続編がある夢?   A

@少し前にみた熊の夢

どこか山間の木が立ち並ぶところに立っている。
眼下の開けた場所に何かしらうごめくものがこちらをうかがっている。
熊かピューマのような動物がわたしに危害を及ぼすかもしれないと感じ、
すぐにでも逃げるか隠れるかしなければならないと思うが、
身体の動きは緩慢で追いつかれそうだ。

逃げ場として、どこかの建物の中に移動している。
隠れる場所がありそうだと感じて、その建物の高いところへ登り始める。
普通の家のはずだったのに、いつの間にか倉庫のような鉄骨造りの建物になっている。

鉄骨の骨組みを手でつかみながら、高い場所へ移動する。
鉄骨をするすると登りながら、身体をひねり、飛び移るように移動する。
このような逃げ方が得意なのかもしれないと感じると、熊のようすを確かめる余裕もでてきた。
すると、予想もしない展開があって、熊のような生き物が別のルートから迫ってくる。
しきりとなっていた壁や屋根裏を引きはがし、足元まで息遣いが聞こえてきそうだ。
もう駄目かもしれないと諦め、無防備に「どうにでもなれ」と身体を投げ出してしまう。
食べられてしまうのだろうか、身体を引き裂かれるのだろうか。

A今日見た夢(熊の夢の続編)

道路に熊らしきものが徘徊している。
窓からみているのだろうか、2階から見下ろしているのだろうか。
熊は家の中に入りたそうだ。ここで、今住んでいる家なのだと気づいた。

縁側の廊下があり、和室の2部屋を挟んで、通路の廊下があり、雪見障子が取り囲んでいる。
雪見障子の下半分はガラスとなっていて、そこを歩く熊の足がよく見える。
障子など軽く押せばこわれてしまうだろうと思いながら、部屋の中で何もできないでいる。
ぐるぐると熊は廊下を歩き回り、気配をうかがっている。
わたしは、廊下にいる熊の動きを目で追って、飛び込んで来たらどうしようかと考えている。

熊の動きが激しくなって、雪見障子の向こうを走り回っている。
障子が外れはじめ、倒れ掛かると、そこには子熊が2枚の雪見障子の間に挟まっている。
もがいている子熊を両手でつかむと、もぞもぞと逃げようとするが動きがつたわってくる。
両手にこれ以上ないほどに力をいれた。動きがなくなったと感じて、つかんでいた手をゆるめた。

少し安心して、ほっとしながら、子熊のようすをじっくりみた。
獰猛にみえた熊が子熊になって、雪見障子のガラスの間に標本のように納まっている。
子熊は死んでいるわけでなく、こちらをみて甘えるようなしぐさをみせている。

※熊の正体がなんであるか、わたしは悟った。そういうことだったのだ。
ここ1週間から10日ほど前の記憶をたどり、今朝見た夢を創り出した新奇体験を発掘してみた。
いくつかの書類を作成しなけらばならない時期であった。
簡単な作業であるが、確認すべきことがあった。
確認することは手を抜いてはいけないことで、信用問題が生じる危険もある。
ちょっとした確認ミスが取り返しのつかない結果を引き出すので
作業そのものは簡単で、私の得意分野だとしても間違いは許されない類の書類である。

その書類の枠組みにあたらしい工夫と視点をほどこし、
別の情報と連携させる「システム化」を構築して、次のルーチン作業を楽にしたばかりだった。

※年に何回かある「責任ある作業」が当たり前にやって来る。それが熊の正体だった。
破壊力があって容赦しないのは、責任の重さを伝えている。逃げ切ってどうにかなるものではない。
対峙しなければならない対象であって、取っ組み合いをしてでも対応するべきことなのだ。
積極的な取り組みを避け、とりあえずの居場所があればいいと
見通しのよいところにいながらも、何もせず傍観しているわたしへのメッセージだったのだろう。

※最初の夢のときは、それとなく不安であっても、どうにかなるだろうと高をくくっていた。
だから、熊はわたしに襲い掛かり、状況が切迫しているのではないかと知らせた。
続編の熊の夢は、熊がすでに脅威ではなく、わたしの手の中に納まるような
「たわいのない業務」に変貌していることに気づかせるためにつくりだしたものだと…・。
脅威の対象がどうして「熊」のような動物なのか、そこのところはしばらく置いておくこととして
夢のはたらきに感謝していることをとりあえず夢日記に記しておこう。