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「第 98-10 章」 |
『子育ちは 愛の伝授で 親育ち』

■子育ち12宝語■
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『子育ち第10宝語』
【愛】
《まえがき(毎号掲載)》
子育て羅針盤では,こどもの育ちを6つの方向と2つの領域から考察します。6つの方向とは,「誰が,どこで,いつ,何が,なぜ,どのように育つのか」という問題視座です。また,2つの領域とは,「自分の育ち(私の育ち)」と「他者と関わる自分の育ち(私たちの育ち)という育ち」の領域を表します。6つの方向にそれぞれ2つの領域を重ねた12の論点が「子育て羅針盤」の基本的な考察の構成となります。
この第98版でも,これまでの流れに沿って,子ども自身や親が育ちの確認をしていくときに,状況を特徴付けるキーワードとなる語を選んで育ちを展望していきます。今現在それぞれの育ちの度合いに違いがあってもそれは個性になり,達成度の評価ができるなら,幸せに育っていると考えることができます。子どもの育ちは見えにくいものですが,羅針盤としての全方位を見届けることができることを再確認していただけたら幸いであると思います。
《愛とは?》
母性愛という言葉があります。母として持つべき愛ということではないでしょう。母として持つことに喜びがある愛でしょう。誰かに押しつけられたり,自分で背負い込むものでもないでしょう。母にしか分からないものなので,推察はこれくらいにしておきます。愛されたことがなければ,愛することができないともいわれます。そうであるなら,子どもは愛されるべきです。愛の連鎖が親子にあれば,しあわせな家族が再生されていきます。子どもが育つというのは,愛を育むことでもあるのです。
自己愛というものもあります。子どもの成長は,もう一人の自分が自分を愛するということを出発点とします。自分を愛せないとなると,生きていることに喜びがなくなります。ところで,自己愛はいつまでも持ち続けるものではありません。自己愛は,自分が大事にされるべきという甘え,世話されて当然という思い上がりなど,育ちに向かう意欲をそぎ落とすことになります。もしも母親に自己愛が残っていると,子どものためといいながら,実は自分のために子育てをすることになるので,早く目覚めてください。
隣人愛というものもあります。子どもにとっては隣人は友人ということになりますが,その関係がかなりか細くなっているようです。冷えているというのではなく,無機質的なのです。喜びを分かち合うという愛への手掛かりがつかめなくなっています。それぞれがそれぞれであるという一線を引いた関係では,隣人という感覚を育むことができません。愛とは人と人の間にあるものです。隣人の中にあるはずの世代をつなぐ人の愛が育ちの階段であり,人が生きていく未来を喜びで迎えさせてくれます。
「今時の若い者は」という言葉は古代の文字遺跡にもあったそうです。若い者は,旧世代の者に対しては,常に反発してしまうようです。世の流れは今日が明日にはぶれていくことで,真っ直ぐに進んできました。自転車のハンドルは常に左右にぶれているから,真っ直ぐに進むことができるのです。人の行動や育ちも同じです。今までと違うから,安定した明日が迎えられます。今日に拘っていると,明日は転けてしまいます。反れる力,それが育ちの階段なのです。
★落書き★
フォークは手の代わりなら,指の代わりの歯が5つあるはずです。実際は4本です。古代ギリシャ時代に鍋の中の肉を突き刺して引き上げる1本歯の調理器具がルーツです。やがて,肉を切り分ける時も使われるようになって,肉を固定するために2本歯に増えました。さらに食卓でも使われるようになりましたが,突き刺しやすいが外れやすいということで,18世紀のドイツで外れにくい4本歯のフォークが生まれました。
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