November.24,2008 男って永遠の少年
東京フィルメックスでジョニー・トー監督の新作『文雀』(Sparrow)を観た。他の作品も撮りながら、3〜4年がかりで完成したという期待の作品。今回もその期待を裏切らない作品になっていた。
サイモン・ヤムら4人組のスリ集団の話。冒頭、サイモン・ヤムがベッドに腰かけ、裁縫をしている。その様子がやけに楽しそう。独身男性が裁縫をしている姿っていい。そんなところに窓から一羽の雀が迷い込んでくる。そっと捕まえて外に放してやると、また戻ってきてしまう。
サイモン・ヤムはこのあと、いつも仲間と集っている食堂へ朝食に行く。すでに集っている仲間に、雀が部屋に飛び込んできたという話をすると、それは悪いことの兆候だと言われる。でも飛び込んできたのが女だったらいいのになとまぜっかえされる。これがこの映画のオープニング。これだけで全てが語られている。仲間のひとりにラム・ガートンがいる。『放・遂』(来月『エグザイル・絆』の日本題名で一般公開)ではサイモン・ヤムとは敵対関係だった彼がここで仲間というのが面白い。それにしてもジョニー・トーの映画にはラム・ガートンは欠かせないキャラクター。最近のジョニー・トー監督作品で彼の姿を見ないものを探すのが難しいくらい。それにロー・ウィンチョン、ケネス・チャン。みんなジョニー・トーの過去の映画でも出てきた連中。
このあとが、4人組のスリのシーン。鮮やかなフォーメーションはジョニー・トーならでは。
サイモン・ヤムの趣味は写真。自転車に乗りながら旧式のカメラで香港の街を撮って回るのが好き。デジカメでないところが、ジョニー・トーらしい。しかも自分で現像するモノクロ写真派。香港の古い街並みをフィルムに収めたかったというジョニー・トーのコンセプトにも対応している。ある日、二眼レフカメラを三脚に据え付けて街を撮影していたサイモン・ヤムの前にハイヒール姿で走っていく女性がフレームに入る。彼女の役を演るのはケリー・リン。ジョニー・トーとは『デッドエンド 暗戦リターンズ』(暗戦2/Running Out Of Time 2)からの付き合いで、『鐵三角』や『マッド探偵』でもジョニー・トー組だ。やがてサイモン・ヤムに接触してきたケリー・リンはある相談を持ちかける。それを一蹴するサイモン・ヤム。
ケリー・リンは他の三人の仲間にも個別に接触する。ケリー・リンは香港の闇組織のボスの情婦。ボスから自由になりたくて、ボスの首から下がっている鍵を掏り取ってくれというのが依頼。サイモン・ヤム以外の三人がこの話に乗り、見事掏り取ったと思う瞬間に、取り返されてしまう。そこにはボスの腹心ラム・シューがいたりして、もうジョニー・トー・ワールド全開!
ボスの復讐が始まる。サイモン・ヤムは街の写真を撮っている最中に襲われ左手を負傷してしまう。ラム・ガートンとロー・ウェンチョンは足を負傷。ケネス・チャンは頭を負傷してしまう。ケリー・リンに詰め寄る4人。これはボスと直接話さなければならない。
ケリー・リンの魅力にそれぞれ囚われている4人は、ボスに会いに行く。そこでサイモン・ヤムはボスと賭けをすることになる。ボスのパスポートを中環(セントラル)まで無事に持っていけば、ケリー・リンを自由にしてやる。もしその間にボスの率いるスリ・グループにパスポートを掏られたら、サイモン・ヤムの腕を切り落とすというのだ。
さて、外は雨。夜の街を傘を差したサイモン・ヤムが行く。すれ違う人間がみんなスリに思えてくる。そこに、ボスを中心にしたスリの大集団がサイモン・ヤムに向って歩いてくる・・・。いやいや、このシーンがゾクゾクするほどいいんですなあ。まあ、是非観てくださいとしか言いようがない。ポスターもここのシーンを使っている。
『放・遂』でも、男って永遠の子供だと思わせるシーンがあったりしたが、この『文雀』はよりそう思わせる楽しさに溢れている。4人が同じ女性を愛してしまったりしても、友情関係は続いていたりするのだが、自転車4人乗りシーンの楽しさはなんだろう。一方のボスもラストで見せる表情はもう少年以外の何物でもない。
ジョニー・トーの作品の中でもとても愛おしい作品に仕上がっている。なーんか何回も観たいなあという、そんな映画なのだ。
November.8,2008 小説と映画のロケ現場の違い
Utamさんが先に『容疑者Xの献身』を観て、掲示板に浜町界隈が映っているとの書き込みをしてくれたので観に行く気になった。実際、原作でも浜町にお弁当屋さんがある設定になっていて、浜町界隈の描写は的確だ。私は、冒頭の描写に関して文章を書いている。
小説では数学教師石神は新大橋を渡ってくることになっているが、映画版では清洲橋を渡って来る。ははあ、新大橋よりも清洲橋の方が絵になるからだろう。小説では新大橋を渡って隅田川テラスを歩いて清洲橋まで来て、途中、花岡靖子が働いている弁当屋へ寄り、清洲橋を渡って高校へ向う。つまり逆方向に移動する形にしたわけだ。
弁当屋の屋号も[べんてん亭]から[みさと]に変えられている。小説ではただの従業員だが、映画は経営者。ロケ場所は浜町公園の近くにある弁当屋[モントレー]。[高虎]の角を曲がったから、ひょっとしてと思ったら、やっぱり[モントレー]をロケで使っていた。なるほど、浜町公園近くで背景に浜町公園が入ると絵になるという判断なのだろう。それと、明治座前の遊歩道が効果的にロケで使われている。
ラスト近くで、湯川(福山雅治)が靖子(松雪泰子)と話す公園は[あやめ第一公園]から、隅田川テラスのベンチに変えられていた。そうだよなあ、あの公園では絵にならない。ちなみに、映画には出てこないが、小説にあるファミレスはCasaが出て行って、現在は[サイゼリア]が入っている。
石神役の堤真一がいい。テレビドラマ『SP』でさっそうとしたSPの役が印象に残っているので、この石神役は正に正反対の役柄。好演ですね。
このあと、ネタバレを書きます。未見の方はご注意を。
この話のトリックは死体交換にある。別の人間の死体を富樫のものと思わせるのが石神の仕掛けたトリックなのだが、映画化されると知って一番難しいのが、この死体の処理だろうと思っていた。どうしても死体を映さなければならないだろうからだ。その映像でネタがバレてしまう可能性がある。それでですねえ、全裸の死体がうつ伏せの状態で真上から撮られている。富樫役は長塚圭史。体格のいい役者さん。一方すりかえられた役をやる人物は、結構貧相な身体をしているのだ。「あああ〜、これはまずいだろう」と思ったのだが、まあ、そんなこと気にする観客はいないか。