幸せ家族計画

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Epその4

「それじゃ、二人とも、いい子にしてるんだよ」
今日は仕事で遠出をするので、日帰りは無理かも知れないと、クラウドは子供達を前にしてそう言った。


「セフィロスの言うことよく聞いて……ご飯は好き嫌いしないで、ちゃんと食べるんだよ。おやつは時間を守って、食べたあとは歯を磨いて。友達と遊ぶときは喧嘩しないように、夕方は暗くなる前にお家に帰って、お風呂に入ったあとはちゃんと髪を乾かして、それから……」
「まだ注意事項があるのか」


普段はどちらかと言うと口数が少ないクラウドの口から蕩々と流れ出る注意の多さに、端で聞いていたセフィロスの方が呆れている。


「寝るときはちゃんとパジャマを着て布団をかけて、お腹出さないように。これで、全部!」
「解った!」
「フィー、ちゃんと守れるよ!」
「ディも守れるもん!」
握り拳を固めてそう断言する子供達に、クラウドはようやく安心した笑顔になった。


「明日、お前達が起きる前には帰れるようにするから……夜更かししないで寝るんだぞ」
「うん!」
名残惜しげに子供達の髪にキスするクラウドを見て、セフィロスはおかしそうに低く笑う。


「一晩空けるだけで大げさだな…お前の方こそ、焦って帰ろうと無理して事故など起こすなよ」
「転んだくらいで怪我しないよ……それじゃ、子供達よろしく。夜更かしさせるなよ……って、これはあんたの方が厳しいよな」
「子供は夜寝て育つものだからな。……うっかり夜更かしさせすぎると発育に支障が……」
中途半端なところで言葉を切り、セフィロスは何か思いだしているような顔で笑う。クラウドは目を坐らせると、拗ねたように言った。
「俺の育ちが悪かったとでも言いたいのか」
「いやいや、十分育ってる。怒るな」
笑いながら言われても、否定された気がしない。確かにセフィロスから見たら、さほど身長が伸びたようには見えないだろうと思うと、余計にむかつく。
「あんたがデカすぎなんだよ、全く……それじゃ、行ってくる」
セフィロスの頬に軽くキスを残し、クラウドは出ていった。
最初は元気よく手を振っていた子供達が、バイクの走り去る音が消えた途端にしょげかえる。


「どうした、もう寂しくなったのか」
セフィロスがからかうと、子供二人がきっと睨み付けてきた。
「おとーさんは、寂しくないの?」
「おかーさんに言いつけてやるから!おとーさんは、おかーさんがいなくても平気ーーーって!」
「オレに八つ当たりをするな。寂しいなら、素直に寂しいと言え」
フィーはむっと口をとがらせ、ディはぷくっと頬を膨らませた。
どうやら図星だったらしい。
上目遣いで睨む目つきには見覚えがある。色や形は違えど、子供の頃のクラウドが自分を睨んだときの目つきと一緒だ。精一杯迫力を出そうとしていても、どこか微笑ましい。


「睨んでないで、さっさと朝飯を食え。今日は学校の日だろう、出席のサインを貰ってこないと、クラウドが怒るぞ」
「怒られるの、やだもん!」
「学校、いくもん!」
強がった顔で食事を始めた子供達を見ていると、思わず笑いがこみ上げてくる。
セフィロスは鞄を手にした子供達に、紙袋に入ったサンドイッチを渡した。
「ほら、これはクラウドが作っていった物だ。あいつの昼飯と一緒だ、残すなよ」
そう言うと、仏頂面だった子供二人は満面の笑顔になった。
「おかーさんのおべんとー残さないもん!」
「一緒だーー」
フィーとディは手を繋いで駆けだしていく。途中で近くの子供達と合流し、わいわいはしゃぎながら学校が開かれる集会場へ向かう。


本当に、クラウドべったりの子供達だ。自分の分身なら、それも無理はないと、セフィロスは含み笑いで思う。
寂しくないのか、と聞かれたが、とんでもない。
昔から「過保護だ」とよく言われたが、実のところ、今だってバイクの配達屋など止めてしまえばいいと思うことがある。
1人でモンスターも出現する原野を走り抜ける仕事だと思えば、生活費くらい自分が稼ぐから近所のお使い程度にしておいて欲しいとさえ思う。
そんな事を言ったらクラウドのプライドを傷つけることになるのが解っているので言わないが、日帰りできない距離の配達など引き受けるのを見ると、子供達ほどではないがなんとなく不機嫌になってしまうのは間違いない。


セフィロスは一つ自嘲の息をつくと、眼鏡を指先で押し上げた。
薄い色の入った伊達眼鏡は、一応、多少なりとも縦長の瞳孔が目立たないようにという変装もどきアイテムだ。それなら髪を切って染めた方が早い気がするが、そこまでするのは卑屈な気がするから嫌だとクラウドが反対した。
偽名も結局決めないままセフィロスで通しているので、自分が神羅のセフィロスだとばれるのは時間の問題、というか、すでにばれてる気もするが、今のところ波風が立つこともなく平穏なので、まあいいだろう。
昔も今も、セフィロスの生活はクラウド中心だ。
クラウドが良いというのなら、それをそのまま受け入れるだけだ。


「……さて、株価チェックをすませたら、洗濯でもするか……」


すっかり所帯じみたことを呟きつつ、家の中へと戻るセフィロスだった。




学校から戻り、夕食までは、子供達の様子は普段と変わりなかった。
争うように今日習ったことや、友達のこと、何をして遊んだとか、帰りの森で何を見つけたとか、他愛のない事を次から次へと思い出す順に話す。
だが、いざ食事が終わり、あとは風呂に入って寝るだけという段になって、子供達はそわそわと落ち着きを無くしていった。


「ねえ、おかーさん、まだ?」
「まだだ」
「おかーさん、帰ってきたら、すぐに教えてね」
「ああ、解った」


食器を洗って、着替えを出して、子供達を風呂場へ追いやるまでの間、何度も同じ遣り取りを繰り返し、それでもまだ子供達は落ち着かない。
普段は風呂にはいると石鹸で遊び始めてクラウドに叱られるまで止めないのに、今夜はものの数分で上がってきた。
洗い流し損ねた泡が、身体のあちこちに残っている。
セフィロスはため息をつくと、もう一度二人を風呂場に引っ張り込んだ。


「やー、おかーさん帰ってきても、わかんないもん!」
「お部屋で待つーー!」
「こんな泡だらだらの所を見られたら、それこそこっぴどく叱られるぞ。オレの言うことを聞けと、そう言っていっただろ」
しゅんとなった二人の頭上から、セフィロスは遠慮無く湯をかけ流した。
「まったく……」
唇を尖らして半ベソかきかけの顔を子供達はしている。
大きなバスタオルでごしごしと体を拭きながら、セフィロスは呆れたように聞いた。


「そんなに寂しいのか」
「うん」
「寂しい」
間髪入れず答えが返ってくる。


「おとーさんは?寂しくない?」
「すぐに帰ってくるのが解っているからな。寂しくはない」
その返事を聞いた子供達の顔は、明らかに不満そうだ。ぷんと唇を尖らせ、二人一緒に睨み付けてくる。セフィロスは苦笑しながら息をついた。
「どうした」
「おかーさんは、おとーさんが帰ってい来ないと、寂しいって言ってたよ」
「でも、おとーさんは寂しくないのって、ひどい」
「……ほう」
少し驚いた顔でセフィロスは聞き返す。
「初耳だな。いつ、そんな事を言っていた」
「ミルダおばちゃんの町にいたとき」
「一杯雪が降ってたとき!おとーさん、帰ってこなかった!」
「ああ……あの時か」


思い当たることがあったので、セフィロスは頷いた。
アイシクルロッジに住んでいた時、冬支度のための猟に出ていて大吹雪に遭い、他の連中と一緒に一時雪洞を造ってそこに避難した。
セフィロス1人ならば戻ってこれる程度の吹雪だったが、生身の人間が5人もいては身動きがとれず、結局、朝方吹雪が止むまで足止めを喰らってしまった。
あの当時、なぜかクラウドは『村の奥様』連中の仲間に入れられていて、保存食づくりに精を出していたため、猟には参加していなかった。


「クラウドは寂しいと言っていたか」
「寂しいって言ってた」
「何回もお外出て、ずっと待ってたんだよ」
「……そうか」
前も見えない猛吹雪の夜、上着をかき寄せるようにして必死に外へ目を凝らすクラウドの姿が目に浮かぶ。かつて自分を裏切って消えた男がまた消えるのではないかと、そう不安に脅えていたのだろうか。状況の所為とはいえ、そんな思いをさせてしまった自分に腹が立つ。


セフィロスは不満そうな子供二人を抱き寄せると、頭を撫でた。
「オレはもう、クラウドを寂しがらせるような事はしない」
「ほんと?」
「ほんとに、おかーさん、寂しがらせない?」
「ああ、本当だ」
そう言って、セフィロスは笑う。
「だから、今はこうやってオレが待っているだろう?」
「……うん」
「オレが寂しいと言ったら、あいつは安心して外へ出られなくなる。だから、オレは寂しいとは言わない。理解できるか?」
うーん、と子供達は首をひねった。今ひとつよく判らないようだが、真摯な目でじっとセフィロスを見上げる。フィーが、一生懸命考えたことを口にした。


「おとーさんは、寂しくても、寂しいって言わないって事?」
「ああ、そうだ」
セフィロスはなんだか可笑しくなった。これでは、子供を前に『寂しい』と言っているも同然だ。
ディは今ひとつ理解できなかったようだが、フィーがにこっと笑って頷いたので、つられて頷いている。フィーが解ったのなら、それで良いとディは思っているようだ。
ディはちょこんと首を傾げると、「今日は、おとーさんのベッドで寝て良い?」と聞いた。
頷いてやると、にこっと笑った。
「今日はね、フィーとディが、おとーさんが寂しくないようにしてあげるよ」


そう言って、子供二人はセフィロスの首にしがみつく。
寂しくて1人で寝られないのはお前達だろ、とは思ったが、子供達の心遣いをセフィロスはありがたく受け取ることにした。
子供達にパジャマを着せ、自分も風呂をすませて、普段よりもかなり早い時間にベッドにはいる。
子供達は少しの間そわそわとベッドの上で転がり回っていたが、やがて規則的な寝息を立て始めた。
その寝付きの良さに、セフィロスはまた昔を思い起こす。
クラウドもかなり寝付きはいい方だった。寝付きが良すぎて、ベッド以外の場所でも平気で寝てしまうので、何度抱きかかえて運んでやったことか。すっかり大人になった今では全然手を煩わせるような事をしてくれないのが、セフィロスとしては違う意味で少し寂しくもある。


ディが寝ながら毛布を蹴飛ばした。パジャマの裾が乱れて、腹が丸出しになっている。
やれやれ、と思いながら直してやると、その反対側ではフィーが毛布を抱えたままごろごろと転がってベッドの際まで行っている。抱えて真ん中付近へと移動させてやる。
クラウドは手が掛からなくなったが、その分、子供達が倍くらい手を掛けさせてくれる。
セフィロスはくすりと笑った。
自分とクラウドによく似た顔立ちの子供達を見ていると、まるで、自分らがもう一度子供時代をやり直しているようだ。泣いたり、笑ったり、怒ったりと、思うままに感情を表す姿に、自分たちの孤独だった子供時代の思い出が上書きされていくような錯覚さえ起こす。
精一杯、手を掛けてやりたいと思う。
将来大人になった子供達が、間違いなく親に愛されていたと、そう信じていられるように。




翌日、夜明け前にクラウドは戻ってきた。
すぐに出迎えてやると、もともと大きい目をさらに大きくして驚いている。
「ちゃんと寝てろよ。俺を待ってなくてもいいんだから」
「子供達を見ていたら、寝そびれた」
そう答えながらキスすると、クラウドはくすぐったそうな笑みをこぼした。
「あいつら、寝相悪いだろう。毎晩、二回は必ずベッドから落ちるんだ」
「お前がしょっちゅう夜中に子供部屋に通っていたのは、そう言う訳か」
「子供達は見てやらないと床で寝てるし、あんたは俺が起きようとすると放さないし、ほんと、毎晩大変だよ」
熱いコーヒーを手渡してやると、それを受け取りながらクラウドはくすくす笑っている。
「疲れただろう。それを飲んだら、少し寝ると良い」
「うん、そうさせてもらう。あいつらが起きるまで仮眠する」
「フィーとディは、オレ達のベッドで寝てる。狭いが気にするな」
「何だよ、あいつら、あんたの方に甘えてるんだな」
「甘えられてるのか…?」
セフィロスは自分もコーヒーのカップを片手に、少し懐疑的に問い返した。


「甘えてるよ。あいつら、俺の前ではけっこうイイコぶってみせるから」
「……そういうものか」
「あんた、過保護だもんな」
そう言ってクラウドは楽しそうに笑った。
「前から、父親向きだと思ってた」
「そうか」
そう言って頷いてから、セフィロスは少し悪戯っぽい目で笑った。
「恋人向きのつもりだったが」
「過保護すぎて、父親みたいだった」
口ではそう言いながらクラウドは腕を伸ばすと、キスを強請ってきた。
徹夜でバイクを駆ってきて眠いのかも知れない。寝ぼけているときのクラウドが甘えたがりなのは昔と変わらないので、セフィロスは遠慮無く抱き寄せると深く口付けた。
このままベッドに突入したいところだが、あいにく、今は子供達でふさがっている。仕方ないので、せめて唇だけでも味わおうとしていると、ばたばたと足音が響き、ぱっと目を覚ましたクラウドは体を離した。


「おかーさん、帰ってきた!」
「お帰りなさいーー」
ぴょんと飛びついてきた子供二人を受け止め、クラウドは優しく微笑んだ。
「ただ今。ちゃんといい子にしてたか?」
「してたよーー、ちゃんと、お風呂入ったし」
「お腹出さないで寝たよーー」
そのセリフを聞き、セフィロスは可笑しくなった。泡だらけで風呂から上がったり、腹丸出しでベッドの上を転げ回って寝てたのは、一体どこのどいつやら。
そんなセフィロスの気も知らず、ディが元気よく言った。
「おとーさんが寂しいって言うから、ちゃんと添い寝もしてあげたんだよ!」
「へえ……」
クラウドはちょっと目を丸くすると、セフィロスを見上げた。セフィロスは苦虫かみつぶしたような顔でぶっきらぼうに呟く。


「寂しかったのは、お前達だろ……まったく…」
クラウドはセフィロスと子供達の顔を交互に見たが、何を思ったのか、ふっと笑った。


「さあ、じゃあ、俺が帰ってきたから、もう添い寝してやらなくても良いぞ。自分たちの部屋で寝られるか?」
「うん!」
「ちゃんと寝られるよ!」
「じゃあ、お休み。もうあと少ししたら朝だから、寝坊するなよ」
「はーい」
寝る前のしおらしさはどこへやらで、子供達はドタドタと足音を立てて部屋へ戻っていった。
クラウドは少しからかうような目つきでセフィロスを見上げる。
「寂しかった?」
「さてな」
「じゃ、添い寝は要らないんだ?」
「それは……欲しいな」
そう言って、セフィロスは笑う。
「俺も、欲しいかも……添い寝」
「眠いのか?」
「……そうかも。あんたの顔見たら、眠くなった」
クラウドは笑う。寝ぼけているのではなく、存外本気のようだ。


「それでは、一緒に寝るか」
そう申し出ると、クラウドはくすっと笑って首に腕を回してきた。昔のように片腕でひょいと抱えるわけにはいかないが、両腕で抱き上げてやると怒るでもなくそのまま抱かれている。
たまには、こんな風にクラウドに甘えられるのも良いと、セフィロスは思う。
「……甘えてると思ってるだろ」
そう拗ね気味に言う声にも、甘えが滲んでいる。
「幸せだと思っているだけだ」

驚いたように目を丸くするクラウドに軽く口付け、セフィロスは心の底から充足感を味わっていた。





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