5
目が覚めたとき、そこは見覚えのないベッドの上だった。
広すぎて、クラウドがいくら四肢を伸ばしても端に届かない。
ぼーっとしたまま上体を起こし、ベッドから降りようと毛布をめくったところで、自分が服を着ていないことに気が付いた。
(あーーーー、…そうか。そうだったっけ)
ぼんやりと、昨夜のことを思いだした。中途半端にしか覚えてなかったのだが。
多分、どうやら、抱き枕代わりだけでは終わらなかったようだ。ひどく体がだるい。
セフィロスのセックスの相手をしてしまったらしい、と自覚した物の、だからといって特別な感傷はなかった。そこに至る過程に、あまり生々しさというか、その手のいかがわしさを感じなかったせいかもしれない。
途中で(さすが英雄……がっついてない…)と妙な感心をした覚えがある。
ただしやっぱり具体的に何をしたのかは覚えていない。
(…まあ、覚えてないならそれでいいや…それより、服、どこで脱いだんだっけ…)
裸のままセフィロスの寝室を出て、念のために自分の部屋の向かいにある洗濯室のランドリーボックスを覗いてみると、夕べ着ていたTシャツとショートパンツと、ついでに下着も入れられていた。片づけをセフィロスにさせたことの方が、クラウドは恥ずかしかった。
変なところで自己嫌悪を感じつつ、自分の部屋に戻って洗面と着替えをすませ、こっそりとリビングのドアを開ける。ソファに腰掛けて新聞を読んでいるセフィロスの頭が見えた。
クラウドはキッチンに行こうとソファの後ろを歩きながら
「おはようございます、サー。朝食はお済みですか?」と訊ねた。
「いや、まだ……」
答えながら目を向けたセフィロスが、突然腕を伸ばしてクラウドの襟首を掴んだ。
「わ!」
いきなり背後から引っ張られたクラウドの小柄な身体は、あっさりと背もたれを乗り越えソファの上に押さえつけられる。後頭部をセフィロスの膝にぶつけ、クラウドは涙目でセフィロスを睨んだ。
だいたい、なんであそこから腕が届くんだろう。でかいにも、ほどがある。
「いきなり何をするんですか!」
クラウドの抗議を無視し、セフィロスは不機嫌に眉根を寄せた。
「お前、何を着ている」
「……はあ?」
クラウドは涙目のまま自分の格好を見た。普段非番の日に寮で着ているのと同じ、神羅支給のトレーニングウェアだ。
何を怒っているのかと見ると、セフィロスは不機嫌そうな顔のまま、「私服は持っていないのか」と聞く。
「持ってますけど、数がないので、非番の日は殆どこの格好ですけど…」
「休日にここで神羅支給品を身につけるのは禁止だ!」
一方的に宣言され、クラウドは目が点になった。一瞬何を言われたのか理解できず、間抜けた事を言った。
「俺、下着は全部、支給品なんですけど!休みの日はずっとノーパンですか?」
「……下着は許可する…目に見える範囲で支給品着用は禁止だ」
アホな質問に真面目な返事をもらい、ようやくクラウドは状況が理解できた。理解できたら、いくらなんでも上官の横暴だと思った。
「理由を教えてください!理由もなく、非番の日の服装まで制限する権利はないはずです!」
「上官命令ではなく家主命令だ!休日に家の中でまで兵士の服など見たくない!」
あまりにもきっぱりとした理由に、ソファの上で正座したクラウドは反論の言葉を失ってしまった。クラウドは「……着替えてきます」と一言言うと、肩を落として自室へ向かった。
はっきり言って困った。持っている私服はニブルヘイムから持ってきた物で、すでに数年は着ているという年代物だ。トレーニングウェアは丈夫で動きやすいし、破れたらまた支給してもらえるという大変ありがたい代物だったので、少なくとも正規兵になるまで休日は全部これですますつもりだった。
当てがはずれて、クラウドはがっかりしてしまう。
(……基地内のショップで売ってる普通のTシャツ…神羅オリジナルブランドとかで高いんだよな…安い店、ミズ・ルナかジンさんに聞こう…)
型くずれしたシャツとジーンズに着替え、リビングに戻る。ドアを開けると、いきなりセフィロスと視線がぶつかり、今度は困ったような顔つきになっているのが見えた。
「……私服がそれか…」
「……ボロいってはっきり言ったらどうですか?そりゃ、サーが着ている服に比べたらアレですけど…ニブルヘイムじゃ、大きめの買って何年も着るのが普通だったし…」
クラウドは赤面して俯いた。
「いや、馬鹿にしたつもりはないが……」
正直セフィロスは純粋に驚いただけなのだ。普段見かけていたクラウドの私服姿と言ったら、たいていがルナの選んだ女装姿だったので、なんとなく普段着と言ったらスカート姿を連想していた。
初対面からしてそうだったので、ある意味、すり込みされたような物だ。
それが普通に少年の格好をしていたのでそれに驚いてしまったのだが、少年は自分の私服がみすぼらしいからだと思ったようだ。
何はともあれ、手持が乏しい状態で支給品着用を禁止した以上、何か代替えを用意すべきだろうとセフィロスは思った。別に着る物がなければ裸でいてもらっても、全く気にしないのだが。
「クラウド、今日の予定は」
「……終日、休日ですけど」
そう答えると指先だけで手招きされ、すねた顔つきのまま近づくと、あっさりと腕を捕られて傍らに座らされてしまう。
「サー、腕を放してもらわないと、朝食の準備が出来ませんけど」
「食事は外でとる。少し黙ってろ」
――はいはい、電子レンジで温めるのも面倒くさいんですか。
俺がやるって言ってるのに――
むっつりしながら黙っていると、PHSでセフィロスは誰かに連絡を取っている。自分の目の前で話すなんて、聞かれてもかまわない内容なんだろうかと、ふてくされるのを止めてクラウドは耳を澄ませた。
「ザックスか。頼みがある、10分で来い――朝食?奢ってやる。……お前が手際よく進めてくれれば、夕方までに用事は済む。……?買い物だ。お前の連れてきた小僧の着る物を見繕って欲しい。……分った、早く来い」
続いてマンションのフロントに連絡を入れ、ザックス用のカードキーの発行を指示する。
通話を終わらせたセフィロスに、クラウドは目をまん丸くすると、早口で訴えた。
「サー!俺、ソルジャーが行くような店の服なんて買えません!」
「誰がお前に支払えと言った!だからオレは訓練兵に金を出させるほど、困窮しておらん!」
こいつは、年上に物をたかるという発想がないのか――ザックスなど、機会を見つけるたびに食事をおごれ酒をおごれと言い出すのに。
だいたい、ザックスに限らず、自分と一緒に出かけて金の心配をする人間は始めてだ。
女など、初対面でもいきなりアレが欲しい、コレが欲しいと当たり前のように強請る。
それを思い出すと、子供と金銭の支払いの事で言い争うなど考えられないことだ。
むなしいほどせこい遣り取りになりそうで、セフィロスは額を抑えた。
その様子をクラウドは唇を強く噛みながらきつい目で睨んだ。
こういうセリフは言いたくなかったが――昨日の今日で物を買い与えられるとなると、疑いたくもなる――思い切ってクラウドは言った。
「――抱き枕の代金だとか言うなら、いりません。俺は売るつもりだったわけじゃないから」
「お前はそうとるか?」
セフィロスの目に少し険が含まれる。最強ソルジャーのそんな目つきは怖かったが、クラウドも発言を引っ込める気はなかった。
「…物を買ってもらう理由なんて、それ以外思いつきません。それでなくても、生活費の面倒見てもらってるような物なのに」
血縁関係のないソルジャーと同居すると、もれなく愛人関係と見られるというジンの言葉が身にしみて理解できた。生活レベルが違いすぎるので、どうしても一般兵はソルジャーに様々な面で『面倒見てもらう』形になる。
金銭面とは違う部分で借りを返したいと思っても、セフィロス宅ほど管理がしっかりしていれば、掃除洗濯家事引き受けます、などという手段も使えない。一方的に与えられるだけの関係など、クラウドはイヤだった。
自分一人では何も出来ない子供――そんな自分の立場を突きつけられる思いがした。
ひどく緊張した雰囲気になったとき、インターホンからザックスの声が響いた。
『おーい、来たぞ〜〜とりあえず、飯いこ、飯!』
せっかちな声に、クラウドは急いで立ち上がると、中からキーをあけた。ドアが開くと、機嫌良さそうな顔でザックスはクラウドの肩を抱え、リビングの家主に元気よく朝の挨拶をした。
「おはようございます、サーセフィロス!やっぱり、こいつの私物、少なすぎますよね〜〜俺も荷ほどき手伝って、コレは何がなんでも物増やしてやらないといかん!みたいな妙な使命感に駆られてた所だったんで!」
ザックスはクラウドが口を挟む隙もないほど一気に言うと、物問いたげな少年の肩をばんばんと叩いた。渋面になっているセフィロスを気にかける様子もない。
「んで、クラウド。お前、服の好みは?ミッドガル流行最先端からウータイ式民族衣装まで、大抵のなら揃うぞ」
「こ、好みって言われても…」
ザックスの勢いに押され、クラウドは焦った。焦って思わずセフィロスを見ると、言って見ろと言わんばかりに顎をしゃくられた。
悩んだあげくに「……動きやすくて丈夫ならなんでも」と面白みのない返事をすると、ザックスは大げさに天を仰いだ。
「お前なーー、いい若いもんがそんな洒落っ気のないことでどうする!いっそ俺とお揃いにするかぁ?ワイルドで格好良いぜ」
そういうザックスの格好はノースリーブに黒革のベストとパンツ。銀の太いベルトやチェーンがジャラジャラと着いて、ごついライダーブーツも銀の飾りが付き放題だ。これは本当に格好良いのかとクラウドが疑わしげな目で見ると、ザックスは豪快に声を上げて笑った。
「まあ、お前のタイプじゃないかもな。じゃ、伍番街のショッピングモール行こうぜ。あそこは幹部社宅エリアの近くだから、定番のカジュアルブランドのショップが揃ってるはずだ。旦那、朝食はそこのカフェのモーニングでいい?」
「それでいい。外で待っていろ」
セフィロスは立ち上がると、上着を取りに寝室に向かった。
「んじゃ、お先に〜〜〜」
ザックスは手を振ると、納得しかねる風のクラウドの腕を引っ張ってエレベーターに乗った。ドアが閉まってから、大きく深呼吸をする。
「うーーー、旦那、まだ機嫌悪いのな。冷や汗出たぜ」
いや、セフィロスの機嫌が悪かったのは直前のクラウドとの会話のせいなのだが、勝手に納得しているザックスに、クラウドは眉を寄せた。
「ザックス、全然感じてなかったみたいなのに」
「そりゃーおまえ。昨日の怒りっぷり見てたら、もう見て見ぬフリっつーか感じないフリするしかないぜ。マジ、怖かった。夕べ、お前、顔、合わせなかったか?」
「……顔は合わせたけど…怒ってるって感じはしなかった…疲れてたみたいだけど…何かあったのか…?」
問うクラウドに、ザックスは顰め顔を見せた。
「さすがにお前に八つ当たりはしなかったか。何かあるも何も、むちゃくちゃだ。俺ももうハイデッカーにはうんざりだよ、あの馬鹿…」
こめかみをもみながら、ザックスは呻る。夕べのセフィロスを思い出し、クラウドは心配になった。
「任務の内容って、俺が聞いたら駄目?」
「うーん……まあ、任務自体はそのうち華々しく公表されるだろうし…」
ザックスは髪をかき回した。「極秘扱いじゃないし、……ただ、口外禁止だぜ」
こくんとクラウドが頷く。
「アイシクルエリアで交渉の仕事だっていっただろ?」
「交渉失敗したの?」
「いや、交渉自体は大成功だ…レジスタンスの砦で話をして、部族が移住する土地の補償と、その土地の開拓に必要な資金の援助をするって事で、武装解除する話は付いたんだ。それなのにさ……一般部隊から中隊が出てただろ」
「うん、ソルジャー部隊の後に到着したんだよな」
「そいつらが、レジスタンスの村を勝手に焼き払ったんだよ。ハイデッカーの指示だとかで、神羅に協力する部族への友好の証だとかなんとか言って。女子供老人含め、非戦闘員が全員皆殺しだ……」
クラウドは絶句した。
「そんな事されて、武装解除する奴なんているわけないよな。一気に戦闘が始まって…向こうはもう、こっちの信用なんてしないし、家族皆殺しなわけだし、もう全員ここで最期だって感じで…」
ガシガシと髪をかき回しながら、ザックスはその光景を思い出したのか、体を震わせた。
「お前ぐらいの背格好の子供もいたんだ。それがさぁ、砲撃で腕吹っ飛ばされたりして血まみれになって、それでも山刀振り上げて向かってくるんだ。向かってくるからには、こっちも迎え撃たなきゃいけない。捕虜にしようとすると、みんな自爆する。……爆弾、身体に巻いてたんだ。だから、近づく前に息の根止めるしかなかった。死ぬ必要なんて全然なかったはずの子供が、だぜ?納得いかねーよ!」
ザックスはエレベーターの壁を拳で殴った。一瞬箱が揺れ、クラウドはびくつく。
「戻ってくるなりセフィロスはハイデッカーの所へ怒鳴り込みに行ったけどな、それでも腐っても総括だし。執務机まっぷたつにして、今後、指揮系統を統一できない部隊との合同作戦はいっさいお断りだと宣言して…それが限度だってのは悔しいよな」
ザックスはため息を付く。エレベーターが一階に到着した。ロビーに出て自動ドアに向かいながら、言葉が出なくなってしまったクラウドに、哀願するように言った。
「だからさ、さっき旦那が買い物行くって連絡よこした時はさ、少しは気分転換になるかなって期待したんだ。旦那の気が晴れるよう、お前も協力してくれよな」
ためらいがちに頷きながら、クラウドはぼそっと呟く。
「……兵士の格好、見たくないって…その所為もあったのかな…」
戦争の英雄がそこまでデリケートだとは思わないが、でも昨日の今日というなら、それこそ、無駄な戦端を開いてしまった一般兵を連想させる服に嫌悪を感じていても仕方なかったかもしれない。タイミングが悪かった。
クラウドの今朝の言いぐさもタイミングが悪かった。
ザックスの話を聞いた後なら、……やっぱり素直に買ってもらおうとは思わなかっただろうな、と頭をかきつつ、別の言い方があっただろうと思う。
夕べ、自分を見たとき、セフィロスは知らない誰かを見ているような目をした。
ザックスが言ったように、死ぬ必要の無かった子供の姿を重ねていたのだろうか。
外に出て少し待っていると、セフィロスの車が地下駐車場から出てくるのが見えた。
クラウドが後部座席に乗り込むと、ザックスが運転を代わってセフィロスは助手席に移る。
生意気な物言いをした事を詫びた方がいいかなと思ったが、結局クラウドはサングラスをかけて無言でいるセフィロスに話しかけることは出来なかった。