《楽しみは 生きる営み 手に触れて》

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 家族の朝食のつまみに果物の皮をむいているとき,果物に語りかけられた気がしました。私の果実は種が育つために準備したもので,横取りしないでと,果汁の涙が手のひらに伝わってきました。植物に限らず動物もたくさんの次世代を残しますが,育ち上がる割合はとても少ないのが現実です。人は果物の次世代に対して負の関わりをしているのです。一方で,もしも環境が優しくなると,増えすぎてしまって自らが環境破壊をしたり生存競争をするという不都合を招くことになります。
 人も優しくない環境の下では,疫病などの負の関わりなどもあって,次世代をたくさん残す向きに努めています。その勢いが強いと増えすぎて,環境負荷を逃れようとして少しましな環境への移動が起こりますが,それは侵略を招くことになります。その先には争いが起こり,自ら最悪の生きていけない環境を招いてしまいます。
 ところで,この日本に住む人は今,自ずから次世代を縮小する傾向を示してきました。ただ単純に生きていくということであれば,これまでにない快適な環境であるのに,次世代を縮小する選択をしています。人として生きる意識に変化というか迷い,錯覚に陥っていないか心配です。
 人は快適に生きていたいという欲望があります。そのために環境整備にそれぞれの能力に応じて貢献をしています。その人手が多ければ環境はよりよくなります。人手を増やすには産み育てることができます。働き手を増やしていくことには,環境をよくできる期待があります。さらには,私の快適さを少しでも多く手に入れるためには,家族という私たちを増やして手取りを増やすことができます。
 この需要と供給のバランスを見てみることにします。人口が増えていくことにより,環境を豊かにする働き手が増えて,快適さの供給が増えていきます。一方で,人口の増加は豊かさを受け入れる需要も増えていきます。この需給の関係が地球上でところによって違っています。あるところでは供給過多でよそへ余剰を移動し,あるところでは需要過多でよそから不足を補填しています。そのバランスが地球の有限な資源により,供給の抑制や需要の抑制を強いられるようになりました。それが国の間での貿易戦争です。
 国内といった限られた環境意識を持っているときには,需給のバランに対して取る行動様式が違ってきます。住んでいる環境がそこそこに豊かで,快適さをたくさん手に入れようとすると,手取りを増やすには人数を減らすことが有効です。家族みんなよりも自分一人の方がより豊かになることができます。マイファースト意識が強くなり,必然的に次世代を生む意識が減退していきます。子育てが大変という負荷を忌避する選択が増えていきます。地域の特徴に過ぎません。
 地球温暖化という傾向は,人が快適さを求めて行動してきたエネルギーの付けです。環境破壊を引き起こした誘因は,快適さの膨張です。その傾向は,生き物として次世代を増やすという命題が背後に機能しているようです。

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(2026年02月08日:No.1350)