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猫も夢をみている 猫や犬などは夢をみているのでしょうが、 おそらくトカゲやミミズ、セミなどは夢はみないでしょう。 もちろん、なめくじもゴキブリも夢とは無関係ですね。 脳の進化は古い機能の上に新しい機能を積み上げてきました。 脊髄の上に延髄、小脳、中脳、間脳、大脳と言う具合にです。 夢をみるには大脳辺縁系が装備されていなければなりません。 哺乳類はそれらがそろっています。もちろん大脳皮質もあります。 大脳皮質に記憶を蓄えるという進化の時点で、夢をみるようになったわけです。 記憶という脳の機能が装着されてから、夢は「独立した機能」として人々を魅了してきた。 「独立」というのは、記憶する機能がなくなっても、夢見ることは支障なく機能するし 反対に、記憶には問題がないけれど、夢をみることができない症例もあるからだ。 言い換えると、夢をみることには何らかの機能的な意味があるはずだということ。 夢をみたという記憶を消去するように脳はシステム化されてはいるけれど それでも漏れてくるのはどうしてだろうか? 夢を現実と勘違いしないように制御しているけれど、 どうしようもなく漏れてくるのは感情の色がついているからであって、 何かしらの切迫した状況や問題解決の場面があるからだろう。 そこにおいては、シミュレーションを展開することであり、 具体的なリハーサルをし、何かしらの結果を得ることを意味するだろう。 夢の機能が独立的に存在する意味はそこにある。 つまり、夢は振り返るべき「情報」が含まれているということだ。 思い出さないままで、放っておいていいわけがないと思っている。 犬と猫と私。 まるこさんの夢 生きる目標は失われている 「ある行動」を起こす能力があるのに、実行に移すことがなければ、選択はされない。 同様に、「ある行動」をする動機があるのに、実行しなければ、やはり選択されない。 選択するのは、この世の中のシステムだ。「選択」は生き残りにつながる。 あなたが未知の状況のもとで、特定の目標に向けて行動しているとき、 現実世界の刺激によって駆り立てられ、単に知覚に反応し行動する傾向が多くなりがちです。 なぜなら、複数の可能な行動があるのに、あなたなりの「現実認識」の枠組みにとらわれ その都度、判断することを避けているからだ。判断しないで、行動しているということだ。 あなたの「現実認識」が、あらためて考えなくても大丈夫だと当然のごとく「提示」してくるから。 あなたは効率的に生きようとしているから、考えなくて済むなら、それでよいと、 最初に思い浮かんだ「行動」を選択し、納得しながら悠然と構えている。 意思決定能力を備えているのに、それを使わないのなら、 「現実認識」という記憶のネットワークに行動をゆだねるだけの存在になってしまう。 生きているのではなく、何かに動かされている実感しか残らない「生き方」となっている。 目の前の現実にたじろぎ、ストレスという刺激を受け、生きている多くの人たちは、 安易に、楽に生きようとする道を選ぶと、「現実認識」という安直な枠組みに追い込まれる。 あなただけでなく、大部分の人たちが、同じような行動で「反応」していることに気づくはずだ。 脳はつねに刺激を求めている。 同じ枠組みにとどまろうとはしていない。新しい提案を用意している。 それが、夢の機能だとわたしは思っている。 生き残りという「生存競争」はかつての「狩猟採集」の時代のなごりであり、 現在では「生きがいを創り出す」ことが生き残りを意味している。 AIとロボットの時代になり、人々は働くことをしなくて済むようになっていくだろう。 働かないで生きること、そうなったときに、現実世界は大きく様変わりをし、 社会における役割分担が変化してくる。何を考えるかが変わってくるということだ。 まさに、今が「過渡期」であり、脳は自分の役割をあらたに創造しなければならなくなっている。 夢をみる機能こそが、その役割を担うだろうとわたしは考えている。 共同生活の家? 「レッドアップル」さんの夢 つぶやくという「行為」 ちょっと前までは、つぶやいても聞いているのはほんの一握りの人たちであった。 あるいは、単なる独り言で済んでいたはずだ。 つぶやいて、反応があってもなくても、自分でもう一度考えてみることができたはず。 つぶやきには、自分のつぶやきで回答がくるのが普通で、自分の脳内で処理されるものだった。 自分の中で発生した「思考」を自分の中だけで消化・吸収することができたということ。 つぶやきは自己完結するものだったから、責任を負わずに済んでいたわけだ。 漏れ聞こえて、周囲の何人かを巻き込んだとしても、 そのつぶやきに影響される範囲はとても小さいから問題なかった。 つぶやきは、考えるために発生するものであり、 つぶやきから「共起する言葉」は、特定の文脈やテーマにおいて、 脳のネットワーク上でつながっている「言葉の組み合わせ」を引き出します。 それらの組み合わせは、互いに意味を明確にするだけでなく、つぶやきに本来の深みを与えます。 引き出されるものや深みがさまざまであって、ときにはカオスをもたらすのがSNS空間です。 不特定多数のネット空間という外部記憶装置をあなたの脳は相手にするようになりました。 あなたのつぶやきは、その外部装置に永遠に記録され、 再構成され、他の情報とつながり、ネットワークを形成し続けます。 夢見なら、一晩過ぎれば、記憶消去のシステムによって、忘れることもできるでしょうが… SNS空間はそのような機能は最初から装備されていませんし、拡散の機能のみが圧倒的なので、 つぶやきに対する他者からの反応は、理性的な文脈が混じってはいますが、 おしゃべりはとまりません。おしゃべりは基本的に感情そのものです。 なぜなら、おしゃべりという繰り返しは「感情」から生起されるものだからです。 つぶやきにはつぶやき、それが基本原理で、おしゃべりの本質です。 AIに「つぶやき」を担当させれば、あなたは「つぶやく」ことは減るかもしれませんが…。 スタートがあなたでなくても、おしゃべりは絶え間なく繰り返されるのがSNS空間です。 あなたの夢見は、その空間に居場所を見つけるかもしれません。 なぜなら、夢見の生成のしくみとSNS空間の生態は似ているからです。 ところで、居場所だと思っていたSNS空間は、夢見にとってニッチな生態系であり、 取り込まれてしまう危険性があることを承知していなければなりません。 あなたの身体を除外してしまう「恐れ・惧れ」があるからです。 身体を素通りしてみる夢は、もはやあなた自身を「主体」とみなさないようになるでしょうから。 夢見の限界はおそらく、そのあたりにあって、私自身も危惧しており、 創造的な役割を果たせるための「別の出口」、あるいはインターフェースを探っています。 懐かしい彼 「ようこ」さんの夢 夢見に身体は必要! AIは、当たり前に考えることを、あなたの脳から奪い去ります。 本を読んだり、資料に直接あたったり、調べたことをつないだりする作業を省くだけでなく、 結論までを用意する「AI」の能力は、あなたのものではありません。 あなたの身体が生み出したものではないということです。 脳だけが考えているわけではなく、感覚器官が取り入れた「感覚情報」が基礎にあります。 身体があってこその「脳」なのです。脳は身体を維持し、遺伝子を残すためにあります。 よりよく「生き残る」ため、脳は活動し、夢見もそのために機能しています。 SNS空間はやがてすたれてくるものと私は想像しています。 個人の生き方が基準となり、多数とむすびつくより、AIとの対応が主となる生活で、 少数の人間とのやり取りで満たされる世界になると思います。 もちろん、AIは単体として、あなた自身のそばに存在し、 あなただけのために機能する外部記憶となり、一体感は増しているはずです。 脳との距離感もなくなり、新しい「皮質」として、AIは迎えられているでしょう。 同時に、身体性はより強調され、自分自身を管理するためのプログラムとして夢見が採用される。 夢見はAIと協力しながら、その人らしさを維持する装置として機能し続けるのではないかと…。 夢見の機能の未来像について少し語り過ぎました。 このあたりで、しばらく消え去ることとしましょう。 生まれた子どもと亡くなった祖母・・・? 「わさび」さんの夢 夢を見ているとは、こんな感じかも? 昨日と今日はどこがちがう? 時々、そう思いながら、目が覚める。 違う毎日が欲しいわけじゃないけど、今日が特別な一日であってほしいからだろうか? 脳は、新奇な体験に敏感だ。新奇という雰囲気に「島皮質」がからんでくる。 いつもとは違う日常、そう感じた瞬間に、海馬は「短期記憶」の候補として確保する。 偏桃体は、その体験に「感情」を割り当て、色鮮やかな目印をつけている。 「こんなこと前にもあったかな」、「いや、はじめてのことだよね」とおしゃべりが始まる。 すると、海馬は、「とりあえず、あちこちあたってみるね」と楽しそうに動き出す。 なぜなら、海馬は「ドーパミン」というクーポンを「青斑核」からもらって、ウキウキだから。 大したことじゃないんだけど、こんなこともあったよと大脳皮質のある領域が反応する。 その領域が点滅すると、他の皮質領域から、こんなこともあるけど関係あるかなとフラグが立つ。 皮質のネットワークは、似たようなものをあまり区別せず、いっしょにしているから混乱している。 どれもこれも、あれもそれも、どこで何がどうしたって、まぜまぜになっている。 このままじゃ、こんがらったままだから、「整理整頓」しなくちゃねと 海馬が独り言を大きな声で言いだすのは、眠り始めた頃になるのはしかたない。 目が覚めている間は、あれこれ目の前のことで何かしら考えているからだし、 別の新奇なことがらが発生しているから、それで精一杯だ。 とにかく、目が閉じられ、外部からの感覚情報が遮断されれば、海馬が言うように、 溜まりにたまった「短期記憶」というシナプスのつながりをどうにかしなければならない。 こんがらって、ぐちゃぐちゃな「つながり」は、それぞれ目印をつけておいておこう。 これがノンレム睡眠の第1段階だ。 サリエンス・ネットワークの脳が機能し、とりあえず、大まかに区分けをする。 さて、ノンレム睡眠の第2段階では、シナプスのつながりはいったん、すべて解放する。 昼間の「短期記憶」につけた目印にそって再生し、シナプスをつなぎ直して、編集を行う。 もちろん早送りの再生で、その新奇性を評価し、それなりの仮タイトルもつける。 この時点でかなり疲労もたまってきたから、眠りは深くなる。 休憩を十分にとることにし、老廃物も吐き出してすっきりする。 ノンレム睡眠の第3段階では、ふたたびサリエンス・ネットワークが動き出し、 関連する「弱いつながり記憶」を拾い出し、そこにある文脈やシナリオの洗い出しをする。 この過程で、海馬は使い古したニューロンを廃棄しており、同時に、 海馬内にニューロンを新生し、スタンバイの状態をつくりだす作業も少しづつ進めているのだ。 いよいよレム睡眠になると、海馬が新規に編集された「短期記憶」を 関連する「弱いつながり記憶」に結びつける作業に入ります。 このとき、脳はデフォルトモードネットワークとなっており、さまよい思考を発揮し始める。 結びつける際に、前頭皮質が「文脈やシナリオ」を持ち込みます。 シナリオに応じて、海馬の「どこだ情報」、偏桃体の「なんだこれ情報」、 大脳皮質の「これだろう情報」が持ち込まれて、組み込まれると記憶のネットワークとなる。 そのネットワークが標的とする視覚野等のニューロンクラスターによって、 「感覚空間」=夢が創り出される。 大脳辺縁系まわりで、展開されている活発なニューロンクラスターの発火は、 基本的に「生き残り」のためのシミュレーションを展開し、 身体の動きをともなうリハーサルを行いながら 「シナリオ」に合わせて、夢見の現象をあなたにみせている。 大脳辺縁系は、「どうこんな感じでやれそうだけど?」と提案する一方で、 「まあ、うまくいかない感じはちょっとあるよね!」と同情を示し、 「今日のところは、これくらいで終了し、あとはまた明日ってことにしませんか?」と あなたにスケージュールを告げながら、大事なことだからねと言いつつ、 「でも、現実と混乱してしまわないように夢の履歴は消すね」…と冷たく突き放してくる。 このあたりのことは、あなたは起床直前になっていて、 ちょっとは記憶を辿れるけど、あまり思い出さないよね。 スッキリ起きたい脳は、夢にはあまりかかわらないで先にすすもうとしている。 だって、今日も楽しそうな一日がはじまりそうだから。 そんなわけで、夢のことはすっかり忘れてしまうかも? それゆえ、このテキストの最初の一行が意味をなしてくるのだ。 昨日と今日はどこがちがう?
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