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  4. 卒業したら教室で

卒業したら教室で/似鳥 鶏

2021年発表 創元推理文庫473-08(東京創元社)

 伊神さんによる“解決”は、心張り棒を使った書道室の密室はまだしも――というか、戸板の側の細工が加わることで、“閉まらずの書道室”にまで説明がつけられているところがよくできていますが、“アルキメデスの熱光線”*1で外部から小火を起こしたという山岳部の部室の方は、後に葉山君も指摘している(240頁~241頁)ように無理があります。もっとも、これまた葉山君が独白している(244頁)ように、““名探偵”である伊神さんの解決ならば正しいのではないか”という思い込みが働く部分はあるようにも思います。

 そもそも“偽の解決”では、二つの密室のハウダニットしか扱われないところからして物足りなくはあるのですが、しかし卒業式のタイムリミットを利用して、“不完全な解決でも(ある程度)やむなし”という状況を作り出してあるのがまず巧妙です。そして、あらかじめ粘着力を落とした両面テープや汚しておいた部室棟の壁面といった、ハウダニット自体に関する偽装工作もさることながら、“犯人はおそらく書道室に相当入り浸っていた人間”(170頁)“犯人は外部の人間”(176頁)と、偽の密室トリックから導き出される犯人像によって、巧みに“真犯人”を容疑の圏外に置く手際が見逃せないところです。

 しかして、卒業式での一連の“変事”――柳瀬さんの次の次のタイミング*2で突然ハウリングが起きたこと、その最中に一人の生徒が返事をして立ち上がったこと、そして最後に椅子が一脚余ったこと――から、八並さんの卒業の偽装という思わぬ真相が不意打ちで飛び出してくるのがなかなか強烈。そしてその“真犯人”から逆算する形で*3、(ホワイダニットを中心とした)「兼坂さん」事件の真相まで解き明かされていくのがお見事です。

 すなわち、CAI室の“幽霊”は合格発表の偽装のための仕込み、また書道室は卒業証書の偽造と、八並さんの嘘を中心に据えることですんなりと符合するのが鮮やか。そして山岳部の小火騒ぎについては、八並さんが骨折してまで口をつぐんでいること――そして西浦さんにも留年を隠そうとしていること――を考えれば、小火の原因が西浦さんにあり、八並さんは窓から脱出しようとして転落した、というストーリーを描くことは十分に可能だと思います。

 よく考えてみれば、「兼坂さん」事件をモデルにしたとされている作中作「王立ソルガリア魔導学院」に、“西浦先輩”(ジウラ先輩)や“土田先輩”(ツィーダ先輩)まで登場しているにもかかわらず“八並先輩”が登場しないのはやや不自然。これは、「兼坂さん」事件の“真犯人”を登場させてしまうと扱いに困るという作者――どちらかといえば作中作の“作者”ではなく本書の作者・似鳥鶏*4――の都合の表れであり、期せずして(?)「兼坂さん」事件の“真犯人”を暗示するヒントになっていた、といえるのではないでしょうか。

 実のところ、“偽の解決”の際に伊神さんが“まだ情報が少なすぎる”(170頁)と口にしていたのも、必ずしも解決を不十分で終わらせる口実だけではなく、まだ“真犯人”にとっての本命の“事件”が起きていない*5わけですから、その時点ですべてを解き明かすことは不可能であることを、葉山君に対してフェアに伝える意図があったということなのかもしれません。

 ということで、あえて“偽の解決”を披露した――どころか、八並さんに協力して事件に関わっていた伊神さんの狙いが、葉山君の適性を見極める風紀委員の試験だったという、さらなる真相にも驚かされます。“空いた手で外国の硬貨らしきものをいじりつつ”という、読み返してみれば非常に意味ありげな態度で口にした試験をどうしようかと思ってね”(いずれも26頁)という言葉が、まさか葉山君を試験するつもりだったとは思いもよらず*6

 シリーズ第四作の『いわゆる天使の文化祭』を読んだ際には、“事件の性質でいえば本書はかなりぎりぎりのところで、場合によっては学校側が動いてもおかしくない、むしろここまで生徒に任せてあるのは少々不自然という見方もできるかもしれません(後略)と感想を書いたのですが、“にわか高校生探偵”*7の活動が、“学校側”というわけではないにしても、非公式とはいえ学校内の“システム”として確立されているのであればそれなりに納得できます*8。そして、、“一年間、育てた甲斐はあったよ”(261頁)という伊神さんの言葉には、やはり何とも感慨深いものがあります。

 ところで、ミノと葉山君はここで伊神さんの真意を知らされたわけですから、“十二年後”のパートで、(公式には)“「未解決」のまま”という文脈で“「伊神さんが最後まで解決しなかった」事件”と表現するところまではいいとしても、“伊神さんですら解けなかった『兼坂さん』事件の真相”(いずれも39頁)というのはいただけません*9

*1: 「アルキメデス#「アルキメデスの熱光線」は嘘か真実か - Wikipedia」を参照。
*2: 作中にある(251頁)ように、葉山君が気づくきっかけとして柳瀬さんに近いことが最重要ですが、同時に柳瀬さんの注意を引かないように“梁取{やなとり}さん”(248頁)を間に挟みつつ、“真犯人”を確実にすることができる――“やなせ”に極力近く、(梁取さん以外の)別の人物が間に入る可能性を否定できる――という意味で、“やなみ”という名字はよく考えられていると思います。
*3: 伊神さんへの説明は「兼坂さん」事件の方が先ですが、ミノが撮影した画像と瑞穂さんから送られてきた画像を比べてからの、“だとすれば、これまでの事件はおそらく。”(236頁)という葉山君の独白に、葉山君の推理の順序が表れています。
*4: 「王立ソルガリア魔導学院」を通じて「兼坂さん」事件の“最後の真相”を解明させる、という意図がない限りは、作中作の犯人とは別に“八並先輩”を登場させても差し支えない――「兼坂さん」事件を下敷きにしても、何から何まで合わせる必要はない――ように思いますし、“まさかこの原稿を衆目に晒す日が来るとは思いませんでした。”(31頁)という作中作の“作者”に、そのような意図がなかったことは明らかでしょう(それにしては「兼坂さん」事件に寄せすぎている――例えば魔神ガミクゥの“早く「試験」してみた。”(205頁)という言葉など――感もありますが)。
*5: しかし、“真犯人”にとっての本命である卒業式での“変事”は、卒業式直後までに“スピード解決”しなければならないわけですから、「兼坂さん」事件が“探偵”を早くから関わらせるための“前フリ”としてうまく機能している、といえます。
*6: 伊神さんの真意がわかってみると、その後の“早く卒業したいよ”(26頁)という言葉にもニヤリとさせられます。
*7: 以前のシリーズ名より。
*8: 加えて、『いわゆる天使の文化祭』での、(一応伏せ字)すでに三年生になっている葉山君が事件を解決する姿(ここまで)にも改めて納得です。
*9: (作中作の“作者”が)“あの事件に関して「伊神さんに勝った」ということになる。”(64頁)の方は、“伊神さんが隠そうとした真相を見抜いた”という意味であれば成り立ちますが……。

*

 作中作「王立ソルガリア魔導学院」では、著しく不可能性の高い校長襲撃事件に対して、“困難を分割”できる複数犯の可能性まで持ち出されているものの、“残留魔紋”が一種類しか出なかったことで否定されています……が、逆に“複数人の同一人物”でなければまず不可能であることが示唆されていると考えれば、それを可能にする既知の魔法として、作中である程度詳しく描写されている召喚魔法に思い至ることもできるのではないでしょうか。もちろん、“変化球”の使い方なので発想力は必要になります*10が、現場の封印魔法もクリアできる点まで含めて、非常によくできた真相だと思います。

 ちなみに、ガミクゥ様によるタイムパラドックスの解説(191頁)は不十分で、召喚魔法を使った後の“二人目”の方が消滅する場合には、因果関係の矛盾は生じないので否定はできません*11。それよりも、その後の“過去の自分と現在の自分を「同一人物」だと考えるからおかしなことになる”(191頁)こそが重要で、結論としては、どちらかが消滅したりはしないと考えていいのではないでしょうか。

 そして、封印魔法がかけられたティナとメイの部屋に現れた「悪霊ヴィーカ」の正体が明らかになるとともに、校長襲撃事件の犯人を特定する決め手となるのがうまいところ。加えて、犯人がマントや長上衣{ローブ}ではなく王旗を覆面に使ったことで、一人だけ短上衣{ボレロ}(48頁)を身に着けている*12ティナが犯人とされるのも鮮やかです。

 事件の背後に隠されていた、ティナの壮絶なタイムループの物語*13が強烈な印象を与えますが、序盤の大規模な魔物の襲撃、さらには召喚室が封印される原因となった「悪霊ヴィーカ」が、これから起こる“災厄”の伏線となっているところがよくできていますし、召喚魔法による“複製”にトリックのためだけではない必然性が用意されているのも見逃せないところです。その後に“災厄”の原因となったもう一人の“魔神憑き”が判明し、サーリア先輩ならではのトリックで決着となる結末もお見事。

 さらに作中作の“枠外”では、葉山君が読者向けのヒントを解説してくれるのが親切で、“オルスティーナ・ロント・ル=フラン”という名前に“オスティナート”(→Wikipedia)・“ロンド”(→Wikipedia)・“ルフラン”と、三つもの“繰り返し”が盛り込まれているのにうならされますし、犯人の手がかりとなったティナの“短上衣ボレロ”にまで“繰り返し”が隠されて、二重の手がかりとなっているのが秀逸です。

 ところで、葉山君は作中作を読み終えたところで、“犯人がこの設定なら”(221頁)“作者”は「兼坂さん」事件の真相を知っている、としていますが、ティナの設定と八並さんの間に共通点はほとんど見当たらないので、趣旨が今ひとつよくわかりません。唯一思いついた共通点は“繰り返した”こと(婉曲)くらいですが、これは作中の表現を借りればかなり“きわどい”(91頁)ため、“作者”がそのような意図を込めたとは考えにくいので、葉山君が(その時点で)深読みしすぎたと受け取るのが妥当ではないでしょうか。

*10: 葉山君やガミクゥ様が挙げている“時空魔法”というヒントは、少々わかりにくいきらいがあります。
*11: “一人目”の消滅がいわゆる“親殺しのパラドックス”の変形であるのに対して、“二人目”の消滅は“子殺し”に当たる――といえばわかりやすいでしょうか。
*12: ユーリ(50頁)・サーリア先輩(55頁)・ツィーダ先輩(109頁)はマント、イソップ君(113頁)・コルジィ(142頁)は長上衣{ローブ}、メイはケープ(59頁)、ジウラ先輩はフード(111頁)と、主要登場人物は全員さりげなく描写されています。もっとも、サーリア先輩の“華麗なベルベットのマント”は特徴的で、覆面には向かない気がしないでもないですが……。
*13: ティナが語る中で、一貫して“二目の私”(199頁)などと表現されているのは、“二目の私”の方が適切ではないでしょうか。

*

 作中作の“作者”の正体については、「兼坂さん」事件の真相を知る人物を中心に何人かの候補が検討されています*14が、真相を知り得ないはずの秋野麻衣が、いわば“意外な犯人”として持ち出されるのが秀逸。そして、作中作が実在の人物をモデルにしているのが前提とはいえ、基本的に作品だけをもとに“作者”の意図を読み解いていく葉山君の謎解きが鮮やかで、事件の犯人でこそないものの原因を作り、その後の災厄をもたらしたメイ・アルキーノ、こと秋野が“作者”という結論にも納得です。

 秋野がなぜか「兼坂さん」事件の真相を知っていたことを起点として、作中作の“『悪霊ヴィーカ』なんて、いなかったんだよ”(200頁)から、“『兼坂さん』なんて、本当は存在しなかったんだ。”(278頁)を経て、“「密室」なんて、始めからなかったのか。”(283頁)に至る“三段活用”(違)が圧巻。作中では言及されていませんが、山岳部の部室については、葉山君の場合(132頁)と違ってザイルなしで壁を上るのは困難でしょう*15し、書道室の方は、粘着力を弱めたテープですら化粧板が剥がれた(121頁)わけですから、葉山君の密室の謎解きが間違っていることを示す手がかりも用意されていたといえます。

 “秋野の掌の上で踊らされていた”といわれるとぎょっとしますが、“接点を作る”という動機はすんなりと腑に落ちます。ミノが“部長や麻衣ちゃんなんかは、事件でもない限りそんなに絡む機会がなかった”(284頁)とヒントを出してくれているにもかかわらず、葉山君が少々鈍すぎる気もしますが、作中作の“作者”からの葉山君への好意は明らか*16で、その想いが十二年の時を経てようやく葉山君に伝わる顛末には、やはり心を動かされます。

 “十二年後”のパートが幕を閉じ、「まえがき」と同じくそのまま秋野によるものかと思いきや、どこからどうみても“似鳥節”(苦笑)「あとがき」の後に*17「目次」にない「第六章」が用意されている構成が実に心憎いところ。伊神さんの強権で機会が読者としても宙ぶらりんになったところで、葉山君と柳瀬さんのハッピーエンドに安心させられるとともに、その機会を作ってくれた秋野の行動に胸を打たれずにはいられない、実に感慨深い結末が飛び出してくるのに脱帽です。

 ということで蛇足ながら、“十二年後”の葉山君のお相手は、「第六章」そのままに柳瀬さんと考えていいのではないでしょうか。“小説家デビューなんてしてたら、さすがに分かるよ(63頁)というのはかなり身近にいるような表現ですし、“あの日、僕が違った行動をしていたら、違った未来もあったのだろうか。この世界とは別の結果になっている、もう一つの未来も。”(289頁)という最後の独白が決定的で、“この世界”では、「第六章」で描かれた葉山君の“あの日”の行動がそのまま未来に反映されている、ということになります。

 一方、ミノの奥さんが誰なのかはよくわかりません。まず秋野ではないことは確実*18として、葉山君とミノの口ぶり(272頁)からして翠ちゃんでもなさそう*19――となると、他に該当しそうな人物がすぐには思い当たらないので、今後の作品で新たに絡んでくる人物なのかもしれません。奥さんが作中作の“作者”である“可能性もなくはない”(38頁)というミノの言葉が少々引っかかります*20が、これは単に“高校時代の「あのへんのメンバー」”(37頁)という程度の意味でしょうか。

*14: ただし翠ちゃんは、卒業式での“変事”を(後からでも)知り得たかどうか疑問で、真相にたどり着くことができたとは考えにくいものがありますし、「まえがき」“「自分がそのまんま出ている」”(32頁)と書かれていることを信用すれば、そもそも“作者”の候補にはなり得ないのではないでしょうか。
*15: 葉山君が解決の前に“試してみた”(244頁)時はどうだったのか、気になるところですが……。
*16: 作中作で、“作者”にとっての“理想の自分”(275頁)であるティナの方が、サーリア先輩よりもユーリと親密に描かれているところは、何とも切ないものがあります。
*17: “似鳥節”の「あとがき」が最後では、「第六章」の余韻が台無しになりかねない――という自覚の表れでしょうか(苦笑)。
*18: 葉山君とミノの話の流れからしていうまでもないとは思いますが、最終的に秋野と結婚したのであれば“俺は損な役回りだなあ。”(287頁)以下の“自虐芸”がそもそも成立しません。
*19: “デビューを隠しそうな性格ではない。”(272頁)というのは、隠そうと思えば隠せるくらいの関係である(少なくとも同居家族ではない)ことをうかがわせますし、“そんな勝手なじゃない”(273頁)という表現は、奥さんにはまず使わないと思います。
*20: 本当に“作者”の可能性があるとすれば、例えば「兼坂さん」事件の話(真相ではなく)を後から聞いて知っている程度ではだめで、作中作に登場させた土田先輩や西浦先輩を(直接)知っている必要がある――つまり、事件に直接関わった人物に限られてしまいます。

2021.05.01読了