つきたちの花


「なんだこれは」
 パタンと冊子を閉じて直ぐさまカミューの不快げな声が上がる。
「何故わたしが死ななければならないんだ」
 閉じた薄っぺらい冊子をぱしぱしと叩きながら椅子から立ち上がる。
「だいたいなんだ、このわけの分からないストーリーは? そもそも花を買うところからして間違っている…それにどうしてわたしがここまで心配してやらなければならないんだ、初めてのお使いでもあるまいし」
 冊子を丸めてぽんぽんと掌を打ち、カミューはぶつぶつと呟きながら室内を歩く。
「妖花の出現にも無理がある。それに帰って来てからがおかしい。どうして突然襲われてやらなければならないんだ、いきなり過ぎるだろうが」
 憤懣やるかたなしとカミューは顔を顰め、最終的にはベッドで胡座をかいていたマイクロトフの前へと辿りつく。
「おい」
「………」
 外から帰って来て、黙って薄い冊子を捲り始めたカミューを、じっと見守っていたマイクロトフだったが、どうやら物語が書いてあるらしいその冊子を読み進めて行く青年の顔が、徐々に不機嫌そうになっていくのを見て、どうしようかと考えていたところだった。
 悪態をつき始めたと思ったら、じっとりとした目で見下ろされ、声をかけられどきどきする。
 いったい何を言われるのだろうか。
「マイクロトフ」
「な…なんだ?」
 見上げるとカミューは眉を寄せた顔のまま、ぼそりと言った。
「林檎を割ってくれ」
「…………なんだって?」
 聞き返すとカミューは丸めた冊子でマイクロトフの頭を叩いた。
「林檎だ林檎。割って見せてくれと言っているんだ。そこにあるだろう」
 そうして指差す先には先日トニーから分けてもらった青い林檎が籠に入って置いてある。
「これか?」
 腕を伸ばして一つ取って見せるとカミューは「あぁ」と頷いた。
「割るのか? ナイフで切らずにか?」
 いつもならナイフで綺麗に切り分けるところだが。
「ナイフは駄目だ」
 即答で返される。
 マイクロトフはわけが解からないなりに、両手で林檎を掴んだ。
「割れば良いんだな?」
「そう」
 カミューが頷くのを見てから、マイクロトフは指先に力を込めた。そして青い林檎は真っ二つに割れた。
「これで良いか?」
 割った林檎を掲げると、漸くカミューが笑った。
「あぁ、有難う。それじゃあ半分ずつな」
 そう言って片方をひょいと取り上げると、しゃり、と音を立ててカミューは林檎に齧りついた。
「美味しい」
 そうして微笑むカミューを、マイクロトフは何がなんだか全く解からないが、幸福な気持ちで見詰めた。そして自分も残った片身に齧りつくと、途端に口の中に広がった甘酸っぱさが、その幸福感をいや増した。
「あぁ…美味いな」
 呟くとカミューの微笑みがいっそう深みを増した。

 カミューの笑顔。それは随分と昔に想いを打ち明けてから変わらずマイクロトフへ向けられるものだった。
 その昔、想いを自覚した刹那、偽りなくこの親友にそれを告げて良かったとマイクロトフは思う。
 でなければこんな幸福はなかっただろう。

「カミュー」
「なんだ?」
「さっき読んでいたのは何だったんだ」
「それは…秘密だ」
 そうしてこっそりと笑うカミューには、もう何を言っても冊子の内容については聞き出せない。
「…そうか」
「なんだ、気になるのか?」
「いや、別に…ただ何となくカミューの『何故わたしが死ななければならないんだ』という言葉が気になるだけだ」
 マイクロトフがそう答えると、カミューは驚いたように目をみはった。それからじんわりと笑みを浮かべるとマイクロトフの前に膝をついた。
「大丈夫だ言葉のあやだから。心配するな」
 そしてふわりと抱き締めてくる。
「おまえはわたしを好きだろう?」
「あぁ」
「だったら、尚更心配は無用だ」
「……?」
 耳元でカミューのくすくすと笑う声が聞こえる。
「よく、わからんが…」
 まぁいいか、とマイクロトフもカミューの背中に自分の腕を回した。
 何があろうと今、こうして触れ合っていられるのだからカミューの言う通り心配は要らないのだろう。
「だがしかし…」
「ん?」
「何故、突然林檎なんだ?」
 問い掛けに、カミューの惑う気配がする。だが、一拍置いて返された答えは。

「……それも秘密」

 と密やかに告げられた言葉と控えめな口付けだった。


END


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はぁいラブバカ(笑)
ちょっとは救われましたでしょうか
基本はほのぼの、基本はほのぼの…

2001/06/03

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