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愉快な映画も裏は怖い
2003 DK 95 Min. 劇映画
出演者
Nikolaj Lie Kaas
(Bjarne - 肉屋)
Nikolaj Lie Kaas
(Egil - ビヤルネの双子の弟)
Mads Mikkelsen
(Svend - 肉屋)
Ole Thestrup
(Holger - スヴェントとビヤルネ雇い主)
Line Kruse
(Astrid - 葬儀屋で働く若い女の子、ビヤルネの新しいガールフレンド)
Nicolas Bro
(Hus Hans)
Aksel Erhardtsen
(Villumsen)
Bodil Jørgensen (Tina)
Lily Weiding (Juhl)
Camilla Bendix
(エギルの友達)
Hanne Løvendahl (客)
見た時期:2004年8月
ちょっと前、ドイツではカンニバーレ事件が起きました。犯人はつかまり、裁判も決着し、本人は懲役刑を受けています。被害者が死ぬことに同意し自由意思で加害者の前に現われたため、司法は困ってしまいましたが、結局8年ちょっとというセンで落ち着いたようです。クレージーと言えばクレージーな話ですが、被害者、加害者共社会生活にさほど支障があるような人物ではなく、司法も責任能力ありと認めての決着です。
この他に、後年歌や映画ができた上、テオドア・レッシングが真面目な本を出版したぐらい有名なハールマン事件というのがあります。こちらは被害者と加害者の同意などという悠長な話は無く、殺されようなどはつゆほども思っていない10歳ぐらいの少年から22歳ぐらいの青年50人の犠牲者を食用肉として売り払っていたというのです。
1920年前後の話で、フリードリッヒ・ハールマンは町で人気の肉屋。時は第1次世界大戦後の食糧危機時代。自分のレシピで作ったソーセージは人気商品で、飛ぶように売れたそうです。かつて警察に別件でつかまり懲役刑になりましたが、以前から警察に情報屋として協力していたこともあり釈放後また簡単に肉屋を開業。ハンス・グランスという相棒を得て、またしても人間狩り。商売は繁盛していましたが、怪しむ人も出始めます。ハールマンが警察の情報屋をやっていたため、警察が市民の連絡を受けても腰を上げないということが何度もありましたが、不自然さが増し、ついに囮捜査で御用。
って言うじゃない・・・。
実はこの話いくつかのバージョンがあります。
フリッツ・ハールマンとよく言われますが、フリッツはフリードリッヒの愛称。父親は本当にフリッツという名前だった可能性もあります。紛らわしいですが、殺人犯も普通はフリッツ・ハールマンとして知られています。
手にかけたのは50人という話ですが、少なくとも20人以上の骨が見つかっています。法廷では少なくとも24人の事件が取り上げられています。この事件には多分にホモセクシュアルな面と吸血鬼的な面があるのですが(殺しの手口: 喉に噛み付いたのだそうで)、ハールマンは犠牲者を利用し尽くしたそうで、何ともグロテスクな話です。結局ハールマンは打ち首で死刑(1925年)、相棒は最高刑が後に長期間の懲役刑に変更になっています。ハールマンの首はゲッティンゲンの研究所に現在も保存されているそうです。これもまた怖い話ですが。
おもしろおかしく語られる話ではハンス・グランスも積極的に犯行に参加していた、それどころか催促していたとも言われますが、実際のところ殺人についてどの程度関与していたかは証明されていないそうです。
ハールマンは死体を近くの川に無造作に捨てたり(で、ある日子供が頭を発見)、相棒に処理させているので(この辺は話に矛盾もあります)、本当にソーセージを作って売っていたのかは不明ですが、本人は死ぬまで否定も肯定もしていません。世間ではソーセージの話が大受けし、一人歩きした可能性も否定できません。彼自身は自分を英雄視したかったようで、自分は法廷での責任能力があるとも考えていました(これは当時の鑑定専門家と同じ結論)。でも普通の神経ではなかったようです。
ドイツ以外の国の人ですとデンマーク映画 De Grønne slagtere を見て、アハハと笑っていればいいのですが、ドイツ人はついハールマン事件、先日の事件などを思い出してしまうでしょう。するとそれだけブラックさが増すというものです。
脚本を書いた監督はハールマン事件をよく研究したのではないかと思えて来ます。すごく似ているのです。では、ストーリー行きましょう。これから食事をする方、ステーキを食べるなどという方は、今日は読むのを止め、野菜を食べた日に食後2時間ほどしてから改めて読み直して下さい。
スヴェントとビヤルネは肉屋で、店主ホルガーの元で働いています。ホルガーは威張り散らす男、2人のうち特にスヴェントはホルガーにほとほと嫌気がさしていました。スヴェントとビヤルネは以前から自然食品に興味があり、《緑の肉屋(原題)》を開業しようということで話がまとまります。
ドイツがそうなのでデンマークも似ているのかも知れませんが、ドイツでは《緑の・・・》となると自然食品、自然療法、環境保護、リサイクリングなどという方向を指していて、この映画だけでなく、マジに自然食品肉屋というのもあります。うちの近所の市場にもそういううたい文句の店が一軒あります。普通と何が違うかと言うと、後で屠殺する動物に与える餌にホルモンや妙な薬品を混ぜない方針になっていたりします。手間がかかるので肉は割高です。
先立つ物がないので、ビヤルネは意識不明のまま入院している双子の弟エギルを手放すことにします。手放すという意味は、生命維持装置をはずすということで、そうすると大金が入るのです。で、店は取り敢えず開店。しかし小さな町、以前の店をひいきにしているお客さんは新しい店には全然現われません。
まだ開店早々で電気工事が終わっていなかったので職人が冷蔵庫に入っていたのに、スヴェントは閉店して、家に帰ってしまいます。翌朝発見したのは冷たくなった死体。
開店したばかりなのに刑務所行き?殺したわけではなく、事故だと言えば済むというビヤルネの言葉を受け入れられず、スヴェントは肉屋として死体処理を・・・・という風になってしまいます。殺したわけでなく、ただ電気屋の死体がどうなったかを知る羽目になっただけとはいえ、ビヤルネは一緒に秘密を抱え込みます。
あまり親切そうに見えない元雇い主のホルガーは開店したばかりのライバル店の様子を見に来ます。案の定誰も客は来ません。スヴェントとの相性は最悪ですが、それほど根性の悪い男ではなかったのか、新しい店にパーティーの仕事をまわしてくれます。この男が嫌で店を辞め独立したスヴェントですが、注文は注文。自分のレシピのソースに漬けた人肉をグリル・パーティーのために配達します。これがあっという間に人気商品になってしまい、次の日からはお客さんが押し寄せて来ます。
夫婦仲が悪く、離婚ということになっていた妻が訪ねて来ます。彼女も間もなく料理されてしまいます。お客さんはスヴェントのソースに漬けた肉をどうしても売ってくれというので、1人何グラムまでと制限しなければ行けないほどです。ですから新しい死体はどうしても必要でした。
神経質でありながらこらえ性のないスヴェントが次々と新しい問題を抱えている間に、ビヤルネにも1つ問題が起きます。双子の弟に静かに昇天してもらい、遺産を貰うつもりだったのに、弟は昏睡から覚めてしまったのです。その上、弟は知恵遅れで、兄を頼り切ってどこまでもついて来るのです。
ビヤルネが本来同情すべき弟に冷たいのにはわけがあります。動物愛護が行き過ぎ、エギルが原因で事故が起き、両親とビヤルネの妻が死んでしまったのです。これでは弟に死んでもらおうという気になるのも仕方ありません。本来人を救うはずの病院ですが、エギルの臓器が手に入るとなると、生命維持装置をはずすという話にもみ手をして乗り気。しかしその話はふい。
良い事も起こります。ビヤルネが墓場でふと見かけた葬儀屋の女の子が今では彼のガールフレンド。店は意外にも大繁盛しているので、もしかして、遺産が無くても借入金は返せるかも知れません。
私はニコライ・リー・カースは何度か見ているのですが、エギルの演技には驚きました。彼が二役で出演しているとは最後まで気付きませんでした。マッズ・ミッケルセンも時々見ていますが、これまでの好青年、好中年を止めて、小市民的な嫌な奴を演じています。おでこを普段より広めにして、いつも汗をかいている、神経の落ち着かない男です。人に親切にするなどということは思いついたこともない、上司に対しては反感しか持っていないというや〜な奴。妻との仲が冷えるのもどちらかと言えばミッケルセンが原因と思えるような役です。この間デンマークで1番セクシーな男に選ばれたばかりなのですが。国際的にはこれから知られて行く人だと思いますが、デンマークではヨン様程度の知名度。ドイツでもデンマーク映画は知られて来ていますが、その中心人物の1人です。
デンマーク語のタイトルは英語と同じで、《緑の肉屋》ですが、ドイツ語のタイトルは《デンマークのデリカテッセン》といいます。ネタばれタイトルですが、フランスのデリカテッセンを覚えておられますか・・・?
ハールマン事件からいくつかの凶悪な要素をはずすと、 De Grønne slagtere となります。ハールマンに比べるとまだこの2人の方が好感が持てますが、それでもスヴェントの肉が町1番の人気商品になってしまったため、連続殺人は避けられません。こんな事がいつまで続くのか分からないというところでハラハラ。ビヤルネの新しいガールフレンドが葬儀屋の仕事をしているとなると、いつ共犯にさせられるのか分からないというところでドキドキ。単純に行動する双子の弟がいつ兄ちゃんのやっている事を発見するか分からないというところでまたハラハラ。その上エギルは昏睡状態から覚めた今も徹底した動物愛護主義。ですから兄ちゃんの商売は気に入らず、邪魔に入ります。そして何よりもスヴェントが正気なのか、狂気がエスカレートして行くのかが、客席からはさっぱり分からないのです。
ハールマン事件では怪しんだ市民が警察に通報し、何度か検査が行われたそうです。しかし警察はハールマンを情報屋だと思っているのでずさんな検査をしたとかで、何度かうまく逃れています。De Grønne slagtere ではホルガーが怪しみ、衛生局に通報。検査が行われます。しかし証拠は見つからず、無罪放免。
ハールマンは狂気、精神異常と言っていいのか分かりません。時代が古く、、精神鑑定などは現代と方法も結果の分析も違うでしょう。本人は自分のやった事を確信していたらしく、反省はせず、殺すことの楽しさを語って死んで行きました。それに比べるとスヴェントの最初の死体は明らかに過失、事故と言っていい状況から起こり、その後ずるずると自分の過失に巻き込まれて大きな渦を作って行きます。彼に問題があるとすれば、モラルが欠けていて、常識的な市民なら届け出る出来事を、自分の商売の中に隠してしまったこと。善悪の判断は出来事を近視眼的に見、場当たり的に処理して行く過程で、麻痺していますが、良心が全く無いわけではないようです。警察に捕まった時にどういう自白をするかは分かりませんが、ハールマンとは全く違った事を言うでしょう。
きわどいテーマを使ってのブラック・コメディーですが、俳優の好演でうまくまとまっています。問題は牧歌的なラストシーンからその先どちらへ向いて進むのかという点。ポリティカリー・全く・インコレクトなのは監督、出演者共、元から承知の確信犯。関係者一同思いっきり楽しみながらの仕事のようです。
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