Ep5
ポタージュスープの味は上出来だった。
茹でたインゲンとニンジンの彩りは完璧。
朝取りほうれん草のソテーは甘みが強くて大満足。
クラウドは背後でメインディッシュ作成作業中の子供達の手元を確認し、苦笑ともつかない顔つきになった。
ぺったんぺったん、粘土遊び――もとい、成形中のコロッケは大きさは当然不揃い、形もいびつに歪みまくり。それでも楽しそうにコネコネと形作っている子供達の顔は、見ているだけで微笑ましくなる。
さて、この後は衣を付ける作業が残っている。
それも手伝うと言い出したら、最終的にはどんな出来上がりになるのだろう。
想像すると、楽しいやら、恐ろしいやらである。
そんな事を考えながら、クラウドは壁の時計を見た。
そろそろ、夕方の5時。冬の日暮れは早い。後もう少しすれば、外は真っ暗になるだろう。
遠くから近づいてくる足音を聞きつけ、クラウドは視線を時計から玄関ドアに向けた。
セフィロスが帰ってきた。
扉が開く音と同時に、フィーとディはぱっと椅子から立ち上がった。手をコロッケの具だらけにしたまま駆け出しそうになるので、クラウドはその襟首を慌ててひっつかむ。
「こら、お帰りなさいは、手を洗ってから」
そういうと、フィーとディは今頃気がついたようにベタベタの手を見直している。
「手、あらうーー」
「おとーさんに、お帰りなさいするの!」
そのまま争うように手を洗い始めた子供達に笑いながら、クラウドは玄関先で肩の雪を払っているセフィロスにタオルを持っていった。
「お帰り、雪、酷かったか?」
「いや、そうでもない。日が暮れてから振り出した程度だ」
受け取ったタオルで濡れた頭を拭きながら、セフィロスは身を屈めてクラウドの頬にキスをする。
「狩り、どうだった?」
くすぐったそうな笑顔を返しながら、クラウドは聞いた。セフィロスは、冬の間の保存食として食用のモンスターを狩りに行っていたのだ。
「太ったゼムゼレットをとりあえず三匹。肉屋に置いてきた」
クラウドはこくんと頷いた。この町の肉屋は食肉加工の工場も持っていて、食用になるモンスターを持ち込むと、肉の半分をハムやベーコンに加工してくれる。残りの肉と皮や骨は肉屋の手間賃代わりだ。発行されたチケットを持っていくと、いつでも割り当て分を渡してくれるので、保存庫代わりのような物だ。
セフィロスが手に持つ狩猟用ライフルを、クラウドは懐かしげに見た。
この手の銃器はセフィロスよりもクラウドの方が扱い慣れているはずだ。その目に、セフィロスは僅かに首を傾げるようにしてクラウドの顔を覗き込んだ。
「どうした」
「……いや、なんかさ…あんた、楽しそうだと思って」
「ほう?お前も狩りに行きたいのか?モンスター相手に暴れるのは、仕事中に存分にしていたと思っていたが」
「……それと、コレとは、別…」
クラウドは憮然とする。確かに、運び屋の仕事中、モンスターに襲われる事はよくある。暴れたりない、という事はない。
ただ、町では「狩りは男の仕事」という認識だ。そして、町で狩りをするときに声を掛けられるのは、必ずセフィロスだけ。「妻」は家にいて子供達を守るのが、町の男達にとっては常識なのだ。
なんというか、とことん周りからか弱い者として扱われるのが、クラウドは密かな不満である。
「では、年明けにでも一緒に行くか?」
「いいの?」
セフィロスがそう提案すると、クラウドは顔をぱっと明るくした。
「近場で半日くらいなら、あいつらを預けて行けるだろう。ルイの家にでも頼めば…」
そこまで言いかけたところで、子供達が大声を上げて駆け寄ってきた。
どうやら、今の話を聞いていたらしい。
「おかーさんが狩り行くなら、僕たちも行く!」
「おかーさんと、狩り、行く!!!」
セフィロスへのお帰りも言わず、子供達はクラウドにがしっとしがみつく。
「絶対、一緒に行くもんね!」
「僕たちが、おかーさんのこと、モンスターから守るの」
腰にがっちり抱きついた二人の顔を見下ろし、クラウドはため息をつく。
「……お前達、お帰りを言うんじゃなかったのか?」
「あ、そーだった」
フィーとディはクラウドにしがみついたまま顔だけセフィロスに向けると、声を揃えて「おかえりなさい、おとーさん」と言う。セフィロスは苦笑するだけだ。
「狩りの様子を聞きたいと、さっきまで騒いでいたくせに」
クラウドが笑いながら促すと、小首を傾げたディがセフィロスを見上げながら聞いた。
「おとーさん、お肉、いっぱい捕れたの?」
「捕れたがな。お前達は関心がないようだから、全部隣の家にでもくれてやろうかと思っていた」
しれっとして大人げないことをセフィロスが口にすると、子供達は慌てて抱きつく相手をセフィロスに替えた。
「お肉、上げちゃだめーーー!」
「狩りのお話、聞かせてーーーー!」
必死な顔をする子供達に、セフィロスは吹き出した。
「まったく、お前達の食い気は大したものだな」
そう言って軽々と子供二人を抱え上げる。
やっと安心したのか、フィーがにこっと笑った。
「おとーさん、獲物、いっぱい捕れたの?」
「ああ、冬の間中、メインディッシュに不自由しないくらいにな。ハムステーキが飽きるほど食えるぞ」
「ハムステーキ、大好き!」
「おとーさん、大好き!」
嬉しそうにセフィロスに頬ずりする子供達の頬をちょんちょんとつつきながら、クラウドは笑った。
「お前達、現金だな」
えへへ〜っと子供達は誤魔化すように笑う。
「後少しで食事の準備が終わるから、それまで狩りの話を聞いておいで」
そう言うと、セフィロスに抱えられたまま、フィーとディが手を伸ばす。
「衣付け、手伝うよ!」
「チョコボコロッケ、作るの!」
心がけは健気だが、チョコボコロッケの完成を待つと夕食の出来上がりがいつになるか判らないので、クラウドは笑いながら首を振った。
「お前達は、疲れて帰ってきたお父さんの世話を頼む。コートを片づけて、飲み物を用意してあげるんだ」
「はーい」
伸ばした手を上に上げて、素直に返事をする子供達に、セフィロスはちょっとだけ胡乱げな目をクラウドに向けた。「押しつけたな」と言わんばかりの目だ。
クラウドはそれを無視してキッチンに戻る。セフィロスは小さくため息をつくと、子供達を床に下ろした。ディが「おとーさん、コート、脱いで。僕が片づけてあげる!」といいながら上着の裾を引っ張る。フィーは「おとーさん、何飲む?ココア?」と聞いている。
こちらに背を向けているのでセフィロスの表情は判らないが、ココアと言われてどんな顔をしているのだろう。
薪ストーブの上ではのせられたヤカンがシュンシュンと湯の沸いた音を立てている。結局、インスタントのコーヒーにしたようで、フィーがマグカップを取りに来た。かいがいしく世話を焼く子供達と、いちいち指示をしているセフィロスの様子を目の端に見ながら、クラウドは中断していた食事造りを再開した。
お団子のようなまん丸コロッケや、「チョコボ」と称する歪んだ三角コロッケに衣を付け、油で揚げながらクラウドはふと既視感を感じた。
ゆったりとソファに腰掛けるセフィロスに、食事の支度をする自分。
もしくは、セフィロスの足下に座り、話を強請る子供の姿。
あの頃と状況はまったく変わってしまっているのに、変わらない時間が今も流れている。
不思議な気がした。
子供達が眠ってしまうと、家の中は驚くほど静かになる。ライフルの分解掃除を始めたセフィロスの前にコーヒーのカップを置き、クラウドは自分のカップを手にその隣に座った。
セフィロスが微笑む。
「……二人だけの狩りは当分はお預けだな」
「そうみたいだ」
クラウドも笑う。
「…春になったら、4人で行くか?あいつらも罠の仕掛け方を覚えてもいい頃だ」
「喜びそうだな」
4人揃って森に狩りに行く様子を想像し、クラウドは柔らかく微笑む。子供達はきっと大はしゃぎするだろう。弁当持参するとすれば、狩りと言うよりピクニックの様相になりそうだが、それはそれで楽しい思い出になる。あと1、2年もしてもう少し落ち着きが出てくれば、普通の狩り場にも連れていけるようになるかも知れない。
「そういえば肉屋に行ったら、なにやら大量の煉瓦を用意していたようだが……なにかあるのか?」
「ああ、それきっと冬至祭のイベントじゃないかな。町の商業組合主催で、広場に大きな暖炉を作って樫の丸太を燃やすんだって」
「……なんだ、それは」
セフィロスは眉を寄せた。そんなイベントは初耳だった。
「お知らせが廻ってきたんだ……準備その他は商店街でするから、是非参加してくれって。屋台も出るし、子供達向けに集会場で朗読会もあるって。靴下持参すれば、それにお土産のキャンデーを詰めてくれるって言うから、あいつらはもう行く気満々だ」
クラウドは笑いながら届いた案内の紙をセフィロスに渡した。
なるほど、12月22日の夕方から町の広場で無病息災と春を待つ儀式として、樫の丸太を燃やすとある。
「それを届けてくれたよろず屋の奥さんに聞いたんだけど、これって長い間途絶えていて、メテオ後に復活した昔の儀式なんだって」
「メテオ後……」
紙をおいてセフィロスはクラウドの顔を見る。クラウドは苦笑をかみ殺すような顔つきをしている。
「……もともとは家の暖炉で樫の薪を燃やしてたんだって。燃えかすに幸運をもたらす力が有るとかって言われていて。でも魔晄が普及して暖炉がどんどん減って、薪ストーブもすくなくなって自然と廃れていったんだけど、メテオ騒動で魔晄が途絶えてまたストーブや暖炉が使われるようになって、それで、町全体のイベントとして復活させたんだってさ」
「……ほう」
「丸太自体は10数日くらい燃やし続けて、燃え残りが出たら新年に各家庭に配るんだって。その火入れの儀式が22日」
「なるほどな」
「いろんな習慣があるんだな。けっこう世界中あちこち廻ったつもりだったけど、全然知らなかった。余裕無かったんだなって思うよ」
「……同感だ。ライフストリームの中で全ての知識を手に入れたつもりになっていたが、抜けていた部分も多かったようだ」
くすくす笑うセフィロスに、クラウドは少し安心したような顔になった。
「あんたもこれ、参加するだろ?」
「ああ、そうだな……だがしかし、ひとつ疑問がある」
「何?」
首を傾げるクラウドに、セフィロスは真剣な顔で聞いた。
「なぜ、靴下にキャンデーなんだ?」
「……知らない…」
答え終わる前に、クラウドは吹き出していた。
靴下の答えは、子供達が知っていた。学校で教わったそうだ。
「靴下はねーー、むかーし、昔、偉い人がプレゼントくれたからなんだよ」
ただし、ディの説明はちょっと簡潔すぎて意味が通じない。
「あのね。昔、偉い人がね、真面目で働き者だけど、貧乏な家族にプレゼントを上げようとしたんだって。それで、夜中に煙突から金貨をえいって落したらね。干してあった靴下の中に入ったんだって」
フィーの説明は理解できた。
「なるほど。その故事に習ったのか」
「へぇ…」
フィーとディは自分たちが教えられる事があったのが自慢そうだ。にっこりしながら両手で引っ張っているのは、おろしたてのセフィロスの靴下。
家で一番大きい靴下だからと、引っ張り出されたのだ。
「……欲張り…」
クラウドが笑い混じりに言うと、ディはケロリとした顔で、「おとーさんと、おかーさんの分も貰ってきてあげるね!」と言っている。
「おとーさんの靴下、おっきいから、いっぱい入るよね!」とフィーも嬉しそうに言う。あまりにも無邪気に楽しみにしている様子に、クラウドは笑い声をこぼした。
冬至祭の当日、子供達は朝から落ち着かず、持っていく予定の大きな靴下をしきりにこねくり回している。この上、びっしりキャンデーを詰め込みされたら、のびきって使用不可な状態になりそうだ。
「ねえ、おかーさん。お祭り始まるの、あとどのくらい?」
「さっき、お昼ご飯を食べたばかりだろ。屋台が店開きするのは、夕方から」
「夕方って何時?」
「あとどのくらい?」
笑いながら、クラウドは時計を見る。
「……屋台は4時半からだから…あと、3時間」
「あと、3時間……」
指を折って数えている子供達に、クラウドはセフィロスと顔を見合わせて笑う。子供達のお祭り好きは筋金入だ。
「やれやれ、だな。コーヒーでも淹れるか」
「そだね」
セフィロスが立ち上がった時だった。慌ただしいノックと同時に玄関ドアが開かれた。
「クラウドさん、いる?」
息せき切って飛び込んできたのは、よろず屋の奥さんのメアリだ。たしか、今回の冬至祭の女性陣の纏め役をしていた。
「……どうしたんですか?」
クラウドが近づくと、メアリはがばっとその手を掴んだ。
「お願い!人手が足りないの!接待役、手伝って!」
「……接待…?」
メアリの勢いに気圧されながらクラウドが聞き返すと、
「難しいことはないわ!ただ、広場に来た人にリーフパイとホットドリンクを渡すだけだから!でも、人手が足りないのよ!手伝ってくれるはずだったミーシャが今朝になって妊娠してたの判って、それで、外で立ちっぱなしの作業なんてさせるわけに行かなくて、でも、最近は出産ラッシュで手の空いてるおかみさんが少なくて、だから、お願い!!!」
そう一気に言い切ってメアリはクラウドの目をじっと見つめた。
「手伝ってくれるわよね!」
「……わかった…」
思わずクラウドは頷いた。背後では、成り行きについていけないセフィロスとフィーとディの3人がポカンとしている。
「よかったーーー!助かったわ!じゃあ、すぐに準備してもらわなきゃいけないから、一緒に来てね!」
メアリはさっさと玄関先にかけてあったクラウドのコートとマフラーをとると、一番訳が分からないといった顔をしているクラウドにそれを押しつける。
そして、にっこりと背後の3人に笑顔を向けた。
「それじゃーー、旦那さん、奥さん借りてきますね。フィーちゃん、ディちゃん、向こうで待ってるから、また後でねーー」
ニコニコと手を振ると、呆然としているクラウドの手を引っ張ってメアリは立ち去ってしまった。
後に残された3人は、訳が分からない状態で閉まったドアを見つめている。
「……おかーさん、…行っちゃった」
「行っちゃったな」
セフィロスはため息をつくと同時に、クラウドにYESを言わせるのは、勢いに任せてしまうのが一番手っ取り早いのだなと、認識を新たにしていた。
「ほんとにゴメンねーーー。でも、この役って、20代の若女房がやるものだから。赤ちゃんいたり、妊婦さんだったりしたら、長時間手伝い頼むわけにいかないでしょ?お目出度いのは良いけど、立て続けってのもちょっと困りものね」
「……いえ」
殆ど口を挟む余裕のない状態で、クラウドはメアリと並んで広場へと向かっていた。メアリ本人もまだ20代の若女房のうちで、三才くらいの女の子がいる。すでによろず屋の看板娘で、買い物に行くと回りきらない舌で「いらっしゃいませ」とお辞儀するのが可愛らしい。
「ミーシャって、結婚して6年目の子供だから大事にしてもらわなきゃね。戦争だの、モンスターだの、メテオだのって嫌なことが多かったから、子供が産まれるのは、ほんと、嬉しいわ」
とまどい顔で頷くだけのクラウドに構わず、メアリは立て続けに話を続ける。
「私がまだジュノンの学生だった頃、先生が言ってたんだけど、魔晄を使っていた頃は出生率が低かったんですって。確かに、魔晄炉が止まった途端に不妊だった人が妊娠したりで、私の姉もミッドガルにいてあの騒動の直前に戻ってきたんだけど、結婚10年で出来なかった子供がすぐに出来たりで、ほんとだったのねって実感したわ」
「……え?」
初耳だった。
「出生率って?」
クラウドが聞き返すと、メアリはなんでもない事のように答えた。
「うん、その先生、社会学が専門だったかな?なんだか、ミッドガルの資料作りに参加して、都市圏の人口分布の統計纏める手伝いしたんだって。そしたらね、どういう結果が出たと思う?」
クラウドが首を横に振ると、メアリは大げさな口調で言った。
「ミッドガルの人口が当時最高だったのはもちろんなんだけど、その割りに単身者を省いた全世帯数における16歳以下の子供がいる家庭っていうのが、3割切ってたんですって。しかも、そのうち、一人っ子家庭が7割超えで、健康や経済的に恵まれた家庭でも3子以上いる家庭は1割未満。そう言えば、あのプレジデントも1人しか子供いなかったわよね」
今度はクラウドは首を縦に振った。そういえば、ニブルヘイムでも一人っ子は多かった気がするし、ザックスも一人っ子だった。いずれも魔晄炉が近くにあった地域だ。
「ジュノンでも、子供が多い家庭は少なかった。逆にミディールやウータイのように魔晄炉のない地域では3人以上子供のいる家は半数近くいたの。結婚後第一子が産まれるまでの期間も、魔晄炉のない地域の方が断然短かった。その先生は、統計結果を説明しながら、星命学の観点から言えば、これは当然の結果だと言っていた」
メアリは何か質問はある?と言いたげな目でクラウドを見る。クラウドが何も言わないでいると、そのまま話を続けた。
「ライフストリームは命の流れ。生き物は死んでライフストリームに戻り、またそこから生まれてくる。その生まれてくるべき命を、当時の私たちは魔晄エネルギーと言って消費してたんですもの。魔晄炉周辺の土地は荒れて作物は採れなくなり、鳥や魚や生き物が減って、増えるのはモンスターだけなんて異常な環境になって、人間だけが影響を受けないなんてそんな都合のいい事ある訳ないよね。先生は『人類は、全ての生き物を巻き込んで身食いをしている状態だ』って言っていたわ」
「身食い……」
クラウドはぽつんと呟く。
「だから、メテオ災害があって、神羅が潰れて、生活は昔に戻っていろいろ不便になったけど、私はこれで良かったんだと思ってる。だって、結局あのままだったら、子供がどんどん産まれなくなって、気がついたら荒れ地に年寄りだけ残ってる状態になりかねなかったって訳でしょ?荒療治だったけど、あれは命を正しい流れに戻すために必要だったのかも知れないわね」
「……そうですね…」
クラウドは複雑な表情でメアリに質問した。
「その先生は今は今もジュノンに?」
「いいえ、魔晄炉のせいで子供が産まれない、なんて授業したせいか神羅に目を付けられちゃってね。私が卒業する頃には行方不明になっちゃった。……テロリストとして処罰されたのかも」
メアリは少し辛そうに言った。
「もっとしっかり先生の話を聞いておけば良かった。あの頃はあんまり実感無くて、なんでそんな事言うんだろうと思ってたから」
「……後になってから、あれは大事なことだったって、気がつくこと、よくあるから…」
ゆっくりとクラウドは言った。大事なことを大事だとその場で気付くことが出来れば、後悔等する事もないだろうに。
「そうね」
と、メアリは微笑む。
「とりあえず、この冬至祭のお祭りは大事よ。冬になって冷えた星と太陽に、聖なる木を燃やした炎の熱を分け与えて元気になって貰おうってお祭りだから。迷信でもなんでも、星に感謝の気持ちを伝えようとした昔の人は賢かったって思うわ」
クラウドは黙って頷いた
話をしているうちに、広場についていた。メアリは元気よく笑いながら、クラウドを集会場に連れ込んだ。中ではお揃いの白いブラウスと黒いスカートに身を包んだ女性達が勢揃いしている。クラウドは嫌な予感がした。
「あ、メアリ、ご苦労様!あなたも早く着替えして」
「クラウドさんの着替えは、私たちで手伝うから」
数人の女性がニコニコしながら近づいてきて、クラウドにひと揃いの衣装を手渡した。
想像通り、女性達が来ているのと同じ、ブラウスとスカートだ。
「じゃ、私も着替えてくるから!クラウドさん、早く用意してね!」
メアリはちゃきっと手を振ると、さっさと自分の分の衣装を抱えて仕切カーテンの向こうに消えた。
「じゃ、クラウドさんは、そっちで着替えて。髪整えて、お化粧もしなきゃないから、急いでね」
服を抱えて口をパクパクしているクラウドを、その女性は有無を言わさぬ動作で別の仕切カーテンの中へ押し込んだ。
「サイズは大丈夫だと思うわ。去年それを着ていたアリーナはクラウドさんより背が高くて肩幅あったから!」
悪気なくさくっとクラウドの体型コンプレックスを刺激するセリフを彼女は吐いてくれた。
ショックを受けながら、クラウドは渡された服を広げる。
ハイネックのブラウスに、足首までのロングスカート。確かにデザインはゆったりだが、なんでこの歳で女装しなくてはいけないのだろう。
「あ…あの…」
カーテンの影からクラウドはようやく声を出した。いくらなんでもこれは勘弁して欲しい。なんと言っても女装なんて聞いていなかったのだから。
だが、クラウドが声をかけた瞬間、
「早くしてね!人が集まってくる前に、打ち合わせすませて、スタンバイしなきゃいけないんだから!」
と断定的に言われてしまい、それ以上何も言えなくなってしまう。
結局、クラウドはため息をつきつつ、着替えをすませた。肩幅だけでなく、ウエストにも余裕がある。これが男用に手直しした物ならともかく、普通に女性が着たものだと思うと、さらにショックだ。内心、泣きの涙でカーテンの影から出ると、待ちかまえていた女性がさっくりとさらにショックなことを言ってくれる。
「まー、ウエストあまりまくりね。ピンで留めてあげる。でもほんと細いわーー、これで内臓入ってるの?」
ここまで言われると、クラウドはもう力が抜けて何一つ抵抗する気にならなかった。
大人しく言われた椅子に座ると、背後で1人がクラウドの髪を前髪を少し残しただけのひっつめた纏め髪にセットする。そして、前からは紅を片手にした女性。目元と頬、そして唇に、淡い紅色の化粧を施す。髪型も化粧の仕方も、全員が同じだ。この紅は「火」をイメージしているのだと聞きながら、纏めた髪に薄いベールをかけてピンで固定して、支度は終わりだ。
その頃には、メアリの支度も終わっていて、クラウドの隣に来てにっこりと笑いかける。
「うん、私の目に狂いはなかった!よろしくね!」
ポンポンと肩を叩かれ、いまだに女装させられても違和感のない自分の姿に、クラウドは内心で滂沱の涙を流していた。
冬の日暮れは早い。夕方の4時頃にはすでに日は傾き、瞬く間に暗さを増していく。
広場の真ん中には巨大な煙突付煉瓦の暖炉が作られていて、その中には大きめの樫の薪が互い違いに組まれて置いてある。その脇には暖かい料理や飲み物の屋台が並び、木々に張り巡らされたロープには年代物のランプが沢山吊されている。
揃いの衣装に身を包んだ女性達とクラウドは、それらのランプの中に小さなキャンドルを一つ一つセットし、火を付けていく。
広場はほんのりとした暖かみのあるランプの灯りに包まれた。
屋台とは別に広場の四方にはテーブルが置かれ、ドライフルーツ入のリーフパイと、ホットワインやレモネードの入ったポットが沢山用意されている。これは無料で訪れた人々に振る舞われる。
クラウドはメアリや他数人の女性と一緒に、広場正面に設置されたテーブルに配置された。
「ニコニコして、パイの入った篭を差し出せばいいから。よろしくね!」
とメアリは豪快に笑っている。そのニコニコするのが苦手なクラウドは、困ったように引きつった笑顔を作った。
そして、願わくば、セフィロス達が別の方向から広場に来てくれればいいと思った。だが、その願いはあっけなくうち砕かれる。集まり始めた人々の、ほぼ先頭を走ってきたのが、フィーとディだったからだ。当然のごとく、その背後にはセフィロスがいる。
せめて、ここにいるのが自分だと気がつかなければいいと、クラウドは絶望的なことを祈ってみるが、それもあっけなくうち砕かれてしまった。
真っ先にパイのテーブルに飛びついたディが、大きな声で「あ、おかーさんだ!」と呼んでくれたからだ。
しかも、隣でメアリが「そう、おかーさんだよ!美人さんにできたでしょ!」などと楽しそうに言ってくれた。
ディがテーブルに張り付いてぴょんぴょんはしゃいでいるので、当たり前のようにフィーも張り付いて「わー、おかーさん、きれーーー!」と感嘆の声上げる。
その声を聞きつけて、他の顔見知りの町民や子供達も「ほー、クラウドさん?どこの別嬪さんかと思った」だの「ディたちのかーちゃん、やっぱり美人だな〜」などと目の前で言ってくれるので、クラウドはさらし者になった気分だ。
逃げ出したいのを堪えて無理した笑顔を作り、なんとかパイの入った篭を差し出すと、町民達は笑いながら次々と摘んでいった。フィーとディは最前列にずっと張り付いたまま、人が来てパイを手にする度に、「どーも、ありがとー」「おかーさんだよ、きれーでしょ」等と得意げに言っている。
「いいから、もう、屋台の方に行っていろ」
人の流れが途絶えたところで、クラウドはたまりかねて言った。
「えーどうして?」
「おかーさんも一緒にいこ」
子供達はにっこりしながら、満面の笑顔で答える。クラウドの隣では、メアリ達が微笑ましげにくすくすと笑っている。
そしてセフィロスはいつのまにやらクラウドの背後に立ち、メアリからホットワインのカップを受け取って口を付けながら、素知らぬ顔で笑っている。
「あんたも!こんな所にぼーっと突っ立ってないで、子供達連れて行けよ」
「久々の艶姿に見とれていたのだが。行かなくては駄目か?」
セフィロスの言葉に、女性達がキャーッと喚声を上げた。
「きゃーー!熱々!」
「もう!熱烈万年新婚カップルって感じーーー!」
クラウドは真っ赤になり、ニヤニヤしているセフィロスを押しやった。
「……いいからもう……キャンデーもらいに行けよ……無くなっちゃうぞ」
子供達は顔を見合わせた。ちょっとの間悩んでいたようだが、すぐにクラウドの方に顔を戻してにっこり笑う。
「うん、じゃ、キャンデー貰ってくる!」
「それでね!ホットドックと、スープと、串焼き肉と、リンゴアメと買ったら、また戻ってくるね!」
「おとーさん、いこ!」
女性達のくすくす笑いの中、フィーとディに引っ張られ、セフィロスは甘い笑顔をクラウドにむけた。
「と、いう事らしいので、用事を済ませたら戻ってくる」
「……いいよ、もう…ゆっくり遊んでこいって…」
ぐったりと疲れた風のクラウドに手を振り、3人は広場の中央に進んでいった。
はあ、とため息をつくクラウドに、メアリが笑いながら声をかけた。
「仲、いいよね〜〜。子供達は可愛いし、旦那さんは格好いいし」
「……はあ」
「今日みたいな日が、ずっとずっと続くといいよね」
笑うメアリの視線の先では、メアリの子供がおばあちゃんらしき人と手を繋ぎ、反対側の手を一生懸命母親にむけて振っている。
それに手をふりかえし、メアリはさらに笑顔を深くした。
完全に陽の暮れた夜空からは白い雪がふわふわと舞い始める。
広場から聞こえていた音楽が一時止まる。
町長が火入れの儀式の宣言をする声が、拡声器から響く。
「今年一年、我々に命の糧をくれた大地と太陽に感謝しましょう。そして、来年の春、また暖かな日差しと恵みを与えてくださるよう、その願いをこの聖なる木々に込め、煙となって届きますことを祈りましょう」
大きな拍手。やがて、太くて短い急ごしらえの煙突の先から、白い煙がたなびき始める。
音楽が再開した。
さっきまでよりも、賑やかなダンス系の曲だ。手拍子と歌声も一緒に聞こえてくる。
隣では女性達も身体をリズミカルに揺らしている。
「よし、火入れが済んだから、こっちも撤収!後かたづけをして、お祭りに混じろう!」
メアリが宣言すると同時に、女性達ははしゃいだ声を上げて空になったパイのケースやポット、紙コップの入った袋などを纏め始めた。
クラウドがそれを手伝おうとすると、メアリが止めた。
「こっちはいいよ。ほら、みんな迎えに来たし」
笑いながら指さした先を見ると、キャンデーをびっしり詰めて貰ったらしい靴下を振り回すフィーとディの姿。人の間をスキップするような足取りで交わしながら、こちらに向かって駆けてくる。
「今日はありがと。たすかった」
ニコニコしているメアリに、クラウドも急いで礼を言った。
「……いや、こっちこそ…いろいろ話を聞けて良かったし…」
「無理しなくても、いいよ。無理矢理女装させちゃって、びっくりしたでしょ。こっちも全然おかしいところ無くて、むしろ美人過ぎて、びっくりしたけど」
ケラケラと笑うメアリにクラウドは苦笑する。
確かに女装はビックリした。
でも、笑っている子供達を見ていて、ふと思ったのだ。
メアリの先生は「人は身食いをしている」といった。
そしてメアリは、メテオ災害は命の流れを戻すために必要だったのでは、といった。
当事者である自分がこんな事を考えるのは不謹慎で罪なのかも知れないが、クラウドはひょっとしたら、実はメテオもウェポン達と同じ「星の意志」の一つだったのではないだろうかと思ったのだ。
それは、星の命を吸って自分たちの欲望を満足させていた人間達、に突きつけられた最後通牒。
自分たちの住む星を自らの手で守れないのなら、いっそ、潔く共に滅びてしまえと。
もしそうだとしたら、セフィロスの行動自体も、星の意志に影響を受けていたという事になる。
災厄などではない。
星の怒りの代弁者として行動していたとしたら?
そうしたら、あのニブルヘイムで放った「裏切り者」の言葉も理解できる気がする。
自分たちを生み育ててくれた星を、あの頃の人間達は裏切り続けていたのだから。
これはただの自己弁護かも知れない。
どれだけ殺し合ってもセフィロスを思うことを止められなかった自分の心を、正当化したいだけの欺瞞なのかも知れない。
でも――。
少なくとも星はセフィロスを憎み排除しようとはしていないと思う。
だって、星はセフィロスを返してくれた。
彼の命を受け継ぐ二人の子供と共に。
星は、彼と彼の血を告ぐ者が、これから先も生きていくことを許してくれた。
笑顔で駆け寄ってくる子供達。
その背後を、普段のようにゆったりとした足取りでついてくるセフィロス。
その表情は優しく穏やかだ。
クラウドは笑みを浮かべながら、自分の家族の元へと歩み寄る。
星は、クラウドが彼らと共に生きることを認め、許してくれた。
これこそが、星が人間に出した答えなのだと思った。
※作中の樫の丸太を燃やすというのは、北欧の冬至を祝う風習である
「ユールログ」をかってにアレンジさせて貰ったものです。
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