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2009 USA/Kanada/D/F 123 Min. 劇映画
出演者
Isabelle Fuhrman
(Esther/Leena Klammer - コールマン家の養子)
Vera Farmiga
(Katherine Coleman - 元エール大学教師)
Peter Sarsgaard
(John Coleman - ケイトの夫、建築家)
Jimmy Bennett
(Daniel Coleman - ケイトとジョンの息子)
Aryana Engineer
(Max Coleman - ケイトとジョンの娘)
Rosemary Dunsmore
(Barbara - ジョンの母親)
CCH Pounder
(Abigail - 孤児院の修道女)
Genelle Williams
(Judith - 孤児院の修道女)
Matthew Raudsepp
(サールン研究所の職員)
Karel Roden
(Värava - サールン研究所の医者)
Margo Martindale
(Browning - 精神分析医)
見た時期:2010年3月
昨年のファンタは邪悪な子供をテーマにした作品の多い年でしたが、これはその亜流です。話の進行上ネタをばらします。これから見ようとお考えの方は後で読んで下さい。
★ タイトル
日本ではエスターというタイトルがついています。主人公の名前なのですが、同時に孤児のことでもあります。諸外国では固有名詞ではなく、普通名詞の《孤児》を意味する言葉がタイトルになっています。
エスターという名前は語源をさかのぼるとイランまでたどり着いてしまうのですが、一般に知られているのは旧約聖書に出て来るエスター。物語に出て来るエスターはユダヤ人の養女になり、ペルシャ人の王に嫁ぎます。本人はユダヤ人。伝えられている話はフィクションらしく、実在かどうかは疑われています。ここで重要なのは養女ということ。
養女を取ると継母が悪い人と決め付けられてしまうことが多いですが、引っかかっては行けません。エスターはそう単純に世間の印象通りには行きません。
★ ストーリー
ここで映画エスターのストーリーをご紹介しないと話について来られないのですが、結末までばらしてしまうことになります。なのでこのページの最後に書いておきます。ここからジャンプできます。
★ 子供について考え方が全然違う
去年のメインのファンタにはダミアンを思わせるような邪悪な子供が主人公の作品がいくつか並びました。ホラー映画としてはまあ見ていられる物が多かったですが、子供に関する考え方が違うなあと感心させられました。宗教の影響の強さが出ています。宗教には良い面と暗い面があって、2009年の新作映画では暗い方を強調したい監督が多かったのかなと思いました。
キリスト教の考え方を知っていると欧米の作品を見る時にいくらか役に立ちます。善悪に関しても生死に関しても日本人、アジア人とはかなり違う考え方が根底にあり、私たちには思いつかないような発想もあります。
そういう違いと同時に最近は先進国のどこでも見られる子供を極度に甘やかす躾、子供を躾けようとしない親の描写もあります。家の中で子供をきっちり躾けようとすると、学校や地域から相談員が押しかけて来る事もあります。どの家庭でもどこまでが躾か、どこまでが学校教育か、どこまでが社会常識か、どこからが児童相談所、警察の出番かが明確に理解されていません。社会もそのルールをきっちりさせるために関係者と調整をするでもなく、どんどん法律だけを作ってしまったと思えます。日本のニュースを聞いても、欧米の映画を見ても似たようなことになっています。ドイツも小さなところでは子供が大人を支配するような家庭が目につきますし、大きなところでは学校崩壊、ティーンの銃乱射事件も起きており、他の国と似たような状況にあるものと思われます。
親が行き過ぎているのか、子供が限度を知らずにやり過ぎているのかを調べる方法が確立されているわけでもなく、学校でどういう事を教えているのかを親が必ずしも承知しているわけでもなく、教育や躾は一種霧の中に放り出されたままのようにも見えます。唯一はっきり言えるのはこの現象が実に民主的にあらゆる階層に起きていることぐらいです。
エスターの後半の半分あたりまではこういうことがテーマなのかと思えるように作られています。親の立場にある人が子供から弱みを見透かされて言いなりになってしまうというシーンがあちらこちらにあります。それがエスターの両親の世代から始まったのではなく、その1つ上の世代から始まっていることもちらりと見せてくれます。
子供と上手く行かない、親の方に問題があるのだろうということで精神分析医にかかるというシーンもあるのですが、分析医が大して役に立っていないことも描写されます。分析医自身がクリシェーにはまっていて、人の話をよく聞くことが商売なのに、決め付けをやってしまいます。
★ それとなく男女の問題も入れている
収入のいい夫と能力のある妻で先生の問題も現実的に取り上げています。夫は建築家で、立派な家に住み、子供も望むならば3人持てる裕福さです。2人は冒頭仲がいいですが、ちょっと前に流産があり、妻の心は傷ついています。話が進むにつれそれだけではなく、彼女にアルコール中毒の過去があり、子供に対して負い目を感じていることが見えて来ます。それでも2人の子供とは仲が良く、夫と妻は上手く行っています。
問題だらけと言うほど多くありませんが問題はいくつかあり、起きた事はそれなりに乗り越え、ケイトは生活を立て直したところ。そこで職業ではなく、養子を取る方に傾きます。どうやら優しい夫も姑も彼女が仕事に戻るより家庭で女性、母親としての役割を果たす方を好んでいる様子。なので孤児院に出かけて行きます。
引き取った子供がエスターで時々とんでもない問題を起こすのですが、その話をしても夫は妻の考え過ぎとして、妻の過去の問題の中に回答を求めます。ホラー映画を見ている観客が「ああ、だめ、そっちの方向じゃない!」と叫びたくなるように作られています。原則はスクリームやハロウィンと同じで、エスターではそれが直接的な危険ではなく、心理的な部分に盛り込まれています。
妻が危険を察知して動いている時、夫は自分に都合のいい判断をし、妻は追い込まれて行きます。とは言っても夫が特別ずるい人間だとか、妻を亡き者にしてやろうと考えているのではなく、普通のトラブルです。例えば妻がインターネットや電話を使ってエスターに関する重要な資料を集めて目の前に出しても、夫はそれに目を通そうとはせず、そういう事をする妻をノイローゼだろうといった目で見ます。エスターに人の心に簡単に取り入る能力があるので夫は10年以上連れ添った妻よりエスターの方を信じます。
こういう形で自分の家庭の中で妻が孤立して行く様子はホラー映画としてはかなり気を配って描写されています。ジョエル・シルバーとレオナルド・ディ・カプリオがお金を出しているのですが、名のある人に投資してみようかと思わせるだけの掘り下げ方です。
★ 悪者にされた・・・のではなかった
結末に近づくまでは《ロシア人の孤児がひどい事をする》というイメージで通しています。《ロシアを悪者にするアメリカ》という図式です。しかしそれは最後のところでひっくり返ります。実はエスターはロシア人ではなかったのです。
邪悪な子供の話を見ているつもりでしたが、それも見事にひっくり返ります。エスターに対抗する2人の実子はかわいく、しかも必死で兄妹を守ろうと命を懸けます。子供が皆悪いわけではない・・・というバランスは保たれています。しかもそれすら・・・。
養子がここまで邪悪で、実子がここまでけなげなので、養子のいる家庭の方はエスターを見ると戸惑うでしょう。養子を取ってうまく行っている家庭も多いですし、日本には子供が18歳になるまで養子だと言わない親もいます。なので養子を取った家族にはつらい映画か・・・と思うのは短絡。きちんと最後まで見て下さい。
・・・というように、《らしい》方向でショーダウンに近づいて行くのですが、最後「あっちゃ〜」という風にひっくり返ります。
★ 後半の後半ひっくり返る
エスターの個性は外から見ると邪悪な子供を扱ったホラー映画に見えながら、超常現象やオカルトは一切排して全て現実にあり得る犯罪話にしてあるところ。そして子供の問題ではないというどんでん返しがあります。私はこのひっくり返し方が天晴れだと思い、比較的高い評価をしています。
ファンタが始まった時、子供のホラーをいくつか発見し、全部は見るまいと思っていました。エスターはジョニー・トウの大事件のリメイクとぶつかったので、パスしました。エスターはいずれDVDが出るだろうと読んでいました。実際ロシアのこういったリメイクをDVDで見るのは難しいので判断は正しかったと思います。逆に間もなくDVDが出るだろうと予想できる作品もあり、主催者からファンタの時点ですでに情報が入る事もあります。ドイツもお金を出した作品は劇場をパスしてもDVDで出る可能性が高いですし、英語圏の作品もロシア映画よりは可能性が高いです。さらにいくらか名前の知られた俳優が出ていたのでエスターの方が後で見るチャンスが大きいと見ていました。
★ 後にまわしたストーリー
☆ 流産、悪夢から立ち直るケイト
重要な人物は5人。両親(ジョン、ケイト)、娘(マックス)、息子(ダニエル)、養子(エスター)。ケイトは流産を経験し、ふさいでいました。痛手から立ち直るため赤ん坊ではなく、9歳の養子を取ることにします。
孤児院で他の子供と馴染んでいないエスターですが、瞬く間にジョンの心をつかみ、養子に決定。すぐ家に引っ越して来ます。ロシア出身、物覚え抜群。聴力障害を持った実子の娘マックスともすぐ手話で会話ができるようになります。絵にも才能があり、ケイトからはピアノも習います。
☆ 問題を起こすエスター
両親からは好かれているエスターですが、実は学校でも近所でも家庭内でも問題を起こしています。学校でもめた女児を近所で遊んでいる時に殺しかけたりします(マックスが目撃)。両親に取り入る術には長けていて、歯医者に検査に行こうと言われても上手に言い逃れたりします。
エスターはマックスを割れるかも知れない氷の張った池に連れ出し、ケイトが危ういところで止める、ダニーが間違って怪我をさせた鳩を石で殴り殺して止めを刺す、同級生に首のリボンをはずされそうになった時、恐ろしい声を上げて周囲を凍りつかせるなど次々に9歳の子供とは思えない事をしでかします。
全てがケイトの耳に入っているわけではありませんが、それでもケイトはエスターが普通でないと感じ、孤児院に相談します。担当の修道女がやって来て、問題について話を始めます。しかし彼女は帰路エスターに襲われ殺されてしまいます。その時妹のマックスは無理やり片棒を担がされてしまいます。ダニエルも間接的に共犯者にされてしまいます。2人ともエスターから骨の髄まで脅され震え上がってしまいます。
☆ 生まれているのに記録が無い!
死の直前エスターについて調べ始めていた修道女。死後はケイトと別な修道女が連絡を取り合いますが、エスターに関する書類が見つからず、過去の事が分からないということが判明。ますます疑いを深めるケイト。
エスターは自分が調べられていることを察知しており、敵はケイトと見なし、様々な絡め手で攻撃をかけて来ます。目的は夫婦の間に亀裂を作り、夫を自分の側に取ってしまうこと。元から大人をたぶらかすのが上手だったエスター。ここでも上手に立ち回ります。
☆ 命に関わるえぐい嫌がらせ
流産した子供にジェシカと名をつけて思い出を大切にしていたケイト。ジェシカの灰をかけた土で白いバラを育てていました。そのバラをばっさり切り取って花束にしてケイトに手渡すエスター。ケイトはそのバラを自分が大切にしている理由までエスターに説明してあったので、エスターが故意に切ってしまったと考え怒ります。ところが夫は知らずにやったことだ、過失なのだから許してやれと寛容。ケイトの流産の苦しみを深く思いやらずに、問題を起こす養子をかばうため、ケイトは逆上してエスターを張り飛ばしてしまいます。
ここまでならたちの悪い嫌がらせで済みますが、その後が異常です。エスターは地下室に行き、工具を使って自分の腕の骨を折り、それをケイトのせいにします。簡単に乗せられてしまう夫と精神分析医。ケイトがいくら違うと言っても、2人はケイトをノイローゼ扱い。治療の手続きにかかります。
学校の近くではエスターはマックスを殺そうとたくらみ、自動車のギヤを坂道でニュートラルに入れます。危ないところで助かりますが、マックスはますます何かしゃべると自分の命が危ないことを自覚します。ダニエルも命を狙われます。マックスを救うためにマックスが縛りをかけられている証拠品を探しに遊び小屋に行きます。修道女を殺したかなづちにはエスターの指紋がついているはずなのでそれで何とか窮地を打開できるのではと考えます。しかしエスターに見つかり、火をつけられ中に閉じ込められてしまいます。かろうじて外に出て、逃げ場を失い転落。気を失っているところをエスターに石で殴り殺されそうになりますが、マックスが寸でのところで止めます。ダニエルは意識不明の重態で緊急治療室へ。ここまでの出来事が起きても夫はどちらかと言えば取り乱しているケイトが病気という考え方。子供の命が危ないから取り乱しているという風には考えません。
☆ エスターの正体
エスターの身元調査に乗り出していたケイトはエスターが持っていた聖書を以前発見していましたが、もう1度見てみます。写真が何枚かはさまれており、裏表紙にサールン研究所という名前が入っていました。インターネットで調べてみると、ロシアではなく、エストニアに行き当たります。
意識不明のまま入院治療中のダニエルが誰かに(もちろんエスター)襲われ殺されかかります。マックスの機転でぎりぎりで間に合いますが、 頭に血が上ったケイトがエスターを襲ったため、ケイト自身が麻酔薬を注射され入院。小さな耳の不自由な女の子にここまで苦労をさせて・・・と観客が同情するシーンです。
幽霊話でもなく悪魔の子供でもないエスターが邪悪な心を持った子供で、養子にしてくれた家族に対してひどい事をするという展開でここまで来ます。後半の後ろ半分ぐらいまで来ています。
ダニエルの火災騒ぎが起きたちょうどその時ケイトはエスターの身元をエストニアまでたどっていました。サルーン研究所に電話を入れ、エスターの顔写真を送った直後にダニエルが大怪我で入院、自分も身柄を拘束され同じ病院に入院してしまいます。麻酔でうつらうつらしている時にエストニアから電話が入り、ガラッと話が変わります。
・ エスターはロシアの孤児院の出身ではなく、精神異常者を収容するエストニアのサルーン研究所の患者。
・ 研究所内で1番危険な患者で、常に拘束衣を着せられていた。
・ 脱走。首と手には拘束衣を脱ごうとしたために傷がついている。
・ 本名レナ・クラマー、33歳、発育障害があり、普段は子供と称している。
エスターのやけに大人びた行動、歯科医に行きたがらない、大して教わらないのにやたらピアノが上手、絵の腕が大人っぽい、そして時々ひどいかんしゃくを起こす理由に説明がつきます。
それだけではなく、その医者ははっきり「非常に危険だから家族を遠ざけろ」と警告します。病院で眠っている場合ではありません。
ダニエルとケイトを病院に置いて自宅に戻ったジョンはケイトがまたアルコールに手を出したという濡れ衣のきっかけになったワインを出して来て、一人で飲んでしまいます。したたか酔っ払ったところへエスターが大人びた姿で現われ、ジョンを誘惑。ジョンは酔った頭でケイトが正しかったことを悟りますが、時すでに遅し。エスターを女として受け入れないジョンに腹を立てたエスターはジョンを殺しにかかります。何度か刺されます。
一方ケイトは病院を抜け出し猛スピードで自宅に向かいます。ジョンの死体発見。マックスはまだ生きています。声を出せない状況ですが、手話は可能。ケイトはマックスと窓の内側外側で連絡しながらエスターを探します。
最後は2人の大立ち回りになり、ピストルを手にしたマックスもケイトを助けようとします(こんな小さな子供に拳銃を撃たせるなんてひどい、と観客が同情するシーンです)。敵も手ごわく、格闘、氷点下の川に落ちて水中での格闘と大アクションの末、エスターをしとめます。
くたびれ切ったケイトの手元に残ったのは、マックスと重症で記憶を失う恐れのあるダニエル。ジョンは死亡。ジョンの母親はおそらくこの家族を去るでしょう。
といった話です。エスターの正体が分かる所から全く違う話になってしまいます。完全ハッピーエンドではありませんが、エスターの勝ちでもありません。現実というのはこんなものでしょう。どこかに失うものがあり、完敗でもない。最近はある程度納得のできるオトシマエの作品が増えています。
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