July.31,2004 チキンラーメンの中から・・・・・

7月19日 大銀座落語祭2004
        究極の東西落語会Eプロック

        前日の『夢の親子会5連発!!』でかなり疲れ果ててしまったのだが一晩眠るとまた元気が出てきた。ラストデーは初日に続き朝日ホールへ。私のこの日のお目当ては何と言っても風間杜夫。

        まずはその柳家花緑・風間杜夫コーナー。幕が上がるとふたりが板付きで座っている。もっぱら花緑がしゃべりまくる。その隣で硬くなっている風間杜夫。
花緑 「風間さん、楽屋ですごく緊張してるんです。見ていて面白い。なにか小動物を見ているよう。一昨年、明治座で風間杜夫さんが座長公演されたときに、私も出させてもらって、そのときは役者なんて経験が無かったものですから私の方が緊張しました。風間さんが『まあ、しっかりやってくれたまえ』なんて言ってた。それが今日は逆ですから(笑)」
風間 「立川談春さんの会に出させてもらったのがキッカケで、それから何回か演らせてもらっています。根が落語好きなものですから」
花緑 「噺家ってみんなそうなんですよ。仕事というよりは趣味で演っているようなもの」
風間 「花緑さんが言うようにさっきから緊張していまして、この不安感というのは稽古不足なんでしょうか?」
花緑 「ほら、もう噺家になってる。噺家って、みんなそう感じているものなんです」
風間 「もう始めましょうよ。もう耐えられない」

        一旦楽屋に引っ込むと、『蒲田行進曲』のお囃子に乗って風間杜夫が出てくる。「二年前に明治座の芝居で『居残り佐平次』を演らせていただきました。そのときちょうどラサール石井が皐月賞で万馬券を取りまして、みんなでこの金で遊ぼうということになりまして、女優さんたちはフランス料理のフル・コースへ出かけました。男優たちはどうしようかと相談して、廓の舞台をやっているからと現代遊女研究会というのを結成しましてキャバクラへ行く事にしました。あっ、花緑さんは用があって行きませんでしたよ。私、キャバクラというところに行くのは初めて。裸同然の女の人が乱舞しているという凄いところでした。そこで私はホステスさんに、『まあ、休んでいきなさい』なんて言ったりして・・・・。中年のおっさんですな。平田満はとみると、ひとりのホステスさんと長い時間真剣に話し込んでいるだけ。『何話してたんだ?』とあとで訊いたら、『ずーっと説教を』と言うんですよ。『こんな場所でそんなことは野暮だよ』と言ったら、『いや、(説教)されてたんだ』って」 こうして『居残り佐平次』に入る。役者である上にひとり芝居もこなす人だけあって落語も上手い。ただ、落語というものを誰かに習ったというよりは、役者としてのスタンスから演ってみたという感じなのだ。どうも落語家がやる落語ではなく、どこか落語らしくない。やや一本調子で、面白さが増幅していかない。決して悪くはないのだが・・・・・。もっとも『居残り佐平次』という噺自体が難しいのかも知れない。

        代わって柳家花緑。「芝居というのは団体芸なんです。ひとり下手な役者がいると足を引っ張ってしまう。明治座で風間さんの芝居に出させていただきましたが、噺家ってどうしても顔の表情や動作がオーバーになるんですね。それで台詞の無い場面でも、ついオーバーな演技をしてしまう。そうすると演出の人から『花緑くん、その演技、邪魔、邪魔』って言われてしまう」 「一ヶ月芝居を演っていると出演者はファミリーのようなものになってしまう。千秋楽なんて感動的ですよ。一ヶ月一緒に演った仲間が今日でお別れだと思うと寂しさがつのってくるんですね。悲しい場面でもないのに舞台で女優さんの嗚咽が聞こえてくる。幕が下りると号泣ですよ。私もつられて泣き出したりして。落語の方はそんなことないですね」 「小さんという人は硬い人でした。女郎買いなんて行ったことがないんです。『志ん生さんの(廓噺)は実体験なんだな』って。だから小さん師匠は廓噺をやらなかった」 「堅物な男が柔らかいところに入っていくという噺で・・・」と、『明烏』に入る。お稲荷さんにお参りにいくと騙されて、源平衛とたすけに吉原に連れ込まれた若旦那。ここは女郎屋だと気が付いて子供のように泣き出してしまう。「お前が泣かせたんじゃねえか! お前があやせ!」 さすがに芝居人風間杜夫と噺家柳家花緑の実力の違いを見せ付けられた思いだ。花緑の方は落語という世界に引きずり込む力がある。

        続いて桂歌丸、歌若の親子会。

        桂歌若『四字熟語』。四字熟語のテストで0点を取ってきた息子と父親の会話。「自分の利益だけを考えていること、これは私利私欲だろう。お前は何て書いた?」 「鈴木宗男」あたりは去年も聴いたが、時事に応じて変えているらしい。「初めはえらい勢いだが、終わりは振るわない様子。これは竜頭蛇尾だな。お前は何て書いた?」 「年金改革」

        桂歌丸『竹の水仙』 歌丸が得意にしている噺らしいとは聴いていたが、なるほど歌丸版の『竹の水仙』なかなかの出来だ。左甚五郎の人となりを話してから噺に入っていく。宿屋の主と、その女房、そして甚五郎の描き方、関係が上手く語られている。

        この催しは30分間隔の休憩がある。歌丸の力演に少々疲れて会場を抜け出して、マックへ行きマックシェイクで休憩。外はうだるような暑さだ。

        最後は桂三枝のコーナー。「名古屋でタクシーに乗ったら、カラオケ好きの運転手さんだったんですね。『三枝さん、一曲歌ってちょーよ』って言うんで天道よしみの『珍道物語』を歌ったんです。歌っていると、側を通る車がみんなこちらを覗きこんで通っていくんですね。どうしたのかと思ったら、私の歌っているのをスピーカーで外に流していた」というマクラから、『涙をこらえてカラオケを』に入る。カラオケスナックの階段を落ちて寝たきり老人になったおじいさん、天井から吊り下げたマイクでカラオケを歌っている最中に死んでしまう。カラオケ好きだったおじいさんの為にカラオケ葬が行われる。会葬者が焼香の席で一曲ずつカラオケを歌うというもの。都はるみ『好きになった人』♪さような〜ら さようなら〜  元気でい〜て〜ねえ 『北の宿から』♪あなた かわりはないですか〜 ・・・・・ってなんだか春風亭柳昇の『カラオケ病院』を思い出すなあ。

        三枝の二席目の間に桂三歩の余興『新・口芸』。握りこぶしを口に入れるあたりはテレビの『新撰組!!』あたりでも見られるが、こちらは放り上げたみかんを口でキャッチ、そのまま丸かじりするというもの。皮ごとの丸かじりは凄いとしか言いようがない。続いて生卵を放り上げて口でキャッチ。これも丸かじり・・・・。のはずが卵を舞台の床に落下させてしまい、舞台の上で卵の中身がドロリ。「勉強し直してまいります」

        「後輩のお嬢さんの結婚披露宴に行ってまいりました。このキャンドルサービスが不思議でした。テーブルの蝋燭に火を点けて回るんじゃなくて、消して回るんです。よく聞いたら新郎が消防士。もっとも先日離婚してしまいました。恋の火も消えたようで」 桂三枝の二席目は『お湯かけ女房』。独身男が夜中に日清のチキンラーメンにお湯をかけて食べようとすると、湯気の中から女性が現れる。チキンの国から来たチキンの精だと名乗るこの女性と男は結婚生活を始めるが・・・・・。押しかけ女房とお湯かけ女房をかけた噺で面白い。後半の展開の面白さと、オチの奇抜さも感心した。

        一度幕が下りて再び上がると、三枝から「日清製粉さんからのご好意で、みなさんにチキンラーメンのプレゼントがございます。帰りにお受取ください」との挨拶。「わーっ」と歓声と笑いが起こる。



        家に帰って、この夜の夜食にいただく。チキンの精なる女性は出て来なかったけど。


July.28,2004 それぞれの師弟関係

7月18日 大銀座落語祭2004
       夢の親子会5連発!! (ガスホール)

        今回の企画でチケットが一番手に入りにくかったという番組。大看板、中堅の実力派とその若手の人気者がずらり5組。しかも料金が弁当が付いて2500円とくれば、326席しか無いチケットは争奪戦となっても仕方あるまい。開演は午後1時。お昼近くに雑用を片付けているうちに開演時間は迫っていた。朝食も食べていない。コンビニでおにぎりをふたつ買って地下鉄に飛び乗る。銀座駅を出てガスホールへ炎天下を早足で移動。ふうふう、暑い、暑い。ガスホールへの道が遠く感じる。

        開演5分前に到着。自動販売機で買ったお茶のキャップを開け、おにぎりをひとつ頬張る。なんとか飲み下したところで開演だ。これから7時間半の長丁場、落語だけの時間を過ごすことになる。

        司会は橘家蔵之助。「マニアの巣窟にようこそ」客席からドッと笑いが起こる。そう、この会に来る人は、今の東京落語会で誰が本当に面白いのかを知っている人たちだろう。「この番組が一番最初に売り切れたそうなんです。弁当が付いているからという話もありますが」 「長時間に渡る落語会です。途中出入りは自由ですから、キツイなとか・・・・・飽きたなとか・・・・・(楽屋をチラッと見て)いう方がいらっしゃいましたら外で休憩していだいてもかまいません。ただ、落語をやっている最中に出て行くのだけは止めてください。芸人にダメージを与えますから」

        こうしてこの大企画は幕を開けたのだった。まず最初の師弟は柳家権太楼、三太楼。ふたりが出てきて、蔵之助がインタビュー。
蔵之助 「親子会というのは、お演りになっているんですか?」
権太楼 「地方ではありますね。予算が無いということで、三太楼を連れて行くことがあります」
蔵之助 「親子会って演りやすいですか?」
三太楼 「(蔵之助に詰め寄って)演りやすいわけないじゃないですか!」
蔵之助 「(権太楼に)師匠はどうですか?」
権太楼 「別にぃ」
蔵之助 「一緒に演りにくい人っていますか?」
権太楼 「寄席に出ていない色物(いろもん)さんですね。落語にもある小噺をネタに使う人がいる。料理屋の板前が主人に『お暇を頂戴したいと思うんですが』 『君、もう少しイタマエ』とかね。被るといけないから必ず袖で聴いているようにしています」
        このあと権太楼グッズの販売と円朝まつりのPR。

        開口一番は柳家三太楼ということになった。「寄席の方にもいらしてくださいね。只今七月中席、新宿末広亭では師匠の権太楼がトリを取っております。そして池袋演芸場はなんと私がトリでございます。・・・・・きのうのお客さん十人」 ここで「明日行くよう」の声がかかる。もっとも十人というのは冗談らしいが。ネタはひとりきちがい炸裂ネタの『湯屋番』 最後には番台で「ザー、ザーザー」と雨を大量に降らせる。「番台、雨だぞ。あそこ通るときは傘差さなきゃ」 途中で切って高座を降りる。

        柳家権太楼は、噺家がよく話題に持ってくる学校寄席の話がマクラ。「落語なんてね、団体で聴くもんじゃないんですよ。個人対個人の世界なんですから。それを首根っこ押さえて、聴けったってねえ。聴く意志が無いんですから」 「例えば、これからお話いたします『疝気の虫』なんて噺は、『悋気は女の慎むところ、疝気は男の苦しむところなんて申しますが』って始めるでしょ。聴いている学生は『そんなこと言わねえよ』ってなっちゃう」 今、この噺の虫をこれだけ楽しく演じられるのはこの人が最高なのではないか。「チントトトンのパッパッパー!」とやる虫の動きが可愛くも可笑しい。それぞれ1時間15分の親子会の持ち時間なのだが、このふたりにしてはやけに早く終わってしまった。まだ15分ある。ここで権太楼が立ち上がって寄席の踊り『奴さん』と『姉さん』。それでもまだ8分残っている。「まだ時間がある」と息を切らせながら、「三太楼が最後までやりゃあ良かったのに」とブツブツ言いながらも、楽屋に「それじゃあ、お師匠さん、『深川』をゆっくりのテンポで」 なにやらゆっくりした『深川』踊りが始まる。途中で止めると「遅すぎてフリ忘れちっゃたの。普通の調子で」と踊りなおし。ご苦労様。

       2発目は入船亭扇橋、扇遊。こちらのインタビューはほとんど扇橋のひとり舞台。
蔵之助 「扇橋師匠はおいくつになられました?」
扇橋 「73歳」
蔵之助 「扇橋師匠といえば俳句ですが」
扇橋 「36年間、毎日、俳句やってます」
扇遊 「うちの一門の忘年会は12月29日と決まってまして、句会をやるんです。酒も飲まないで」
蔵之助 「賞品が出るんですか?」
扇橋 「ええ、そりゃあいいもんが出ますよ。シャツとか靴下とか」(笑)
蔵之助 「師匠はお酒をお召し上がりにならないんですよね」
扇橋 「この間飲みましたよ。小三治の『青菜』を聴いた永六輔が『飲めそうだなあ』と言い出して、下戸3人でお銚子2本。真っ赤になっちゃってね」
蔵之助 「お弟子さんはお飲みになるんでしょ」
扇橋 「あきれたもんでね。よく飲むんだこれがまた」
蔵之助 「酒飲みってどう思われますか?」
扇橋 「飲める人はいいなあと思いますよ。よく眠れるだろうなあと」
蔵之助 「お酒がだめだとなると、食べる方は?」
扇橋 「カレーそばとか親子丼、これは旨いね。風邪ひいたときにね、食欲が出るの。身体が欲しがっているのかもしれないけれど、熱が出ると血のめぐりが良くなるのかな」
蔵之助 「親子会はよくやられるんですか?」
扇橋 「やらないね。弟子相手に本気になって一生懸命演るわけにいかないもん。今日はね、仕方ないから演りますよ。今日はしょーがない。親子会5連発って今が花火の季節だから?」

        飄々とした扇橋の姿が、こういったインタビューでも面白い。

        まずは弟子の入船亭扇遊から。「入門したのは32年前でした。師匠には感謝しております。前座時代はアルバイト禁止なんですが、お金が無かったもので、アルパイトも許可してくれましたし、師匠のところに通うのも三日に一日は、師匠のところではなく小さん師匠のところに行けと言ってくださった」 いかにも優しそうな扇橋師匠。こういう師匠に弟子入りしたら楽しそうだ。ネタは『お菊の皿』

        入船亭扇橋のあっちへいったり、こっちへいったりするマクラもこの日は特に長い。それというのも扇遊が早く高座を降りてしまったかららしい。「『短いじゃねえか』って言ったら、『すみません』だって。酒飲ますとよく喋るんだけど」 住井すゑの『夜あけ朝あけ』の話から、永六輔、コーヒー、近所の娘さん、新潟の水害、三遊亭円生、三遊亭さん生(現・川柳川柳)、柳家小三治と、話題がコロコロと変わっていく。それがまたなんとも可笑しい。「夏になると食欲が無くなる。お茶漬けなんていいもんですな。ナスの糠漬けをご飯に乗せてお茶をかけて食べる。糠って、結構なものですな」と振って『藁人形』に入る。この噺のオチに糠が出てくるから、こう繋げたのだろうと思わずニヤリ。フラフラとあっちこっちに行ってしまうマクラも、ちゃんと考えているようなのが楽しい。しかも、客層がマニアックとみて、こういう珍しいネタを持ってくるあたりが憎いではないか。

        3発目、柳家さん喬、喬太郎。
蔵之助 「さん喬師匠は、今日の出演者の中では一番若手の師匠ですね。そして喬太郎との関係は他の師匠さんとはちょっと違っているようですが」(会場から笑い)
喬太郎 「オレ、すっごく(師匠を)尊敬してますよ」
蔵之助 「お弟子さんの数も多いですよね」
さん喬 「名前憶えるのもたいへんです。喬太郎の真打昇進披露興行で池袋の千秋楽、口上で『ここに控えます喬之助』と言ってしまった」
喬太郎 「それも三回も」
蔵之助 「喬太郎が、さん喬師匠のところで飲んで絡んだという逸話が残っていますが」
喬太郎 「そんなことないですよう」(また会場から笑い)
さん喬 「こいつが酔っ払って、オレに『おめえよ〜』ですからね。面白いからテープに録音録っておいてある」
蔵之助 「言う方も言う方だけど、録る方も録る方ですね」
喬太郎 「でも、ウチ、変わった弟子、多いですよね」
さん喬 「こいつが一応、総領弟子なんですが・・・」
喬太郎 「『一応』って何ですか!?」
さん喬 「いちいち揚げ足取るんじゃない! 喬太郎には最初の弟子だったので理不尽なことをいろいろと言ってしまったと思っていますよ」
蔵之助 「さん喬師匠は東南アジアへひとり旅されるのがお好きとか?」
さん喬 「ええ、言葉がわからないから乗り物にも乗れない。だからひたすら歩くの。観光客が行かないところを歩き回るのに魅力を感じますね」
蔵之助 「先日もインドにいらしたとか?」
さん喬 「はい」
喬太郎 「行きましたっけ?」
さん喬 「おまえ! みやげ、やったろ!!」
喬太郎 「ひとりで旅行に行くって、結局友達がいないんですね」
蔵之助 「喬太郎といえば、明日は長講がありますね」
喬太郎 「円朝作の『熱海土産温泉利書(あたみみやげいでゆのききがき)』」
蔵之助 「演り手が少ない噺ですよね」
喬太郎 「ひょっとすると私ひとりかも知れない」
さん喬 「つまらない噺ですよ」
喬太郎 「師匠! 私は弟子ですよ」
蔵之助 「2時間かかる噺だとか」
喬太郎 「ダイジェストして2時間。起伏の無い、盛り上がったところがない噺だから2時間通して聴かないと面白さがわからない。いいのは、誰も知らない噺だから、間違えても大丈夫」
さん喬 「途中で『子ほめ』になったりして」
        師弟関係というよりは、まるでお友達同士の関係みたいなこのふたりを見ていると、いいなあと思う。ある意味、今はライバル同士でもあり、一緒に落語を面白いものにしていこうとする同じ志を持った同士なのかもしれない。

        『鞍馬獅子』のお囃子が流れる。あれっ、これはさん喬のお囃子ではないかと思っていると、本当に先に上がったのは柳家さん喬。「普通、師匠が後だと思われるでしょうが、そうはいきません。喬太郎に『リレー落語やろうよ』って言ったら、『嫌だ』と言われまして。それじゃあ、私が先に出て、お客さんが聴きたがっている喬太郎の新作を、あとで演ればいいじゃないかということでして」 師匠が先に出るというあたりからしてもう普通の師弟関係じゃない。「私は柳家小さんの17か18番目の弟子ということになります。師匠とふたりっきりになると、まわりの目を意識するんですね。あるとき地方興行に師匠がいくのに、『よわっちゃったよ、誰も一緒に行くのがいない』とおっしゃるので、『よかったら私がカバン持ちましょうか』って一緒に出かけました。楽屋で何も話すことがなく二人いたら、ある女優さんが、『いいですね、お弟子さんと師匠が何も話さないで座ってらっしゃる姿って』 どうなんでしょうねえ、喬太郎と私がモノも言わずにポツンと座っている楽屋姿。よっぽど仲が悪いんじゃないかと思われたりして」 傍から見ていると仲のよい漫才コンビに見えますがねえ。ネタは『幾代餅』。清蔵の真摯な姿に打たれた幾代太夫が「わちきのような者でも、主の女房にしてくれなまんすか」と言うと、清蔵は「えっ? 花魁は何を言っているかわかっているのですか? でも花魁は優しい方だ」となかなか信じないあたりが清蔵という人柄を表してる気がする。立ち上がって踊り『なすかぼ』

        「今はまことに結構な膝代わりの芸人さんでして」と柳家喬太郎が出てくる。「師匠は、私に理不尽な事を言ったなんておっしゃっていましたが、一番弟子というののいいところは、師匠を独り占め出来る事なんですね」 こんな言葉を聞かされると、ますますこの師弟関係がうらやましくてならない。「ウチの師匠、古典落語の本格派のように思われていますがね、あれでいて余興やらせたら上手いんですよ。ビンゴの司会なんてさせたら盛り上がるんですから。それを見ていた柳亭九治(現・柳亭燕路)アニさんなんて、「師匠はそんなことしてはいけません!」なんて言ってた。今、燕路アニさんも余興上手いですよ」 噺家の余興のマクラがひとしきり続いて『墨田警察一日署長』へ。屋形船で余興をやらされてキレた落語家が屋形船ジャックを演るというこの噺、毎回犯人役、説得役の落語家をその場に合わせて変えて演るところに面白さがある。この日は何と犯人役が柳家さん喬。人質に取った船頭に天ぷらを揚げるように要求する。説得役は喬太郎本人。「師匠! 降りてくださーい! 新作ばっかりやってごめんなさーい!」 「おまえ、勝手に古典を演ってるだろう! 『子別れ』許可しないのに地方行って演ってるだろ! 『初天神』もダメだって言ってるだろう!」

        仲入りはお弁当タイム。さん喬、喬太郎が押したから10分遅れの午後5時25分。どうよどうよの豪華なお弁当。これに紙パックのお茶が付くんだから、絶対にお得。

        4発目。三遊亭円歌、歌司、歌武蔵。こうしてならぶと円歌が、とても小さいのがわかる。
蔵之助 「落語協会会長、三遊亭円歌師匠です」
円歌 「あと2年やって、すみやかに譲っちゃうよ。こぶ平が正蔵を襲名するまでは会続けてね」
蔵之助 「人間国宝は?」
円歌 「そんなのいらねえよ」
蔵之助 「歌武蔵さんは、元相撲取りですが」
歌武蔵 「武蔵川部屋から脱走してきたんです。ジェンキンスさんと同じ。脱走仲間」
円歌 「そういうこともあるから、とりあえず一年間ヨソに修行に出して、それから弟子にしたんだ」
歌武蔵 「ですから円歌師匠の[歌]と武蔵川親方の[武蔵]という、ふたりの名前をいただいている。ありがたいことです」
蔵之助 「円歌師匠はよくハワイに行かれるそうで」
円歌 「笑わせるのに疲れると行くの。ハワイへ行くとマヌケな奴、たくさんいるから」
歌武蔵 「ウチの師匠がビール頼んでも、ミルクが出てくる」
円歌 「どういうわけなんだろう」
蔵之助 「お若く見えるんじゃないですか?」
円歌 「バカにしてんのか!?」

        おやおや、こちらも師匠の三遊亭円歌が最初に出てきた。「三平、柳昇、金語楼、あんなのが戦争に行って、みんな死なないで帰って来ちゃった。勝てるわけないよね」 漫談を短くやって高座を下りた。あとのふたりに噺をさせる時間を与えたのだろう。

        三遊亭歌武蔵『黄金の大黒』。貧乏長屋ならぬ発展途上長屋の住民。大家さんの子供が砂の中から黄金の大黒様を拾ったことから、挨拶に行く事になる。正式に行くには羽織を着ていかなくてはならないと言い出す者がいるが、誰も羽織なんて持っていない。「羽織なら、オレ持ってるよ」 「五つ紋かい?」 「いや、一つ紋。背中に、○の中に通って書いてある」 「??? そりゃあ日本通運の印半纏じゃねえか!!」

        このコーナーのトリは三遊亭歌司。「二ツ目のときから歌司で、『名前変えたらどうだ』って師匠に言われたことがあります。『三遊亭かふん』ってのはどうだって言うんです。花粉症みたいですが、まあ字としてはキレイでしょ。『師匠、花に粉ですか?』って訊いたら、『バカ! 歌に糞だ』って」 ネタは『船徳』

        さすがに聴く方としても疲れが出てきた。そこへ来てラスト5発目は新作派三遊亭円丈、白鳥。もうひと頑張りだ。
蔵之助 「落語協会で募集した新作落語、先日、発表会がありましたね」
円丈 「客は少なかったけど、受けましたね」
蔵之助 「何作くらい集まったんですか?」
円丈 「160作くらいですか。当初は集まりが悪かったんで、ぼくも1作匿名で出したんです。『エステ湯屋番』。一票も入らなかった」
白鳥 「『古典のパロディでの応募はゆるさん』と言っておきながら、自分で禁を破っちゃった」
円丈 「『エステ湯屋番』は、今月末に黒門亭で一度だけ演って封印するつもりです」
蔵之助 「師匠のところは新作ですから、どうやって教えているんですか?」
円丈 「まず古典を十本ほど演らせる。そのあと新作を作らせる。それから人物を見る」
白鳥 「師匠の教え方って、とにかく大きな声で演れって言うんです。なにかというと『声が小さい!』」
円丈 「小さい声で演っていると、声が出なくなってしまいますから」
白鳥 「それが、『海の向こうのおかあさんに呼びかけるように言え』なんて言うの。足立区には海が無いのに」
円丈 「白鳥は受けないと受け技を入れる。座布団を使ったりしてね。ぼくは台本主義ですから、それは出来ない。浅草で白鳥の『やかん』聴いて驚いた。お客さんに『次はどんな魚にしますか?』なんて訊いている。その場で作っている。ある種の天才ですからね」
        師匠からこれだけ、こういった場で褒められるということは師匠から認められていることに違いない。こちらも、さん喬、喬太郎の関係に似た、運命共同体のような、落語の可能性に賭けている姿が見えるようだ。

        こちらは順序どおり、三遊亭白鳥から。「今、こちらに来る前に、隣のヤマハホールで『高田文夫杯争奪 大学落研コンペティション』というところの審査員を演っていたんですが出演者全員が古典落語。高田先生に『お前は古典がわからん』って怒られたりして、なんでぼくがそんな審査員やらなくちゃいけないんですか」 この日のネタはSWAで演った『江戸前カーナビ』なのだが、あのとき私は何を聴いていたのだろうかと思うくらい、この日の『江戸前カーナビ』は印象が違う。マクラの中に唐突という感じで『男はつらいよ 寅次郎恋歌』の中で志村喬の老哲学者が渥美清の寅次郎に、本当の幸せは何かと諭すシーンが好きだということが語られる。本当の幸せとは一家団欒、卓袱台を囲んで夕食を食べること。庭にはりんどうの花・・・・・といった情景こそが人間の幸せだという。そこから九十九里浜の合宿免許に最短15日間のところ半年いたという前回も聴いたマクラから本編に入る。古典のタバコを吸う仕種をフェイクとして使って笑いを取ったりするあたりもさすが。そしてマクラで紹介した『男はつらいよ 寅次郎恋歌』のりんどうのシーンを上手く取り入れて、再度仕込んだものが、ラストで爆発する。この構成力の上手さはもう追従できる人はいないだろう。最後は受け技座布団投げ。すんげえ〜!

        大トリが三遊亭円丈。「初高座が人形町末広でした。ここは夏暑くて、冬寒い。自然がいっぱいでしたね。ウチの師匠の円生がトリのときでした。前座はふたりいるはずなのに、そのときはボクひとり。普通はひとりが追い出し太鼓を叩き、もうひとりが手動の幕を降ろす。仕方なく幕を下ろしながら太鼓を叩きました。池袋演芸場。35年ぶりの大雪が降った日です。演らなきゃいいのに小屋を開けた。お客さんひとり。『今日はやってんのかあ』さかんに電話がかかってくる。お客さんじゃないんです。みんな出演者。『ばかやろう! 川越から来るんだぞう!』 木馬館。ここ安木節の小屋です。それまで安木節をやっていたときはお客さんノリノリだったのが、ボクが落語ですって出て行くとお客さんは新聞を読み始める。目黒名人会。坂の途中にある寄席でした。馬生師匠がトリのときでした。お客さん5人。馬生師匠、声が小さくて終わったのがわからなかった。前座が幕を下ろしに来ない。自分で幕を下ろしていました。大阪新花月。雨が降るとお客さんがいっぱい。仕事が無くなった労務者ばかり。酔っ払いが出演者に絡む。するとトイレに連れ込んでボコボコに殴っちゃう」 こんな各寄席のエピソードを並べて、名古屋大須演芸場のことを描いた『悲しみの大須』へ。この噺、久しぶりに聴いた。去年念願だった大須演芸場に行って来たから、ことさらに事情がわかる。東京と大阪にはさまれた、寄席芸人達の吹き溜まり場所大須演芸場。その建物と芸人さん達の姿を描いたこの噺、まさに、悲しみのという表現が似合う。でもそんな演芸場と芸人さんが愛しいんだよなあ。また行ってみたくなって来た。

        7時間半の長丁場、さすがに疲れた。でも、これを書くのはもっと疲れた。


July.18,2004 客電を落とした方がいいか、落とさない方がいいかというと

7月17日 大銀座落語祭2004
       究極の東西落語会 Aブロック (朝日ホール)

        春風亭小朝らが仕掛ける大銀座落語祭。銀座の六つのホールを三日間、落語だけで埋め尽くそうという企画だ。まずは初日は朝日ホールの『究極の東西落語会』Aブロックへ出かける。朝日ホールのものは、東京と上方との交流企画。三日間の昼夜6ブロックに分けてチケットが売られている。一日目昼のAブロックは一番先に売り切れたそうだが、確かに林家こぶ平、桂春団治、立川志の輔という顔付けは強力。

        各ブロックがさらに演者、1時間ずつに分かれていて、それそぞれがその1時間をどう使うかは自由ということらしい。まずは林家こぶ平の1時間。「この企画は小朝というダースベイダーのような男が企画したものでして、出演はOKしたんですが、チラシが出来てきて驚きました。私のところは<志ん生の世界へ>になっている。そんなこと聞いていませんよ」と言いながらも、『錦の袈裟』に入る。そつのない『錦の袈裟』だが何かもうひとつこぶ平らしいものが欲しいなあと思いながら、ついつい眠り込んでしまう。なぜか客電を落としてあるのだ。客席がせ暗いとどうも眠くなってしまう傾向が私にはある。メモも書きにくいし。

        『錦の袈裟』を途中までで切ったところで、「私の一番若い弟子を紹介したいと思います。私は嫌だと言ったんですが、ダースベイダーがどうしても出せと言うものですから・・・・・。私の長男で、本当に落語家になるかどうかはわからないんですが、まだ小学生です。こぶ平の息子だということで、林家こぶ太と言います」 小さな男の子がチョコチョコとした足取りで『ミッキーマウス』のお囃子に乗って出てくる。どうしてどうして落ち着いた感じで『平林』を一席。「たいらばやしか、ひらりんか、いちはちじゅうのもーくもく、ひとつとやっつでとっきっきっ」 またもくもくと楽屋に引き上げる。ちょっと楽しみ(笑)。

        林家こぶ平の二席目は『井戸の茶碗』。マクラもなく、スッと入った。こちらもそつなくこなした感じなのだが、前に出たこぶ太の印象が強く残っていて、終わってみると小学生に食われてしまった感じ。子供には勝てない。

        次は上方から桂春団治のコーナー。林家こぶ平がインタビューするという形での対談から。
こぶ平 「先代の春団治はお父様ですが、落語家になったキッカケは?」
春団治 「浪商を出ましてから一年間サラリーマンしていました。それが会社が嫌になって辞めまして、父が九州巡業に出るときに一緒に付いて行ったんです。そうしたら博多で前座が倒れまして・・・。私は『寄合い酒』だけは出来た。それで旅館で父にこれを聴いてもらいまして、『まあ、これならいいだろう』ということで博多で初高座でした。また初高座というのは受けるもんなんですよ。始めて半年くらいたってからが危ない。それで、『これでメシ食おうかいな』と。大阪に帰って正式に弟子になりました」
こぶ平 「ウチのせがれが、演りはじめてちょーど半年。一番危ない時なんですかね。春団治といったら大きな名前じゃないですか。私も今度、正蔵という大きな名前を継ぐことになったのですが、春団治を継ぐとなったときはいかがでしたか?」
春団治 「春団治は29歳のときに襲名いたしました。森繁さんの映画(『世にも面白い男の一生 桂春団治』1956年)が公開されましたので、その勢いでということでした。そりゃあ、いろいろ言われましたが、人の言うことを気にしてたら何も出来ませんよ。『ワシはワシや』でやるしかないということです」
こぶ平 「どうもありがとうございます」

        春団治の高座の前に膝代わりに林家二楽の紙切り。鋏試しのいつもの『桃太郎』1分35秒。注文の『助六』1分45秒、『花火』3分45秒、『チャップリン』3分。二楽の紙切りは正楽に比べると時間がかかるが、その間のおしゃべりが楽しい。それと絵柄がユーモラスなのがいい。

        私は初めて聴く桂春団治、ネタは『皿屋敷』だった。若い衆数人が一杯やった勢いで、お菊の幽霊が出るという車屋敷(皿屋敷)へ向かう。その途中の描写が見事だ。最初は勢いがいいのだが、屋敷が近づくにつれ、だんだん歩く速度が遅くなっていくところなど、「ああ、上手い芸をしているなあ」と思う。東京の落語で聴くと野次馬根性の江戸っ子が幽霊を見に行くという感じだが、上方落語ともなると浪花っ子気質が押し出されていて楽しい。最後でお菊の幽霊が皿の数を18枚までかぞえてしまうのを聞いて、「むかつくわあ」と言い出すのでゲタゲタ笑ってしまった。そのあとがこれまた凄い。お菊の幽霊に言う言葉が「おい、こら、お菊! ボケ、カス! 何枚数えとるんや。何言うてけつかんねん! どあほう!」だもんなあ(笑)。

        立川志の輔は1時間を自分だけの一席で埋めた。よくやる古典芸能に関するマクラから「能でも文楽でも何年も修行してからお客さんの前に出るのですが、私ら落語家というのは、入門して三月もしたら、お客さんの前に放り出されて、15分間の高座を務める。こんな芸能ないですよ」とふって、『中村仲蔵』へ。これで志の輔の『中村仲蔵』を聴くのは何回目だろうか? 聴くたびに感動してしまう。思わず涙が溢れてくる。こういうとき客電が暗いと助かる。

        終演後、夜は横浜へ行き、関内ホールで『清水ミチコのお楽しみ会 LIVE TOUR 2004 〜VOICE BE AMBITIOUS!〜』。ステージ・トークで「楽屋に立川志の輔さんが見えて、舞台袖から観ています」・・・・・って、志の輔さんもこっちに来たの!?


July.17,2004 日本の夏のスクルージ

7月10日 『MIDSUMMER CAROL 〜ガマ王子VSザリガニ魔人〜』 (PARCO劇場)

        今年の梅雨は東京地方ではさっぱり雨が降らない。このまま梅雨が明けてしまうと水不足が心配なのだが、この日は夕方から雨になるとの予報が出され、傘を持って家を出る。渋谷に着いたら小雨が降り出した。

        ある病院に偏屈な老人大貫(木場勝己)が入院している。大金持ちらしいのだが、いじわるでわがまま。やりたい放題のいやな性格の男である。この病院にはさまざまな患者が入院しているが、中でも特殊な病気にかかっているのがパコ(加藤みづき)と名のる少女。交通事故で両親を亡くし、本人は一旦眠ると前の日の記憶を全て無くしてしまうという奇病にかかっている。両親に誕生日のプレゼントとして貰った『ガマ王子VSザリガニ魔人』という絵本を持っている。大貫はパコという少女が、そんな病気にかかっているとは知らずに前日に絵本を読んであげたことも忘れているパコをひっぱたいてしまう。パコの病気を知った大貫は後悔し、逆にパコを可愛がるようになる。毎日、前日の記憶を無くしてしまうパコのために、毎日同じ絵本を読んで聞かせる日々が続く。ある日、入院患者全員に絵本のキャラクターを演じさせてパコに芝居として観せてあげようと思い立つ。

        大貫はいわば『クリスマス・キャロル』のスクルージの役どころ。おおまかなストーリーは上のようなものだが、さまざまな入院患者と医師や看護婦が話にふくらみを持たせる。何回も自殺未遂を繰り返す俳優室町(伊藤英明)、大貫をからかうのが生きがいの患者堀米(後藤ひろひと)、保険金を受け取るために入院を続けている木之元(犬山イヌコ)、銃で撃たれて入院しているヤクザ龍門寺(山内圭哉)、消火作業中に大怪我を負った消防士大滝(ラーメンズの片桐)、医師の浅野(山崎一)、看護婦の光岡(長谷川京子)、大貫の甥浩一(小松和重)、その妻であり看護婦の雅美(瀬戸カトリーヌ)。これらの人物を演じる役者たちが実に生き生きと舞台を盛り上げる。話の流れとしてラストは涙を誘う方向へと向かう。客席のあちこちで、すすり泣きが聞こえてくる。

        観に行く前は、このタイトルから思い浮かぶストーリーがまるで思いつかなかった。「なんじゃ、こりゃ」だったのだが、観終わってみると、「なるほど、これ以外にタイトルは付けられまい」とニヤリとした。

        ラスト近くで本水の雨を降らせる。前から四列目の私には直接に水はかからなかったが、本物の水の気配を感じる。終演後、外に出ると雨はもうやんでいた。今年の夏の水は本当に大丈夫なのだろうか? 


July.13,2004 うまい構成の脚本で観せるコメディ劇団

6月27日 ハラホロシャングリラ
       『受付の女たち’04』 (紀伊国屋ホール)

        与野本町の白鳥独演会から新宿へ回る。面白そうな劇団だと当たりをつけて観るようになって4作目。いつも脚本がうまく出来ているので、今度はどんな手で笑わせてくれるのかと期待が高まる。今回の演目は再演とあって自信があるのだろう。

        舞台はある大きな会社の受付のデスク。3人の受付嬢が、他の社員よりも早く出勤して業務開始の準備をしている。どうやら、受付嬢は社員を迎えるのも仕事のひとつらしい。ひとりの受付嬢がいきなり会社に対して[反逆]しよう言い出す。シャッターを開けずに社員を中に入れないようにしようという。なぜ反逆をしようと思い立ったのかと彼女は説明を始める。その理由はある社員の反逆の姿を見て思いついたのだという。話はその過去の話へ遡る。そうするとその社員はまた別の社員の反逆の姿を見て自分も反逆を思いついたということがわかってくる。こうして芝居は過去へ過去へと遡っていく。どうなっちゃうんだろうと頭の中で整理していくうちにね大元の反逆なるものが、とんだ言葉の聞き違いによるものだとわかった途端、グーーッと現在へ引き戻されていく。その快感といったらない。うまい構成の脚本だと恐れ入ってしまった。

        こう書いてしまうと、難しそうな芝居ととられしまわれそうだが、舞台は爆笑につぐ爆笑のわかりやすいコメディ。社内の恋愛、セクハラ、不倫、いじめなどをテーマに、つねに笑わせようという姿勢が貫かれている。見終わって何も残らないのが気持ちいい。また次回も行ってしまうだろうなあ。


July.11,2004 爆笑! 白鳥貧乏噺

6月27日 拾年百日亭 三遊亭白鳥 (彩の国さいたま芸術劇場 映像ホール)

        与野本町のさいたま芸術劇場へ行くのと、横浜にぎわい座へ行くのとでは距離的にたいして変わらないと思われるのだが、不思議とさいたま芸術劇場の方が遠いような気がする。というのも、駅を降りるといかにも住宅街といった風景だからだろう。線路脇を東京方面に戻り、右に曲がって歩くことしばし。途中に葱畑があったりする。さいたま芸術劇場には複数のホールがあり、映像ホールを探すのに少々苦労してしまった。最初はゾロゾロと歩いている人たちの後ろについていったのだが、その人たちはみーんなオバサンばっかり。変だなあと思っていたのだが着いたホールはダンスの発表会の会場。「あらら」と慌てて壁に貼ってあった劇場内の地図を見て映像ホールの位置を確認した。

        映像ホールは、その名の通り映写物を観られるように作られたホールなのだが、スクリーンの前に高座が作られている。

        開口一番前座は三遊亭かぬう。「ウチの師匠(円丈)は絶対に『破門にするぞ!』とは言わないんです。『破門!・・・にはしないけれど、いつ辞めるんだ』 あるいは『破門!・・・にはしないけれど、やっても無駄』」 頑張ってね。ネタは『二人旅』

        三遊亭白鳥の一席目は『火焔太鼓』。「この噺はもともと、あまり面白い噺じゃなかったんですね。それを、キング・オブ・貧乏といわれた古今亭志ん生という人が、貧乏という要素を入れて面白くした。貧乏といったら私も負けていませんでしたからね。貧乏って、心が荒みます。ある日トボトボとアパートに向かって歩いていたんですね。そしたら夕日を浴びて寿司の折り詰めが落ちていたんです。ナマ寿司ですよ。拾おうと思ったら寿司の向こう側に野良犬がいて、こいつもこれを食べようと狙っていた。このとき先手必勝と思ったんです。こっちから『わん!』と吼えた。犬がひるんだスキに寿司を取って、アパートに帰ったんです。そうしたら窓も向こうで、さっきの犬がこっちを見ているじゃないですか。それで折り詰めの中からトロを選んで、それを犬に向かって投げつけてやったらパクッと銜えて、どこかへ行ってしまった。残ったイクラだのウニだの全部食べましたがお腹は壊しませんでした。後日、やはり私がアパートに帰ってみると窓に食いかけのアンパンが置いてあるんです。ファンからの差し入れかなあと思ったんですが、ふと見ると先日の犬がこっちを見ているんです。犬の恩返しだったんですね。もちろん(アンパン)食べました」 こうして始まった白鳥版の『火焔太鼓』は、志ん生→志ん朝版の『火焔太鼓』にも負けない面白さに満ちている。屋敷の侍に「その方、どうして火焔太鼓というのか知ってあろう」と訊かれて、「貧乏人には買えん太鼓」 「没収ー!」といった細かいギャグも冴え渡って、爆笑の『火焔太鼓』が展開する。それでいてキチッと古典の骨格は押さえている。オリジナルのオチも元のものよりよく出来ているのではないか。元の「おじゃんになるから」は今や通じにくくなっていると思われるし。

        二席目が『隣の町は戦場だった』。雪国の農業高校に通う吉田くんは暴走族をしている。スーパーカブにまたがり雪の中を走り回るテクニシャンである。そんな吉田くんも就職を考えなくてはならない時期となり、先生から進路指導を受ける。「力が有り余っている単細胞の人間にはうってつけの仕事だが、やってみないか?  重いリュックを背負って、山を走り回っていればいいんだ」 「闇米の販売員ですか!?」 闇米の販売ではなく行かされた先は自衛隊。やがて彼はイラク復興人道支援という名目で、イラクに派遣されることになる。そこでイラン人の女の子が毒サソリに咬まれて苦しんでいる現場に遭遇する・・・・・・。前半の雪国暴走族のエピソードが後半のイラクの砂漠地帯を舞台に展開するクライマックスへのうまい伏線になっているところが、このところの白鳥の上手いところ。感動的なラストに持っていったところで、こちらはお腹いっぱい。グッタリと疲れてしまった。

        白鳥の落語を二席聴いて、こんなに重量感を感じるとは思わなかった。東京に帰る前に駅前のファミレスに入って休憩をとる。古典の新解釈、構成力のしっかりした新作。三遊亭白鳥、噺作りの面では最強となってきたかもしれない。


July.9,2004 江戸っ子の、日本人の、心意気

6月26日 第268回国立名人会 (国立演芸場)

        開口一番前座は、立川志の八『十徳』。頑張ってね。

        「先日、一番前にヤクザ風の男の人が座ってまして、携帯電話が鳴るんですよ。恐いから怒るわけにもいかない。電話に向かって大きな声で『何っ!? 撃たれた!?』 こうなるとこちらも落語どころじゃなくなってしまいまして・・・・・あとで聞いたら、『ピッチャー桑田が打たれた』だったんですって。桂米福『かぼちゃ屋』。「そのかぼちゃは新鮮かい?」 「生きがいいよ。さっきまで河岸でピチピチ跳ねてた」 「美味しいかい?」 「美味しいよ、中に鰹節が入っている」 こんな与太郎さんだと、ついついかぼちゃを買ってやりたくなるってもの。

        「江戸っ子の噺家なんて、今や、ほとんど絶滅状態ですね」 橘家円太郎がこんなことをマクラで言い出した。「今日の出演者だって、富山(米福)、静岡(昇太)、富山(志の輔)でしょ。で、あたしが九州の博多。本当の江戸っ子っていうのは、父方三代、母方三代続かないと江戸っ子っていえないそうで。そんな噺家いるのかと思ったら、いるんですねえ。林家こぶ平。それで江戸言葉を教わりに行っているんですが、かえって言葉使いがたどだどしくなってる」 ネタは『棒鱈』。この噺、最後のくしゃみの場面が最大の見せ場になるのだが、円太郎は最後への持って行き方が上手い。そして最後のくしゃみの場面の爆発のさせ方。つくづく上手い人だなあと思う。

        「私が田舎者東海地区代表です」と春風亭昇太が円太郎に続けて笑いを取りに来る。「静岡の方言に『やいやい』というのがあります。これはどういうときに使うかというと、感嘆符は全部『やいやい』。朝寝坊してしまった『やいやい』。外に出たら雨が降っていた『やいやい』。駅に着いたら電車が出てしまった『やいやい』」 ネタは新作怪談噺『マサコ』

        仲入り後は、長唄『昔噺 狸』だというので眠ってしまいそうになったが、始まってみたら、ヨン様ネタやら、携帯電話ネタで笑わせ、最後は三味線ロックに♪たんたんタヌキの〜 唄が杵屋利光、三味線は杵屋裕光杵家七三。こういう楽しい観せ方はうれしい。

        『国会議員なんて国のことなんて考えていませんよ。自分を選出してくれる県のことしか考えてない。県会議員は自分を選出してくれる市のことしか考えていません。となると、市会議員は自分を選出してくれる町のことしか考えていない。それで町会議員は・・・・・自分のことしか考えていない。そんな議員を来月は選ぶんですね」 いかにも立川志の輔らしい見方に思わず笑わないではいられない。7月11日は参議院議員選挙。私も一票を投じに行くぞ。本当に国民のことを思って立候補している人がいるのか疑問も残るが、棄権だけはするまい。この日のネタは、志の輔で聴くのはこれで三回目になる『しじみ売り』。最後の鼠小僧の台詞がやはり心に残る。「人の館に忍び込むのは命がけだ。そこで手に入れた金を渡した。どうしても助けたかったんだ。それが今度は俺のために口を割らないでいてくれる男がいる・・・・・とわかってたら枕を高くして寝ていられなかった。人様のために(代官所)へ行くんじゃねえや。俺がゆっくり眠れるために行くんだ」 今回もここでグッと来てしまった。これは日本人独特の意識なのかもしれない。


July.5,2004 ちょっと用があって早朝寄席

6月13日 早朝寄席 (鈴本演芸場)

        ちょっとある目的ができて、久しぶりに鈴本の早朝寄席にかけつける。二ツ目さんたちの勉強会の場なのだが、結構入りがいい。常連さんに訊くと、いつもこのくらいは入っているが、特にこの日はいつもよりいくらかお客さんが多いようだとのこと。こういう会にお客さんが入るというのはうれしい。

        まずは、落語家になって7年になるという女流落語家の川柳つくし。「最近、まわりの男性がメガネをかけはじめた。どうもヨン様の影響らしいんですが、ヨン様は元がいいからメガネをかけてもカッコイイんです。もっとも私はヨン様には興味ありませんけど」 つくしの落語は若い女性が主人公になるものが多い。この日の『江戸っ子を探せ』は、おじいさんが亡くなって遺産を相続することになった女性の噺。ただし、江戸っ子と結婚しなければ遺産は相続できないと遺言状に書いてある。そこで江戸っ子と結婚しようと、真の江戸っ子を探しまわるという噺。つくしももう30代だと思うが、妙に若い女の子の噺が上手い。いつまでも若い人だ。

        柳家さん光。「楽屋で言ってはいけない言葉があります。それは『忙しい』という言葉。『自分は暇で暇で』という。忙しいなんて言うと妬まれますからね。だから、『どう?忙しい?』と言われたら、どんなに忙しくても、『暇ですねえ。何か仕事ありませんか?』なんて言ったりする」 噺家さんもたいへんだ。ネタは『悋気の独楽』

        「消費者金融のCM多いですよね。若い女の子がニコニコ笑いながら借金をするように呼びかけているCM。お金もいいけど、あの出ている女の子、貸してくれませんかねえ」 三遊亭窓輝『壷算』へ。

        トリの柳家三之助はマクラもなくすぐに『かぼちゃ屋』へ。私は二年前にもこの人の『かぼちゃ屋』を聴いているが、さらに上手くなっているようだ。きっちりとしたいい噺になってきた。「上を見て売れ」と言われた意味を勘違いして掛値をしないで売ってしまった与太郎。今度は13銭の仕入れ値のかぼちゃを15銭にして、同じ人に売ろうとする。「どうしたんだい、値が上がったのかい?」 「ああ、消費税が上がった」

        1時間半ほどの二ツ目落語会が終わって、楽屋を訪ねる。楽屋に何の用があったのかというと・・・・・。


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