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縫意識下でつくられる「短期記憶」 ノンレム睡眠時には、ある特定のニューロンクラスターは活性化し、 他のニューロンクラスターは沈静、または待機状態となっている。 この両極端がノンレム睡眠時の脳の全般的な状態であって、「双安定」と呼ばれる。 そして、この局所的に活性化するニューロンクラスターは 活性化後に沈静し、他の部分が活性化する。 これを繰り返しながら、ノンレム睡眠の深さが増してくる。 活性化するのはおそらく昼間の新奇体験を 短期記憶にするための圧縮された夢の生成だと思われる。 沈静化するのは、不要な短期記憶の情報を消去するために シナプスを解放する、結果として発火を止めるからだと私は考えている。 「発火を待機している、発火させる、発火を止める」という 3種類の状態がニューロンクラスターにはあって それを順序よく脳全体にいきわたらせる過程で、 不要な情報を消しながら短期記憶を構成するのだろう。 この「双安定」においては意識はないという…。 脳は作業をしているが、単純な作業であって、 意識を作り出していないという研究成果がある。 その作業は脳脊髄液が不要なものを除去することであり 日中に連結したシナプスを解放すること、つまり電気的活動を減らすことだ。何のために? 短期記憶を長期記憶につなげるためのネットワークを構築する事前準備のためだ。 残すべき短期記憶のニューロンクラスターのみが、すでに点滅し、他は沈静している。 レム睡眠時にその短期記憶と関連する皮質記憶のニューロンクラスターも点滅しはじめる。 双方のニューロンの軸先は伸びて、海馬で連結しあうのだ。 このとき意識は確かに存在している。はっきりとした「夢意識」だ。 夢意識という用語はふむふむの造語であり、以下の夢意識仮説を立てている。 集合的記憶・集合的無意識という夢の語り場 集合的記憶とは、あなたを取り囲む社会や集団において 共有される記憶等の情報のまとまりであり、 おしゃべりやナラティブの形で受け継がれていくもの。 集合的無意識は個人の経験を超えて、文化や時代を超えて、 進化の過程で共通に受け継いできた心の構造ですね。 集合的記憶は集合的無意識を取り囲むように構築されます。 人類共通の記憶の構造そのものが、集合的無意識であり、 それは個人的無意識の深層にあって、脳のニューロンクラスターのネットワークから構成されます。 ナラティブは集合的記憶と集合的無意識の融合領域において、発火し始めます。 個人的な「記憶場」において、「語り場」が開かれたとき、夢はまさに展開し始めるのです。 語り場は集合的記憶と集合的無意識が渦を巻いている場であり、 脳のデフォルトモードネットワークが創り出す「感覚空間」そのものです。 好きな人の夢をみるのは? いま、現実として好きな人がいて、夢にも見ているとしたら…。 好きでなくなる…かもしれません。 かつて、好きだった人を思い出したかのように夢に見るのは…。 好きだったという過去を忘れるためなのかも? そして、別の現実的な事態が展開しているはず。 恋愛感情に対応する脳の部分は偏桃体です。 偏桃体は恐怖を感知し、闘うか逃げるかを判断し、 ノルエピネフリンという神経伝達物質を放出する役目があります。 ノルエピネフリンによって、瞳孔が広がり、心臓が高鳴ります。 結果として、血液の流れが強くなり、筋肉を緊張させ、 目前の危機に対応しようとします。 ところで、このような身体の状態は「怒り」や「幸せ」、そして「恋愛」とも似ていますね。 好きな人を見ると、自然に瞳孔が開き、心臓が高鳴り、 そして何かしらの行動をしたくなりますから…。 さて、話題を戻しましょう。 感情がともなう夢を見るのは、レム睡眠時でしたね。 心拍数があがり、歯をくいしばり、筋肉が緊張するような、 恐怖にさらされる夢をみているときでも、たいていの場合、跳び起きることはありません。 なぜなら、レム睡眠時はノルエピネフリンがほとんど放出されないからです。 つまり、恐怖の夢であっても、ノルエピネフリンなしの シミュレーションであって、恐怖の反応が生じないのです。 言い換えると、身体はそれなりの準備をして対応したけど、 恐怖が湧いてこない「リハーサル」になったわけです。 この記憶の再構築により、「恐怖」という感情が薄められているといえるでしょう。 好きな人を夢に見るのは、記憶を再構築するために、見ているのですから、 好きという感情に何かしらの色付けをするために見ているということです。 好きだけど、この部分がイヤだとか…。他にも好きな人がいて比べてみているとか…。 いずれにしても、好きという記憶に何かしら添加して、あるいは何かしら削り取って 新たな記憶に作り替えるために「夢にみている」ということなのです。 純粋に「好き」という感情から、何かしらの条件づきの「好き」に変質していることになりますね。 極端な場合、「ほんとうは嫌いなのかも?」という結論を夢は導くことさえあります。 かつて、好きだったという人の夢をみるのも同じです。 あなたの「恋愛感情」に変化があるから、見ているのであって かつての「恋人」にかかわる夢ではありません。 かつての「恋人」を夢に登場させることによって、 何かに対する「強い思い」が薄められているのかもしれません。 それは、何かしら現実面ですすんでいる事柄であって、 それに関連する事態や事情、あるいは…あきらめのような感情かもしれません。 ところで、恐怖の夢で跳び起きてしまうPTSDのような症例がありますが、 原因としては、レム睡眠時にもかかわらず、ノルエピネフリンの濃度が高まってしまうからですね。 夢が奇妙なのはコルチゾールのため! 最近、夢をみましたか? 思い出せる夢はよく知っている場所でしたか? 登場した人物は知っている人ですか? あなたが普段しているような行動や行為をしていましたか? ほとんどの夢には目が覚めているときの「経験の断片」が入り込んでいます。 強烈な出来事があって、あなたの感情が強く刺激されたとしましょう。 睡眠時にその「出来事」を再生するかのような夢をみるのは非常に稀なことでしょう。 なぜなら、記憶というのはエピソード全体を対象としていないからです。 刃物をもった暴漢に襲われたとき、刃物の特徴は覚えていても その暴漢の顔を思い出せないということはよくあります。 どこに視点があてられていたか、そこが肝心な記憶の対象となるからです。 出来事の進行に合わせて、全体の印象をそのままに再現する夢は見ていません。 特定の部分にスポットライトをあて、断片をつなぎ合わせた「短縮された夢」をみます。 夢を見る人の興味や関心にあわせて、夢の素材である「断片」は拾い出されるのですね。 このように夢にはまとまりのない記憶の断片が含まれていて 行ったことのある場所、見たことのある顔、少し見慣れた状況が混ざり合っているのです。 新皮質のさまざまな記憶のつながりをコントロールしているのが海馬です。 強くつながっている場合も、弱くつながっている場合も、 海馬は必要に応じてネットワークを構成しようとします。 ところが、睡眠時になるとコルチゾールの濃度が高まってくる。 コルチゾールは海馬と新皮質の間の連絡を阻害するはたらきがあります。 とくに、最後のレム睡眠は起床直前であり、その濃度が極大となるため、 海馬と新皮質はどちらも活発に活動しているのに、連携なしの、 ある意味自由な、バラバラな、脈絡のない、 連想モードのネットワークを作り出しているのですね。 連想しているのは、前頭前野です。 夢は「生き残るためのシミュレーション」をし、 近い未来のためのリハーサルを演じています。 危機に対応するためです。 夢の内容と同期し、危機に対応する体の態勢をつくり出すのがコルチゾールなのですね。 危機に対応した「脳と身体」を準備し整えて、朝を迎えるということになるのです。 ※コルチゾールはそもそも危機に対処すべく体内のエネルギーを生み出し、 身体のストレスに対応する生体防御態勢(免疫系)を高めるはたらきをしています。 NEXTUP |