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ザ・ホエール / The Whale / A Baleia / La Ballena / La balena / La baleine / 鯨

Darren Aronofsky 監督

USA 2022 117 Min. 劇映画

出演者

Brendan Fraser
(Charlie - インターネットで文学を教える教師、マリーの夫、エリーの父親)

Sadie Sink
(Ellie)

Jacey Sink
(Ellie - 子供時代)

Samantha Morton
(Mary - チャーリーと離婚した女性)

Allison Altman
(Mary - 若い頃)

Ty Simpkins
(Thomas - 新興宗教の宣教師)

Hong Chau
(Liz - チャーリーの看護人、アランの妹)

Sathya Sridharan
(Dan - ピザ配達人)

原作: Samuel D. Hunter の戯曲

見た時期:2025年8月

要注意: ネタばれあり!

見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

このところファンタのリストばかり作っていましたが、久しぶりに劇映画の話です。色々ネタバレしますので、これから見るつもりの人は避けてください。

★ フレイザーの災難

ジャングル・ジョージハムナプトラ・シリーズなどで親しんでいた俳優。その上愛の落日(2002)では名優マイケル・ケインを相手に、鋭い演技を見せた人で、好きな俳優の1人でした。1998年に結婚し、子供を3人授かり、幸せに暮らしているのだろうと思ったのですが、実は悲劇を抱えていました。

順番は不明ですが、2007年に離婚。職業病と言える怪我、病気。徐々に第一線から退いていました。実は2003年頃からセクハラの被害に遭っていて、2018年に公表。30歳台の人がセクハラの被害に遭うということは彼の俳優としてのキャリアがかかっており、相手が業界の大物(ゴールデン・グローブ賞の関係者)だったこともあり、大変なストレスだったろうと思います。結婚にも影を落としたのかと勝手に推測しています。

その彼が主演賞でオスカーを受賞したのがザ・ホエールでした。一見おとぼけ、間の抜けた役で主演を張っていたフレイザー。そういう役で一般に知られておいて、時たまピリッとからしの利いた役をやるのは俳優としていい作戦だと思っていました。しかし私生活で上のような災難に見舞われており、ザ・ホエールで巻き返しを試みたのでしょう。重量級の演技です(洒落や冗談ではなく)。

オスカーはそれまでの災難の埋め合わせと言えるかもしれません。ハリウッドというのは時々変な裏取引を感じさせる業界。ただそこであまり腹を立てないのは、元々オスカーというのは、ん十年も前、世界大恐慌の後、まだ映画界が今ほどの大きな産業になっていない頃、業界団体がこの業界に属する人たち、俳優だけでなく、裏方など色々な人に「1年ご苦労様でした」という意味であげていた賞だからです。フレイザーが苦労したので、「ごめんね」という意味かもしれません。ただ、私はこの役で彼にオスカーというのはピッタリ来ないと思います。むしろ愛の落日のような所に彼の実力が光る人だからです。

★ 凝り過ぎの戯曲が原作

元々戯曲だったことがもろ分かりのストーリーでした。登場する人のほとんどにワケアリの事情があり、それが登場人物間で絡み過ぎて、息苦しさを感じました。密度を濃くし過ぎた感じです。

フレイザー演じるチャーリーが最初のシーンからワケアリ、問題を抱えている風に紹介されます。

一軒家に1人で住んでいるのですが、超肥満体。270キロを超える巨漢。衝動的に恐ろしい量食べます。それも炭水化物、甘い物中心。食べる時の様子も理性を失っています。この体では運動もできませんから血行が悪くなり、血圧は下がすでに100を越え、上は200を越えるありさま。いつ死んでもおかしくありません。

ドイツにも肥満が広がっています。私の周辺にも身長190センチ以上で、体重が130、140キロなどという男性が少なくありませんでした。私が知り合ったドイツ人はたまたま骨格がしっかりしていましたが、例外的にアメリカ人で2メートルを超えた人がいて、200キロを超えたその人は膝の骨の幅が狭く、すぐに脚に来ていました。自分の体重を脚の骨が支えきれないのです。フレイザーは特殊メイクをするのに撮影前に何時間もかかったと報じられていました。本人はこれほど太ってはいませんが、ジャングル・ジョージの頃よりは太め。元々気を付けていないと肥満になりやすい体質なのかもしれません。

ちなみにここには男性ばかり出て来ますが、ドイツには女性でも太めの人が結構います。私の目に入った範囲で言うと、比較的小柄な人が多く、縦と横の幅が近づき、口の悪い人はボールみたいに丸く見えると言います。ところがチャーリーのように家に籠らない人が結構いて、しっかり自分でこぐ自転車に乗っていたり、動きが機敏な人がちょくちょく見られます。積極的に買い物にも出ているようで(チャーリーの買い物はリズが担当しているような印象)、私もよくそういう場面に出会います。(これほど動いているのになぜ太っているのか不思議に思うこともあります。若い人が多く、ホルモンの不調なのかもしれません。)逆に気にし過ぎてガリガリに痩せている人もいます。

どちらにしても健康な体重を維持するのは大変そうです。

その彼を自宅で世話するのがアジア系の看護婦リズ。小柄でフレイザーと並ぶと差が目立ちます。彼女はアジア系の人としては普通の体格。

物語が始まってしばらくするとモルモン教の人かと思われる若くてハンサムな男トーマスが宣教のために訪ねて来ます。リズがドアの鍵をかけるのを忘れたため、彼は家に入ってしまいます。戯曲の方ではどうやらモルモン教徒として描かれたようですが、映画版では架空の宗教の名前を挙げていました。

トーマスの様子を見て私はすぐモルモン教徒に似た服装だなとは思いましたが、モルモン教の宣教師は必ず2人で行動します。そうやって自分の側、相手側のトラブルを防いでいるのだと想像しています。なので1人でふらりとやって来たトーマスはモルモン教徒ではないと判断しました。

モルモン教徒が他の新興宗教と違うのは、あまりしつこくない点です。こちらが興味を示せば訪ねて来ることはあると思いますが、強制的ではありません。私も実は家の近くに教会があったので話しかけられ、しばらく教会に通ったことがありました。しかし聖書やモルモン経にあるような話が科学と矛盾するので宣教師が言う神を私は信じることができないと言ったら、押し付けるようなことはしませんでした。にも拘わらず日曜日バスケットをしに来てもいいよということだったのでちょくちょく行っていました。

日本で社会保障がまだそれほど整っていなかった時期に教会では収入が低い人や失業した人を教会のお金で援助しており、収入のある人だけが自由意思で1割ほど寄付する習慣がありました。神様について以外の、生活に関係するルールについては私は比較的肯定的に見ていました。

そう言えばモルモン教の人たちはコーヒー、紅茶、コーラ、お茶、お酒、たばこ全部NGです。なので、健康に暮らせます。

チャーリーはかつて結婚していて、妻子がいました。ところがある日アランという男性に惹かれ、妻子を放り出してしまいました。幼子がいた妻は1人で娘を育てる羽目に。そのため父親、夫として2人からは恨まれています。

そのアランは教会にいた人で、男性との恋愛に対して寛容ではなかったため、教会から追い出しを食います。絶望して自殺。チャーリーはそのことから立ち直れず、悲しみ、嘆きを食べることで癒そうとし、結果200キロを超える体になってしまいました。現在はオンラインで授業をしてお金を稼いでいますが、学生に姿が見えないように、カメラを切って、音声だけで教えています。ですが、それなりに学生は集まっています。そしてリズに内緒で一財産作った様子。リズに病院で治療を受けろと催促されても、お金が無いと嘘をついています。

自殺してしまったアランの妹がリズ。派遣会社から来た看護人というわけではありません。本来リズは兄を失った原因のチャーリーを恨んでいいはずですが、現在は頻繁に通って来て献身的に面倒を見ています。ですが、兄が所属していた教会は大嫌い。なのでトーマスと話が合いません。

そういう風にふたりで暮らしているところへ飛び込んで来たのは、トーマスだけではなく、娘のエリー。高校を出て、大学へ行くぐらいの年齢になっています。

彼女は記憶力が抜群で、その気になれば学校でいい成績を収め、大学進学も可能。ですが、反抗期に入っており、父親に捨てられて苦労した母親と暮らしているなど色々問題を抱えていて、学業は思ったように進んでいません。ある日父親を訪ねて来ました。チャーリーは病状がいよいよで、あまり先が無いと考えて、リズに会う気になった様子。

ですがのっけから口論。チャーリーは自分の全財産をエリーに相続させるという条件で、エリートの繋がりを保つことができます。

リズからは嫌われているトーマス。その彼をエリーが罠に引っかけて真実を暴き出します。実はトーマスは教会の金を盗み、除名されていました。

暫くしてエリーの母親マリーも訪ねて来ます(このあたりが不自然。関係者が揃い過ぎ)。マリーとチャーリーも口論になります。そりゃそうでしょう。1番大変な時に娘と2人きりで放り出され、夫は男性との不倫。しかし2人は言いたいだけ言って、後は何となく静まります。

チャーリーはいよいよ自分の人生に区切りをつけてあの世へ旅立つつもりで、オンラインの学生に対しても暴言を吐きます。エリーのために手直しをしたエッセイは前に書いたエッセイとすり替えられていたため、また喧嘩。しかしエリーにそのエッセイを音読させ、それが終わったところで昇天。

★ 非欧米人、非キリスト教徒の感想

こういう風に罪を総清算するために、物語の始めから終わる寸前まで主人公の罪をずらずら並べ、主人公を苦しめ、最後に総清算してあの世へという図式が時々見られます。こういう風な手法は非欧米人、非キリスト教徒の私には違和感。もう少し寛容に、ちゃらんぽらんにした方がいいのでは、人生の間には時には失敗もあるけれど、取り返すチャンスもあるし・・・という風に考えてしまいます。

フレイザーにはこの作品を機に、またチャンスをつかんでもらいたいですが、肥満の人の役作りに励み過ぎて、しばらくはこのイメージから抜けられないかもしれません。できれば、また以前のようなおとぼけもやって欲しいです。

普段は映画を1本見た後、良くも悪くも後に引かないのですが、この作品を見終わって1週間経っても後味は悪かったです。描き方が私の波長に合わなかったのと、フレイザーへの同情が混ざっていました。

★ それでもこの種のテーマは扱った方がいい

・・・と思いました。理由は様々と思いますが、欧米にはこのぐらい太ってしまう人が時々います。そういう人たちが日常生活でどういう点に苦労しているかが、現実に沿って描かれていました。床に落ちた物を拾うだけでもえらい苦労する、家の出口もこれ以上太ると出入りできなくなりそう、家具が彼の重さに耐えるか分からない等々。登場人物は皆チャーリーという人物と関係、いわくがあって付き合っているので、目を逸らしませんが、一般社会ではこのぐらい太った人が近くにいると、見ないようにしようという人も多いでしょう。そういった点に触れているだけで、この作品を作った意味はあると思います。

そこで思い出したのはサンドラ・ブロックがアル中から抜け出すまでの苦労話を描いた作品。28DAYS と言い、28日後...と混同しそうなタイトルですが、ブロックの方は全く現実的な話です。

コラムニスト役で、作品が公開されたのは2000年頃。まだほとんどリモートで仕事をする人がいない時代。彼女は先駆的で、自宅の仕事部屋でコンピューターに向かって仕事をしています。陽気な性格で、仕事の他に友達も多く、楽しくお酒を飲んでいます。母親がアル中で命を失っており、彼女も暴飲の傾向がありますが、仕事はうまく行き、友達もいるので、特に問題とは思わず暮らしていました。ですが姉の結婚式で暴れてしまい、挙句に交通事故の原因を自分で作ってしまったために、警察や役所のお世話に。結果アルコール依存症を治療する施設に28日収容ということで刑務所行きは免れます。

これがストーリーの設定で、その後は彼女が何を悟るか、どういう人たちと付き合うのが正しいかに気づくかいう方向に発展して行きます。

アル中問題がたった28日で解決することはまずありえないので、この作品はいわばシンボル的に観客に見せただけですが、方向が正しいので、こういう問題を抱えている人や予備軍の人には大いに参考になると思います。例えばそれぞれが何か深刻な問題を抱えていて、それをお酒で紛らわせているので、飲み友達は皆そこまでは内心理解し合って、傷口を舐め合っている、でも、問題の解決に動く所まではやらない・・・みたいなことが分かります。

子供の頃に親からお酒、薬品はやばいよと教育を受けていた人は、お酒、麻薬に走らないという利点があるかと思いますが、代わりにチャーリーのように炭水化物の多い食べ物や甘い物に突っ走ってしまうかもしれず、仕事中毒になってしまうかも知れず・・・この種の作品を2、3本見ていると、形がお酒、麻薬、暴飲暴食でなくても、やり過ぎが起きる時には裏に何か原因が隠れているかも知れないと考える・・・それだけでも参考になるなあと思いました。

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