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2008 USA/UK/F 122 Min. 劇映画
出演者
Frank Langella
(Richard Nixon - 元アメリカ大統領)
Patty McCormack
(Pat Nixon - ニクソン夫人)
Jenn Gotzon
(Tricia Nixon - ニクソンの娘)
Kevin Bacon
(Jack Brennan - ニクソンの側近)
Michael Sheen
(David Frost - 英国人キャスター)
Rebecca Hal
(Caroline Cushing - フロストの愛人)
Sam Rockwel
(James Reston, Jr. - フロストのブレイン、ジャーナリスト)
Oliver Plat
(Bob Zelnick - フロストのブレイン、ジャーナリスト)
Matthew Macfadyen
(John Birt - フロストのプロデューサー)
Toby Jones
(Swifty Lazar)
Kate Jennings Gran
(Diane Sawyer)
Rance Howard
(Ollie)
Mark Simich
(Hugh Hefner - プレーボーイ誌の社主)
Jay White
(Neil Diamond - 歌手)
見た時期:2010年1月
★ ちょっとした行きがかり
行きがかり上フロスト×ニクソンもご紹介します。何の行きがかりかと言うと、ダ・ヴィンチ・コードU 天使と悪魔とフロスト×ニクソンがほぼ同時進行で作られたらしいことです。そんな話を耳にしたので、つい乗せられてフロスト×ニクソンも見てしまいました。
確かにロン・ハワードはフロスト×ニクソンの方に比重をかけて、ダ・ヴィンチ・コードU 天使と悪魔では手を抜いたというか気合を入れずに作ったような印象を受けます。元々ダ・ヴィンチ・コード(1)に気合を入れていたのかも疑わしいので、ダ・ヴィンチ・コードU 天使と悪魔にも同じ程度しか気合を入れなかったのかも知れません。
映画監督は時々おかしな事をやるもので、噂の真相 ワグ・ザ・ドッグの監督も同じ俳優(ダスティン・ホフマン)を使って2本同時進行させていたと聞きました。ロン・ハワードは俳優は別人を起用していますが、何人かのスタッフに自分と一緒に同時に2本の仕事をさせています。
★ 上の空で作ったダ・ヴィンチ・コードU 天使と悪魔?
俳優を見るとダ・ヴィンチ・コードU 天使と悪魔にはトム・ハンクス、ユアン・マグレガーという超大スターが出ているので、大金がかかっているように見えます。恐ろしい数のエキストラを使っていますし、海外での撮影もやっています。
それに比べフロスト×ニクソンは恐らくは国内のセット撮影が中心で、俳優の方はようやく最近芽が出て来たマイケル・シーンや、俳優としてベテランとは言え、スターとは言えないフランク・ランジェラ、インディペンデンス映画のファンにはスターであっても、ハンクスやマグレガーとは格が違うロックウェル、さらには凝った人に好かれていても、およそスターとは呼べないオリヴァー・プラットなど、ファンタ常連のファンには堪えられない、しかしあまり一般には知られていない俳優が集められています。中でまあ何とかスターの裾野にいるかと言えるのがケビン・ベーコン。とは言っても彼も作品を選ぶ人で、特に最近は大ヒット作品はほとんど狙っていないようです。
★ 気合を入れて作ったフロスト×ニクソン?
フロスト×ニクソンに満足しているわけではなく、突っ込みたい所が何箇所かありますが、それでも2本を比べると明らかに、キャストも監督もそれなりに気合を入れて作っています。私も見ているうちにフロスト×ニクソンには気合が入りました。ダ・ヴィンチ・コードU 天使と悪魔の方は逆に見ているうちにあほらしくなって来て、マグレガーの目がきれいだなあとか、いつもと服装が違うなあなど、表面的な事ばかり考えていました。
★ ニクソンとなると気合が入る?
これまでにニクソンが関わる作品を何本か見ました。なぜかどの作品もそれなりに気合が入っているような印象を受けました。私が彼の時代にもうニュースを見たりする年齢だったことと関係あるのかも知れません。あるいはアメリカ人としてはニクソンの話題になるとどうしてもこだわりたくなってしまうのかも知れません。
ニクソンが色々な政策を実行した後、恥をかいて不名誉な引退をした時、私は呆気にとられてニュースを追うばかりでした。当時はワシントンでどういう政治闘争が行われているかなどはさっぱり耳に入って来ませんでしたし、ニクソンの華々しい政策に目を奪われていました。それが彼をああいう立場に追い込み、悲劇的な(政治的な)最後を迎えたとは知りませんでしたし、常にケネディーと比べられていたので、おっさんが白馬の王子のようなハンサムな青年にカリカリしていたという印象を受けていました。私はイメージ戦略にまんまと乗っけられていました。
ニクソンが非常に有能な政治家で、画期的な政策を実行していたと評価されているのを知ったのはかなり後のことです。彼がなぜウォーターゲート事件のような事件を起こしたのか、そしてなぜ動機を明かさなかったのかは今もって私の頭の中では謎です。
フロスト×ニクソンではそこにできるだけ近づこうとするフロストとできるだけ何も言わないようにするニクソンの一騎撃ちです。
★ あらすじは実話
自分は恩赦で無事引退、当時政権の中枢にいた数人の補佐官たちは実刑を食らって犯罪者。キッシンジャーは無傷という当時の私にも不思議に思えた結果になったのが、かの有名なウォーターゲート事件。
フロスト×ニクソンの筋は実際にあった話で、引退したニクソンに英国のコメディアン出身のキャスターがインタビューを試みるところから始まります。まだそこそこ売れていますが、活動範囲は英国やオーストラリアで、これからキャリアが下向きになりそうなニュー・スキャスターがアメリカ進出を試みます。周囲が半信半疑の中、これで絶対に更なるキャリアへの突破口が開かれると確信しているのが、デビッド・フロスト。
友人で彼の仕事を仕切っているジョン・バートは2人の男をブレインとして採用。ニクソンをコーナーに追い詰めるべき質問をあれこれ考えます。何と言っても劇的な効果を生むのはまだ国民に謝罪していないニクソンから謝罪を引き出すことでしょう。
ブレインの1人、ジェームズ・レストン・ジュニアは親譲りの仕事熱心なジャーナリスト。ニクソンに対しては特別反感を持っています。もう1人のロバート・ゼルニックもジャーナリストです。
レストン親子のうち、パパ・レストンは大きな賞ももらっている有名なジャーナリストでしたが、何もかもが終わって、長い時間が経ってから考えて見ると、レストン家は父親がキッシンジャーに祟られ、息子がニクソンに一発お見舞いした形になりました。父親は華々しいキャリア、息子はそれほど華々しくありませんが、ニクソンとキッシンジャーの間にも複雑な事情があったようですし、その両方に食いついたジャーナリスト親子にもそれなりの波紋があったように見えます。
話を戻して、対するニクソンですが、引退後なのであまり大勢の人はついていません。そんな中で活躍しているのがジョン・ブレナン。元々海軍の軍人で、引退後のニクソンの周囲を監視し、護るだけでなく、インタビューの時は契約交渉から内容にまで目を光らせています。ニクソンとのつながりは深く、現役の軍人の頃からです。フロスト×ニクソン中にも描かれているように役職に忠実で、ニクソンの利になるように動き、はっきり注文をつけたり、断ったりします。
ギャラや条件を交渉した結果、録画は数回に分けて撮影されることになりました。最初の難関、ブレナンも交渉相手としてはガードが固く、さらに副大統領、大統領を勤めた経験のあるニクソンはかなりの狸。フロストは押され気味。
前半の描写でも分かるように私財も投じてこのインタビューに賭けているフロストは窮地に追い込まれます。スタッフと必死で劇的効果を生むようにインタビューを誘導しようとしても、ニクソンにブロックされてしまいます。
★ 謎を残して・・・
ところがあろうことニクソン自身がフロストに助け舟を出してしまいます。この部分は映画用に作ったフィクションらしいのですが、ニクソン自身にいくらかこれに似た傾向があったとも言われています。それまでに見せたように海千山千のキャスターを軽くいなしてしまうほど有能で場慣れした元大統領が、なぜあんな事をしたのかは謎。
そしてもう1つの謎は、大統領がウォーターゲート事件を起こした動機。やったやらないについてはある程度説明がついており、インタビューの中で大統領はしぶしぶ国民を失望させたことを悔いているような発言をしています。しかし厳密に聞いていると、はっきりやったと言ったかは解釈で取るしかなく、その上動機については一言も漏らしていません。
推理小説のファンの私にもあれほど権力を持った人物とあのような稚拙な押し入り事件のバランスが悪く思え、なぜニクソンがこういう事態にはまって行ったのか、一体誰のアイディアだったのかは想像もつきません。
映画フロスト×ニクソンにはメイキング・オブがついていて、本当のニクソンと俳優のニクソンが全く同じ言葉を吐く部分を比べて見ることができます。決定的な発言のシーンがいくつか収まっているのですが、ニクソンの顔の表情を見ると、一点の曇りも無いのです。俳優もそれに合わせた演技をしています。
なのでますます謎が大きく見えてしまいます。あと何十年か経ってさらに秘密文書の公開でもあるのでしょうか。
★ 嫌われる理由はゴマンとある
ウォーターゲート事件が起きた頃、引退した頃の私は毎日ニュースを見る、新聞を読む人間ではありましたが、その裏に何かあると考えるほど暇ではありませんでした。まだ若く、ジャーナリズムが一定の範囲で真実を伝える機能を持っていると信じていました。まあ、嘘はつかないまでも、要求されなければ何も言わないといった面はあるというのは学校の先生に教えられ分かっていましたが、何かの理由で有名な会社がだーっと特定の方向に傾くとまでは思っていませんでした。
何十年も経った今考えて見ると、ニクソンは就任後、アメリカの2つの大きな波の片方に乗って、もう一方の波と大きく対立していたのです。その波はかなり前からあり、ニクソンが初めてという話ではなかったようです。そういう中大統領として登場して来たニクソンは自分の立場を分かっており、自分が誰の協力を得て、どの方向に動くかも良く分かっていたのです。私はその辺が全然分かっていませんでした。
相手側の反感を買ってしまう理由は彼がやった政策。対立政党が拡大したベトナム戦争をニクソンははっきりした形で終わらせてしまった、反対側が望んでいなかったデタントをやってしまった、反対側が望んでいなかった中国と握手してしまったと、この3つの1つだけでも暗殺されかねないほど大きな転換。それを1人で3つもやってしまったので、ニクソンを大急ぎで追い落としたいと思った人が何人もいました。なのでどんな些細なミスでも大きく取り上げて失脚に持ち込みたい。
なのでニクソンの側としてはミスは絶対にやっては行けないはずでした。なので推理小説ファンとしては、よりによってそういう時にああいう事件を起こす理由がよく理解できませんでした。しかしやってしまった。本来ならニクソンは任期を終え、引退するはず。アメリカでは再選にははっきりと制限があります。ニクソンは政党の人間ですから、続投したければ、次の大統領候補のブレインという形でやれば良かったのです。しかしもう1度選挙に出る道を選んでしまった。
当時の政治はまだ単純で、政策の差は2つの政党にきれいに分かれていました。それぞれの政党には経済を動かして行く戦略があり、その内容が真逆でした。片方は戦争という手段でお金が動くようにし、それで産業が潤い、失業者も減るという方向、もう1つは市場を拡大するために、これまで対立していた陣営と握手をして、購買力、市場を拡大するという方向。一般人には戦争は悲惨だ、良くないという理論が通りますが、政治と経済を司る人たちに取っては、全く意味が違います。そして政策の対立は絶えることなく今も続いています。最近ややこしくなったのは、1つの政党がこちら、対立政党があちらという分かれ方でなくなり、両陣営に両方の考え方をする人が入ってしまった点。そういう意味ではニクソンの時代は古き良き、分かりやすい時代と言えます。
★ あれっ
フロスト×ニクソン中のフロストはインタビューの目的の重要部分をニクソンから謝罪の言葉を引き出すことに置いています。ここであれっと思ったのは私1人でしょうか。
フロストは何度か攻勢に転じ、ニクソンに「国民に謝れ」と迫ります。ところがフロストは外国人。国民に謝れと言うべきはアメリカ人ではないかと思ってしまいました。本人が英国人なら別な表現をするか、アメリカ人ジャーナリストを動員すべきではないかと考え込んでしまいました。
何度か攻防戦をやった末、追い詰められたニクソンはためらいながら謝罪らしき言葉を口にします。それが微妙で、「国民や自分に近い人を失望させた」という表現になります。しかし「自分がああいう事をして悪かった」というストレートな表現ではありません。それでいて、いんちきをしていい逃れようというニュアンスでもないのです。煮え切らない言い方なので、当時の社会はがんがん批判をしていましたが、ニクソンは非常に言葉を選んでいます。
フロストの側はブレインを2人つれてはいても守勢で、何度も対戦してそれまでは連敗でした。それがようやくこの言葉を引き出したので、「勝った、勝った」と大喜びで映画は終わります。
★ いくらか手を抜いているけれど・・・
両方のダ・ヴィンチ・コードを見ていても感じるのですが、ロン・ハワードはおもしろいテーマを選び、6割か、7割程度テーマを掘り下げ、真実に肉薄するポーズを取るのに、どこか緩いと感じます。フロスト×ニクソンでもニクソンを演じたランゲラに感心しつつ、どこかしらはぐらかされたような気がします。映画監督にも限界があるのか、まだ現役の人物には触れにくいのか、あるいは彼流のマーケティング戦術なのか、その辺は分かりません。
★ フロストはその後
DVDを見ると本物のフロストの姿も見られます。シーンが演じているフロストは芸能人ぽく作られていて、本当のフロストはニュース・キャスターという雰囲気が強いです。ここは監督、俳優の判断でいくらか実際のフロストと変えてあります。
ニクソン・インタビューは当時大成功で、資財を投げ打った後しっかり元を取っています。そしてこれが理由なのか、他の理由なのか分かりませんでしたが、サーの称号ももらっています。彼のインタビューのいきさつが映画化されるほど有名にもなっており、大成功。ただ、自分で作ってしまった高いハードルをそれ以上越えることは無かったようです。
★ 結論
というわけで、2つのダ・ヴィンチ・コードよりは密に作られていて、ばかばかしさは無く、べた褒めするにはいくらか避けて通った部分が目立つ作品でした。
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