幸せ家族計画

BACK NEXT TOP


Ep6

その日、近場への配達を終えたクラウドが家についたのは、昼を少し過ぎた時刻。
いつもならば、万年食欲旺盛欠食児童達が昼食のお代わりを強請っている頃だ。
それがその日は少し違った。
バイクのエンジンを止めた瞬間、クラウドの鋭敏な聴覚は甲高い子供のわめき声を聞きつけた。
いったい何がどうしたのかと思いつつ玄関ドアを上げると、耳に飛び込んできたのはフィーとディの遠慮のない金切り声。
三人は帰ってきたクラウドに気がつかないのか、怒鳴りあいを続けている。


「買ってーーーー!」
「買って、買ってーーーー!」
「だめだ」


なにやら必死の形相でお強請りしている二人を見下ろすセフィロスの顔は、あくまで不機嫌だ。その返事もまったく取り付く島がない。
簡潔な一言だけを発する父親を、子供二人はふくれっ面で見上げ、それでもしつこく食い下がる。


「やだーー、欲しいーー!みんな持ってるって言ったもん!」
「ルイもリューも、ルイのお兄ちゃんも、みんな知ってて、面白くて、好きって言ったもん!」
「みんなとは誰だ。お前達の周りの数人だけではみんななどとは言えん。『みんな持っている』と言いたいのならば、町の総人口のうちの何割が所有しているのか、確実な数を言ってみろ。少なくとも、過半数に達しないのならば、『みんな』などとはいわさんぞ!」
言い返す言葉が出てこなかったのか、子供二人は強情に睨み付けながらも目は涙目だ。
子供達が何を欲しがっているのか判らないが、セフィロスの言い分はちょっと大人げないのではないかとクラウドは思った。普段から、食べ物以外に関してはあまり強請ることのない子供達だ。友人間で流行っている物なら、買ってやってもいいのではないだろうか。


険悪な雰囲気をまき散らしている三人をクラウドが困り顔で眺めていることに、最初に気付いたのはセフィロスだった。玄関に突っ立っている姿に、顰め顔になる。怒っているというより、失敗を見つかったような顔だ。セフィロスの表情の変化に、子供達もクラウドの帰宅に気がついたようだ。ひょいと玄関を見ると、顔をくしゃくしゃにして飛びついてくる。


「おかーさん!おとーさんがね、いじわるなんだよ!」
「ぜったい駄目、しか言わないの!」
言いつけ口調の子供達と、苦虫をかみつぶしたようなセフィロスの顔を、クラウドは順に見回した。
「……何を買って欲しかったんだ?」
そう聞くと、子供達は争うようにテーブルの上に投げ出されていた一枚のチラシをひっつかみ、クラウドの前にピンと開いて見せた。
「これ!映画!」
「すっごく面白いんだって!」


それは、町で唯一の,CDやビデオも取り扱っている書店の、新刊宣伝チラシだった。
クラウドはそのチラシを一読し、軽く目を見開いてセフィロスを見る。
セフィロスは仏頂面で目を逸らした。この表情は随分以前にも見た覚えがある。
今はもう遙か遠い昔のようにも思える、神羅兵だった時代。
そのチラシには――――。


『宇宙英雄セフィーロシリーズ最新作第9巻!
7年ぶりの新作発売を記念し、映画シリーズ唯一の実写版
「宇宙英雄セフィーロ・惑星アイシクルの軌跡」
DVDディレクターズカット版が発売されます。
メイキング映像、主人公テリー少年を演じた当時のナンバーワンアイドル、
クリスティン・クルールと、 セフィーロ役メル・リッガーの
インタビュー映像も特典として収録!
ファンならぜったいに欲しいこの一作!』




それはつまりはアレだった。
ザックスと三人で試写会に行った、あの、セフィロスが一言だけの声の出演をしていた、人気冒険小説原作の映画のビデオだったのだ。


クラウドは懐かしくそのチラシの文字を追った。
当時、世界でもっとも有名だったはずの神羅の英雄をモデルにした宇宙英雄に憧れる少年のSF冒険物。
公式記録では、セフィロスはあのニブル事件の折りに死亡したことになっている。メテオを呼んだことすら、神羅の情報操作で『アバランチ』の仕業にされた。
その後は、ウェポン襲来のゴタゴタで、治安維持組織としての神羅の信用は地に落ちたから、英雄セフィロスが実は生きていて、星を滅ぼそうとしたなどと知っているのは関係者だけの筈だ。
星痕症候群の時の騒ぎにしても、セフィロスがその姿を現したのは廃墟となった神羅ビルでの僅かな時間だけ。
つまり、セフィロスは、大抵の人間にとっては今も英雄の筈。
このチラシにはセフィロスが声の出演をしたことは書かれていないが、ビデオの中で「セフィーロ」のモデルであるセフィロスに関して語られることもあるかも知れない。
情報統制をしていた神羅もないのだから、昔のセフィロスの映像が特典に収められていることもあるかも知れない。
それを見られるのが嫌なのだろうか?と、クラウドはチラと考えた。
セフィロスの正体に関しては、町の人間にはすでにばれている気がするのだが、子供に昔のことを知られるのは、やっぱり恥ずかしいのだろうか?


強請っている子供達と、嫌そうなセフィロスの顔を交互に見てクラウドはどっちの味方をするべきかと悩みながら、もう一度チラシに目を向けた。
白黒で写りの悪いパッケージの画像が印刷されている。
お約束の構図で並んだ出演者達。真ん中にいるのは、主人公の少年。
当時ナンバーワンアイドルだけあって、眼鏡を掛けていても判る端整な顔立ちだ。
それを見ているうちに、クラウドはなんだか嫌な気分になってきた。
なんだかよく判らないが、とにかく、その主役の顔を見ると気分が悪い。
映画は面白かったはずだ。
なのに、なぜ、こんなに嫌な気分になるのだろう。
ぽつりと言葉が漏れた。


「……俺、この映画、……嫌いかも知れない」
はっとした時は遅かった。味方になって欲しくて必死に訴えていたフィーとディは、その言葉にじわりと涙を浮かばせた。


「……あ、……そうじゃなくて」
慌てて宥めようとしたクラウドの言葉を、ディが乱暴に遮った。
「いい!」
そして口を尖らせたまま、フィーと顔を見合わせ、トコトコと玄関に向かう。
「あ、どこに行くんだ!」
「これ買って、みせっこしようって、リューと約束したの!」
「買えないから、ゴメンしてくるの!」
失望した泣きべそ顔のまま、二人は急ぎ足で出ていってしまった。


「……失敗した…」
クラウドは額を抑えた。
あんなに欲しがっていたのに、自分の感情で駄目出しをしてしまった。
すぐ後ろに来たセフィロスの気配に振り向くと、そっちも失敗したと言いたげな顰め顔になっている。もともとはクラウドよりもお強請りに弱いセフィロスだ。
子供達が半泣き顔になった時点で、頃合いを見て折れるつもりだったのかも知れない。


「……あんた、買ってやろうかと思ってた?」
「あそこまで欲しがられるとな。昔のことなど思い出したくないが、それはあいつらには関係のないことだ」
セフィロスはため息をつく。クラウドも情けない気分になって長いため息をついた。


「……あの映画、一緒に試写会に行ったやつだよな」
「ああ」
「俺、なんで嫌いなんて言ったんだろ。すごく楽しかった記憶があるのに」
クラウドは眉間に指を当て、記憶を探った。
あの時、セフィロスの貰った招待状で、ザックスと三人で見に行った。
ミッドガルの一番大きな映画館で、特別な招待客用にと用意されたゆったりとした椅子に座り、一番見やすい場所で見た。
クラウドは映画館の大画面を見るのは始めてで、音響の良さもあって大迫力の宇宙冒険談に圧倒されて最初から最後まで夢中で見入った。
その前にさんざん聞かされていたおかげもあって、セフィロスの「一言」にも笑う事なく、クライマックスシーンでは同じように興奮したザックスと肩をたたき合ったりして、本当に楽しい時間を過ごした。
それだけ、楽しかったはずなのに、なぜ?


そこまで考えて、クラウドは小さく「あ!」と声を上げた。
「どうした?」
セフィロスが背後からクラウドの顔を覗き込む。その顔を見つめ、クラウドは困ったように呟いた。
「嫌だったこと、思い出した……」


■□■


映画の後、監督と主要出演者の挨拶があった。
主人公役の当時のアイドルスターとセフィーロ役の長身の俳優。
セフィーロ役は体格で選ばれたと言われた俳優で、確か、もともとはスポーツ選手だったはずだ。顔はセフィロスと似ても似つかない厳ついタイプだったが、身長と長い脚、広い肩と引き締まった腰の線が似ていたと評判だった。
もっともクラウドからみたら、脚の長さと胸の厚みが全然足りないと思ったのだが。


そのセフィーロ役の俳優は、舞台挨拶では普通のスーツ姿だったので余計にセフィロスと似通ったところは欠片も見えなかった。主人公役のアイドルスターが、劇中の役所を彷彿させるスタイルで登場したのとは対照的だ。
それは計算された演出だったのだ。
本人――招待客としてやってきていたセフィロス本人を舞台に引っ張り上げ、『セフィーロ』とだぶらせるために、わざと印象の違う格好で登場したのだとクラウドが気がついたのは、突然客席にスポットライトが辺り、司会者がセフィロスの名を呼んだ時だった。


『宇宙英雄セフィーロのモデルとなった、サー・セフィロスが会場にいらしいています!どうぞ皆さん、熱い拍手でお迎えください!』


会場はものすごい拍手の音で埋め尽くされた。そうなっては知らんぷりも出来ず、セフィロスは顰めっ面で立ち上がると、喚声の中舞台へ上がった。
クラウドは、普段とは違うカジュアルなジャケット姿のセフィロスが舞台に立つのを、呆然と見つめた。 実際に並ぶと、やはりセフィーロ役の俳優よりも脚が長くてプロポーションが数段よいのが明らかだった。
「あーあ、並んだ俳優かわいそー」と、ザックスが苦笑いと共に呟いた声がやけにはっきりと聞こえた。


主役のアイドルスターはセフィロスのファンらしく頬を紅潮させ、コメントを求められたセフィロスの口元に自らマイクをむけている。
そのアイドルは、撮影終了後に随分背が伸びたらしく、スクリーンで見たときより大人びていた。公式発表ではクラウドと同年の筈だが、二つ三つは年上に見えた。
落ち着いたシャープなハンサムに育ちつつあるそのアイドルは、整った顔に嬉しそうな笑みを浮かべ、「光栄です。僕、あなたの大ファンなんです。あなたに会いたくて、神羅のソルジャー試験を受けようと思った位なんです!」と言ってのけた。
アイドルとしての自信なのだろうか。セフィロスと並んでも、まったく萎縮していない堂々とした態度だった。


クラウドは、さっきまで隣にいたセフィロスが突然違う世界に行ってしまったようで、楽しい気分がすっかり萎れてしまっていた。
ステージの上でスター達の間にいて、なお一番オーラを放っているセフィロスが、自分の隣にいる事こそがおかしいんじゃないか、そんな気までしてきた。
無表情に素っ気なく無難なコメントを述べているセフィロスをおかしそうに見ていたザックスが、下を向いてしまったクラウドに気付いて宥めるように背を叩いた。


「旦那、あれ、そうとう気分悪がってるぞ。帰りは大変だぞ〜〜気分直しにあちこち引っ張り回されるかも」
そう笑い混じりに慰めてくれるザックスに、クラウドは力無い笑みを返した。 自分が酷く場違いなところにいる気がして、早く帰りたい気でいっぱいになっていた。
イベントが終わり、セフィロスはスター達と一緒に舞台そでの方に下がり、係員が連れであるザックスとクラウドを呼びに来た。ファン達が興奮しているから、関係者用の出口から帰った方がいいと配慮してくれたようだ。
セフィロスが待っているという場所にいくと、クラウドはそこでまた顔を顰めた。
アイドルスターが、セフィロスの腕に自分の腕を絡めて、甘い表情でしきりに話しかけていたのだ。


「旦那、おまたせーーー」
ザックスがわざと大きな声をかけると、アイドルは露骨な不満顔になった。
「あんた達、サーセフィロスの部下の人?ご苦労様でした、お休みなさい」
そう言いながら、まだセフィロスの腕から離れない。おそらく、この後一緒に出かけようと誘っていたに違いないと、クラウドは思った。
アイドルが自分たちを見る目は、文字通り「気が利かない下っ端!」だ。きっと、セフィロスのつきあう対象に男も含まれていると知っていて、そのつもりで誘っていたのだろうから、連れなど邪魔以外の何者でもない。
とはいえ、セフィロス本人の方にはその気は全くない。もともと、クラウドが見たがっているから来ただけなのだから。
「連れが来たようだ。では、失礼する」
セフィロスは素っ気なく言うと、絡められたアイドルの腕からするりと離れた。
「あ!」とアイドルが声を上げる。それを無視してセフィロスはザックスの後ろで小さくなっているクラウドを招くように肩に手を掛けた。クラウドがセフィロスを見上げると、セフィロスは疲れた顔に苦笑いを浮かべている。


それを見てクラウドは、あれこれ考えていた自分がバカだったと思った。
セフィロスは、宣伝に使われてすっかり疲れている。こうなることを予想しつつも、自分のためにわざわざこんな場所まで足を運んでくれたセフィロスに、感謝の気持ちで一杯になった。
「さて、食事に行くか」
「おー、やった!当然、旦那のおごりだよな」
睨んでいるアイドルを無視し、ザックスがわざとらしいくらい派手な声で答える。さて、行こうかと三人が歩き出したときだった。ほったらかしにされ、プライドをずたずたにされたアイドルが、棘だらけの声を投げつけたのだ。


「随分と、行儀の悪い部下ばっかりですね!そっちの小さい人は兵士?ソルジャーじゃないよね!身分違いの人の後にくっついてきて、ほんっと、気が利かないんだから!」


ぱっとセフィロスが振り返った。睨むというより、冷たく見据える、といった目つきだった。
アイドルはそのセフィロスの顔を見た瞬間、脅えたようになって控え室へと逃げていってしまった。
「……まー、子役時代からちやほやされてるアイドルだもんなー。無視されて、そうとうお冠だったのね」
場を和ませるようにザックスが軽い口調で言ったが、時すでに遅しで、クラウドは地の底までも落ち込んでいた。


――身分違いで気が利かない――


身に覚えがあるだけに、心の底まで堪えた一言だったのだ。


■□■


「……あの後、浮上するまでけっこう時間がかかって、あんたも当然のように機嫌悪いし、ザックス、そうとう苦労してたんだよな……」
「……そういう事もあったな…」
クラウドは、ふとセフィロスの顔を見上げた。あの頃と変わっていない堂々とした体格と美貌。その知識量と行動力でどこに行っても自然と人々の中心にいる。対する自分と来たら、いまだに他人に振り回されっぱなしで、ちっとも成長した気がしない。
クラウドは自分で自分の額を軽く叩いた。
「俺、その自分のコンプレックスで、子供達に八つ当たりしたようなものだ……」
「そう、深刻に考えるな」


クラウドの落ち込み方にセフィロスは苦笑が消えない。生真面目で、自分を低く評価する癖は昔のままだ。兵士時代、理不尽な言いがかりをつけられては、真剣に悩んでいた姿を思い出す。
常識的に考えれば、あの時は連れのいる人間を強引に誘おうとしたあのアイドルの方が礼儀知らずの無礼者であって、クラウドは憤慨してもいい立場だったはずだ。
「……それにさ」
クラウドは情けない顔でセフィロスを見上げる。その眉根を寄せて、ちょっと拗ねたような口元が可愛く見えたというのは内緒にして、セフィロスは次の言葉を待った。


「……俺、多分、あの時、堂々とあんたにまとわりついてたあいつに、嫉妬してたんだと思う。なんでこいつ、人のものにこんなにくっついてるんだって、そう思って。もう10年以上も昔の事なのに、その時の気分思い出して子供達にあたって、最低だ…」
深刻な顔のクラウドとは逆に、セフィロスはいきなり笑い出した。
「笑うことないだろ…」
ふくれっ面になったクラウドにまた笑いを誘われながら、セフィロスは違うというように小さく手を振る。そして、妙に機嫌良さそうな顔で言った。
「……昔のことなど思い出したくなかったが、あの頃のお前の本音を聞けるのなら、思い出すのも悪くないと思っただけだ」
「…セフィロス」
軽く目を見開いて自分を見上げるクラウドの額にキスを落し、セフィロスは上機嫌のまま話を続ける。
「……買ってやるか。あいつらが寝た後に二人きりで見直して、あの頃を思い出すためにも」
そして、悪戯っぽく付け足した。


「お前は、あの主役をやったアイドルに当時言えなかった悪口を言ってやればいい。すっきりするぞ」
クラウドはセフィロスの腕にすがるようにして吹き出した。
「10年前の悪口なんて、バカみたいじゃないか」
「10年でも20年でも、言いたいことがあるなら口に出して言えばいい。怒っている自覚を持たないまま、次の10年に怒りを繰り越すのはいやだろう?」
「そうだな」
クラウドは笑って頷いた。
「あいつら、追いかけようよ。探して見つけたら、そのまま店に買いに行ってやろう」
「そうだな」
コートを羽織り、二人はその脚で商店街に向かった。探すまでもなく、書店のウィンドウをじっと見つめている子供達を見つけた。
ガラスに張り付くようにしてディスプレイを眺める姿に、よほど欲しかったのだろうと改めて思う。
クラウドは出来るだけ明るい声で、二人を呼んだ。
「フィー、ディ」
ぱっと子供達が振り返った。連れだってやってきた親の姿を見ると、真剣な面もちで駆け寄ってくる。もう一度、最後のお強請りをするつもりなのだろうか。承知して、安心させてやろうとクラウドが考えたときだった。
二人が同時に口を開いた。


「ドラゴン、買って!」


クラウドは目が点になった。あの映画に、ドラゴンは出ていただろうか。
背後のセフィロスも、戸惑い気味に子供達を見下ろしている。


「ドラゴン、買ってーー!黒いの!」「僕、赤いのがいい!」
「ちょ、ちょっと待て。ドラゴンって……」
子供達はクラウドの手を取ると、急いで書店のウィンドウ前に引っ張っていった。
そこに飾られていたのは、うわさの映画のビデオではなく――――。


『大人気!ワールドバトル絵本シリーズ
【ドラゴンVSベヒモス】
が最新3DCGで完全映画化決定!
その映画製作決定記念に期間限定ファングッズとして【ドラゴン着ぐるみパジャマ】発売!
レッドドラゴン、ブラックドラゴンの2種類。
限定発売のため、これを買い逃したらもう手に入らないぞ!』




という煽り文句の下、赤と黒のドラゴン着ぐるみパジャマが可愛いマネキンに着せかけられていた。
ちょうど、フィーとディに着られるくらいの大きさだ。
身を乗り出すようにしてそれを見ているクラウドのコートの裾を、子供達は引っ張った。


「ドラゴン、欲しいーー!今買わないと、もう買えないんだよ」
「ドラゴン着ると、強くなれるんだよ!」


「ちょ、ちょっと待て、お前達。映画はいいのか」
クラウドが慌てて聞くと、子供達は顔を見合わせ、きっぱりと声を揃えて言った。


「あのね、本屋のおねーさんがね、あの映画に出てるアイドルや俳優さんより、おとーさんとおかーさんの方がずーっとかっこいいね、って言ったから、もういいの!」

クラウドはそれを聞いて声を無くしてしまった。映画俳優より、格好良いって?
固まっているクラウドをよそに、セフィロスはおかしそうに子供達に話しかけた。
「ほう、書店の小娘にしては、見る目があることを言うものだ」
「でしょーー?」
「おねーさんね!おかーさんはそこらの女優さんよりも、ずーっと綺麗だって言ってたよ!」
胸を張り、あまりにも得意そうにそう答えられたので、クラウドはショックを受ける前に笑い出したくなってしまった。
「……まあ、いいか……」
苦笑いをしながら、クラウドは呟く。
とりあえず、子供達の目から見たら、自分はあの人気映画の主役よりも見栄えよく見えているようだし。
「え?いいの?」
「ドラゴンパジャマ!いいの?」
子供達がぱっと目を輝かせる。クラウドは笑いを堪えるような顔で、視線でセフィロスに訊ねる。セフィロスの方も吹き出すのを耐えているような顔で、ゆったりと頷いた。


「わーい、ドラゴンパジャマ!」
「はやく、はやく!」
きゃっきゃっとはしゃぐ子供達に手を引かれ、クラウドはセフィロスと並んで店へと入る。
赤と黒のドラゴン着ぐるみパジャマを胸に抱え、子供達は大喜びだ。
風呂上がり、早速そのパジャマを着込んだ子供達は、大興奮でソファの上をはね回っている。


「ねえ、映画来たら、見に行っていい?ドラゴンVSベヒモス」
「映画館って、すごく大きくて、迫力あるんだって」
「……そうだな、見に行こうか…」
そう言って、クラウドはちらりとセフィロスを見た。セフィロスが頷くと、子供達はキャーキャー騒ぎながら、着ぐるみの棘つき尻尾を振り立てて部屋中を走り回り始めた。
「わーい、映画!」
「ドラゴンとベヒモス!」
「……ベッドに入ったら、あっという間だな、アレ」
「あれだけ興奮していたら、逆に寝付けないかも知れないが…」
そう呆れながら眺めていると、案の定と言うべきか着ぐるみの尻尾がテーブルの上の物をなぎ倒し、結局二人はセフィロスにつまみ上げられてベッドに放り込まれてしまった。


その後は部屋で騒いでいる音が少しだけ続いたが、やがてしんと静まりかえった。こっそりと覗くと、二人はベッドの上で倒れるように眠り込んでいる。
寝顔は笑っているようで、どうやら英雄セフィーロシリーズを巡っての攻防はすっかり忘れてしまったようだ。
どこかほっとしたような、残念なような気分で、クラウドは呟く。
「……実写はアレだけど、アニメの方は観たいな。売ってないか、今度探してみようかな」
「やめておけ」
間髪入れずに応えるセフィロスの少し子供っぽい表情に、やっぱり探してみようとクラウドは思った。




見つけたら、家族で観よう。あの時のように。
セフィロスは嫌そうに本を読んで、自分たちは冒険の話にワクワクして。
子供達は、セフィロスの声に気がつくだろうか。
辛くて悲しい事が沢山あったけれども、嫌な過去ばかりではない。
幸せな出来事も確かに沢山あったのだと、クラウドは懐かしく思い出していた。




その夜、子供達は夢を見た。
大きなドラゴンになって、背中におかーさんとおとーさんを乗せて世界中を旅する夢だった。
山や海を越え、いろいろな場所に行った後、宇宙にも行ってみた。
そこで、ドラゴンになったフィーとディは「宇宙英雄」が乗っているという宇宙船と戦い、ズタボロにやっつけた。
おかーさんは「大きくなったな」と嬉しそうに言い、おとーさんは「強くなったな」と感心したように言ってくれた。
誉められてとても嬉しかったので、フィーとディは夢の中で「朝になったら、おとーさんとおかーさんに教えてあげよう」と思った。
残念ながら翌朝にはどんな夢だったかすっかり忘れていたが、とてもとても楽しい夢だったことは覚えていた。





BACK NEXT TOP

-Powered by 小説HTMLの小人さん-