幸せ家族計画

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Epその1

遠くから、耳になじんだ足音が近づいてくる。
普段よりも両足は忙しなく動いている。つまり、走って帰ってきている状態だ。
セフィロスはPCのモニターから目を離し、眼鏡を少し持ち上げた。

クラウドが出かけたのは、ジュノンからやってきた教師が行う移動教室の説明会だ。
今セフィロス達が住んでいるような都会から距離があって住人も少ない町では、巡回専門の教師が週に2.3回やってきて集会場で学校を開く。
フィーとディも、クラウドに言わせると、「そろそろ初等教育を受けさせる年頃」なのだそうだ。勉強ぐらい自分が見てやってもいいのだが、クラウドは「同じ年頃の子供達が一緒に団体行動する経験も必要」と主張する。
お世辞にも団体行動向けではなかった自分を省みると、そういうものかも知れない、などとセフィロスは納得する。


で、その説明会に行ったはずが、なぜこんなにも慌てた様子で駆け戻ってくるのだろうか。何か緊急事態でもあったのかと、セフィロスが腰を浮かしかけたとき、肩で息をしたクラウドがドアを開けて飛び込んできた。
顔が本気で険しくなっている。
これは一体何事だろうかといぶかしむセフィロスを前に、クラウドはきっと顔を上げると詰問口調で言った。


「あんた!フィーとディに何吹き込んだんだ!」
「……は?」
言われたことが理解できず、セフィロスは聞き返した。その眼前に大股で近づいたクラウドが、見下ろすセフィロスの鼻先に指を突きつける。


「さっさと白状しろよ!あんた、二人に何言ったんだよ!」
「クラウド、質問の意図が分からない。オレが何を言ったと?」
「とぼけるなよ!」
怒りで顔を真っ赤にしたクラウドが、早口でまくし立てた。


「説明会に出席したら、周りは母親ばっかりだったんだ!街から若い男が来るってんで、一張羅着て化粧して!それを見たディが言ったんだ!『どうして、おかーさんもおしゃれしないの?』って!」
「……ほう」
「周りの母親達も、説明に来てた若い教師も俺のこと注目するし、焦ってたらフィーが『おとーさんが、おかーさんはおしゃれするとすごく綺麗だって言ってたよ。特に脚がね、ミニスカートが似合って綺麗なんだって』って!」
「……ほう」
セフィロスは思わず笑った。
「ちゃんとオレが言ったことを聞いていたんだな」
「やっぱり、あんただったんだな!なんて事言ったんだよ、他にも何か言ってるんじゃないのか?」
「なぜ、そんなに怒ってる?オレは、事実を言ったまでのことだ」
悪びれないセフィロスに、クラウドは地団駄府みたい気分になった。


「女装したのは、俺がまだ子供のころの話だろ!この歳になってミニスカートが似合うなんて話し出されて、どれだけ恥ずかしかったと思ってるんだ!」
セフィロスは下目使いでクラウドの全身を見回した。
多少は育ったようだが、基本的には10代の頃とさほど変わったように見えない。
「……あんた、今、失礼なこと考えたろ」
クラウドが不機嫌な低音をだす。
「失礼なこととは?」
「育ってないとか、童顔だとか、女顔だとか思っただろ!」
「女顔までは思いつかなかった。確かに、それもそうだな」
クラウドはセフィロスの胸ぐら掴んだ状態で、呻った。
どこまでマイペースな男なのだろう。少しずれているのは相変わらずだ。


「だいたいにして、なんで今もまだ俺がおかーさん呼ばわりなんだ?生活パターンで言ったら、あんたの方がよほど『おかーさん』してるだろ!」


クラウドは運び屋の仕事を続けているので、基本的には朝出ていって夕方帰るのが日常パターンだ。対してセフィロスが在宅でPCを使った株取引を仕事にしているので、日常の子供達の世話はもっぱらセフィロスがする事になる。
悔しいことだが料理もプロ並みに上手い。基本的にセフィロスはやる気になりさえすれば、大概のことは完璧にこなす。ただ、レシピ以外の応用が利かないのが難といえば難だが、レストラン並みの料理やデザートを前に不満を言う隙などあり得ない。


「いや、隣の家の夫人に聞いたら、オレのは典型的な『男の趣味の料理』であって、主婦の作る家庭料理ではないらしいぞ」
「そうなのか?」
ちょっと毒気を抜かれた声でクラウドは応じた。
「夫人が言うには、主婦の料理というものは、あり合わせの物を上手に組み合わせ、それに家族の好みに合わせて味を整えて作る物なのだそうだ。オレのように、料理の本そのままの料理というのは、父親がたまに良い格好しいで気張って作る物に分類されるらしい」
たまにというには頻繁に作っている気がすると、ちょっとクラウドは首を傾げる。
「それで言えば、お前の料理はまさしく主婦の料理だな。ある物を適当に使って、大人用、子供用に味付けを変えている」
「……そりゃ、フィーもディも、野菜は少し甘めにしないと食べないし、あんたは砂糖使いすぎると具合悪くなるし……」
「そういう気遣いをするのが、『母親らしさ』らしいぞ」
「……へえ…そうなのか…」
少しだけ誇らしい気分になったクラウドだが、すぐに話題をはぐらされたことに気がついてセフィロスを睨む。


「それはもういい。だから、今問題なのは、あんたが子供達に吹き込んだことだ。俺が女装したこと以外、他にも変な事言ってないだろうな」
「変なこととは、たとえば?」
すこし意地悪く聞き返され、クラウドは返事に詰まった。
「た、たとえば……って?」
「たとえば、ちょっと興奮するだけで肌が赤くなり、実に色っぽい目元になるとか?」
「そ、そんな事は…」
クラウドは形勢逆転したことを悟った。これ以上話を続けると、ヤバイ方向に進みそうだ。
セフィロスはニヤニヤしたまま話を続ける。
「たとえば、腿をさわると、くすぐったがって逆に脚で手を挟み込んでくるとか?」
「………そ、そんな覚えない…」
「覚えがなくても、実際やってる」
セフィロスは顔を赤くしているクラウドを見下ろすと、にやりと意味ありげな笑い方をした。


「覚えがないなら、試してみるか?」
クラウドがのどの奥で引きつったような音を出す。こういった反応は、子供の頃のままだ。どれだけ一緒に夜を過ごしても、あからさまに情事をほのめかせると赤くなって逃げ腰になる。悪戯心が刺激される。
「ついでだ。今のお前の脚にミニスカートが似合わないか、よく観察してみよう」
そう言いながらズボンに手を掛けてくるセフィロスに、クラウドは慌てて後退る。


「い、いいって。第一、あんた、まだ昼なのに!」
「もうすぐ夕方だ。それに観察するには、明るい方が都合が良かろう」
「観察なんて、するまでもないだろ!大人の男の脚なんだから!」
「……そうか?オレが触った感触では、まだ十分いけると思うが」
「そんな訳ないだろ!」
「そうか、オレの気のせいか。ではなおの事、目でじっくり見て確かめなければ。明るいところで、じっくりと…な」
「あんた、暗くても普通に見えるじゃないか!」
「それなら、なおさら昼でも夜でも一緒だ」
この手の遣り取りでクラウドはセフィロスを言いくるめられた試しがない。
腰に手を回され、耳を嘗められて、もう抵抗できないんじゃないかと思われた瞬間、クラウドは必死に声を出した。
「フィーとディが帰ってくるって!」
ぴたりと悪戯な手が止まった。


「そう言えば、二人はどうした。一緒に行ったのだろう?」
「他の子と一緒に、広場で遊んでる……でも、そろそろお腹がすいたって帰ってくる頃だから…」
そのセリフが言い終わらないうちに、子供達が二人揃って転がるように駆け込んでくる。


「あーーー、おとーさんがおかーさん独り占めしてる!」
「ほんと、油断も隙も無いんだからぁ」
ませたセリフを言いながら、子供達が近づいてくる。
その二人の頬に、小さく赤い紅葉のような痕。クラウドは驚いて聞いた。
「二人とも、その顔、どうしたんだ」
「あのねー、これ。ミッチに叩かれたの」
「ミッチ?」
聞き慣れない名前に、セフィロスが眉を寄せる。


「隣村の子だよ。説明会が一緒だったんだ」
「その子がどうしてお前達を叩くんだ?」
セフィロスは床に膝をついて子供達と目線をあわせた。叩かれたことはさほど気にしていないようで、子供達は目を見合わせるようにして話し始めた。
「あのね、ミッチが、『一番大きなプレゼントくれた子のお嫁さんになってあげる』って言ったんだ」
クラウドはミッチの顔を思い出して、思わず苦笑いを浮かべた。黒髪の、目が大きくて明るくて活発な、そしてかなりのおませさんで、どことなくティファを思い出させる子供だった。


「それで?」
セフィロスが先を促す。
「僕たち、大きくなったら、おかーさんをお嫁さんにするから、プレゼントあげないって言ったんだ」
「そしたら、叩かれた」
「すごく怒ってたよね、ミッチ」
「なんで怒ったんだろね」


心底不思議そうな子供達に、クラウドはどう反応を返して良いか解らなくなった。
さすがに女の子は発育が早い。対して、男の子のニブチンな事。
大体にして、お母さんはお嫁さんに出来ないし、さらにクラウドは男だ。
一体、どうしてミッチが怒ったのか、二人の一体どこが間違っているのか、どこからどう説明すればいいのだろうか。


クラウドがそう本気で悩んでいると、床に膝をついたままのセフィロスが腕組みをし、真剣な顔で声を発した。
「お前達は間違っている。いいか」
おや、珍しい。セフィロスが説教してる、そう一瞬見直しかけたクラウドは、次のセリフで心の底から脱力した。


「いいか、お母さんはすでにオレの物だ。だから、お前達が大きくなろうとも、お前達のお嫁さんにはならない!」


「えー、ずるい!」
「おかーさん独り占めするの、おとーさん、ずるい!」
「ずるかろうがなんだろうが、これだけはゆずらん。どうしてもというのなら、オレよりも強くなって見ろ」
「ちょっと、待て!どうしてそうなるんだ!」
クラウドが慌てて口を挟むと、子供達はぱっと顔を明るくしてしがみついてきた。


「そーだよね、おかーさんは僕たちのだもんね」
「おとーさんには、あげないもん!」


するとセフィロスは立ち上がり、腕組みして大迫力の目つきで二人を見下ろす。
大人げなさ過ぎるぞ、とクラウドは呆れるが、子供達はそんな事では怯まない。
「怒ったって駄目だもん!」
「駄目だもん!」
フィーとディ、揃ってセフィロスと同じ格好で下から睨み上げる。
つくづく親子だなと、クラウドは思う。いい年して子供と対等に張り合ってるセフィロスの方が、よほど子供に見えるくらいだ。
「ほう、オレに挑戦するとは、良い度胸だ。良い機会だ、誰が一番上なのか、ハッキリさせてやる。表へ出ろ」
「ハッキリさせてやる!」
「表に出ろ!」
セフィロスのセリフをオウム返しに繰り返し、長身の後を追って子供達二人は堂々と表に出ていく。サイズは違えど同じポーズで歩いていく3人をぼーっと見送り、ドアが閉まる音で我に返り、クラウドは慌てて後を追った。
まったく、どうしてこういう話の流れになるんだろう。


とほほな気分で外に出ると、セフィロスの腰まで達するかどうかの小さな身体が二つ、元気よくセフィロスに向かって突進している。
はらはらしながらその様子を見ていると、セフィロスが大人げなかったのは、半分以上が芝居だったのだとすぐに解った。
クラウドは変に焦っていた自分がばからしくなった。苦笑いを浮かべて家の前に置いてある木のベンチに座り込む。
セフィロスが手慰みに作った物だがしっかりとした造りで、なだらかなカーブが座りやすい。
小さなフィーとディも座りやすいように踏み台もついていて、角は全部ヤスリをかけて丸くしてある。


椅子の座り心地を楽しみながら、クラウドはリラックスした気分で目の前で繰り広げられている光景を眺めた。
元気よく飛びかかる子供二人が転ばないよう、周りの木や石にぶつからないよう、セフィロスは細心の注意を払いながら身体を受け止めていた。
楽しそうだ。
目元も口元も、見慣れなければ解らないくらいだがハッキリと微笑んでいる。
がむしゃらに挑んでくる幼い子供達の成長を、心の底から楽しんでいるのが解る。
子供達は岩のように頑丈でびくともしないセフィロスに、必死に、だけど安心して飛びかかって行っている。必ず受け止めてくれると、信頼しているのだ。


子供を育てるとき、親もまた子供によって育てられているのだと言う。
確かに、あの子供達のことを考えるたびに、今までは『知らない』ですませていた些細な気遣いが、とても大切なことであったのだと気付かされる。
自分達もまた、あの子達によって育てられているのだと実感する。


のどかな昼下がり。
外で戯れる3人の姿を見ながら、クラウドは今日の夕食は何にしようかと考えた。
町へ代わりに買い物に行ったお礼にと、裏の老婦人から瓶詰めのトマトをたくさん貰った。
生のトマトサラダは嫌いだけれど、トマトで煮込んだスープはフィーもディも大好きだ。
細かく刻んだピーマンとニンジン、それからあり合わせの野菜とハムを入れて、具だくさんのトマトスープを作ろう。セフィロスには少しスパイスとワインを多めに入れて。
二つの鍋で作ると洗い物は増えるけど、みんながおいしそうに食べてくれる方がいい。


セフィロスは自分で作った料理の味に関しては何も反応しないが、クラウドが作った料理にだけは「美味い」と言って嬉しそうな顔をする。
味で言ったら、絶対にセフィロスが作った方が美味いと思うのだが、自分の味付けを好んで貰っているのだなと思う。
あとはマッシュポテトと、トウモロコシのパンで良いだろうか。料理上手な裏の老婦人から作り方を教えて貰ったマーマレードは、子供達のお気に入りだ。
贅沢なものではないが、育ち盛りの子供達はお代わりをしてたくさん食べる。
週末の市場で、オレンジを買い足さなくてはいけないかも知れない。
この間漬けたピクルスも、食べ頃の筈だ。来週は違う野菜で作ってみよう。


そんなささやかな計画を立てるのも、なんだか幸せだな、とクラウドは思った。
だから、今日の所はセフィロスの問題発言も勘弁してやろう。
そんな気分だった。





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