《有難い 言葉を使う こつが見え(6)》

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 言葉を覚えることは心の食事です。どのような種類の言葉を覚えて使うか,それが心の活動になり,人としての品格を表します。人権宣言において,人は理性を持つと謳われていますが,それは言葉を獲得したことから得られたものです。その言葉を共有することができると,相互理解が進み,共生することが可能になりました。そうして,人それぞれの間がつながって,人間という社会人が登場しました。

 ところで,最近言葉の使い方に迷いが生じています。かつては内向きと外向きの言葉遣いをしていました。家族の中やご近所の井戸端談義の世間話と知らない人も居る公の場での改まった話とでは,話す内容や表現の形や言葉遣いをそれとなく違えていたものです。ネットの場ではその公の場に向けた気配りが落ちこぼれて,言いたい放題の無作法が相手を選ばず巻散らかされています。気心の知れた狭い間柄での戯れ言は,公開されると隙だらけで誤解のタネ満載なのです。
 時と場所を弁えること,その言葉の作法がネット空間ではどういうものであればいいのか,経験期間が短いために未だできあがっていない状態です。現状を見ておくと,スマホのような形で言葉を発信する側はいたって個人的なツールという状況と錯覚して,内向きと変わらぬ気楽さで言葉を送り出します。ところが,言葉が伝えられている場所は極端に言えば地球上すべてというほどの広大な情報空間であり,見ず知らずの大集団が住んでいます。その上,スマホによる受信者は,受け取った言葉が外向きの言葉であると認識していきます。その結果内向きと外向きの区分けが消滅して,言葉の衝突を起こしています。つまらない個人の内向きな感想であるという冷徹な受け取りが必要でしょう。余談ですが世間を憚るひそひそ話をしたい人は,特殊な情報空間に誘導して通じ合おうと内向きの作法を守っているようです。
 若い人の言葉の世界としてスマホの世界がありますが,スマホ依存という言葉が生まれてしまいました。問題があるから表現せざるを得なくなっているのです。一日の多くの時間をスマホに費やし,勉強や仕事などやるべきことを避けてスマホに逃避したり,スマホ使用が日常生活に支障をきたしている状態です。スマホに依存しすぎると、自分や相手の感情を読み取る力、注意力や記憶力などの低下のほか,視力の低下や頭痛、腰痛、首の痛み、肥満といった直接的な身体への影響,また,さまざまな経験をする時間が奪われるとともに精神状態や自律神経への影響,さらに睡眠時間が短くなる,スマホが手元にないとイライラしてしまう,引きこもりがちになる,食欲がなくなる,無気力になるなどの症状が見られるそうです。
 ここで取り上げておきたいことは,若い人が言葉をスマホから受け取ることに熱中し,自分の言葉を外向きに発することがなくなっていることです。ラインなどでの言葉のやりとりはあるでしょうが,短文の簡易な連絡的通信でしかありません。ネット情報に対して心配なこととして不確かな情報の拡散がありますが,自分の言葉はほとんど使用せずに受け売りで発信しているつもりになっているからです。
 言葉の交換で今起こっていることを整理しておくと,身近な人を意識する内向きの言葉遣いをネット空間で発信している場違いの一方で,他者の内向きの言葉をあたかも公開される外向きの言葉であると勘違いしていることです。もちろんこの状況は不都合なものであり,本来のネット情報世界の言葉は外向きの配慮をされて受発信されていると考えておくべきです。

 言葉は登場する時と場で生きています。話し言葉と書き言葉が違うように,言葉を交わす間柄の形に応じて配慮されなければなりません。そのことを逆にすると,言葉のあり方を考えていけば,人の間柄のあり方が浮き彫りになってくるのではないかと思われます。

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(2025年01月12日:No.1294)