今年のファンタのアジア作品は不調という印象ですが、それでもアンディー・ラウとドニー･イェンの作品が来るので、それは見ようと思っています。日本の作品は1本で、恐らくスケジュールの都合もあり外すと思います。ファンタの予定は直前に変更もありますが。

★　香港映画の行く末

香港映画には2派あって、両派が競ってくれたおかげでおもしろい作品がどんどん作られました。前々世紀末に香港に初めて映画が紹介され、間もなく自分たちで映画を作るようになり、広東語派、北京語派などに分かれ、両派の競い合いが香港映画の歴史そのものでした。戦時中の中断を除いてずっと映画作りに勤しんで来た香港ですが、私はここ数年香港らしさを失うのではないかと危惧しています。

下品、えげつない広東語派対上品、シックな北京語派とは言え、両派とも香港に根拠地を置いての活躍でした。少ない予算、紆余曲折の中、知恵を絞り、特殊撮影無し、ストーリーに工夫を加え、荒唐無稽な娯楽カンフー映画から、社会派スリラーまで、よく頑張るなあと思える映画をたくさん作っていました。

ところが最近中国本土の方針を反映した大幅失業対策水増し映画が増えています。時代は大昔に設定し、どこかのお城が映り、何千、何万という兵士がずらりと並ぶ作品ばかりがドイツに来るようになりました。ああいう馬鹿でかいセットを作るには日雇い人夫が必要で、その人たちに収入が入るという点では結構な話ですが、どの作品を見ても同じイメージ。宮廷内の争いか、大戦争。エキストラでまた人を雇うことができますので、これまた結構な話ですが、映画のストーリーに無理が生じたりします。

そして私がむかっ腹を立てているのは香港のスターが動員されること。刑事やギャングをやらせていると輝く名優が、大昔の皇帝、将軍、役人、武人の役で出て来るのでがっかりします。アンディー・ラウやドニー・イェンの時代劇なんか1本見れば十分。

アンディー・ラウに至っては、中国の武人や役人を演じているのに、まるで日本人の哲学を体現するようなことになっています。インタビューでは嫌日派ということになっているラウ氏なのですが、日本に来るとインタビュー後の机の片付けまで手伝うような人で、引き受けた役では日本人かと思えるような悩み方をするなど、本当に日本が嫌いなのか疑いたくなってしまいます。

なので私はまあ、ラウに限れば一応満足していますが、全体的に香港映画の優秀な人材がこんな使われ方をしていいのだろうかと思えるような作品が最近増えています。監督として大水増し映画に借り出され、先頭を切ったのはジョン・ウーですが、ツイ・ハークまで借り出されたようで、がっかりしました。

香港製のアクション時代劇は時たま見たことがあり、結構おもしろかったのですが、本土から莫大なお金を貰って馬鹿でかいセットを作るより、限りある予算で城壁の一角だけを映したりして工夫したシーンの方が好きです。

そんな事を考えながら狄仁傑之通天帝國を見ると文句がたらたら出て来ます。

★　狄仁傑之通天帝國の工夫

狄仁傑之通天帝國は有名な女帝武則天と側近狄仁傑の話で、時代は唐（618〜907、首都長安、周辺諸国を平定し世界帝国の規模）。その辺の時代劇の時代の中では古い方に入ります。話の成り行きから大勢の武人、役人、召使の女などが登場し、さらに武則天の姿に似た仏の像が200メートルの高さだとかで巨大なセットが作られています（武則天はいくつかの土木工事で知られる人）。ですので、他の映画と同じく退屈なストーリーになる寸前。それを何とかぎりぎりのところで救ったのは探偵が出て来るという設定。

どうやら原作があるようなのですが、主人公はスリーピー・ホロウのイカボッドように事件の調査をします。時代劇ではありますが、狄仁傑は司法の長であり、自分で殺人事件の調査をやります。お定まりの現実味を欠いた宮廷や城のシーンが多いですが、犯人が誰かという興味がかろうじて私を2時間引っ張りました。

その狄仁傑を演じるのがアンディー・ラウで、リラックスした演技ですが、今一つ気合が入っていないのが気になりました。メークアップにあまり気を使っておらず、唐代の人には見えません。彼の親友、建築技師役の梁家輝は多少それらしく見えますが、李冰冰も狄仁傑之通天帝國をファンタジー映画と心得、時代考証などは無視。李冰冰は夏目雅子などの三蔵法師に似たイメージで役を作っています。

古い絵を参考にそれらしくメイクをして衣装を揃えたのかなと思えるのが女帝を演じた劉嘉玲。仰々しい髪型、アクセサリーではありますが、ふくよかな感じ、唇の描き方などは、日本にも伝わっている大昔の絵や竜宮城の乙姫を思わせます。

セット、登場人物の衣装や化粧はいささか現実味を欠いていますが、ストーリーはさもありなんという宮廷の連続殺人事件。調査の仕方は CSI かスリーピー・ホロウのイカボッドを思わせ、そこだけはおもしろいです。

★　宮廷連続殺人事件

徳川時代だけでなく、中国でも古い話では連続殺人事件だろうと思われるエピソードが伝わっています。後継ぎが生まれると当然ながら喜ぶ派閥と嫌がる派閥ができます。なぜか生まれた子供が成人する前に死んでしまったり、死産だったり。狄仁傑之通天帝國では次の皇帝に誰がなるかという話には決着がついていて、いよいよ即位の日が近づいているというところから始まります。最近なぜか側近が死んでしまい、その役職や死者の数から自然死とは思いにくい・・・というのが狄仁傑之通天帝國の骨子です。

子供の頃から宮廷内のごたごたを見て育っている頭のいい女帝は事件の調査をアンディー・ラウ演じる司法長官か最高裁判所判事のような人物狄仁傑に依頼します。

史実ともかぶるのですが、武則天は同じく皇帝だった夫の父の死、これまた皇帝だった夫の死に伴い既に8年ほど国を治め、現在は皇帝即位の準備をしており、宮廷の真前に大きな仏の像を建設中でした。仏とは言っても姿は女帝そっくりで、高さは200メーターを越えます。この像を建築中に責任者の1人が燃え出し死亡。狄仁傑の他に女帝の側近の女剣士と白子の剣士が調査をサポートしながらお互いの動きを監視し合っています。

狄仁傑は今で言う検死を行いますが、被害者の体は内側から燃え出し、一見自然発火に見えます。燃え尽きて体は殆ど残っていませんが、靴が残っており、外側は全く燃えていません。炎は体の中から出ています。間もなく太陽の光が発火のきっかけになっていることまでは突き止めます。白子の剣士裴東来だけは健康上の理由で直射日光を避ける傾向がありますが、他の人は普通に日に当たっても問題はありません。死んだ男も前の日までは問題がありませんでした。しかしその後こういう死に方をする人間が続きます。皆派閥を見ると女帝の側。

狄仁傑に2人の剣士を加えた調査トリオはお互い助け合いつつ、それぞれ違う部署に属しているため監視もし合っています。上官靜兒に取って武則天は命の恩人で、武則天も上官靜兒を信頼して難しい任務を与えています。同じように裴東来も武則天から信頼され、時には独自の動きをします。狄仁傑は反乱に参加した罪で服役中だったのを呼び出されています。史実の方の武則天はこういう人事に長けた人と言われています。

★　ネタバレ　殺人二重線

実はこの連続殺人事件には2つの線があり、犯人も別々でした。側近などが死ぬのは武則天が邪魔者削除を命令したため。ですからこちらは普通の殺人事件であり、暗殺でもあります。もう1つの線は武則天に恥をかかせ、できれば亡き者にとの狙いがあり、動機は復讐。この犯人が特殊な液体と虫を使って燃えながら死んで行くという不思議なトリックを使っています。黒魔術の一種。

狄仁傑之通天帝國を数歩引いて見ると、現代史を唐時代に移し変えたかと思える話がぼんやり浮かぶようになっています。武則天は敵を倒す時は氷のような冷たい心を持ち、容赦なく将来政敵になり得る人物を消しています。また自分にそういう点があるのだと周囲に分からせるようにしています。その反面国政では国を安定させるために大胆な政策を打ち出しています。それでいて密告を重視し、監視社会も作っています。そして人種も宗教も言語も違う周辺諸国を平定し、取り込むこともしています。かと思えば文化、学問を重んじることもしています。彼女なりにはっきりした方針があったようです。

捜査トリオのうち、上官靜兒にはおもしろい秘密があり、後半謎が解けますが、いずれにしろ彼女に取っては武則天は命の恩人。武則天の言う事を聞くのは当たり前と思えます。それに対し狄仁傑は本来は武則天を恨んでもいい立場。狄仁傑之通天帝國初登場のシーンでは失明し、囚人奴隷として裁判の書類を焼却する仕事をしています。連続殺人事件調査のために呼び戻されますが、本人はその仕事が終わったらまた囚人になると考えています。つまり狄仁傑は職務だから、命令ならやるというスタンス。

上官靜兒に絡む秘密はばらしませんが、ちょっと意外です。

自然発火連続殺人事件の捜査で狄仁傑は蛍（という言葉をドイツ語版では使っていますが、どう見てもほたるには見えません）と特殊な水が絡んでいるところまで突き止めます。その確証を得るために闇市に捜査に出向きます。そこで出会う怪しい男が泰迪羅賓。この役は黒魔術を使う前半と、素顔になる後半で違う俳優を使っていますが、私があら、こんなところに出ているの・・・と思ったのは後半を演じる泰迪羅賓。ちょっと前に打擂台に出ていた人です。思わず笑ってしまいました。

話を元に戻し、仏像を建設する頃特殊な蛍の秘密が噂され、それを使って武則天の周囲の人間をを殺している犯人が浮かびます。それとは別な方法で武則天自身の命を狙う計画も同時進行しています。そして狄仁傑たち捜査トリオを狙う異邦人のグループがいます。恐らくは唐の西側に接する国の人たちで、イスラム教かヒンズー教に属し、中国とは違う人種の人たちです。もっとも唐の時代はまだイスラム教は成立したばかりで、狄仁傑之通天帝國の異邦人がイスラム教徒を描いたのかは分かりませんでした。武則天の命を直接狙う方法は雄大な計画でおもしろいのですが、演出が緩く、緊迫感が出ていませんでした。監督が中国資本無しの厳しい予算で作った方がスリリングな演出になったのではないかと考えたりしています。

史実では女帝は生き延びますし、狄仁傑も年を取って普通に病死するので、狄仁傑之通天帝國のラストでは死にません。

★　実在の狄仁傑

630年から700年に実在した人で、4人の皇帝に仕えています。職業は映画のような探偵ではなく、司法のトップ。映画でも最高裁というドイツ語の訳語が出て来ます。映画では8年ほど前に奴隷にされて、刑務所で鎖に繋がれていることになっています。その前に1度汚職を拒否したため左遷もされています。

4人の皇帝のうち最後に仕えたのが武則天で、死の9年前に左遷を解かれて中央に戻りますが、間もなく反乱を計画したとされ、また囚われの身。映画はここから始まります。本当に反乱を企んだのかはともかく、その場は生き延び、武則天によって釈放されます。

やがて高い地位につき、朝廷にありがちな争いがいくつか起こった時には相談役と諌め役を務め、700年に病死するまで、武則天からは特別扱いを受けていました。ちなみに2人の息子は出来が悪かったようです。

★　実在の武則天

映画でも言われているように中国で唯一の女帝。夫はそれまでの皇帝高宗で、高句麗を滅ぼした人。中国が「朝鮮は昔から中国の領土だ」と領有権を主張するとすればここに根拠を求めているのでしょう。高宗には奥方が何人かいて、中の1人が武則天。夫は病気がちで、やがて武則天が力をつけて行きました。死後は武則天が皇帝になり、ここで中国史上初で唯一の女帝が誕生します。朝廷内の権力争いは激しく、家族内でも毒殺など殺し合いがあったか、試みられたようです。即位に際しても女性がこういう地位に就くことには賛同が得られず、色々あったようで、映画の中でも何度か触れています。

映画では全体的には武則天は良い人のように描かれていますが、史実ではえげつない話もあり、このあたりは脚本家が主観的に描いたようです。史実も映画も彼女が困難を非常な克服し、非情な人物になったという点では一致しています。映画に出て来る官邸は実際に作られたらしく、大仏も本当に作ろうとしたか、作り始めていたようです。しかし皇帝が宗教に懲り過ぎるのは良くないと考える側近の狄仁傑がブレーキをかけたようです。

「ようです」、「そうです」が多いのは、私は中国史を勉強したことが無く、そのへんの聞きかじりだからです。その辺はご容赦を。