June.30,2004 玉の輔がとても良くなっている
6月12日 花形演芸会 (国立演芸場)
今回は客の入りが悪い。この顔付けで1500円でなぜ?と思うのは私だけだろうか?
開口一番の前座は春風亭朝左久で『真田小僧』。「お父さん、寄席では噺を聴く前に木戸銭を払う? それとも噺を聴いた後? ねっ、先集めちゃうでしょ。(客席に向かって)後から金払えったって誰も払わない」 「指指すんじゃない!」 前座さんにしてはもう上手すぎるし、落ち着きがある。そろそろ二ツ目だろうか?
春風亭柳昇が亡くなって、昔昔亭桃太郎門下に移った笑橋。春風亭笑橋から昔昔亭笑橋になったのだが、国立演芸場のメクリはいまだに春風亭笑橋。書き直してあげてね。「笑橋と書いて、しょうきょうといいます。最後まで言い切らないと、消去」 結婚式のマクラから『本膳』へ。
翁家和助がピンで出ている。いつもは師匠ふたりとの三人組で窮屈そうなのだが、この日はノビノビとやっている感じ。ひとつ鞠で、衣紋流し、山越しの鞠。「『よいしょ』とか『はい』と私が言ったら拍手するのが曲芸のルールですよ」 『失敗したときのごまかし方講座』が可笑しい。
[新人曲芸師の場合] ペコペコ頭を下げまくる。「とりあえず(客に)あやまる」
[ベテラン曲芸師の場合] 「なかなか始めない」失敗したところで道具を投げつける。「道具のせいにする」
[引退間際の曲芸師の場合] ジャグリングでボトッと玉を落としたまま続ける。「落としたことすら気がつかない」
[ジャイアンツの選手の場合] 痛そうに膝を抱え込む。「膝の故障のせいにする」
[丹波哲郎の場合] うしろを振り向き、「守護霊のせいにする」
[私の場合] 平然と「失敗しない」
コント山口君と竹田君。いつもながら竹田君の汗ダラダラのコント三発。生死の境をさまよっている妻を持った男(竹田)と医師(山口)。飲みに行こうと誘う上司(山口)とデートの約束があって行きたくない部下(竹田)。大会社の社長(山口)と社長の娘と結婚したい男(竹田)。今や空前の若手コントブームではあるが、こういうベテランの活躍も健在なのがうれしい。
なかなか遭遇できなかった三遊亭白鳥の『マキシム・ド・呑兵衛』をついに聴くことができた。足立区綾瀬川のほとりで小さな居酒屋[呑兵衛]を営んでいる老夫婦。経営不振にあえいでいると、孫娘チエちゃんがおばあさんを流行っている銀座の高級レストラン[マキシム・ド・パリ]へ招待してくれる。これを真似すればお客さんが来るだろうと考えたおばあさん、店を[マキシム・ド・足立区]に変えて商売を始める。かくてコック帽の代わりに白長靴を頭に被ったおじいさんオーナー・シェフが料理を造るのだが・・・・・。いかにも白鳥らしい世界。前半の[マキシム・ド・パリ]の部分が仕込みになっていて、後半の笑いに繋げるというのも落語の大道。ここ数年の白鳥の新作は構成がしっかりしてきた。一般のお客さんが聴いてもなんの戸惑いもなく入っていけるというのも強い。
だるま食堂はいつもの女性ソウルコーラスねた。ちょっとお客さんの反応が心配だったので、『サンバでクイズ』では、大きな声で「ウー、サンバ!」を叫んであげる。初めてだるま食堂を観る人は引いてしまうことが多いからね。私も最初は引きまくってしまったけれど、何回か観ているうちにハマってしまったのだよ。
大阪松竹芸能からOver Drive。あまり大阪弁がきつくなくて私には聴きやすい漫才だ。「ぼくら、大阪の角座というところに出ていまして、一回の出演料が500円・・・・・ひとり250円。これを毎日貰うときに言われる言葉『無駄遣いすんなよ』」 「できるか!」 大阪人のお笑いはみんなこんな感じ(笑)。ネタは、痴漢撃退法、遊園地でのデート、ドライブなど。
「後藤五郎という人の話ご存知ですか? 昭和5年5月5日生まれなんですよ。この人が平成5年5月5日に競馬をした。トップゴローという名の馬に、単勝一点買い、50万円。そしたら何とですね、このトップゴローが5着に来た」 トリの五明楼玉の輔は『宿屋の富』。私はどうもこの人は鼻につく感じで苦手だったのだが、この日の玉の輔は臭さが抜けて、いい出来の『宿屋の富』になった。気負いのようなものも抜けた感じでいい。
June.24,2004 落語から創作話芸へ
6月5日 SWA(創作話芸協会)クリエイティブツアーvol.1 (新宿明治安田生命ホール)
チケットを取るのが相当にタイヘンだったと聞いたが、私は発売日にぴあ・ステーションに並んだら、何の問題もなく入手できた。しかも前から五列目の中央より。運が良かっただけなのか、それともどうしても観たいという一念が通じたのか。もっとも五列目といって喜んでもいられない。このホールは志の輔の会でもよく行くのだが前の方の中央よりという位置取りは、傾斜がなく、前の人の頭が邪魔になってよく見えない。心配していたことは現実のものになってしまった。私の座った席だと、前の人の頭のまっすぐ先が噺家の座る位置。これだと噺家さんが伸び上がったり左右に大きく動いたときだけ、前の人の頭から飛び出してくるといった按配。この位置は落語を観るには向かないのだ。客席後方はかなりの傾斜がついているから最適なんだけどね。
SWAとは林家彦いち、三遊亭白鳥、神田山陽、春風亭昇太、柳家喬太郎の五人が、五人協力して五本の新作落語を作るというプロジェクト。今回はその旗揚げ興行。
香盤からすると山陽が最初かと思っていたら、出てきたのは春風亭昇太だった。会の趣旨を説明したあとで、「まず、香盤を外そうということになりました。そうしないと冷静な話し合いができないから。それで会員番号を作ることにしました」 この辺からもう話が可笑しい。「1は彦いちね。2はにいがたで新潟、3はさんようで山陽、4はしょうたで私、6がきょうたろうで喬太郎。5が無いので5はお客様ということになりました。そこでハタと気がついたんですが、新潟は今は白鳥なんですね。そこで私が頭を働かせて、『ほら、白鳥の形って、数字の2じゃないか』って。そしたら白鳥さん納得しちゃって」 昇太が演ったのは『夫婦に乾杯』なる噺。社内で商品ネーミング会議が行われている。おつまみ付きの酒を売り出そうというのだが、なかなかいいアイデアが出ない。奥さんにつまみを作ってもらえないお父さんのために開発した商品なのだが、社員のひとりは、結婚七年目にしてまだ仲良し夫婦。奥さんにつまみを作ってもらえないなどという状況が考えられない。他の社員から、それはおかしいと指摘されて家に帰ってみると・・・・・。新作落語にしては、従来からある形という気がする。昇太が演るならば、もっと弾けた噺になっておかしくないと思うのだが。
二番手が神田山陽で『男前日本史』。[日本における男の中の男]というシンポジュウムが開かれている。歴史学の研究家三人が集まって議論をする。幕末時代の専門家、戦国時代の専門家、平安時代の専門家がそれぞれの時代の男がもっとも男らしいと主張していると、そこにひとりの男が乱入する。山陽が着物をパッと脱ぐと、牛柄の原始人衣装。石の斧を持ったこの人物は旧石器時代研究家。旧石器時代の男こそ一番男らしいんだと殴りこんで来た。旧石器時代の男の心情とするところは「信じる、愛する、約束を守るだあ!」と絶叫して、「講談にオチなどな〜い!」と楽屋へ去っていく。ほとんど勢いだけの噺(笑)。こういうの多いよね、この人。白鳥さんがこの噺を演ってみたいとホームページに書いていたから、白鳥がどう演るのか観てみたい気がする。
その三遊亭白鳥は『江戸前カーナビ』。ミドリちゃんにドライヴに連れていってと頼まれて、クルマを買いに行く貧乏な男。なにやら怪しげな[車屋団吉]なる店に入ると、そこは江戸っ子趣味で造ったおかしなクルマばかりが並んでいる。「これなんかどうだ。クルマの上にお神輿が乗った三社祭3号。環境に優しいハイブリッドカーだぞ。エンジンは無くて、氏子40人が動かす」 あげくの果てに手に入れるのはカーナビ付きのクルマ。画面から[風船おじさん]が現れて道を教えてくれる。「何処へ行くか風まかせ〜」 「それじゃどこへ行くかわからないじゃないですか!」 どこかフーテンの寅さんを思わせるカーナビ・キャラクターが可笑しい。
林家彦いちは女子柔道をテーマにした『青畳の女』。女なら公開したくない体重をはっきりと晒して行われる格闘技競技。78Kg超級のトモエちゃんが全日本大会に出るが、心を寄せている男性の先輩が見に来ていることを知ると、女であることに目覚めてしまい、非力ぶりを出してしまうといった噺。最後は座布団を巴投げ。
トリが柳家喬太郎。マクラもなく、スッと噺に入る。[スナックまりこ]のママが失踪してしまう。残されたのはまだ4歳の女の子メグちゃん。竹ヶ原駅前商店街(ケケケ原というギャグあり)の人たちが集まって、このメグちゃんの父親になってやろうと相談する。ひとりの父親を決めるのではなく、一ヶ月ごとに父親を交代して育てる。かくて区役所に住所不定という転居届けを出しに行くが、区役所ではそうはいかないと言われる。児童福祉施設に入れるべきだと反対されるが、商店街のひとたちはガンとして自分たちで育てると言い張る。「『駅前そだち』の発端でございます」と言い終えたから、これからもこのメグちゃんの成長を描いていくものと思われるが、この喬太郎の描写力、物語の進め方の見事さときたらどうだろう。落語の持つ下町人情を下敷きにしながらも、斬新な手法で落語というものを聴かせてみせる。これぞ新しい創作話芸と言っていいのではないか。まだまだ底を見せていない喬太郎。今度はどんな切り口を見せてくれるのか。
最後の顔見世で、昇太が叫ぶ。「落語家になったら、自分で自分の作った噺を演りたいというのが本当じゃないですか。オレたちは異端じゃない。オレたちこそがスタンダードだ。これからも新作を作り続けていきます!」 いいぞいいぞ、昇太、それでなくちゃ!
June.18,2004 落とすのが仕事
5月29日 第300回花形演芸会
花形演芸会も300回記念。顔づけによって、入りのいい日と悪い日の落差が激しいのだが、1500円でこれだけのものが見られるのはうれしい。この日は満員御礼。
開口一番、春風亭べん橋『子ほめ』。頑張ってね。
ひとりコント楠美津香。一本目は小料理屋の女将といったキャラクター。割烹着姿で登場して『悲しい酒』のメロディーに乗せて、その世界に入っていく。「手首の傷跡は実は赤のボールペンで書いたというのがバレたのかしら? 性だねえ。さがっていえば九州だね。悲しみにこんにちは・・・サガンだねえ」 二本目に入る前にひとりコントというものの解説。「ひとりコントというのは、平たく言うと、ひとりキチガイ。演劇という大きな円と、演芸という大きな円があって、その重なったところにいるのがラサール石井とかシティボーイズだとしたら、ひとりコントというのは、どこにも重ならない惑星、流星」 二本目は『田園調布後援会婦人』。五木ひろしの追っかけ婦人団体の応援練習風景。ペンライトを振り、踊りながら、掛け声を入れての応援パフォーマンス。「でも、大声でこれやってると、歌が全然聴こえないのよね」
「裏の大ホールでは歌舞伎をやっておりますが・・・・、どちらが裏かわかりませんが、あちらではこちらのことを納屋と言っているらしい・・・・・・」 柳亭市馬が歌舞伎の話をマクラに『七段目』へ。
大空遊平・かほりの漫才もいつもどおり快調。「・・・・・湖畔のペンション」 「ごはんのペンション?ペンションではごはんは出ません。料理についてくるのはパンでしょ」 「そうじゃなくて、湖のほとりのことよ」 「ああ、レイクサイド」 「なんでそんな言葉は知ってるのよ!? 湖畔にたたずむ一人の女性。そこに話しかけるひとりの男性・・・」 「お嬢さん、年金払ってますか?」 政治家だけじゃなく、みんな払おうよう。
それを受けてか、春風亭昇太は高座に座ったと同時に「あらかじめ申し上げておきますが、私、年金未納期間3年4ヶ月。今の情勢にかんがみ、本日の高座を辞退させていただきます」と帰るふりで爆笑を取る。でも、ちゃんとネタを演ってくれました。『人生が二度あったら』。
マサヒロ水野のジャグリング。まずは投げないジャグリングという意表を突いた芸から。赤黄青の三色ボールに緑、オレンジが加わる5ボール! 余芸らしいヨーヨーとけん玉。さらにはサッカーボールを使った曲芸にデビル・スティック、シガー・ボックス。そして最後が照明を落として光るボールを使ったジャグリング『ボールの奇跡』
三遊亭小円歌ねえさんの三味線漫談。お馴染み和風ラップ『両国風景』を演る前に「(この曲)昔は勢いで演ってたんですが、最近はこちらの体調が良くて、良いお客様のときにしか演らないんですが・・・・・きょうは良いようで・・・いってみたいと思います」と、なあんだ、エンジン全開じゃん。三味線漫談のあとは立ち上がって踊り。『奴さん』 『かっぽれ』 『深川』のレパートリーの中から、この日のリクエストは満場一致で『深川』。
「落語家は弁が立つだろうということらしくて、選挙演説に来てくれないかなんて言われますが、私らほど選挙演説に向かない者はいない。なにせ、私らは落とすのが仕事」と桂文我が入ったのは、強欲で非常識な男の前に立ちふさがる、これまた弁が立つ男の話『さじ加減』。
June.6,2004 第三回人形町翁庵寄席満員御礼拍手喝采大爆笑大盛況、我、歓喜也
5月15日 『なにわなくとも小春団治』 (人形町翁庵)
昨年の11月に五街道喜助、コージ大内で『落語とブルースのゆふべ』を行ったあと、さて次は何をしようと考え込んでしまった。一週間ほど考えて、私の頭には二つのアイデアが浮かんできた。そのひとつが上方から桂小春団治を呼ぼうということ。私にとって小春団治は未体験の噺家さんのひとりである。そして、切実に聴いてみたいと思わせる存在だった。たまに東京でも高座があるのだが、平日の夜と決まっていて、私の都合がどうしてもつかない。「この際、大阪まで泊りがけで聴きに行くか」と思っていたところだったのだ。それがふと、逆転の発想が浮かんだのだ。「まてよ! なあんだ、こちらから電車賃とホテル代を払って大阪まで聴きに行くのだったら、小春団治さんに電車賃とホテル代を払って、ウチで演ってもらっても同じじゃないか」ということなのである。
さっそく、小春団治師の落研時代の後輩に当たるという立命亭八戒さんに連絡を取ってもらった。OKとの返事をいただき、私の頭の中は回転しはじめた。まずは会の名称を何にするか。私の住む町会の名称は[浪花会]という。これは、以前私の住む町が[日本橋浪花町]という町名だったことに由来する。それが町名統合などという無粋な条例で、[日本橋人形町二丁目]に統合されてしまったのである。古くからここに住む者にとっては、やりきれない思いがある。そこで、上方から噺家さんを呼んで落語会を行うなら、[浪花]という文字を入れてやろうと思いついた。[浪花町はなくなっても]という意味と、[何はなくとも]という、他のものはいらないけれど、それだけは欠かすことが出来ないという熱い思いを込めて、『なにわなくとも小春団治』とした。もとは、このへんは浪花商人の町だったようだ。
どうもアイデアだけが先走りしてしまう傾向のある私だが、そこでハタと気がついたことがある。上方落語といえば見台が付き物。東京で行われる上方落語では、見台無しで演っているのも時おり見受けられる。どうしても見台は必要なのだろうか? 小春団治師に連絡を取ってみると、無ければいたし方無いが、あれば欲しいとのご返事。どこかで見台をレンタルしてくれるところは無いだろうかと思案しているうちに、見台は無いけれど釈台でよければ作ったものがあるという。さっそく製作者のCAB氏に問い合わせると、快くお貸しくださるとの回答が返ってきた。再び小春団治師に連絡。釈台でもかまわないとのご返事。助かったあ!
小春団治ひとり会でもいいのだが、せっかくだから東京の二ツ目さんにも高座に上ってもらいたい。小春団治師には新作落語二席をお願いしているから、東京も新作が出来る人にお願いしよう。今、二ツ目で一番面白い新作を書いている人は誰か・・・・。数日考えてから結論に達した。古今亭寿輔の弟子である古今亭錦之輔さんに頼もう。かくて、1月24日夜、新宿末広亭深夜寄席の呼び込みをやっている錦之輔さんの前に立った(『客席放浪記』2004年2月)。
今回もちばけいすけさんに似顔絵イラストを依頼。届いたイラストを見て思わずニヤッとしてしまう。ちばさんのイラストは、可愛らしく似せるというコンセプトながらも、案外その人の性格まで見抜いているようなところがあり、優しい視線の中にも、鋭いその洞察力を持った筆致に感心してしまった。
イラスト・ちばけいすけ
くりさんにこのイラストを使ってチラシ作成をお願いする。このチラシの方もあいかわらず見事な出来栄え。『錦マニすーぱぁ』、『深夜寄席』、『落語21』でチラシ撒きをするが、お客さんからはなかなかの反応。このカラー似顔絵イラスト付きのチラシはインパクト大だ。実際、このチラシから申し込みがかなりあった。
ほかにも、『東京かわら版』に出したのものから反応があったり、店内に貼っておいたら、近所のサラリーマンが前売チケットを買ってくださったり、町会のご婦人方からも申し込みがあった。これで、動員は心配なし。
そうこうするうちに、ゴールデンウイーク突入。5月2日の天皇賞で大穴を当て71000円の配当を得た(『春のG1十番勝負』2004参照)。しめた! これは、なにか思い出に残ることに使いたい。高座で使う大きめの座布団を購入することにする。日本橋の西川で、[壽]の字が書いてある紫色のものを発見。「贈り物ですか?」との店員さんの質問。どうやら還暦祝いやらに贈るものらしい。「いや、落語会に使うんです」と答えると、店員さん、目を白黒。さらに座布団の下に敷く毛氈を買うことにする。いったい毛氈なんてどこへ行けば売っているのだろう。私の店は繊維問屋街に囲まれている地域だ。店に来る和服卸の人に訊くと、笑いながら、「それは展示会用品を扱っている店があるから、そこへ行きなさい」と堀留にあるお店を教えてくれた。なあんだ、ウチのすぐ近くじゃないか。
準備は万端整った。あとは当日を迎えるだけ。
当日午後から、落語会が終わったあとでお出しするそばを打つ。いつもより余計に神経を使って打つ。せっかく落語を満足してもらっても、そのあとでお出しするそばが不味かったでは、話にならない。八戒さんが2時ごろ顔を出す。「それでは、これから東京駅まで先輩を迎えに行ってきまーす」と元気に出かけていく。午後2時30分。ミツワセッケンさん、ちばけいすけさん、チョモさんらが到着。会場の設営に入る。これで3回目ともなれば、みんな慣れたもの。サッサッと高座を作り上げ椅子を並べ替え、照明を取り付け、ケロッピさんが書いてくれたメクリをメクリ台に貼り付ける。
午後4時、出演者の桂小春団治師と、古今亭錦之輔さんが会場入り。出囃子や、キッカケなど簡単に打ち合わせ。落語だけだとほとんど打ち合わせがいらない。あとは、ご当人たちにお任せ。
午後4時30分、開場。出足が遅いなあと思うものの、開演時間の午後5時にはほぼ満席。くりさんが作ってくれたチケットも好評。このチケットなら記念になる。
午後5時。二番太鼓に続いて『前座の上がり』が流れ、立命亭八戒が高座に上る。大きな身体で、「あとから出てくださる師匠方のために、高座が崩壊しないか安全確認のために出てきました」と笑いを取り、「きょうは新作の会でごさいますが、私は本寸法の古典でご機嫌を伺わせていただきます」と始めた『つる』なのだが、これのどこが本寸法なのよー。あとでネタ帳に書こうとしたら、「あれは、『つる』です。断固として『つる』です」と言うのだが・・・。もうこの人の落語は八戒落語という新しいジャンルに突入している。八戒さんが下りたところでお客さんの入りは満員御礼。私たちは立見決定となる。それでもいいんだ。最初から座って観ようとは思わなかった。
古今亭錦之輔一席目は『メビウスの輪』。こちらがまだ気分が落ち着かない状態にあるせいか頭に入ってこない。メモも無いのでほとんど憶えていないのだが、錦之輔のレギュラー・キャラクターである学生ミゾグチくんが出てくる。ひょんなことからタイムマシーンを作ってしまうタイムパラドックスもの・・・・・って、もろSF。この人は推理小説落語まで演る。ちゃんとトリックまであるのだ。否定的な人もいるようだが、私は面白いと思う。これは画期的なことですよ。
桂小春団治一席目は、春のトルコ旅行のことを面白おかしく、たっぷりとマクラにして喋ってから、こちらからのリクエストでもある『失恋飯店(ハートブレイクホテル)』。日中合作映画を日本で撮ろうということになって中国のプロデューサーが日本へやってくる。打ち合わせを進める中、この中国人を観光案内に連れて行くことになる。その案内役をひとりの日本人女性が買って出ることになるのだが・・・・・。中国人の喋る台詞が全て漢字熟語の音読みという、日本初の漢文落語。ケタケタ笑いながらも、悲しいラストが待っているのはタイトルどおり。
仲入り後は、おふたりともマクラ無しで噺に入っていく。こりゃあ、終演時間は早まりそうだ。天ぷらの鍋と、そばをあげる釜をスタンバイしておかなければ。古今亭錦之輔二席目は『ぼくの彼女はくノ一』。これは、私がこのコーナーを始めたばかりの2001年3月にプーク劇場で聴いた噺。当時の感想を読み返してみると、ばかに辛口なことが書いてある。今、この噺を聴きなおしてみると、とても面白いのだ。あとから錦之輔さんに、この噺は少し変えたのかと訊いてみると、「ほとんど変えていませんとの返事。錦之輔さんが上手くなったのか、こちらの感性が変化したのか。
桂小春団治二席目『冷蔵庫哀詩』。擬人化ネタ。新作落語には物を擬人化したネタを演る人がいる。柳家小ゑんの『ぐつぐつ』や『しんしん』、神田山陽の『レモン』は、そういった傑作だろう。『冷蔵庫哀詩』は、同じテーマで創作落語を作る会で発表されたのが初演とのこと。そのときのお題が[アイスクリーム]。みんなと被らないように擬人化してみたという。冷蔵庫の中の高級アイスクリームがプッチンプリンに恋をする噺。置かれた立場が違うと身を引こうとするブッチンプリンと、どうしても結婚したいという思いをつのらせるアイスクリームの悲恋噺なのだが、その可笑しいこと。擬人落語にこんな傑作があったとは。
7時15分終演。これからが私は忙しい。天ぷらを揚げ、そばをあげ、お客様と噺家さんに、ねぎせいろをお出しする。出し終えて、ホッとする。どうやら好評のようだ。私も腹が減ってきた。残ったそばをかっこむと、後片付けだ。
掃除を終え、一足先に盛り上がっている近所の居酒屋のウチアゲ会場へ。小春団治師、錦之輔さんからいろいろとお話をうかがいながらも、気持ちは秋に演る会のことにもう向かっている。腹案はもうある。で、それはどういう会になるかというと・・・・・。