おもてなしの料理 

ドイツ人をディナーに招待しているようだ。
交渉の場に参加したメンバーのみの食事会のようで、
わたしは、目の前でレシピにそって、調理をはじめている。
玉ねぎの甘さを活かした冷製スープに白菜を入れるものだ。

白菜の処理は、根元に近い肉厚の白い部分を短冊状に切ってから、
薄く削いで触感を「調整」するところがポイントとなる。
処理した後、レンジで30秒ほど加熱すると、しんなりとして美味しくなる。
得意な料理であって、スムーズにテーブルに並べている手の動きが見えている。
ディ ナーのスタートとなる「おもてなしの冷製スープ」は上出来だと感じている。

※会長の突然の退陣にともなう後任人事の処理が、明日の会合で発表される。
食事会をしながらという運びになっている。
その結果を受けてわたしは調整作業をしなければならないが、
対外的な部分で決定している「事項」についても、説明をしながら変更しなければならない。
あれこれ言ってもしかたないことではあるけれど…、
どうにか人事が無事終了してくれたら、それでいいと思っている。
※なぜ、ドイツ人なのかといえば、会長の特徴がビール腹で体が大きく、浅黒い皮膚だからかも。
※人事が終了しても、その「後処理」が大変だと思っているのかもしれない。
なぜなら、前菜のみしか準備していないようだからだ。メインディッシュは決まっていない。


夢見と反現実

反現実とは、現実には起こらなかったけど、

別の選択、違う選択をしたら起こったかもしれないこと。

夢見においては、あれこれとシミュレーションをしながら、
起こるかもしれない「現実」をリハーサルすることで生じる感情を評価している。

言い換えると、夢見は選択によって生じる「仮想世界」を展開しているともいえる。
未来を予測するタイムトラベルをし、反現実が引き起こすマルチバースを生成している。

※マルチバーズ(多元宇宙)とは、観測者の視点ごとに異なる宇宙が存在すること。

夢見という観測点から、反現実という「仮想空間」を体験しているわけですね。
夢見の終了により、もとの宇宙という「現実」に戻れていると思うのですけど…。
違う「現実」に戻ったとしても判別できないでしょうけど、それこそ現実ですね。

※昨日の会合は、アルコールありの、おいしい料理のコースで華やかでした。
会長は退任、副会長が昇進、2人ほど外部から招聘という結果でした。
わたしは、これまでの業務を委託し、コンサル的な役割を担当することになりました。
すなわち、鶏肉のホールに何を詰めるかを指示し、仕上がりをチェックすることですね。
※会長と副会長の関係には軋轢が生じている模様です。
両足が左右に分かれるというイメージですね。副会長の反転攻勢もあり、大変でした



姪っ子とセックス  

わたしには姪っ子がいる。

その姪っ子の父はすでに亡くなってる。

どこかわからない部屋でひとつの布団に何人も寝ている。
姪っ 子がどういうわけか、わたしに迫ってくる。
あられもない声を出し始めるのを聞いて、焦るわたし。
周囲をみると、亡くなったはずの姪っ子の父親が
何をしているのだという感じでわたしを見つめている。

そのとき姪っ子の母親も布団の中にいることに気づいて、
別にセックスをしているわけじゃありませんと言いかけたが、
どうみてもセックスをしているような状況だから
言い訳になっていないなと思い、姪っ子と密着したまま呆然としている。

※夢におけるセックスは感情を調整するために行われる。
相手に自分を合わせたり、自分から何かを差し出したり、何かを得るためにだ。
※思うようにならないとき、感情は予測をはじめる。よいか悪いかではなく、生き延びるためだ。



わたしは「目撃者」? 

駐車場がある。
すでに1台の大きなワゴンが停められている。

その隣の駐車スペースはかなり広めでゆったり。
方向転換し、バッグで駐車スペースに入ろうとする軽自動車。
どうみてもぶつかるはずがないのに、側面を削る瞬間を見た「わたし」。

当然のごとく、ワゴンから降りてくる「男性」
ここがぶつけられたと「前バンパー」を手にもってやって来る。
後から、妻と思しき女性も「どうしてくれるの」とやかましい。

「そ こ、ぶつかったところではないんですけど」と言いたいのを我慢していると
「あ れ、わたしが運転していたのかしら」と立場がゆらいでくる。
「男 性」が持っているバンパーという部品は、とても弱そうに見えて、
自分で曲げたんじゃないのと勘ぐっている「わたし」
ワゴンの側面はそうとうひどい状況なのに、そちらはお構いなしのようだ。
「ぶ つけたのは、ここ」と言いそうになったが、止めた。
説得できる相手ではないと考え、バンパーの補修で済むならそれでもよいと思った。

でも、よくよく思い出したら、わたしは「目撃者」に過ぎない。
どうして、こんな状況に巻き込まれているのだろうと嘆いている。

※なぜ、今日の夢でなく、昨日なのか?
夢の解釈がぼんやりとしていて、自信がなく、もう一晩寝て考えたから。
※ここ2〜3日の間に2件ほどの交通事故の現場を通過している。
ひとつは側面が大破したもの。もうひとつは横転したものでこの夢を誘発する新奇な体験だ。

※足に毛が生えるL夢を参照。海に浮かぶタンカーRの夢はLの夢を別表現で再現するもの。今回の夢も同じ。
私が所属する組織の会長が辞任する意向を示し、副会長がその後始末に奔走している。

※ワゴンの男性は「会長」で、妻と思しき女性は「副会長」なのだ。
駐車場という使用目的の限られた「空間」は組織が活動しているテリトリーを表している。
そして、ありえない接触事故は「後任人事」に関することなのだろう。
側面を削るような損害があるのに、バンパーという「緩衝」部品を問題としている。
根本の問題点を指摘しないで、些末なことがらに論点をすり替えている。
その後始末をしなければならない「わたし」のようであるが、
それは「まっぴら」だとわたしは思っているのだろう。
※バンパーの「緩衝」は「干渉」であり、「勧奨」なのだ。
会長は、あれこれと手筈を整え、人事に干渉しておきながら放置している。
会長を早期に辞めることによる「勧奨」退職のメリットを会長は享受したいようだ。



ハダカの座り込み   

裸のまま床に座っている。
からだにロープがまかれて、吊り下げられた状態だ。
腕はひじのところで上向きに曲げられている。
足はM字の形になっていて、ひざにロープがある。

わたしはロープを解いて動こうとしているのか?
それとも、操り人形のようにロープを動かしてほしいのか?
どちらともつかない状況に「いらだち」を感じている。

※無防備なからだ。不自由な手足、予測のつかない不安がこの夢の基礎にある。
※わたしは寝る時はパジャマは身に着けない、ハダカで寝ている。
※睡眠儀式として身体の隅々まで意識をめぐらし、足先の感覚、手のひらの感触、
内臓の動き、呼吸の深さ、心臓のリズム、そして脳そのものの構造をなぞる。
やがて、血流や神経のつながりも意識の底に沈み、一瞬にして眠りに落ちてしまう。
※この夢はもちろん、前日の夢の続編であり、葛藤をどのように受け止めているか、
どのように結論付けようとしているかを模索しています。
わたしは、「うごかしてほしい」ようですね。つまり、次の接近を待とうということのよう。
接近があるまでは、無防備、つまり、ありのままでいようという判断をしている。
ロー プで縛られているのではなく、自分でロープを巻いたのではないかということ。
そのことに気づかせる夢だと夢見中にわかりました。ありがたいメッセージでした。



期待外れの「薪」? S

薪を見ている。買いに来ているようだ。
直径が5cm程度の広葉樹が平積みされているのを見て、
これは「薪」とは言えないよなと思っている。

樹齢を重ねた大木を斧で縦に割って束ねたものを期待していたのに、
必要なんだけど、これじゃないなとがっかりしている。
それでも、なお名残惜しくて、樹皮の模様の美しさを眺めている。
結局、買うことにしたのかもしれない。

※わたしは、何を予測して、準備しているのだろうか?
薪は、上手に燃やして、炎を見ることを楽しむためのものである。
煙をあまり出さないでうまく燃焼させることは、それなりにコツが必要だ。
よい薪なら、自然に燃えてくれるが、細くて樹皮が多いものは扱い方がわからない。
目の前に提供されたものに戸惑っているわたしがいるのだろう。
相手はとても「若い」のだ。手を差し伸べるべきではないのだろうが…。
※平積みとは、気持ちを露出したということ。わかりやすい親密さを表現してくれている。
樹皮は模様があり、育ちがあらわれる部分。そこに美しさを感じているのだろう。
名残惜しさは、すでに後悔しているという「見返しと仕返し」を意味している。
自分への仕返しがこの夢見を生成したのだろう。なぜ、誘いを断ったのかと…。



海に浮かぶタンカー  R

海上にたくさんの船が並んでいる。
とても大きな船たちで、タンカーかコンテナ船のようにも見えます。
でも、どの船たちも動いていないのです。波を切る様子が見えません。
沖合に停泊しているのか、港湾に入っているのかはっきりしません。

そばによって、しっかりと見ようとしたとき、それらは姿を変えてしまいます。

船だと思ったものは、「なめこ」や「ぶなしめじ」などのキノコのパック類です。
キノコのパックが船のように、プカプカと浮いているだけなのです。

※ホルムズ海峡のタンカーの状況から触発された夢のようです。
いくつかの船がイランに攻撃されて被害を受けています。
ある国の船は通行してもよいとされたりと状況はさまざまです。
イランと仲のよい国は攻撃されないはずですが、そうでもなかったようですね。

※攻撃された国は「なめられている」のでしょうね。
被害を避けられた国は「無難(ぶなん)」な結果となりました。

※夢見当日(つまり前日)、ぶなしめじ2株入りパックを98円の特売で購入しました。
陳列棚に並んでいる大量の「ぶなしめじ」パックから生成されたイメージなのでしょう。
※まいたけやぶなしめじ、しいたけなど、キノコパックの種類は多いですが、
レシピが多く使い勝手のよい「ぶなしめじ」をよく買います。
つまりわたしにとっては「無難」な選択なのですね。
※すでにお判りでしょうが、脳が言葉遊び、ダジャレを楽しんでいるのでしょう。
舐められている国の船⇒なめこパック 無難な国の船⇒ぶなしめじパック


新型の飛行機    Q

飛行機に乗っている。

新開発の飛行機のようで、2階建てだ。
胴体部分には座席はなく、すべて荷室になっており、
両翼の2階側に燃料を積載、1階部分が乗客用の座席という具合だ。
進行方向に向かって、横2列の座席指定で、わたしの席は後列の左から8番である。

すでに飛行中であって、座席の足元部分はスケルトン状態で眺めがいい。
前列の座席のシート表示が消えているので、不思議に思っていたが
どうやら、次々と地上へ座席ごと落下しているようだ。
次はわたしたちの番なのだろうと思っていると、
「し ばらくお待ちください」とアナウンスがあった。
遊園地のアトラクションのように、わたしは順番を待ちかねていた。

※イランにおけるドローン攻撃の映像をみているから、それが新奇体験となっている。
大型の爆撃機がミサイルを発射、または爆弾を投下する映像も見た。
ミサイルが目標地点に正確に着弾する様子は、わたしの脳にとっては新奇なのだ。
不謹慎な話だが、「よくできているな」という感想がわたしにはある。
その場で、多くの人の命が失われ、取り返しのつかない損害があり、
失われたものは戻らないという現実があることを忘れている。
それは、「脅威」に対して不感症になっているということだ。
感覚がずれはいませんかと、夢は気づかせようとしているのかもしれないが
わたしは、それさえも、楽しんでいるという状況があることを示している。

※私の眼はミサイルのカメラとなっている。つまり、私はミサイルなのだ。
当然のことだが、ミサイルは着弾時に爆発する。わたしは死を免れないだろう。
建物を貫通し、地上にめり込み、粉々になる瞬間の映像を夢はみせてはいない。
遊園地のジェットコースターで、先頭の座席で風を切り疾走するような快感を予感している。
「レー ル」に乗っているつもりなのだ。安全に発車地点に戻れると思っているのだろう。