勤労少年の3日間

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1日目
4

――遊ばれている――必死で走りながら、クラウドはそう思った。

奇妙な風体の『敵』は、走るクラウドに追いつこうとはしなかったが、ある方向に向かおうとすると素早く前方をふさぎ、クラウドの逃げる方向を変えさせる。
あいつが行かせまいとする方向が人通りの多いメインストリートだと分るが、どうしてもおもしろ半分のような素早いステップで行く手をふさがれ、ひしゃげた鉄骨や壁が落ちかけの廃ビル群の方へと追いやられていく。



殺すつもりはないのだと思った。怖がらせて、疲れ果てさせて、さんざんいたぶった後、瀕死の状態で涙を流す顔を見て、楽しむつもりなのだ。
悪趣味にも程があるふざけた襲撃者に怒りを覚えるが、あいにく、クラウドには為す術がない。無線機入りのバッグを何がなんでも拾うべきだった。


『いいか、お前達はひよっこだ。だが、力量の上回る敵と対峙したときは、ひよっこもベテランも変わらない。意地を張るな。救援要請を出せ。それを受けるかどうかは司令部判断になるが、絶対に自分一人で判断するな』
教官がそう言っていた。意地を張って無駄死にするなと。一人で意地を張って死んでも、それは「判断力の欠けた自業自得の死」だ。無価値な死に方はするなと。



死の価値なんて、死んだ後でいくら言われたって意味はない。ただ生き残った人の良心のためだけだ。
でも、今、俺が死んだら、間違いなく判断力の欠けた自業自得の死だ。
自業自得でも、せめて判断した結果で死にたい。未熟者のひよっこだって、脳味噌がついているんだ。
クラウドはばくばくと音がしそうな心臓の鼓動をなんとか押さえ込もうと唾を飲んだ。



とにかく冷静にならなくては。背後の襲撃者におびえて闇雲に走ってるだけでは、いずれ疲れて捕まるだけだ。
クラウドの長所と言えば、小柄で小回りが利く事と、反射神経が良いこと。それから、動体視力が良いこと。
相手の体格は、奇形的に肥大した筋肉。自分よりも大きい。
それならば、自分が得意なコースを見つけて、そこに逃げ込むしかない。


脅えから狭くなっていた視界が急にクリアになった気がする。
周囲にあるのは崩れた鉄筋や積み重ねられた廃材。解体作業用のプレハブの建物。資材の箱。
背後右から殺気が迫る。クラウドは身を低くすると、思い切って右へ飛んだ。
殺気は頭上を飛び越え、左側に着地する。
すぐに反転して飛びかかる体制を整える的の側を避けて、クラウドはゆがんだ鉄骨が山を作っている隙間に身を滑り込ませた。


背後で堅い物が激突する音がして、身を低くしたまま隙間を進むクラウドの頭上で鉄骨が揺らぐ。崩れてくるかと一瞬ひやりとしたが、音はそれ一度きり。
長いスカートが脚に絡まって動きづらい。隙間の暗い場所に身を潜め、ナイフを抜いてスカートの裾を邪魔にならない長さに切り取った。
切り落とした部分は数本の帯状に裂き、首周りと掌のガード代わりに巻き付ける。布一枚分でも防御率は変わってくる。周りの気配に神経をとがらせながら作業を終わらせたクラウドは、そろそろと移動を始めた。


警護についていてくれるはずのソルジャー達とは、どうやら完全にはぐれてしまっていたようだ。ここで待っていたところで助けが来る確率は低い。
それなら、なんとしてでもここを脱出して、人通りの多い方へ逃げなくては。
出来るだけ狭い隙間を選び、殆ど這うようにして外を目指した。金属がぶつかる音が聞こえ、クラウドは再び鼓動が早くなるのを感じ、音を立てないように深く呼吸を繰り返した。
大きなコンクリートの塊の近くに這いだし、素早く影に身を潜めて辺りの気配を探った。近くで動いてる物は感じない。解体途中のビルを背に立ち上がると、銃をしっかりと持ち直してそろそろと歩き出す。


不意に大きな音がして、さっきクラウドが這いだしてきた鉄骨の山が崩れた。
とっさにその方向に銃口を向けたクラウドの頭上から、影が落ちてくる。
はっと顔を上げる間もなく、手から銃が飛ばされ、クラウドは地面に激突した。足首が掴まれ、一気に上に引き上げられる。
腹筋を使って逆さ吊りにされた状態から上半身を起こすと、脚の間から赤い目を光らせ、いびつに口をゆがませた異相が見える。
嫌悪に駆られ、クラウドは掴まれていない方の足を顔面に叩きつけた。
ぐしゃりと潰れた感触が靴の底から伝わった。幸いというか、靴の踵が異形の男の眼球を直撃したらしい。男は咆吼を上げてクラウドの身体を放り出した。


何とか受け身を取って体勢を整えると、顔を押さえてわめき続ける男から逃れて銃を拾いに走る。あと一歩で手が届くというとき、クラウドは後ろから突き飛ばされた。
地面を転げ、身を起こしかけたところで上から何かがのしかかってくる。
クラウドを見下ろす赤い両眼。
さっき目を潰された異形の男は、まだうめき声を上げている。



――2体いたんだ――



クラウドは絶望的な気分に陥ったが、あきらめて死を受け入れるには目の前にいる存在は不気味すぎた。
顎に手をかけられ鳥肌が全身に立ち、クラウドはナイフを抜くと刃を返して男の腕に突き立てた。
ナイフを突き立てられた筋肉が一瞬で盛り上がり、抜けなくなる。クラウドは血の気が引いたが、男は甲高く吠えると、上体をそらしてナイフが生えた腕を鬱陶しそうに大きく振った。その隙に逃げ出したクラウドの手が拳銃に届く。
振り向きざま、男の顔面を狙って発砲した。


至近距離で2発。間違いなく命中したはずなのに、男は頭をふり、顔をかきむしる仕草をしただけで傷ついた様子がない。そうしているうちに、眼球を潰された方の男もクラウド目指して接近してくる。
身を翻し、クラウドは近くの廃ビル目指して走った。手すりがゆがんだ非常階段に飛びつき、上に向かって駆け上がる。錆びてぼろぼろになった鉄製の階段は、強く蹴りつける度に錆を地上に落とす。
異形の男が二人揃って狭い非常階段にとりついた。その重量に階段を支えていたビスがゆるみ、弱っていた鉄骨は大きく歪んでビルの壁から外れ落ちそうになる。
足場が揺らぎ、クラウドは一番近くの踊り場まで必死にたどり着くと、取れ掛けのドアを蹴飛ばしてビルの中に逃げ込んだ。


階段を探して暗いフロアを彷徨うと、床一面にコンクリートが散乱し、壁はすっかりはがされて鉄骨がむき出しになった場所に出る。
クラウドはゆっくりと深呼吸を繰り返した。
散乱したコンクリートを避けてさらに進むと、どうやら非常階段が残っていた方の反対側は解体作業中のようだ。見上げると所在なげな鉄骨の骨組みの向こうに、空が見える。
クラウドは背後を警戒しながら、そろそろと進んだ。


鉄骨を伝わって下に降りれば、あいつらが自分を見失っているうちに逃げられるかもしれない。
そう考え、吹きさらしになっているフロアの端に近づくと下を覗き込んだ。
何かが動いている影がある。
下で見張っているのだろうか。
ぞくりと冷たい物が背筋を駆け上る。
音を立てないように後ずさった時、重い足音が響く。
ぱっと振り向くと、暗闇の向こうに赤い光が三つ。クラウドに潰された分を除いた二人分の目の光だ。
では、下にいるのは何だろうか。
銃口を赤い光の方に向けたまま、クラウドはまた床の端に近づいた。
目線だけで下を伺うと、どう見ても2足で歩いている。
人だ。



クラウドは威嚇の意味も含めて発砲した。たまたまやってきただけなら、銃声を聞いて逃げるかもしれない。
再び目線を下に向ける。
薄い緑のぼやけた光の中、はっきりと分かる不思議な魔晄の色が二つ、上を向いている。



ソルジャーだ。



クラウドはぎりぎりの緊張の中、泣き出したくなるような安堵を覚えた。
ストンと気持ちが落ち着いた。


拳銃は7連発。
すでに4発発砲済み。残りは3発。


十分だ。


クラウドは穏やかに考えた。
敵を倒すには、とうてい足りない数。
でも、挑発には使える。


幸いなことに、ソルジャーは今、俺が立っている場所の真下にいる。
いくら驚異的な身体能力を持つソルジャーでも、一瞬でここまで来ることは出来ないだろう。でも、こっちから下へ行くには一瞬だ。
威嚇の一発など物ともせず、異形の男達は愉悦に歪んだ顔で近づいてくる。
クラウドは微笑んだ。
男達は笑ったまま近づいてくる。


「逃げるのに疲れたよ、化け物」
クラウドは微笑みながら言った。
歪んだ笑みを浮かべていた男達の口元が、痙攣するように引きつった。







悲鳴の聞こえた場所に駆けつけ、ザックスは女を暗がりに引っ張り込もうとしていた男を殴り飛ばした。男はザックスが拍子抜けするほどあっけなく空を飛び、路地の端まで転がって動かなくなった。
近づいて見ると、鼻が潰れたチンピラ風の男が大の字で伸びている。女が甲高い声を上げると、慌てて男に抱きついた。


「あんた、しっかりして!いきなりなんなのよ、人の亭主に手を出して、ただじゃすまさないわよ!」


真っ赤な口紅を塗りたくった30がらみの女が、スリップドレスの裾をまくり上げて入れ墨の入った太股を見せつけながら中指を立てた。


「亭主?」
ザックスは頓狂な声を上げた。
「あたしの亭主だよ!そりゃあ、ちょっとばかし稼ぎが悪くて、ヒモとしか言えないろくでなしだけど、見ず知らずの奴にぶっ飛ばされる謂われはないね!」
女の気持ちの良い啖呵に、ザックスは頭をかいた。


「悪い、悲鳴が聞こえたから、てっきり、最近噂のレイプ犯が出たかと」
「なんだ、心配してくれたのかい?」
ばつの悪そうなザックスに、女は表情をゆるめた。
「そりゃあ、どうも。おせっかいだね、あんた」
「お節介は癖みたいなもんだな。悪い」
ザックスは男のそばに膝をつくと、ケアルをかけた。
血が止まり、男は程なく頭をふりながら起きあがる。


「悪かったなぁ、そんじゃ」


しっかり抱きしめ会う麗しい夫婦の姿をあとにし、ザックスは遠巻きにして苦笑している仲間達の元へ戻る。


「違ったみたいだ」
「まあ、違って何より」
ほっとため息を付いたショーンは、不意にメンバーの顔を見回して青ざめた。


「全員でここに来ちゃったか?」
「クラウドは?」
誰もクラウドを探しに行かなかったことに気づき、慌てたメンバーは一斉に路地裏の奥へと走り出した。






「捕まえて嬲るしかできないよなあ、そんな醜い姿じゃ。同情するよ、化け物」


男達の口から、怒りの唸り声が上がる。
唇がめくり上がり、尖った歯ががちがちと打ちならされ、涎がこぼれ落ちた。


「決着付けようぜ、化け物」


クラウドはまっすぐに腕を伸ばすと、残った弾丸を全て撃ち込んだ。
怒りの形相の化け物がクラウドめがけて跳躍する。
クラウドは男達から目を離さないまま、真後ろに向けて床を蹴った。身体が空中に放り出される。
それを捕まえようと一杯に腕を伸ばした男達も、落ちていくクラウドの身体を追って空に舞った。


緑の空に黒い異形の影が二つ浮かぶ。
仰向けで落下していくクラウドの目にそれが写る。


やった――と思った。


下にはソルジャーがいる。誰だかは知らないけど。
いくらなんでも、こいつら、空は飛べないだろう。落ちても死なないかもしれないけど、きっとソルジャーが片を付けてくれる。
俺は囮の任務達成だ。ちゃんと標的をおびき出したんだから。
だから、暢気な嘘吐きソルジャーも、ちゃんと任務果たしてこいつら始末してくれ。
俺は――死ぬだろうか。
ここは何階だろう。
しまった、飛び降りる前に「助けて」って叫べば良かった。
どうか、逃げまどっているうちに間違って落ちたんじゃない、自分で飛び降りたんだって察してもらえますように。




突然爆音が轟いた。驚くクラウドの目の前で、異形の一つが爆炎に包まれて耳に痛い悲鳴を上げる。
続いて、もう一体も爆発するように火に包まれる。
髪の毛と肉の焦げるにおいが鼻を突く。
火球となった二つの身体から、炎を吹き出したままの腕が伸びてきた。
捕まれる――クラウドはそう思って覚悟を決めると目を堅く閉じた。


母さん、ごめん。俺の死因は墜落死じゃなくて焼死になりそうです。
いや、そうじゃなくて、家を出て半年も経たないうちに死んじゃってごめん。


鼻先を熱風がかすめる。ああ、もう駄目だ。
何かが背中に触れる。堅くて、でも熱くはない。
強い力――身体が反転して、頭が抱え込まれる。


何かからかばうように、クラウドの全身が大きな身体に押しつけられた。
肉の焦げる臭いが傍らを通り過ぎて下へ流れていく。
ドシャッという潰れる音と同時に、浮遊の感覚が途切れ着地の反動の揺れが伝わった。


俺、死ななかったんだな。


クラウドは目を開けると、自分を抱きかかえている人の顔を見上げた。
長い銀髪に翠の目を持つ長身の男。
ポスターで見た神羅の英雄がそこにいた。





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