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2003 F/Belgien 100 Min. 劇映画
出演者
Lambert Wilson
(Brennac - 精神分析医)
Sylvie Testud
(Claude - 連続殺人鬼)
Valérie Lemaître
(クロードの母親)
Jérémy Bombace
(クロード、子供時代)
Frédéric Diefenthal
(Matthias - プロファイラー)
Michel Duchaussoy
(Karl Freud - 精神分析医)
Edouard Montoute
(Ray - 連続殺人事件の担当刑事)
Tomer Sisley (Malik)
Jean-Henri Compère
(Alex - 看護士)
Michaël Toch-Martin
(ピザ屋)
Raymond Pradel
(田舎の警察署長)
見た時期:2004年8月
★ 改めて見た
前回この作品を取り上げた時は、ファンタが終わった直後で、他の記事と合わせて大急ぎで書いたので、あまり詳しく触れませんでした。ネタバレも当時作品が新しかったこともあり、核心には触れませんでした。先日改めてこの作品を見直す機会があったので、もう少し詳しく書いて見ようと思いました。この10年の出来のいいスリラーをランク付けするとしたら、上位に入ります。
公開されて暫くしてドイツ語の副題がついています。デダルスというのは登場する人物の名前の1つなのですが、その後に「あなたの生死をさいころで決めなさい」といった趣旨の副題がついていて、内容の一部をばらしています。
★ なぜかドイツでは手に入りにくかった
これまでずっと近所の DVD 屋さんから借りていたのですが、最近ちょっと離れた所の大きな店からも借りるようになりました。ベルリンにはうちから大分離れた所に1軒、ドイツ人の俳優が頼りにしている非常に本数の多い有名な DVD 屋さんがあります。VHS の時代からの大手で、私はポスターや T シャツを買いに出掛けて行った事がありました。しかし何と言っても遠い。当時の職場とも逆方向で、そうしょっちゅう行ける場所ではありません。その上図書館と同じで返却のためにもう1度出向かなければなりません。
しかし店にある映画の本数と来たら並外れて多く、俳優や映画を作る人からは信頼されている店です。何しろ戦前の作品や戦後 DVD ができる前の作品もたくさん置いてあるのです。
本当はそこへしょっちゅう行きたかったのですが、そうも行かず長年諦めていたのですが、最近うちから自転車で30分弱の所にそこよりは小さいけれど、かなりたくさんの作品がある店を発見。しかもインターネットに在庫を載せているので先に在庫を確かめてから行けます。市内の小さな店にはそういうシステムが無いのが普通。先に調べてから行けるのは大いに助かります。
24時間以内に返すと200円ほど。翌日だと350円強。おそらくは何本かまとめて借りると割引があるのでしょう。図書館のように良く分類されていて、ジャンルごとに探し易くなっています。どの店も難を言えば、ケースを縦に並べていること。日本なら縦書きのタイトルもあるでしょうが、こちらはアルファベット。なので横に寝かせてくれないと探す気がしません。なのでインターネットで作品を検索できるのは非常に助かります。
普通の店で全然見つからなかったのが今回改めてご紹介する迷宮の女。このページでは前の記事より少し突っ込んで解説します。
ファンタに参加中いつも気にかかるのは、その作品がドイツに入って来るか、劇場公開されるか、DVD になるのかです。最近はファンタ以外あまり映画館に行かないので、特に DVD が出るのかが重要です。最近はファンタのファンが DVD の発売予定を知らせてくれるようになったので、見る前からそこを見越してファンタ開催中に見る作品を選んでいますが、当時はまだそこまで情報網が整っていませんでした。
私はお隣の国フランスだし、こんなに出来のいい作品なので、いずれドイツに来るだろうと楽観していたのですが、なぜか普通の店では入手ができませんでした。なので上にご紹介した店を知るまで見直す事はできませんでした。当時1度だけ見てかなりきっちり伏線が引かれているなと思ったのですが、それが本当に伏線なのか確認が取れずちょっと残念でした。今回見直し、しっかりチェックしました。もう1度見ても良く考えられているなあと感心。時間がかなり経っているので、ここでは大々的にネタバレをします。
★ 詳しい筋 - 枠
プロットは27人の男女を殺した連続殺人犯クロードの捜査状況の描写と、逮捕後検査入院中の経緯に分かれていて、観客が混乱しない程度に交互に出て来ます。最後にはっきり分かるのですが、クロードの性格は7つに分かれていて、殺すつもりだったのは男女それぞれ14人。分裂した7人分の性格中4人にはギリシャ神話の名前がついています。加えて普通の名前を持つクロードを含む3人が登場します。冒頭はクロードが中心で、彼女がアパートで家主から家賃を催促されているシーンが出て来ます。気の弱そうな引っ込み思案の若い女性。「逮捕6日前」というテロップが出ます。
★ 背景 - クロードの子供時代と犯行のきっかけ
全体の半分強はクロードという名の人物(性格)を中心に話が進みます。
警察の捜査と並行して逮捕後のクロードの様子が描写され、裁判所は「被告人の責任能力を確かめるのが先だ」という結論を出します。そのため精神病院に送られ、3ヶ月の検査期間が与えられます。
病院の責任者フロイト教授とクロードの担当を押し付けられたブレナック医師はちょくちょく相談をします。クロードに関しては警察などから分厚い書類が資料として渡されており、写真や証拠のビデオも入っています。
書類とブレナックとの話からクロードが子供時代母親から極端な虐待を受け、小学生ぐらいの頃保護されたことが判明します。ブレナックがクロードと話していると、クロードの中に少なくとも4つの性格が現われ、中の1つがテセウスという7歳の男の子。その子が虐待の被害者らしいことが見えて来ます。演じている女優が少年っぽい動作をするので、観客はすっとその話に入って行けます。
テセウス自身は子供時代(そのキャラクターに取ってはほぼ現在)の話をするのが辛く、質問されても恐怖にとらわれてちゃんと答える事ができません。院長はしかし書類を見たりブレナックの話を聞いた結果、クロードの故郷を訪ねて見ます。
小さな村の警察署長と一緒にクロードが母親に虐待を受けていた家の地下室を見に行きます。署長は当時の話を知っている限り詳しく院長に話します。それによると、クロードの体には鞭で打たれたような傷が多数ついていたようで、ある時長期間学校に来なくなったので、学校や警察がクロードを捜し始めたとのこと。母親の話ではクロードは祖母に預けられていることになっていたのに、クロードは地下室で鎖に繋がれているところを発見されます。虐待の痕跡がはっきりしていたので、母親は精神病院送り、クロードは保護されたとのことでした。
クロードはある日母親から禁じられていたのに地下室で物音を聞きつけ降りて見ます。誰かが助けを求めていると感じたようです。そこには鎖でつながれて暴行を受けている人物と暴行をしている人物がいましたが加害者は母親で、どこかから捕まえて来た男に暴行していたのです。
そこを息子に見られ母親は激怒。息子を罰することに決め、今まで暴行していた男をクロードの目の前で殺し、クロードを鎖につなぎます。鞭で打たれたりもし、まともな食事も与えられませんでした。そのためガリガリに痩せています。そしてクロードが救出された時周辺には複数の人間の人骨が転がっていたそうです。
息子が食事にありつけるのはさいころを振って息子が賭けに勝った時。クロードはこの期間に自分の運命がさいころで決まると学びます。
母親がどの程度精神的にダメージを受けていたのか、それが遺伝によるものなのか自分が受けたダメージのためなのかは明らかにされません。しかし母親自身が妊娠した原因はある男による暴行。そのためにクロードが生まれます。小さな村で当然この種のスキャンダルは彼女を苦しめます。クロードが保護されてからずっと精神病院に入っていた母親は2年前に自殺。クロードの連続殺人はその頃から始まっています。
クロードは現在は精神に異常を来たしていますが、それが遺伝によるものなのか自分が受けたダメージのためなのかははっきりしません。小学校低学年の年齢であれほどの目に遭えば、苦しさから逃れるために現実逃避が始まり、それが人格の分裂を生むことは十分考えられます。まだ小学生で広い知識はありませんでしたが、クロードはギリシャ神話の絵本を持っていました。遺伝ではなく、環境が殺人鬼クロードを作り出したとも考えられます。
母親の妊娠はギリシア神話のデダルス、ミノタウロス、アリアグナ、テセウスの経過とそっくりな状況をクロードの頭の中に生み出します。
★ 対策 - クロードの全キャラクターをどうするか
クロードを含め全体で少なくとも5つのキャラクターが存在することを突き止めた院長とブレナックは2つの課題に取り組みます。
・ 裁判所が指定した3ヶ月以内にクロードが犯した犯罪に対して責任能力があるかを突き止める
・ クロードの治療方法をどうするか
(責任能力ありと認められると刑務所に入ることになるが、本人、他の受刑者の安全を確保するにはそれまでにクロードが普通に服役できる状態になっていなければならない。現状では無理)
ブレナックはクロードを通じて催眠術で1人ずつキャラクターを呼び出し、本人に分裂している事を納得させて1人ずつ消して行く、最後に残った(強い)キャラクターがクロードとして残るという方法を提案します。院長はコーヒーに砂糖やミルクを入れるように皆をかき混ぜて1つのキャラクターにする方法を提案します。
この項目は大きなネタバレになるので、どうしても読みたい方はマウスの左のキーを押したまま上をなぞって下さい。
ここから →
後で落ち着いて考えると、これはクロード側の罠と言えないこともありません。弱いキャラクターの持ち主には一定のモラルが感じられ、少年クロードには悪意はありません。無論殺人鬼でもありません。こういう性格を消してしまうと残るのは凶暴で知恵の働く強い性格のみ。もしかするとそのパワーで脱走が可能かも知れません。こういう考え方は2度目見てから浮かびました。深読みが過ぎるかも知れません。
←ここまで
ブレナックは催眠術を使ってクロードの後ろに隠れているキャラクターを呼び出すことに成功し、少なくとも1人分は消すことができます。最後まで見ていると、ギリシャの名前のついていない残り2つのキャラクターのうち1つは別なキャラクターが存在することを察知し、ショーダウン間際に驚愕の表情を浮かべますが、もう1つのキャラクターはそこには至っていません。この部分は最後に登場するので、ここではまだ少し伏せて置きます。
★ ギリシア神話の部分
間違って妊娠してしまった上、相手が雄牛だったため、頭と体が動物と人間として生まれて来たモンスターを生んでしまったのが神話の王妃。その部分はクロードの母親に当たります。
クロードの頭の中は以下のように分裂しています。
・ クロード自身
・ デダルス(分裂した人格の中のボス - 神話ではポセイドンの怒りに触れ王妃が雄牛にあらぬ恋心を抱くようになってしまう。王妃から相談を受け、王妃を助けるためにデダルスは木製の雄牛を作る。それでもモンスター・チャイルドが生まれてしまったため、王がデダルスに命じて子供を閉じ込めるための迷路を作る、デダルスの本職は大工)
・ ミノタウロス(モンスター - 神話では王の妻と雄牛の間に生まれた子供。王の怒りに触れ、迷路の奥に閉じ込められ、後に殺される)
・ アリアグナ(25歳、ブロンド、身長180センチの女性 - 神話では迷路に入ってからテセウスが戻って来られるよう手助けをする、王の娘なのでミノタウロスとは兄妹か姉弟)
・ テセウス(7歳の怯え切った男の子 - 神話では手に負えなくなり男女7人ずつの生贄を定期的に必要としていたミノタウロスをアリアグナの助けを得て迷路の中で倒す)
クロードという名前を選んであるのは男女が判明しにくいから、女優が少年っぽい演技をするのは役柄上必要だからです。クロードが男女14人ずつ殺そうとしたのは、ギリシャ神話で妻を雄牛に寝取られた王が、民に定期的に男女それぞれ7人の生贄を要求したことによると思われます。
★ 捜査の進行状況
クロード逮捕までの警察関係者の動きと、精神鑑定の過程が交互に出て来ますが、混乱する演出ではありません。どちらも地味なトーンで、警察関係者のシーンは別にご紹介したザ・ヒットマンにも似たドキュメンタリーに近い表現です。両作品ともカラーですが、白黒かと錯覚しそうな地味なトーンです。それだけ観客はゆっくりと気をそらされずにストーリーを楽しめます。自分の頭の中でどうなるんだろうと推理しながら見てもいいですし、受身的に画面に出されるものを後から追って行っても楽しめます。私自身見たのは2度目ですが、他の人も複数回見ることを勧めています。最初はとりあえず事件がどうなっているかを知るため、2度目以降は伏線を見るため。
2年前から始まった連続殺人事件の一部分はこんな具合です。
・ 逮捕の6日前クロードは銃砲店に買い物に入り、ショットガンと弾を見せてもらっている間に店主を射殺。殺す前にさいころで賭けをしている様子がビデオに映っており、死体はどこかへ引きずって行ったため、行方不明。運ぶ時に移動式ゴミ箱を使っている。血痕の状況から死亡事件と思われる。
・ 地下鉄の中で乱射。イスラエル製のデザート・イーグルという特別大きな銃が使われる。発射の際非常な反動があるので、華奢な女性が扱えるものではなく、華奢なクロードが犯人だという説に疑いが生じる。
地下鉄に乗り合わせた証人からも男性説と女性説が飛び出す。どの事件でもクロードは顔が半分隠れるようにしているためはっきりした顔を見た証人はいない。
この事件の時も死体を引きずっているクロードの姿がビデオに映っている。
盲目の証人がおり、他の刑事は目が見えないのだから呼んでも無駄というスタンスだったが、中の1人が証言を取る。盲人は3人が話し合う声を聞いたと言い、それは男女と子供だったと証言。
・ さいころの賭けに勝って殺されずに済んだ人がいる。
警察は2年前から捜査を続けていますが、捜査班の大半はあまり熱意がありません。刑事の1人は真面目に捜査に取り組み、有能なプロファイラーのマティアスをつれて来て協力させます。マティアスはプロファイラーにありがちな過剰な感情移入のため精神を非常に消耗しています。とは言うものの能力はあり、残されたビデオから殺人の直前にさいころを振っているらしきこと、死体運送に大きなプラスティックのゴミ箱を使ったらしきことを見つけ出して来ます。ショーダウン間際には死体がカタコンベ(パリの地下墓地)に隠されているかも知れないと思い立ち、捜査班をつれて地下の下水道などを探り、最後には1人の生存者と多数の死体を発見。クロード逮捕の直前。
マティアスの本職は画家。精神的な負担を絵画に移し、苦しそうな絵を描きます。住んでいるのはパリのアパート。エレベーターの無いアパートの上の方の階に住んでいて、ここ2ヶ月ほど家賃を滞納しています。そしてマティアスのアパートにはクロードの分厚い捜査資料が置かれています。マティアスが手にするパスポートに張られている写真はブレナックの顔。彼の名前はマティアス・ブレナック・・・。
ついにクロード逮捕の日がやって来ます。
・ 捕まった時のクロードは若い女性。
・ 捜査に協力した有能なプロファイラーは30台半ばから40歳ぐらいの男。
・ 裁判中の被告はクロードの姿。
・ 精神病院でクロードを担当するのは45歳前後に見えるブレナック医師。
・ ブレナックがクロードから導き出すのが
- 7歳の少年、
- うら若いブロンドの女性、
- モンスターのように凶暴な男、
- 全体を仕切る強い男の性格。
この4人はクロードの姿で登場し、ブロンドの女性の影と少年だけは別な俳優も使われます。
「逮捕6日前、5日前」という風にカウントダウンのテロップが入るので、図式的な演出だなあとややダサい印象を受けるのですが、ショーダウンに至ったところで、実はこの日にちが非常に重要だと言うことが分かります。
マティアスが警察に協力しながらクロード(の中のミノタウルス)が犯行を続ける事はアリバイ的に可能で、1人の人物に残りの人物の記憶が無い場合がほとんど。地下鉄のシーンで盲目の証人が男女と子供の声が聞こえたと証言しているので、クロードの頭の中で3人が交互に登場する事は可能だったようです。ブレナックが登場するのはクロードが精神病院に収容されてから。なので殺人実行中のクロードとブレナックは登場時間が重なりません。クロードが入院してからはマティアスは出て来ません。
ぎりぎりのところで人物が入れ替わり、7人全員が同時に登場しないようになっているところがミソ。かっちり組まれたプロットですが、見ている間「狭い」という印象を受けません。
ハリウッドでヒラリー・スウォンクを使ってリメイクするという話が出たそうですが、まだ実現していないようです。スウォンクはいい俳優ですが、この作品は彼女1人ではなく、共演者全員でうま〜く伏線を目立たないように誤魔化さなければ行けないので、1人でがんばっても難しいかも知れません。大仰な作りになってはぶち壊しです。
★ 観客が混乱しないように
途中ネタバレぎりぎりの低空飛行をするシーンがあり、そこである疑いが濃厚になります。
ブレナックがクロードに催眠術をかけて、後ろに隠れている人格を呼び出し、そこから人格を減らそうということで院長と話し合い、ブレナックが実行するシーンがあります。
クロードをベッドに拘束し、最初暫くは上手く行くのですが、やがてギリシャ神話の名前を持つ凶暴な性格に行き当たります。ブレナックとクロードは格闘になり、ブレナックが怪我をし、顔半分が血だらけになります。その上クロードには逃げられ、ベッドにはブレナックが縛られています。このシーンでブレナックとクロードが同じ顔半分が血だらけになっていたり、同じ場所に絆創膏を張っていたりするので、推理小説を読み慣れているとあららっと気づきます。こりゃ何かあるぞ・・・ぐらいの印象は残します。
多重人格の人物を描いた作品は近年増えています。多くの人が謎と解釈したのがロスト・ハイウェイ。あの時私にはあの結論が当たり前に思えたのですが、一緒に見に行った人たちは頭に100個ほど疑問符を浮かべながら帰宅しました。
私がむしろ後になるまで気づかなかったのはファイト・クラブ。1人で2人分演じているからノートンが万年不眠症なのだという説明と、カーターが同じ人物から時々酷い目に遭わされると文句を言うシーンでようやく気づいたという蛍光灯ぶりでした。
1人の複数のキャラクターを別々な俳優に演じさせる作品として特に目立ったのが同じ頃作られたアイデンティティー。確か1人の囚人が10人分ぐらいの老若男女の性格に分かれていました。
★ 紛らわしい病名
私が日本にいた頃はこういう病気の人を精神分裂症と呼ぶものだと思い込んでいました。映画の描写のように1人の性格がいくつにも分裂していて、それぞれ別々な「現実」を持っているので、そういう呼び方で良いのではないかと思っていたのですが、私が日本を離れている間に精神分裂症という名前は廃れ、全く違う名前に変わっていました。しかも症状の内容が映画とはかなり違います。新しい名前の方の症状は1人の人間の中に全く別な複数の人格が現われるのではなく、感情の起伏が激しくなったり、幻覚、幻聴があったりするようで、ここに挙げた映画のような症状は全然含まれていません。
迷宮の女やファイト・クラブの症状はスティーヴンソンのジキル博士とハイド氏で知られているような内容で、どうもこういう症状は多重人格障害とか解離性同一性障害と呼ばれるようです。多重人格という名前ですと、クロードの性格が7つあるのでなるほどと思います。解離性と言われると、少年クロードが現実があまりにも辛いので別な性格を自分の中に作って自分を守ろうとしたという話と合います。頭の中に緊急避難所を作ったようなものです。
★ 上手い演出
迷宮の女では7人分のキャラクターを3人に演じさせているため、観客の目にはクロードを演じる女優の部分(5人分)だけが分裂部分だと映り、残り2人分は最後まで上手く隠されています。伏線はしっかり引いてあるので、後でいんちきだという非難はできません。そして観客を謎の中に放り出して終わってしまわないように、必要な説明がなされ、エピローグまできちんとついています。
★ エピローグ
最後に改めて出て来る裁判のシーンではランベール・ウィルソンに冒頭のシルヴィー・テステューと全く同じ動作をさせています。これで鈍い人にも、途中で居眠りした人にも誰が誰なのか分かります。
そしてエピローグ(出演者などクレジットが出る部分)にウィルソンが1人芝居をしているシーンが映ります。彼の頭の中では分析医のブレナックが院長と治療方法を協議したり、クロードと話したりしているのですが、その動作をする室内に他の人間の姿がありません。
★ 実は
クロードの検査を担当していたのは院長1人で、患者はブレナック1人。なので途中催眠術のためにベッドに縛り付けられる患者は女性ではなく男性。ウィルソンは190センチを越える大男で、デザート・イーグルを使いこなせる体型。これは私の思い違いかも知れませんが、女性の姿のクロードが1度精神病院から脱走するシーンで、ほんの一瞬ウィルソンの姿が映ったような気がします。
演出と演技がうまくマッチしていて、主演女優の数種類の性格を使い分ける演技はもとより、院長がブレナックと話している時のどっちつかずの視線、看護師の絶妙な距離を置いた視線など、おもしろい脚本、練れた俳優が良くマッチしています。
私がおもしろいと思ったのはブレナックがクロードの真実に自ら近づいて行った点と、マティアスが自らクロード逮捕に迫った点。自分で自分の首を絞める方向に動いています。月並みな言い方をすれば1人の人間の中に善と悪の葛藤があったということなのでしょうが、おもしろい劇映画に仕立てたものだと感心しています。
ウィルソンがこの作品を引き受けるに当たってよく脚本を読んでみたという話は前の記事に書きましたが、女優も難しい役をしっかり理解して演じています。
フランス映画をそれほどたくさん見ない私はフランス人の女優に2種類の印象を持っています。1つはこってりとした容姿と演技。中には大女優と言われるようになる人もいます。もう1つは女性なのにほっそりして少年のような印象を残す人。典型はミレーユ・ダルク。シルヴィー・テステューも特に美人ではなく、ほっそりした少年っぽい印象の人です。次々変わる人格をわざとらしくならずに演じており、公開当時前途が明るいという評価を受けています。
この作品は続編が作れないストーリーなのでこれっきりですが、フランスはここ10年ぐらい出来のいい犯罪映画、スリラーを続出させています。ハリウッドや英国が息切れ状態の今、フランスはまだ余力を持っていると思えます。
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