感情を共有する夢 C
深めの大皿にビーフシチューかローストビーフなのかはっきりしないが
山盛りの状態で、テーブルに幾皿も並べられている。
いくつかは手が付けられた跡があるが、ほとんどは手つかずのよう。
注文した女性客たちは、そそくさと帰り支度なのか、
立ち上がってており、何人かはすでに出口にむかっている。
もう十分だという「満腹感」が感じられる。うんざりという後悔も見え隠れしている。
※この夢はわたしが感じていることを、そのまま映像化してくれている。
感情をレターのようにわたしに届けてくれたのだ。
この夢のトリガーであるわたしの事情を話さなければならない。
数日前、買い物に出かけたとき、どういうわけか、おでんの種に目が向いて買い求めた。
寒さが少し戻ったため、「温かみ」を求めたのかもしれない。
おでんの種の品質もよく、食欲をそそられたのかもしれない。
しかし、何といっても一番の魅力はお買い得だったということだろう。
夢は、「あなた」はあれこれ理由を並べてはいるけど、結局のところ買いすぎましたよね。
食べきれないほどとはいかないけど、それでもいくぶん持て余している。
後悔しているでしょうと…言いたげのよう…。
でも、大丈夫、「もうひとりのあなた」もそう思っているし、
すべての時間に存在している「あなた」もたいしたことじゃないと感じているから。
※ぞろぞろと登場した女性たちは、わたしの分身であり、
それぞれが何かを感じ、その感情を述べている。
言葉として伝わってくるものがある。リツーイトしている。
それを今朝の夢で受け取ったのが「わたし」である。
「わたし」は時空のちがう「もうひとりのわたし」を自分自身に積み重ねることで存在している。
いまだけの、この瞬間だけの自分で生きているわけじゃない。
いくつもの時空に記憶されている自分を重ね合わせて生きている。
重ね合わせをするのが「感情」であり、記憶なのだ。それを夢がつないでいる。
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