第111回原宿句会
平成10年9月9日 新幸橋ビル

   
兼題 檸檬 鯔 登高
席題 虫


  東人
羽根を持つもの風に乗り登高す
官職といふ鎧脱ぎ厄日過ぐ
掌に取りて青きレモンの香の痒し
虫の夜や一灯もなき外厠
鯔飛んで沖の漁火繋がれり

  箏円
蘊蓄も檸檬のかをりまだ少女
鯔を買ふ隣家はひとりぐらしなり
登高す信濃は長寿の国なれば
戸隠へ夏の名残の鳥の道
久々にひらく句帳や今朝の秋

  千恵子
夜もすがら陶土搗く音ちちろ虫
登高や父の遺愛の唐詩選
手榴弾のやうと思ひつレモン選る
鯔泳ぐ川口に潮の薄流れ
芋の葉に露置く朝の訃報かな

  白美
催涙弾飛びて檸檬を分かち合ふ
家計簿の収支の合はず虫の声
鯔の飛ぶ港にぽんぽん蒸気入る
登高や小花の色の華やげる
秋祭たぬきむじなの化粧して

  希覯子
鯔跳ねて運河に汐の満ち来たる
遺骨なき兵の墓あり地虫鳴く
虫時雨文学の径九十九折
登高や島を繋ぎて橋架かる
引越しの荷にあるレモン一樹かな

  笙
登高や雲は動かず外輪山
投網打つやうに飛び立つ渡り鳥
焼茄子の皮むく爪を黒くして
鯔釣りの舟点々と波白し
日々の彩の移ろひ青レモン

  利孟
虫売りの闇見つめゐるばかりなり
鯔飛ぶや入り日明かりを追ひかけて
登高のバスにぎやかに飴回す
御研究所編の背文字秋深む
西海岸某社の名入り檸檬かな

  美子
赤き色借着と笑ひ登高す
掌計りの感触確かレモン買ふ
宿敵は我が内にあり檸檬噛む
帰りしなまた食らひ付く鯔の顔
大水が引きて生きぼえ上がる虫

  法弘
爽やかや美白石鹸泡立てて
鯔飛ぶや日和見といふ主義主張
切株に立ち登高の心かな
テポドンが列島跨ぐ厄日かな
檸檬抱く恋に恋する乙女時

  正
中庭に檸檬の熟るる城下町
鯔のへそ酒場の壁に大書あり
登高や憂きこと無きにしも非ず
鰯雲子は叱られてお使ひに
歌舞伎町居酒屋裏やちちろ鳴く

  隆
図太さを身上として鯔の顎
異教徒の神宿りをり檸檬の木
蜩や地に沈みゆく観覧車
応へなき呼び鈴遠く月の暈
割り切れぬ月日を重ね登高す

  健一
虫時雨ついうたた寝の八時過ぎ
浜の味酢味噌に和える鯔の臍
そつと置く輪切りのレモン朝の膳
冷麦の喉ごしの味食の妙
登高のうねる峰先碧き海