勤労青少年の3日間

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3日目
6

「今回の指揮をとるように命じられましたザックスです!先輩方、一つよろしく!」


ホテル2階にある管理フロアで、ザックスは居並ぶソルジャー達を前に陽気に挨拶をした。先輩格である1stソルジャーも2人ほどいる。
グラビガを使えるソルジャーとなると、どうしても1stの助けが必要だった。


「よう、頑張れよ!」「上手く俺達使ってくれよ!」
「ありがとうございます!ザックス、頑張ります!」
先輩達のかけ声に、ザックスは選挙活動中の政治家のように直立不動で礼をした。
それから、顔をきりりと引き締める。


「今回のミッションの目的と現状について説明する。目的は、現在16階プライベートパーティーフロアに立てこもっているテロリスト5名の殲滅、および、人質となっている金髪碧眼、青いドレスを着たミドルティーンの美少女の救出。テロリストはアバランチの分派『聖戦の盾』の一部跳ねっ返りと判明。現金と逃走用へりを要求で、ミッドガル市警は要求を受け入れるフリで行動中」


「その美少女ってのは、どういう立場なんだ?」
1stの1人が質問する。
「本日のサーセフィロスの連れ。ソルジャーの女に手を出すのは割に合わないという証明をテロリストに見せつけるそーです。なお、この子の正体は……俺らの後輩に当たる訓練生です」
「なんだそれ。訓練生って、女の子の訓練生っていたっけ?」
「いや、男です……まあ、その辺は複雑な事情があるんで斟酌してくださいって事で」
ザックスはテロリスト達の写真を皆に見せた。
「人質と区別つくよう、顔、覚えといてください。それじゃ、現場の説明します」
ザックスは管理フロア内にある分割モニタに表示された16階の館内図を示した。


「テロリストがいるのは、この16階中央エレベーター正面にある部屋。人質は主催と客と合わせて31人。接客担当とバンドマン、ダンサー18人は解放。残念ながら2名が射殺。この死体と一緒に従業員用エレベーターに押し込まれてたもんで、全員見事に錯乱中。現在事情聴取は無理な状態で、詳しい状況は不明です。射殺されたのはホテルスタッフが1人とブルネットのヌードモデルのシャーレーンちゃん。冥福をお祈りしましょう」


「ブルネットのシャーレーン!オレ、ファンだったんだぞ!」
「オレなんて、無修正くんずほぐれずの6Pビデオを――」


どよめくソルジャーに、ザックスはやれやれと言った顔で頭を抑える。


「先輩方、気持ちは分かりますけど、嘆くのはまた後で。赤毛のグレンダちゃんも人質になってるらしいし、俺ファンなんで、ぜひとも感謝のキスを受け取りたい――」


一瞬で呆れた視線を向けられ、ザックスはこほんと一つ咳払いをすると素知らぬ顔で話を再開した。


「サーセフィロスは現在犯人の監視下にあるため、この作戦には直接参加しませんが、作戦立案はサーです。その内容は、15階まで階段登って、そこから上階のパーティーフロアにグラビガをかけ、フロアの床ごと落っことしちゃえ、という奴です。ただし、このやり方だと人質も一緒に一階下に落ちる可能性があるので、救助も同時に行います。救助担当は、俺の小隊が引き受けますんで、先輩方は魔法とテロリストの始末をたのんます」


「わかった」「引き受けてやるよ」
本来ならば1stソルジャーが複数出るような規模の作戦ではない。気楽に頷く。


「そんで、ちょっとお知恵を拝借なんですけどね、この画面見てもらえます?」


ザックスはモニターを示した。
「16階から上のVIP専用フロアには独立したセキュリティが組まれていて、現在、そこを乗っ取られちゃったまま。要はホテルが襲撃されたときに上のVIPだけは、屋上からへりで脱出が可能なようにですね、下からでは簡単に16階に到達できないようになってるんです。まあ、俺らは15階から攻撃かけるんで、それはどーでも良いんですけど」
密かな笑い声が上がる。
「ここ、パーティーフロア、東側出入り口のすぐ側に、屋上への直通エレベーターがあるんですわ。これは、完全に下の管理フロアからは独立しているんで、パスコード使っても停められない。つまり、うまくテロリストを下に落っことさないと、ここから屋上に逃げられる可能性がある。で、屋上には……アンバー社長が乗ってきた小型ヘリが一台上手い具合に残ってるわけで」
「つまり、床を抜く位置だ大事ってことか?」
「そうっすね。フロア全部一度に落っことせば一番楽なんだけど、それだと人質がやばいんで、ある程度絞って穴あけて欲しいんですわ」
「中の配置は分からないのか?人質がどこにいて、犯人がどこにいるか」
先輩の質問に、ザックスは呻った。
「うー、それが確認できてなくて。おそらく、西側バルコニーに面した窓側と扉の近くを避けると、中央ステージ周辺に人質は集められてると思うけど、どーだろ」
「打倒だろうな。すると、テロリスト側は……」
1人が数カ所を指さした。
「人質を監視しつつ、外部を警戒、そしていざというときの脱出経路を考えると、部屋の北東にある管理パネル周辺からステージ近くに点在していると考えられるんじゃないか?」
「とりあえず、東側出入り口を確実に抜けば、まず間違いないだろうな。正面扉は突入部隊で閉鎖すればいい」
「その辺、よろしくお願いします。んじゃ、次は救出部隊の方」
ザックスは1stソルジャーの背後に控えている自分の部下を見回した。


「15階真下にはエアクッションを置いて落ちてきた人間を受け止める。医療班は北側従業員用エレベーター前に待機。ソルジャーチームは医療班の所まで人質をピストン輸送。必要があればその場で応急処置して、その後は一般兵チームが階下に搬送する」
ザックスはホテルの管理コンピューター担当の男に確認する。
「エレベーターの動作制御、こっちで出きるんだよな」
「はい、大丈夫です。すでにパスコードは打ち込み済み。エンター入れるだけでコントロール回復です」
「それじゃ、オッケー。突入の合図があり次第、エレベーター動かして」


ザックスは最後に階下での待機班も含めて全員を見回した。
「通信はインカムで行うけど、突入合図までは無線封鎖。万が一、こっちの通信傍受されてたらまずいからな」
それから思いついたように言う。
「警察無線の方は、金がもう少しで用意できるって風に流すように言っといて」
メンバーが頷くのを確認して、ザックスは時計の時刻合わせを行った。


「んじゃ、2140。ミッション開始!」


■■■□□


アンバー夫人が身じろいだ。傾いだ身体をクラウドは支えてやる。
人質となってすでに数時間。他の人質達も疲労の色が濃い。


(大金揃えるのって、こんなに時間がかかるもんなのかな……)
クラウドは大きく息を付き、端末の前で額を寄せ合ってる男達を見る。
「状況はどうよ」
「へりの手配はついたみたいだな。金は各支店からかき集めてるみたいだ」
「神羅銀行本店に振り込ませりゃよかったかな。そしたら、10分で金が揃ったろうに」
「そんな事したら、間違いなく神羅軍が出てくるし〜」
面白い冗談でも聞いたように、端末操作の男がげらげら笑う。彼らは警察無線を盗聴しているようだった。
「英雄さんはどうよ」
「さっきから動いてない。すごいねー、置物みたい」
「トイレとかいかないのかね、英雄さんは」
「ほら、美形はトイレいかないのお約束だし〜〜バラの花びらと紅茶だけで生きてんの」
「お前、それ、何十年前の少女漫画よ」
ピクリとも動いていないように見えるセフィロスに、男達は呆れ半分の賞賛を送った。


「マジで動かない。そんなにあの小娘が可愛いのかね」
ホテルマンの服装の男が、クラウドを無遠慮に眺める。
「確かに可愛いよね〜〜いろいろと俺の色に染めてあげたい!なんて気になるし〜」
見張りの男がにやにやしながら軽口を叩く。
「…なあ、まだ手を出してないと思うか?」
「いくらなんでもまだだろ?色気は全然ねぇもんな」
下卑た笑いが聞こえ、クラウドは憮然とした。色気なんて、あってたまるか!


「……動かな過ぎるのも気になるな」
不意にホテルマンが言う。
「あいつ、その気になれば壁ぶち破って突入してこれる奴だろ。なんでここまで黙ってる?」
「だから、彼女が可愛いからだろ?」
「部下に指示してる様子は?」
端末操作の男は、セフィロスの顔の部分だけ別画面で呼び出した。キーボードを操作して、記録していたデータから時間をさかのぼるようにして口元の動きを確認する。
「特にしゃべってる様子はないぜ。人も近づいてないし」
そう言って、げらげらと笑う。
「あんた、考えすぎ!金さえ揃えば返してやるってんだから、あえて危険犯すわけないじゃん。可愛い彼女の顔がズタボロになったら、困るでしょ」
「そうかもしれないが……」
男は大股でクラウドに歩み寄ると、乱暴に立たせた。


「お前とお前。場所、移動だ。正面扉入り口前に座ってろ」
そう言って、クラウドとアンバー夫人に銃口を向ける。
「連中が強行突入してきた場合、一番最初に攻撃喰らうのはお前らだ」
クラウドは黙って男を睨み付けると、言われたとおりの場所にストンと座り、アンバー夫人は自分の影になるように座らせた。
最初に撃たれるなら、それでもいい。
サーセフィロスは存分に男達に報復してくれるだろう。



■■■□□


無言で行動する男達は素早かった。
偉丈夫ぞろいで軍靴も履いているというのに、なぜ音を立てずに動けるのかと、一般兵は舌を巻く。
ソルジャーというのは兵として完全に別格だ。
彼らは館内図で確認済みの場所に来ると、黙って天井を見上げた。
エレベーター前の広いロビーに当たるので、遮蔽物はない。
ザックスは声を出さずに親指で天井を示すと、それを逆さにした。
男達は天井に向け、魔力を集めた。生み出された黒い球体に触れた瀟洒なシャンデリアが瞬時に分解、消滅した。




急に引っ張られるような感覚をクラウドは受けた。
体は動いていないのに、視界が回るような気がする。
気持ち悪い。
胃から何かが逆流してきそうで、クラウドは口を押さえた。
「どうなさったの?具合が悪いの?」
アンバー夫人が慌てて背中を撫でてくれる。
乗り物酔いの感覚に近いと思ったが、そんな事があるわけはない。
クラウドは口を押さえながら、嫌な感覚の中心を追った。


足下から来る。
かなりの広範囲。
ぐらりと視界が揺れる。
下に引っ張られていくようだ。
背中を何かがはいずっていく。
どこかで感じたこともあるような、そんな感覚。


クラウドはぐっとのどを鳴らした。


魔法だ。


誰かが下で魔法を使っている。


何かが起こる。
とっさにそう判断したクラウドは、アンバー夫人の肩に腕を回し、抱きかかえるようにして壁側へ張り付いた。
「……どうかなさったの?」
アンバー夫人が不安そうに聞く。
「分かりませんけど……警戒してください…」
「お前ら、勝手に動くな」
ホテルマンがマシンガンを振り回しながら、大股で近寄ってくる。
その瞬間、音を立てて床が凹んだ。
一カ所の凹みはたちまちのうちにすり鉢状の穴となり、部屋の中の物がそこに向かって滑りだす。
椅子やテーブルがぶつかり、身体が滑り落ちそうになって人質は悲鳴を上げた。


「わあああああ!」


足を滑らせ、尻餅を付いたまま穴に向かって滑り落ちた男が、パニックに陥って引き金を引いた。天井に向けて銃声が響く。
悲鳴と混乱が一層激しくなる中、穴から黒い物が躍り上がった。
男の持つ銃が真っ二つになり、男は鉄の塊に殴られ声も上げずに下に落ちる。


「正義の味方、参上しました!」


ふざけた言葉を発しながら、ザックスは斜めになった足場を諸ともせず、脅えた顔で銃を持つ男に向かって突進した。
一瞬で断ち切られた銃身が床を滑り、下に落ちる。
男は血煙を上げてのけぞった。
喉がかれるまで悲鳴を上げ続ける女性の前に別の男が立ち、
「はい、ちょっとだけ我慢!」
と言うなり抱え上げて次々と下に飛び降りる。
「捕虜は要らないんだよな」
落ちてきた人間の中に標的を見つけ、ソルジャーの剣が無造作に振るわれた。
「先輩!こっちに返り血飛ばさないで!」
2ndソルジャーの1人が、失神寸前になっている中年の男をかばいながら叫ぶ。
混乱の中、会場は制圧された。
生者と死者の運命ははっきりと分かたれたのだ。



「ああ!」
がくんと落ち込んだ床に足から落ちかけたアンバー夫人が悲鳴を上げた。
「しっかり」
クラウドはその腕を掴み、残っている壁際の床の上に引き上げる。
「ありがとう。でも、ソルジャーって乱暴ねぇ」
夫人はおっとりと述べた。慌てている様子は見えない。剛胆なのかそれとも感覚が麻痺しているだけなのか、クラウドは判断に迷う。とりあえず、ソルジャーが乱暴だという意見には賛成だ。まさか、下から来るとは思わなかった。
それでも、初めて目の当たりにしたザックスの剣技には息をのんだ。
マシンガンの連射を全部剣で止め、一瞬の隙で間合いを詰める。
他のソルジャーも同様。
銃と剣となのに、決着は文字通り一瞬だ。


「お、お姫様発見!ザックス!彼女でいいんだな」
床の大穴の反対側にいたソルジャーがクラウドを見て笑顔を見せた。
「そう、その子。先輩、下に連れてってもらえます?」
ザックスが手を振って笑う。
クラウドはほっと息を付くと、アンバー夫人を立たせた。
「助かりましたね」
「そのようねぇ」
少しでも移動しやすい場所を選んで歩き始めてすぐだった。
アンバー夫人がいきなり前のめりに倒れた。
「ミセス!」
急いで抱き起こそうとしたクラウドの眉間に、銃口があった。
倒れて重なり合った何客ものテーブルと椅子の間から、腕が伸びていた。
一本はアンバー夫人の足首を掴み、もう一本は拳銃を握ってクラウドに狙いを付けている。
テーブルがはね除けられ、こぼれた飲み物や食べ物にベタベタにまみれたホテルマンが立ち上がる。
「動くな」
男はアンバー夫人の襟首を掴んで立たせると、その額に銃口を当てた。
「このババアの命が惜しければ動くなよ」
そう言いながら、立ちすくんでるクラウドに顎をしゃくる。
「おい、お前。そこのドアあけろ」
クラウドはつばを飲み込み、目線をザックスに向けた。
ザックスは唇を噛みしめている。死体の数の確認がまだされていなかった事を悔やんだが遅い。
沈痛な目で、ザックスは頷いた。今は男に従え、と言うことだ。
クラウドは男を睨み付けながら、ゆっくりと正面扉を開けた。





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