蒼海館の殺人
[紹介]
学校に来なくなった名探偵・葛城輝義に会うため、田所信哉は友人の三谷緑郎とともに、隣県の山奥の高台にある葛城家の本宅〈青海館〉を訪れた。政治家の父と学者の母、弁護士やモデルなど、名士ばかりの葛城の家族に歓待されるが、歓迎されない客が不穏な空気をもたらす。そして台風の接近で激しい雨が降り続く夜、連続殺人の幕が上がる。だが、洪水が刻々と館にまで迫ってくる中、田所の焦燥をよそに、過去に囚われた名探偵・葛城は事件の謎に背を向けたまま……それでも、夜は明ける。
[感想]
『紅蓮館の殺人』に続く〈館四重奏〉シリーズの第二弾(*1)で、舞台となる館が山火事に襲われた前作に続いて、台風による水害の危機が迫る館(*2)で発生する事件の顛末が描かれ、スリリングな極限状況での謎解きは健在です。加えて本書では、前作でそれぞれに大きなダメージを受けた名探偵・葛城と助手・田所が、事件を通じてどのように“復活”を遂げていくかにも焦点が当てられ、名探偵(と助手)の再生の物語となっているのも注目すべきところでしょう。
前作同様の“館もの”である本書ですが、前作とは大きく異なる……というよりも、“館もの”としてはおそらく唯一無二といえそうな本書の特徴が、葛城家――すなわち名探偵自身の家が舞台とされている点です。よりにもよって名探偵の家庭の内部で事件が起きるというのは、記憶の限りではおよそ例のないもの(*3)ですが、探偵役を放棄して自宅に引きこもった葛城を事件に関わらせるには、この形しかなさそうなのも確か。ということで今回の事件は、これ以上ないほどの(?)“名探偵・葛城輝義自身の事件”となっています(*4)。
とはいえ、“名探偵の復活”はなかなかすんなりとはいきません。事件の発覚とほぼ時を同じくして洪水警報が発令され、水害への備えを優先せざるを得なくなることもあって、ひとまず始まる事件の検討はさほど本格的なものではなく、葛城も不在のまま。そしてその中で、議論を巧みに主導していく葛城家の人々の手ごわさが際立ちます。葛城が前作で“嘘つきの一族”
と評した人々が、鮮やかな連係をみせて都合のいい結論に持ち込もうとする様子は圧倒的ですし、後には葛城までその中に取り込まれたかのような状態となって探偵活動どころではなく、それを目の当たりにする田所の焦りもひとしおです。
それでも、水害との絶望的な戦い(*5)の中で、田所を悩ませていた――そしてもちろん葛城の苦悩にも通じる――“名探偵とは何か”という問いに、思わぬところで一つの答えが示されるのをきっかけに、“名探偵の復活”が幕を開けることになります。本書で示されるそれは、必ずしも普遍的な答えとはいえないかもしれませんが、少なくとも本書でその言葉を強く意識して探偵活動を再開した葛城は、最後までそれにふさわしい活躍を見せます。このあたりは、テーマとプロットがうまく同じ方向を向いているといったところで、作者の手腕が光ります。
そして、凄まじい大ボリュームの“解決篇”(*6)が圧巻。まずは“五組のホームドラマ”と題された家族との対話を通じて、“嘘つきの一族”
一人一人の思惑を明らかにしていく過程がユニークで、それぞれの人物をよく知る探偵だけに十分な説得力が感じられる、“名探偵の家庭内の事件”ならではの趣向といえます。さらに、細かい謎解きを積み重ねていった末の最後の謎解きでは、それまであまり注目されてこなかった(*7)一つの手がかりに光を当てて予想外の結論を導き出し、犯人の精妙な企みを完全に瓦解させる推理が実に鮮やかです。
すべてが明らかにされてみると、これだけの複雑きわまりない真相をほぼ破綻なく(*8)構築しきった、作者の卓越した構成力には脱帽せざるを得ません。テーマとしっかり結びついた事件の決着もお見事で、前作での期待をまったく裏切らない傑作といっていいでしょう。
*2: 前作では章題に
“【館焼失まで35時間19分】”などとタイムリミットが明示されていましたが、本書では
“【館まで水位30メートル】”のような形で危険が迫ってくる様子が示されています。
*3: そもそも、名探偵の家族が描かれることがあまりない――というのは、警察関係者(例えば法月綸太郎による〈法月綸太郎シリーズ〉など)でもなければ事件に絡ませるのが難しいからですが、家庭内で事件を起こせばほぼ必然的に名探偵の家族が軒並み容疑者となってしまうわけで、扱いが一層難しくなるのは間違いないでしょう。
*4: 同時に、ある意味では“田所信哉自身の事件”ともいえます。
*5: 作中で葛城が、
“逃げる、防衛する以外の選択肢が見えない”・
“敗走戦”と表現しているのが印象的です。
*6: 葛城がいうところの“五組のホームドラマ”を解決篇のスタートと考えると、実に200頁近くにわたって解決が行われていくことになります。
*7: 決して不自然に無視されていたわけではなく、謎解きがその段階に進むまで大きな意味を持たなかった、というのがより正確なところでしょうか。
*8: 一点だけ気になるところがあるのですが、これはある程度やむを得ないところかもしれません。
2021.03.01読了 [阿津川辰海]
【関連】 『紅蓮館の殺人』
卒業したら教室で
[紹介]
柳瀬さんの卒業が間近に迫る放課後、葉山君のもとに相談にやってきた秋野麻衣は、鍵のかかった真っ暗なCAI室で不可解なものを見たという。さらに書道室や山岳部の部室などでも謎の人物の出現と消失があったという情報が寄せられ、卒業生によるとそれは「兼坂{んねさか}さん」という、市立高校「八番目の七不思議」らしいのだが……。
……そして事件から十二年後。葉山君はミノから、市立高校時代の自分たちをモデルにしたと思しきミステリ作家の習作の存在を知らされる。正体不明の作者はどうやら、「兼坂さん」事件の真相を知っている人物のようだった……。
[感想]
前作『家庭用事件』からおよそ五年ぶりに発表された〈市立高校シリーズ〉の最新作(*1)ですが、いつものような“本筋”は分量にして半分程度(?)で、学園ものでは異例ともいえる(*2)“十二年後”の物語がそこに組み合わされ、さらにその中で正体不明のミステリ作家による習作が取り沙汰されるという、特異な構成がまず目を引きます。どちらかといえば、“十二年後”が物語全体の“枠”となって、回想としての“本筋”と、作中作としての習作をまとめている、ととらえた方がいいかもしれません。
「八番目の七不思議」である「兼坂さん」が絡んだ事件が扱われる“本筋”では、書道室と山岳部の部室での二つの密室状況が目を引くものの、一風変わった人々(*3)が登場する愉快な捜査とは裏腹に、今まで以上にとらえどころのないまま進んでいきます。また、事件とともに物語の重要な要素となっているのが目前に迫る卒業式で、柳瀬さんの卒業が葉山君にとって一大事(*4)なのはもちろんのこと、同じく卒業を控える一部の事件関係者のために、解決を急ぐ必要があるのが難しいところです。
その“本筋”から“十二年後”のパートは、リモートでの(*5)葉山君とミノのやり取りだけで構成されているため、年月の経過は思いのほか目につかず“本筋”との違和感が少なくなっています。その中で話題の中心となるのは「兼坂さん」事件を下敷きにしたと思しき作中作ですが、「王立ソルガリア魔導学院」と題されているように、魔法学校を舞台とした異世界ファンタジーミステリとなっているのがユニーク。しかし異世界ものとはいえ、登場人物の大半はかなり“そのまま”(*6)なのでこちらもさほど違和感はなく、“一つの物語”としてまとまるようにうまく考えられていると思います。
かくして三つのパートが並行して進んでいき、まずは作中作が結末を迎えますが、ファンタジーミステリとしては絶妙な難易度の謎解きに加えて事件が起きた事情などもよく考えられており、習作という設定の割にかなりよくできていると思います。続いて“本筋”は、時間が限られて情報不足ゆえのやや中途半端な解決から、意外なところで糸口が得られて急転直下の解決に至る展開が鮮やかで、思いもよらない真相そのものもなかなか強烈。そして“十二年後”では、作中作と“本筋”を重ね合わせることで事件に新たな光が当てられるとともに、作中作の“作者”の正体だけでなく、事件当時は隠されていた背景まで浮かび上がってくるのがお見事です。
仮にいつもの“本筋”だけしかなく、事件当時にすべてが明らかになっていたとすれば、ここまでの感慨を得ることができなかったのは確実で、作者がどこからどのように思いついたのかはわかりませんが、間違いなく“構成の勝利”といっていいでしょう。シリーズ読者にとっては(←必ず第一作から順番にお読みください)、色々な意味で(*7)満足のいく一冊ではないでしょうか。
“別に今回でシリーズ完結というわけではないです。”と明言されているので一安心。
*2: ちょっとした後日談程度であればともかく、本書のような扱いはあまり例がないのではないでしょうか(思い出したところでは、若竹七海『スクランブル』がやや近いかもしれませんが……)。
*3: 特に山岳部の面々は、忘れがたいインパクトを残します。
*4: 『さよならの次にくる〈卒業式編〉』での伊神さんの卒業に比べると、だいぶ扱いが違うような気がしないでもないですが……(苦笑)。
*5: シリーズ第一作『理由あって冬に出る』が2007年発表で、それから作中で一年以上が経過した――伊神さんが卒業し、柳瀬さんも卒業間近なので――ところから“十二年後”となると、2020年か2021年で新型コロナウイルス禍以降ということになり、リモートでの対話が定着しているのも自然です。
*6: 作中作での“葉山君”と“伊神さん”の関係には、苦笑せざるを得ません。
*7: 個人的には、(一応伏せ字)以前から気になっていた点に“回答”が示された(ここまで)ところにも満足させられました。
2021.05.01読了 [似鳥 鶏]
アンデッドガール・マーダーファルス3
[紹介]
伝説の怪物・人狼が隠れ住む〈牙の森〉を求めて、南ドイツへ向かった“鳥籠使い”一行。人狼が出るという噂のある村にたどり着いてみると、部屋に人狼のものらしき足跡を残して、少女がさらわれる事件が起きたところだった。村では、同じように少女が連れ去られ、喰い殺される事件が相次いでいるという。しかし同じ頃、人狼の隠れ里でも姿なき犯人による不可解な事件が起きていたのだ……。“教授”率いる〈夜宴〉やロイズ保険機構のエージェントも介入し、やがて怪物たちがぶつかり合う中で、輪堂鴉夜の謎解きが始まる……。
[感想]
怪物専門の探偵・輪堂鴉夜と助手・真打津軽らを主役とした伝奇ミステリのシリーズ第三弾で、前作で予告されたとおり今回は人狼がテーマ。前作で手に入れた宝石を手がかりに人狼の隠れ里を探すところから始まり、二つの村で起きた不可解な連続殺人(狼)事件の謎解きが中心に据えられ、やや冒険活劇寄りだった前作から再びミステリ色が強まった一作となっています。
人狼を手に入れようとする〈夜宴〉や、怪物を滅ぼそうとするロイズのエージェントら(*1)に先んじて、人狼の隠れ里近くの村にたどり着いた“鳥籠使い”一行ですが、到着早々に少女誘拐事件の解決を引き受けることになります。といっても人狼の犯行であることは明らかなので、村人の中で“誰が人狼なのか?”が焦点となる――というのは、人狼に限らず人間に擬態する“犯人”相手の常道ではあります(*2)が、(一部やや見えやすくなっているきらいがあるとはいえ)なかなか面白い手順になっていると思います。
その頃、人狼の隠れ里の側でも事件が起きているわけですが、そこで有栖川有栖『双頭の悪魔』を思い起こさせる“分断状況”が作り出され、そちら側の事情がいち早く(*3)読者に伝えられるところがよくできています。そして隠れ里では、まず人狼たちの暮らしぶりや生態が興味深いところですが、やはり中心となるのは不可解な連続殺人狼事件で、人間の村とは逆に人間による犯行を疑わせる様相である上に、人狼の鋭い嗅覚をもってしても追跡できない犯人の“消失”が目を引きます。
そして終盤近くになると、隠れ里に各勢力が終結し、人狼たちに“鳥籠使い”、〈夜宴〉とロイズ、さらに村人たちも加わって、いわば“五つ巴”の大乱戦が展開されます……が、敵対関係/協力関係がある程度はっきりしている(*4)こともあってさほど煩雑ではなく、またすでに“手の内”が明かされているキャラクターについてはバトルもややあっさりめの印象。その中にあって、前作からの因縁の対決にはもちろん力が入っていますし、その後に謎解きが終わってからの津軽と犯人の対決でも、意外すぎる“逆転の一手”が光ります。
順序が前後しましたが、大乱戦に終止符を打つ鴉夜の謎解きは圧巻です。前述のように見当がついてしまう部分もありますが、細かいところがきっちりしている感があるのが作者らしいところですし、ある程度まで予想ができても全体像を見通すのは困難。そして最後に明らかになる真相そのものもさることながら、そこにある種の社会問題といってもよさそうな、思いのほか奥の深い事情が関わっているところにうならされます。
帯に“闇鍋本格ミステリ”
とあるように様々な要素を盛り込みながら、それらを巧みにまとめ上げた快作で、引き続き今後の展開が楽しみです。
2021.06.08読了 [青崎有吾]
【関連】 『アンデッドガール・マーダーファルス1』 『アンデッドガール・マーダーファルス2』