幸せ家族計画

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Epその2

普段ならばドタバタきゃーきゃーうるさいはずの子供達が、じっとしている。
リビングの隅っこで、ソファの陰に隠れるように、二人で額をつきあわせてゴソゴソボソボソ。
何をしているのかと、セフィロスは二人の様子を覗き込む。
途端に子供達は揃った非難の声を上げた。


「おとーさん!邪魔!」
「こっち見ないで!」


セフィロスが目を丸くして動きを止めると、また背中を向けてボソボソと呟いている。
いったい何があったのだろうか。
さては、これが噂に聞く『反抗期』という物だろうか。
セフィロスが頭の中でぐるぐるそんな事を考えていると、台所にいたはずのクラウドが腕を引く。
「ほら、こっちこっち。邪魔しない」
「お前まで、何だ……」
微妙にわびしげな顔をするセフィロスをダイニングの椅子に座らせ、クラウドは小さく笑うと小声で言った。


「……あいつら、今、九九を暗記中なんだ」
「九九?」
セフィロスの向かいに坐り、クラウドは子供達の方を見て眼を細める。
「来週、授業参観日があって、あいつらのクラスは親の前で九九を暗唱することになったんだ。それで、今必死に覚えているところ」
「……ああ、それでか……」
「見られると気が散るんだろ、少し放っておいてやろう」
「なるほど、暗記中か……」
納得がいったのか、セフィロスも声を低めた。
「それで、年中クラスの子の母親に聞いたんだけど、初年度クラスの参観日には、大抵夫婦揃って行くもんなんだって…セフィロス、一緒に行けるか?」
「オレが?学校にか?」
クラウドはこくんと頷く。
「最初から片親だけならともかく、一応、俺達2人いるわけだし……あいつらが学校でどうやって勉強しているのか、見るチャンスなんていつもある訳じゃないし」
そう言って、少しだけ、複雑な顔をする。


「俺、変な言い方だけど、普通の『人並み』って少し憧れてたんだ。母さんはいつも忙しくてこういう子供の行事なんて参加する暇無くて、大抵1人だったから。せめてあいつらには出来るだけ『人並み』な事してやりたいんだ」
もともと産まれ方からして、人並みではなかった子供達だ。
せめて、自分たちが他の子供とは違うなんて、そんな事を一瞬でも考える事の無いようにしてやりたい。
「…そうだな」
そう言ってセフィロスは柔らかく眼を細める。
「あいつらがどうやって勉強しているのか、自分の目で確かめるのも悪くない」
「そう言うって、思ってた」
微笑んだクラウドがセフィロスにキスするのと同時に、オーブンのタイマーの切れた音が響く。子供達はぴくんと反応すると、ぱっと台所に目を向けた。


「あーーー!おとーさん、ずるい!」
「おかーさんと、仲良くしてる、ずるい!」


ドタドタと走り込んでくると、セフィロスから引き離すようにクラウドにまとわりつく。
「お前ら、勉強してたんじゃなかったのか」
「もう覚えたもん!」
「だいじょーぶだもーん!」
小生意気な顔つきで、フィーとディはセフィロスに笑ってみせる。
セフィロスが苦笑すると、クラウドもちょっと困ったような笑い方で子供達の背を押した。
「ほら、もうご飯だから。手を洗っておいで」
「はーい」
と元気よく返事した子供達が、洗面所に駆け込んでいく。


「調子のいい奴らだな」
そう1人ごちるセフィロスの後ろ頭がこつんと叩かれた。
「なんだ?」
振り向くと、湯気の立つチキンの乗った鉄板片手に、クラウドが「皿、出して」と催促している。言われるままに立ち上がり、セフィロスは人数分の皿をテーブルに用意した。
手を洗ってきた子供達が、いそいそとフォークとスプーンを取り出す。
「おかーさん!スグリのジャム、食べていーい?」
「ディはコケモモがいい!コケモモのジャム!」
「どっちか一種類だけ」
クラウドがそう答えると、子供達は真剣な顔で見つめ合った。
「じゃあ、じゃんけんじゃんけん、じゃんけんぱー!」
「じゃんけんちょき!ディの勝ち!」
「えー!ディ、後出ししてない?」
「してないよーー」
「しょうがないなぁ、じゃ、今日はコケモモ!明日はスグリだからね」
「うん!」
話が決まると、さっそく二人でコケモモのジャムをべったりとパンに塗り始める。
セフィロスがたじろぐほど甘ったるい匂いがダイニングに漂いはじめて、夕食の始まりだ。


「ほら、二人とも、ちゃんと野菜も食べなきゃ……セフィロス!」
セフィロスの皿の上に、フィーとディが嫌がって残したニンジンが乗っている。
「知らんぷりで好き嫌い見逃したら、駄目じゃないか。ほら、お前達も!人の皿に嫌いな物移すんじゃない」
ひとまとめに叱られ、フィーとディは少しだけしょげた顔をしてみせる。
セフィロスはなぜ自分まで一緒に叱られているのかと、不服そうだ。
いつも通りの、賑やかな食卓である。




参観日当日。
学校が開かれる町の集会場の会議室では、初年度クラスの子供達がきゃっきゃっと騒がしい。少し年上の年長年中クラスの子供達は、今日は隣の小部屋で自習である。
初年度クラスはフィーとディを含めても7人。学校全体でも40人そこそこ。
家庭が裕福だったり、勉強熱心だったりする親だと、ジュノンの寄宿学校に入学するのである。
初年度クラスの顔ぶれは、フィーとディ、それから一番の遊び友達のリューとミシェルの兄妹。ミシェルは学校に通うには少し早いくらいなのだが、兄が通う時期になったからと一緒に入学させられてしまった。
あとは5人兄弟の3番目のルイ。女の子が欲しいと、お母さんは現在6番目を妊娠中。


あとの二人は車で30分ほど離れた村から来ているミッチとロン。
ロンは大人しい男の子だが、ミッチはその3倍くらいおませでおしゃべりな女の子だ。
7人は人数が少ないこともあり、大抵は一塊りで騒いでいる。


「おれのかーちゃん、九九を早く覚えてミシェルに教えろって言うんだ。おれ、まだ4の段までしか覚えてないのに」
「ミシェルはねー1と5の段だけ、覚えたよー」
「ミシェルの方が、リューより一個上覚えてるんだ」
「すごーい」
フィーとディは少し間の抜けた感心をしてみせる。
「別にすぐ覚えなくても、全然大丈夫だって、にーちゃん言ってたぞ。買い物のおつり、間違えなければいいんだって!」
「ルイはもうお使い行ってるんだー」
「いいな、ディ、まだ、お金持ったこと無い」
「一回、お買い物頼まれた事あったでしょ。コショウ買ってきてって言われて、アメ買っちゃったから、とうぶんおあずけされただけだよ」
「だって、ねじねじアメ、欲しかったんだもん」
「ねじねじよりも、シロップ固めたアメの方が美味しいよ〜」
「ボク、ハチミツアメの方が好き。ボクのお父さんが作るの、おいしいよ」
ロンの家は大きな花畑を持っていて、そこから香料や染料を作っている。副業で蜂蜜を集めて売ることもある。


「ロンのお家のアメ、おいしいよね」
「また、食べたいな」
「今日ね、お父さん、みんなに持ってくるって言ってたよ」
「わーい」
お土産があると聞き、子供達は大はしゃぎだ。
すると、それまで黙って聞いていたミッチが、腕組みをして無理矢理大人っぽい表情を作った。少しいらいらした風な声を出す。


「あのね!アメなんかどうでもいいの!ほんと、子供っぽいんだから!」
ピタリと騒ぐのを止め、子供達はいぶかしげにミッチを見る。
「どうでもいいって?」
フィーが不思議そうに聞くと、ミッチはふふんと鼻を鳴らした。


「あのね、こう言うときに大事なのはね、パパやママがどんな格好で来るかって事なの!ミッチのパパとママはね、ミッチが恥をかかないように、うんときれいな格好でくるっていったんだから!」


子供たちはしばしポカンとすると、狼狽えたように顔を見合わせた。
「おれんちのかーちゃん、先週は上の兄ちゃん、来週はその上の兄ちゃんの参観日があるから、『もう、どんなんでもいいわよね』って言ってたよ」
ルイが言うと、ミシェルも甲高い声で言う。
「あのねーーー、おかあさんねー、せつめーかいの時に着た服のねーーー襟、新しいのに付け替えてた!」
「うちのパパとママは、街に仕事に行くときと同じ格好で来るって言ってたよ」
と、これはロン。ロンの両親はよく取引先の会社のあるジュノンに出かけるので、きちっとしたスーツ姿で来るようだ。


「うちのパパとママは、今日のために新しい服を買ったのよ!ジュノンの洋服屋さんで仕立てて貰ったんだから!」
ミッチは得意そうに言った。それを聞いて、フィーとディは首を傾げる。
「ふーん」
「おとーさんとおかーさん、どんな格好で来るって言ってたっけ?」
「普段どおりじゃないかな」
「フィー達のとーちゃんとかーちゃん、かっこいいもんな!ふつーの格好してるだけで、めだつもん!」
と、なぜかリューが自慢げに言う。ミシェルも手を叩いて言う。
「あのね、フィー達のお父さん、アイスクリーム、作ってくれたんだよ」
「うちのかーちゃん、街で買い物したいとき、ディんちのかーちゃんに頼んでるんだよな。かっこいいよなー、でっかいバイクで持ってきてくれるからさ!おれ、もっとしょっちゅう買い物頼んでくれって、かーちゃんに言ってるんだ!」
「お母さん、綺麗だよね。ボク、絵本にのってた天使様かと思った」
口々誉められ、フィーとディは顔を見合わせると「えへへっ」と笑う。子供たちの関心が自分からそれたことに、ミッチは悔しくなった。悔しくなって、癇癪を起こすと大きな声を上げた。


「なによ!フィー達のママ、男じゃない!男がママなんて、そんなの変!フィーとディのママ、変!」
「変じゃないもん!」
「おかーさんはおかーさんだもん!」
フィーとディが言い返すと、ミッチはますます声を張り上げた。
「違う!ママは女の人だもん!フィー達のとこ以外、男のママなんていいないじゃないの!変!すっごく変!」
「変じゃないもん!」
ついにディの手が出た。両手をつきだし、どんとミッチを押す。転ぶほどの強さではなかったが、押されたことにショックを受けたミッチは火がついたように泣きわめき始めた。


「ひどい!パパだってママだって、こんな事しない!ディの馬鹿!」
「ばかじゃない!ミッチの方が先に変だって言ったんじゃないか!」
今度はフィーが言い返す。ミッチはさらに声を高くすると、机の上にあったノートや鉛筆を手当たり次第に投げつけだした。
「ひどい、ひどい!私にそんな事言うなんて!」
集会場は大混乱になった。喚くミッチにつられてミシェルが泣き出し、怒った少年達も物をなげ返す。とはいえ、相手は女の子だからと、どこか遠慮がちな少年達と違い、ミッチは見境無しに物を投げる。物音に気づいた年長の生徒達がそれを見て、なんだか訳が分からないままお祭り気分ではやし立てる。
時間になってやってきた親たちは、それを見て唖然となってしまった。


「何やってるんだい!」
「やめなさい!」
口々に制止の声を上げるが、興奮した子供たちの甲高い声に紛れてしまって意味をなさない。大人達が慌てて子供たちを引き剥がそうと動き始めたときだった。
威圧感のある鋭い声が集会場に響いた。
「何をしている!」
その声に動きを止めた瞬間、フィーとディは身体を空中に持ち上げられていた。


「おとーさん!」
「なんの騒ぎだ。学校とは、物を投げて暴れるところか!」
フィーとディだけではなく、暴れていた子供たち全員が静まりかえった。声を荒げているわけではないのに、反抗を一切許さない声だ。
セフィロスは子供達を両手にぶら下げたまま、厳しい声で続けた。
「答えろ。学校とは暴れる場所か」
「……違う」
「……べんきょーするところ」
「解っていて、暴れたのか。理由は何だ」
「う……」
ぶら下げられていた子供たちの目に涙がじわっと浮かぶ。
リューが怒ったように叫ぶ。
「ミッチが、フィー達のかーちゃんが男だから変だって言ったんだ」


セフィロスは、ミッチと呼ばれた少女に目を向けた。高価そうな服に豊満な身体を包んだ黒髪巻き毛の美しい母親と、こちらも仕立てのいいスーツに身を包んだ人の良さそうな父親に両側から抱えられ、口を尖らせている。大きな眼には涙が溢れてる。


「……セフィロス…フィー、ディ、どうしたんだ」
少し遅れてやってきたクラウドが、惨状に唖然としながら聞いた。
ここに来る途中に教師と出会ったクラウドは、セフィロスを先に教室にやって自分は教師に少し挨拶をしていたのだ。室内ももちろんだが、子供たちの様子もめちゃくちゃだ。ミシェルは母親に抱かれてまだ泣いている。


「おかーさん!」
セフィロスにぶら下げられたままのフィーとディが、クラウドを見て手を伸ばす。空中で泳ぐように両手足をばたばたさせている。
「……どうしたんだよ、これ…」
呆れながらクラウドは手を差し出した。子供二人がしがみついてくる。
「おかーさん、へんじゃないもん!」
「おかーさんは、おかーさんだもん!」
「あ……」
なんとなくクラウドは事情が解ったような気がした。同性婚を認めている地域が多いと言っても、この辺の田舎では殆ど見かけない。近辺の住人があっさりと受け入れてくれたからと言って、奇異に思ったり、偏見の目で見る人間がいない訳ではない。
多分子供たちはその事でからかわれ、そして、クラウドの名誉のために戦ってくれたのだ。


「……ゴメン、二人とも……」
クラウドは切なくなって二人を抱きしめた。人並みの親らしいことをしてやりたいと思っても、根本的な所で人並みにはなれないのが悲しかった。
「謝るな」
セフィロスがクラウドの髪をくしゃりと撫でる。
「お前が謝ったら、こいつらが戦ったのが無駄になる」
「……そだね。…ありがと、フィー、ディ」
クラウドは自分をじっと見つめている子供たちの頬に順にキスした。この小さな身体一杯で自分を守ろうとしてくれる子供たちが、愛しかった。


しんと静まりかえった室内で、それぞれの親が我が子の隣にたち、絆を確かめるように手を握りあう。それをを横目で眺め、セフィロスはまたミッチに視線を合わせた。
確か説明会の日に二人をひっぱたいた子供の筈だ。別段、子供相手に眼つけする気はないが、ついつい視線は厳しくなってしまう。眼鏡越しの視線とはいえ、かつては鬼神とも死に神とも言われた戦士の眼差しだ。通常の子供なら、凍り付いたようになるはずだ。通常の子供なら――ミッチは通常ではなかった。
いきなりセフィロスを指さすと、隣の母親の服を引っ張ったのだ。


「ママ!あっちのパパの方がいい!あっちのパパの方が格好良い!」


――その一言に、室内にいた人間全てが固まった。


「ママ、ママ!あっちのパパがいい!とりかえて!」
「とりかえってってお前、…無理を言うんじゃない」
父親がおろおろと言うが、ミッチは母親を揺さぶるように繰り返す。
「ねえ、ママってば!」
母親はまんざらでもない目つきをセフィロスに向けた。別に、父親はそんなに器量が悪いわけではない。比べる対象が悪すぎただけなのだ。セフィロス一家の様子をよく知っている他の親たちは、苦笑してその様子を眺めている。
セフィロスが呆れていると、クラウドにしがみついていた子供達がぱっと立ち上がり、今度はセフィロスの前に立って両手を大きく広げた。


「ぼくたちのおとーさんだもん!ミッチなんかにあげないもん!」
「あげないもん!」


「……ほう」
セフィロスはなんだか可笑しくなった。子供達は、自分の事も守ろうとしてくれているようだ。クラウドが傍らに来て、やっぱり苦笑している。吹き出しそうになった口元を手で押さえ、哀れにも娘から捨てられそうになってしまった父親を見る。
クラウドの視線に気づいたミッチの父親の顔が、なぜか真っ赤になった。
するとそれに気づいた母親が、目をつり上げる。
「なによ、あなた!誰を見て顔を赤くしてるの!」
「あっちのパパがいい、あっちのパパーーー!」
可哀想なほど狼狽えた父親は、ぎゃんぎゃんとがなり立てる妻と、超音波並みの甲高い声で騒ぎ続ける娘を宥めるようにして、集会場から出ていった。


3人が出ていってしまうと、室内は大爆笑になった。
妙な興奮が室内を支配し、大人も子供も笑いが止まらない。
そんな中、セフィロスが呟く。
「あれは、サイレンか?」
「……普通の女の子だよ」
クラウドが苦笑を堪えて答えたとき、こほんと控えめが咳払いがした。
「あの……そろそろ、授業を始めてもいいでしょうか……」


ずっと存在を忘れられていた教師が、ぽつんと入り口に立っていた。




大騒ぎの中で始まった年少組初の参観日は、ボロボロだった。
あんなに一生懸命覚えた九九を、誰も最後まで全部言えなかったのだ。


「ちゃんと覚えたのにーー」
「全部、忘れちゃったーー」
家に帰ってきて、夕食のあと、子供達はまたリビングの隅でふたりっきりで額を合わせ、ぶつぶつと不満をこぼしている。
「……子供の社会も大変だな」
その二人を眺めつつ生真面目な顔つきでそんな事を言うセフィロスに、クラウドは微笑む。
「そうだな」
相づちを打ちながら、でも、二人だったら、何とかやっていけるんじゃないだろうか。1人なら辛い事だって、きっと二人なら乗り越えていける。
そんな風に思うクラウドだった。





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