おまけの1日

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翌日のニュースは昨夜のプレオープン中のホテルで起きたパーティージャックの話題で持ちきりだった。
何しろ、会場を襲撃したのは、客のパートナーとして入場していた美男達だ。
最近上流階級の世界で多発していた養子や婿による実質的な財産乗っ取りが、テロリストによる組織犯罪だったことも暴かれ、急に姿をくらました恋人にさては自分も騙されていたのかと声を上げる者が多数出現した。中には家屋敷全ての名義を男の名に書き換えられ、それを無効とする裁判を起こす、と宣言した者もいる。
ホテルのオープンは当たり前だが延期になった。
施設の一部が破壊されたせいもあるが、セキュリティシステムに不具合が発見されたのが大きかったらしい。ホテルスタッフの1人が武器を運び込んだ事実もあって、被害者からは慰謝料の請求もされそうで踏んだり蹴ったりだ。ただ、出資の7割が神羅ということもあり破産は無さそうだ。
いずれにしろ、波紋は大きかった。
このパーティーの主催であり、ファンを多く持つポルノ製作会社社長も犯人の1人で、すでに神羅軍に身柄を拘束されているという発表もあったからだ。



ソルジャー棟のザックス小隊の執務室でニュースを見ていたクラウドは、複雑な気分になっていた。



「ほら、ボーズ。暗い顔してないで、チョコレートでもどうだ?」
「ココアのお代わりは」
「本社にあるカフェの手作りチーズケーキ、上手いから食べてみろ」
ソルジャー達が競うように出してくるお菓子の量に、クラウドは少し閉口する。
今日一日も本社に出向扱いになっているクラウドは、朝にビジネスホテルからここへ直行してそれからずっと昨日のニュースを見ていたわけだが、ソルジャー達はそんなクラウドをしきりと気遣ってくれた。


「ありがとう……でも、こんなに食べられないから」
「なーにを言ってるんだか。疲れたときは甘い物食べるのが一番!ほらほら、一口食べれば全部一気食いいけるって」
全開の笑顔で勧められ、クラウドは引きつった笑顔でフォークをくわえる。


……そんなに疲れた顔してるだろうか。そりゃ、迎えに来てくれたザックスにも病気じゃないかって心配されたけど。
夕べはやっぱり熟睡できてなかったんだな……サーってば、あんなびっくりするような事するし……変に興奮しちゃって、全然…。


クラウドは、昨夜ホテルの部屋まで送ってくれたセフィロスのことを思い出し、1人赤面した。


……やっぱり格好いいよな…サーって。


「ボーズ、ほらほら。ボーズもニュースに出てる」
急にグレンが騒ぎ出し、クラウドは慌ててテレビ画面を見た。
そこには夕べのVTRが流され、ホテル正面から出てきたセフィロスが腕にクラウドを抱いている姿がはっきりと映し出されている。


「やだなぁ……顔が写って無くて良かった」


クラウドは赤面したまま呟いた。クラウドの姿は大きな上着で包まれていて、実質見えているのはセフィロスの肩に回した手と膝から下の足くらいだ。
写真の差し止めはくらったようだが、昨夜会ったカメラマンがにやにやしながらスタジオでコメントしている。


『いや〜〜彼女の姿はね、神羅サイドから極秘扱いでフィルム没収されちゃって、みなさんにお見せできないんですよ。いや、こんな事になっちゃうと当然の処置かなとも思うんですけどね。
実に綺麗な子でしたよ〜〜年の頃、多分まだ15、6才くらいの。金髪碧眼の大人しい子で、サーセフィロスはもうメロメロって感じに見えましたね』
『じゃあ、本命の恋人か?っていう噂は本当だったでしょうか?でも、サーの浮き名は多いですよね』
『あれだけ若い子を遊びの対象にするとは思えませんし、長い目で大事に見守っていると言うところでしょうか』
『ショックを受けている人も多いでしょうね。三ヶ月ほど前にサーと個人的に食事に行ったという女優のステラ・ボーンは、自分こそ恋人だとはっきり宣言していましたけど』


「大人しいって言うか、どっちかというと凶暴だけどな」
背後からの声にクラウドは飛び上がった。
「ザックス」
「サーからも、今日一日ちゃんと休ませてやれって言われてるし、ゆっくりしてろよな。とにかく、食って、寝て、元気付けないと」


にかっと笑ったザックスが、ミッドガル有名ケーキ屋の大きな箱を差し出す。
中はフルーツを使ったパイが三種でそれが人数分。ものすごい量だ。


「いないと思ったら、わざわざ買いに行ってたんだ」
「そうそう、俺も食いたかったし」
ソルジャー達は早速手づかみで味見を初め、クラウドにも取り分けてくれる。
クラウドはテーブルの上に山積みになった美味しそうな菓子の数々に嬉しいけれどもちょっと困ったという微妙な表情になり、そして気合いを入れた。


せっかくの厚意なんだから、全部食べよう!


ついさっきまでとはうって変わった、喜んでるんだかやけくそなんだか判別しづらい顔ながらも元気よくケーキを頬張りはじめた少年に、大人達はとりあえずほっとした。


「……そう言えば、ニュースで言ってたけど、アンバー社長も一味だったって、本当?」


ケーキ3個食べたところでフォークを置き、クラウドはザックスに訊ねた。
アンバー本人はどうでも良いけれど、母親であるアンバー夫人が悲しむだろうと思うと、気持ちが沈む。


「……うん…どうやら、金の奪取と、あとお前を人質にしてサーの暗殺をもくろんでたらしいんだな。それがタークスの調査ではっきりして、多分収容所行きになると思う」
「そっか……」
「それにしてもさ、自分が疑われないようにって、母親を人質にさせるなんて、なんつーか子供の風上にもおけねーよな」
「アンバー夫人、俺の巻き添えになったのかな」
自分を責めるようにクラウドが言う。
「違うよ。悪いのは息子なんだから、お前が自分を責めること無いの。大体にしてサーの暗殺未遂なんて今に始まった事じゃないし、その点に関しちゃサー本人が鈍感になってるんだから、仕方なかったの」
公式発表は今自分が言った通りだが、事の真相事態はザックスはセフィロスから聞かされていた。
巻き添えになったのは、完全にクラウドの方だ。
だが、それをはっきり口に出来ないのは、真相を知ったクラウドがアンバー夫人に同情して酷く落ち込むだろうという懸念と、もう一つ、神羅のイメージ戦略のためでもある。


要するに神羅は「たとえ息子が反神羅組織に所属し、英雄暗殺などという許しがたい計略に与していても、家族に責任を負わせたりしません。常に誠実公正に対処します」というポーズを示したかったのだ。



……上層部はどこまでも計算づくだよなぁ…。


ザックスは頭をかきながら考える。別にそれが悪いとはいわないが、自分が属する組織がまるで数字だけで動く機械のように思える。
でもセフィロスが最初にこの真相を伏せようと考えたのは、やはりクラウドを気遣ってのことだと思う。
アンバー社長の目的が母親暗殺だというスキャンダルは母親の気持ちを深く傷つけ、その傷ついた女性の心の内を思ってクラウドも傷つくだろう――セフィロスはそう言っていた。それは正しいと思う。女性のような「傷ついた私」のアピールはしなくても、思春期の子供の内面は繊細だ。必要以上に考え込ませるようなことはしたくない。



「そう言えば、アンバーが収容所送りにされたら、こいつのプラチナキューティー映像はどうなるんだ?」
「ああ、気になる。あそこ、モデルの質が高いし、シチュエーションも凝っててもう勃ちまくり――」
「こら、子供の前だぞ」
本音を語りはじめたロズの頭をショーンがひっぱたいた。
クラウドはきょとんとしている。
苦笑いでザックスが「プラチナキューティーは神羅芸能部に吸収だと。ついにアダルト部門に堂々進出だよ」と説明してやる。
理性的に見えたショーンも思わずほっとした顔になったのは、誰にも責められないだろう。
『誰でも一部は持っている』というサーの言葉は当たってるんだな、とクラウドは思った。
大人って、スケベだ。



「そうそう、気になってたんだけどな」
唐突にザックスがクラウドの顔を覗き込んだ。
「夕べ、サーはどうやって帰ってきたんだ?」
「え?」
驚くクラウドに、ザックスは大まじめだ。
「ニュースでさ、サー本命の恋人の証明として『送っていった向かいのホテルから一晩経っても出てこなかった』っていうレポートがあったんだけど、……サー、俺達と殆ど変わらない時間に本部帰ってたんだよな」
「そうそう、気になってた」
他のメンツもぐるりとクラウドを取り囲む。
クラウドは少し焦った。
「サーに直接聞いたら?」
「聞いたんだけど、『普通に帰ってきた』って言われてさ」


「普通か……」
クラウドは苦笑した。あれがサーの普通か。


1人で笑いはじめたクラウドに、ザックスは拗ねた顔になった。
「1人で納得してないで答えろって」
「屋上」
笑いながらクラウドは言った。
「あのビジネスホテルの裏側の建物、全部ホテルより低いだろ?サーは屋上から隣のビルの屋上に飛び移って、そっちから帰ったの」
「隣のビルに飛び移るって……」
「そんなの全然普通じゃねーぞ」
「張り込んでたマスコミ、かわいそーー」
「いい手だ。次に彼女の部屋で男と鉢合わせになりかけたら使おう!」
「は?」
最後のロズのセリフに、一斉につっこみが入った。


「お前かーーーー!人の彼女に手を出す不埒物は!」
「お、お前のような奴の所為で、いつも俺は振られて――」
「ゆ、ゆるさんぞーーひとの彼女に色目使う奴なんて、俺は絶対にゆるさん!」
「お前達の彼女にゃ、手を出さないって!!」
「そーゆー問題かよ!」
大男達が寄ってたかった子供のような喧嘩を始めるのを笑って眺めながら、クラウドは夕べの出来事を反芻していた。



夕べ、汚れたドレスは持ち帰って処分するからと、クラウドがシャワーを使って着替えをすませるまでセフィロスは部屋にいた。
その後ケアルをかけてもらい、さあ帰ろうかという時になって、ホテル入り口にびっしりと張り込むマスコミが気になった。


「凄い人だかりですね」
「全く暇なことだ」
カーテンの隙間から外を眺め、セフィロスはまるで人ごとのようだ。
「もう少し、時間をおきますか?」
「オレが出ていくまで、一晩でも張ってるんだろう。待つだけ無駄だ」
そう言うとセフィロスは踵を返す。
「正面から帰るんですか?」
驚いてクラウドが聞くと、セフィロスは悪戯っぽい目で「見送ってくれるか?」と答えた。
よく分からなくてとりあえず一緒に廊下に出ると、セフィロスは非常階段の方へ向かう。
「裏口にも張ってるんじゃないでしょうか」
「多分な」
そう言うとセフィロスは階段を上っていった。
なんで上?帰るんじゃないの?と首を傾げながら、クラウドはセフィロスの後を追っていく。


屋上に出ると、ミッドガルの夜の風景が目前に広がっている。
あの15階の部屋から見たように、星空が地上に落ちてきたようには見えないが、その分深夜になっても灯りの消えない八番街の様子がよく分かる。
ピンクやグリーンのネオンライト。ショーホールの看板。窓から漏れる灯り。
人がいる気配はダイナミックだ。


クラウドが辺りを見回している間に、セフィロスは屋上の手すりに添って歩いている。正面から見て裏手の右の端で足は止まった。
「クラウド」
セフィロスの声に呼ばれ、クラウドは走り寄る。
どうするのかと見上げると、セフィロスは可笑しそうに微笑して、自然な動作で前屈みになった。
唇が触れた。
キスされたとクラウドが理解する前に離れたセフィロスは、くっくっと低く声を上げて笑うと、「おやすみ」と一言だけ残して地を蹴る。


易々と手すりを乗り越え――隣の建物の屋上目指して、セフィロスの身体が夜の空を滑るように飛んでいく。
長い髪が広がり、まるで背から伸びる翼のよう。


クラウドは手すりから身を乗り出し、その銀の翼の行方を見つめた。
セフィロスは水たまりを越えるような気軽さでビルとビルの間を飛び越え、すぐに姿をくらましてしまった。きっと、マスコミの目のないところで地上に降りたのだろうと思った。



――まるで天使様だ。


クラウドはずっと昔、それこそ話をしてくれたのが誰だったのかすら、覚えていないくらい昔に聞いた古い信仰の話を思い出した。


『空の上には神様がいる。その神様には天使様というお使いがいて、地上で人間の行いを見つめている。罪を犯せば、天使様が全て神様にお伝えになる。絶対に誤魔化せないのだから、罪を犯してはいけないよ。きっと神様に裁かれるから』


クラウドは、不意に胸の奥から熱い物がこみ上げてくるような気がして、急いで部屋に戻ると、ベッドに飛び込んだ。
胸の奥が熱くて、鼻の奥が痛いくらいにつんとして、堪えきれない涙がこみ上げてきた。


馬鹿みたいな、――本当に馬鹿みたいな話だけど。
その時のクラウドには、セフィロスが自分の行いを見届けに来た天使様のように思えた。
クラウドの罪も、何も出来ない無力さも全部見届けた上で、許しを与えてくれたように思えたのだ。


こみ上げてきた涙が止められなくて、結局思う存分声を上げた泣いた。
あんなに泣いたのは、生まれた初めてのような気がした。
さんざん泣いて、なぜ泣いているのかも分からなくなるくらいに泣いて、気がついたらベッドに寄りかかるような格好で寝ていた。
結果、今朝の顔は酷いことになっていたけど、泣いて発散したせいか気分はそれほど悪くない。


とにかく、頑張ろう、とクラウドは改めて誓う。


「ありがとう」と言ってくれたあの人に恥じないよう。
天使様に見えたあの人に恥じないように。
サーが天使様に見えたなんて、あまりにも夢見がちな女の子が言うような話で、とても人に言えることではないけど。
それでもあれは、神様がくれた特別な贈り物だと思う。



たった一晩だけの、俺1人のための天使様――。






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