家庭の窓
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年が明けて,今年もつつがなく生きていけるといいなと,願っています。そのためには,生きていくことに,自分なりにあれこれと努めることも必要であろうと思わなければならないでしょう。それならば,何をすれば? とりあえず,ざっと考えてみます。
動物として健康であること。その目標に向けて,食事と運動に気配りをすることが具体的な行動です。身体機能が正常に作動するという健康状態を維持します。動物の身体は食べ物と呼吸による自然界からの物質の摂取を通して,常に新陳代謝をしています。身体は日々素材が入れ替わっています。「細胞の新陳代謝」の周期は部位によって異なっており,胃腸の細胞は約5日周期,心臓は約22日周期,肌の細胞は約28日周期,筋肉や肝臓などは約2ヶ月間の周期,骨の細胞は約3ヶ月周期で,細胞の新陳代謝が正常であれば身体は3ヶ月で新しく生まれ変わっているそうです。
さらに,代謝反応から生まれるエネルギーを生かして身体機能による活動が可能になります。動物はその名の通り動くことで生きていくことができるという縛りが掛かっているのです。
食事と運動という行動パターンによってまとめられる諸活動は,普通の暮らしに包含されているものです。少なすぎず多すぎず,適度な程度を維持し続けるようにすればいいようです。
人として普通であること。その目標に向けて,精神的な行動と社会的な行動が想定されます。精神的とは,知的な行動とも言うことができます。言葉を獲得したことで,動物から人に進化できました。五感によるさまざまな刺激としての感覚を感情という概念で言語化できます。感覚の違いをもとに言語に分けることで分かるという情報化が進み,記憶として整理できます。そこで,言葉からもたらされる知恵による考察に進み適正な反応活動を作動することが普通となります。感じた光を赤と言葉で分けるから,赤信号であると認識できて,ブレーキを踏む行動が出来るのです。
もう一つの社会的とは,人のつながりによる活動の維持です。人が人間であること,それはつながりという間の存在です。つながりがあることによって,能力の支え合いがもたらされ,人の生きる力が増強され,生きやすさを獲得できています。共生と言い表される暮らしが普通である,それが人としての普通なのです。言い直します。普通であるべきなのです。そう言わなければならない現実は,人間社会が未完成であり,人の至らなさなのです。それでも,社会の一員としての参画を務めていくだけです。つながりの先に,何かが伝わっていくことを期待することが,人間らしさでもあります。
精神的で社会的な諸活動は,身の回りの自然や人々との関わりを保持することの中に包含されています。絶えることなく過激にならない程度に維持できるように気配りすればいいようです。
日々を過不足なく普通に生きていくことで,つつがない生き方ができるようですが,意外と難しいことなのかも?
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