。弱々しいその姿に、マイクロトフは限りない慈愛を込めた笑みを浮かべた。
だが、直ぐに真顔に戻るとベッドから離れ部屋を横断する。そして扉の前で立ち止まった。
俯くと、ゆっくりと膝を折って床に手を伸ばす。
その指先が摘み上げたもの。
それは赤い花の残骸だった。
「馬鹿だなカミュー」
無表情のままマイクロトフは、無残な花をその手に握り込んで更に潰した。
「まだ、分かっていない」
手を開くと、千切れた花弁がはらはらと舞い落ちる。
それをじっと見詰めてマイクロトフは薄く微笑んだ。掠れるような声が、静まり返った室内に落ちる。
「救いなど―――ありはしない」
END
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タスケテ
いや、まじで(笑)
私にしては精一杯頑張ったよね……(遠い目)
(でも鬼畜ぶりは甘いな…ちっ(笑) しかし青は赤の耳が好物みたいだ)
んで、これは流石にのほほんと置くのはやばげなので隠しです
2000/11/19
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