犬は勘定に入れません/C.ウィリス
To Say Nothing of the Dog/C.Willis
1998年発表 大森 望訳(早川書房)
トシーと結婚することになる“ミスターC”が誰なのかは、比較的見当がつけやすいでしょう。ベインがトシーに好意を寄せているのは早い段階から明らかですし、執事と主人を隔てる身分の差を実感しがたい現代の(少なくとも日本の)読者にとっては、それほど騒ぐようなことでもないと思えるのではないでしょうか。
“最初の事件だと思っていたのが、じつは二番めだったと判明する”
というプロット、そしてタイムトラベルものならではの、最初の事件が“何年もあとに”
(482頁)起きていたという真相は、ミステリとしても非常に面白いと思います。しかし、果てしなく続いた大騒ぎの結果(あるいは目的というべきか)が、トシーとドールト尊師がいちゃつくことだったというのが、何ともいえない脱力を伴う笑いをもたらしてくれます。
それにしても、最後に“グランドデザイン”で片付けられているのはいささか安直に感じられますが、そう考えないと説明がつかないのも事実です。
まず、ビトナー夫人の言葉どおり主教の鳥株が“破壊不可能”
(499頁)だとすれば、“統計的に無視できる対象”とはいえないでしょうから、持ち帰ることはできないことになるはず。一方、破壊不可能ではなく本来大空襲で焼失するはずだったとすれば、ビトナー夫人が持ち去ったか否かにかかわらず主教の鳥株は空襲後に消え失せるのですから、どちらにしてもミス・シャープは“主教の鳥株が盗まれた”と主張することになるでしょう。したがって、ビトナー夫人が主教の鳥株を持ち去ったことが齟齬の原因ではない、ということになります。
つまり、作中でも指摘されているように、少なくとももう一つの未知のポイントを考慮に入れなければ、齟齬が解消しないということになるのではないでしょうか。