子供の事情と大人の事情

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6

ショッピングモールに着くと、開店には少し時間があったので、まず最初に一階のカフェに行き、モーニングを注文した。
朝から英雄の姿を目にしたウェイトレスは浮かれ気味で、トレイを持つ手がカタカタと震えている。
そういう反応になれているセフィロスやザックスは知らんぷりで、クラウドは居心地悪げに紅茶をすすった。
食事をしながら、ザックスはセフィロスに聞く。


「旦那〜今日の予算の上限はあり?」
「ない」
「太っ腹…俺もそういって買い物してみたい…」
ザックスがしみじみ言う。
クラウドが首を傾げながら「ザックスも高給取りじゃないの?」と聞いてみると、「俺はまだぺーぺーだから。つーか、欲しい物がありすぎて今の給料じゃ全然足りねー」とほざく。
そしてクラウドの方を向き直り、
「という事だから、ここは遠慮しないで、足りない物全部買い足しておこう。俺が見たところ、普段着の他に、ちょっとした勝負着とか勝負パンツとか勝負靴とか、全然足りない。彼女出来たときにさ、『神』マーク入りのパンツはいてたら、ちょっと誘えねーぜ?」
「彼女を誘うのに、なんでパンツのマークが関係あるのさ」
心底分らない、と言ったクラウドに、セフィロスはザックスを睨んだ。
「子供にはまだ早い」
「…14だろ?そう早くもないと思うけどな〜〜。あ、そうだ、最初は年上にしとけ!いろいろ教えてもらえるぜ?」
「だから、パンツのマークと、彼女と、年上の関連性って何!」
その声が聞こえたのか、さっきから注目していたウェイトレスが口を押さえて笑っている。セフィロスは軽くザックスをこづいた。
「……注目されまくりだ」
「へいへい、質問の答えはまた後でゆっくりな。それじゃ、いくか」


店内案内図でカジュアルショップが並んでいるエリアを確認し、ぞろぞろとそこへ向かう。どこでもセフィロスは注目の的で、そのついでで一緒にいるクラウドにも視線が注がれ、恥ずかしくなってザックスの陰に隠れる。
「お前、ちっこくなってたら、なんにも選べねーぜ。ほら、この辺だから、良さそうな店あるか、見てみようぜ」
クラウドはザックスの陰に隠れるようにして、各店を店先からのぞき込み、並んでいる服のデザインにいちいち驚き、面白がっているザックスに促されて、ようやく、比較的オーソドックスなデザインを扱っている店を見つけた。


「ほら、ここなら、良さそうじゃねーの?形的には無難なTシャツとかセーターとかパーカーとか。ジーンズもあんまり股上浅すぎねーし、この辺ならうっかりケツの割れ目が丸見えなんて事も無さそうだ」
隣にあるショップのマネキンには、ぎりぎり大事なところが隠れている程度のローライズジーンズが履かせてある。ついでに、その店にいる店員も、客も、同じようなヤバイくらいに股上の浅いパンツ着用。丸見えの腹には臍ピアスにチェーンベルト。トップはぎらぎらラメが光る薄物カットソー。
反対側の隣は、白のレースを袖や裾にふんだんにあしらった黒のドレスがメイン。靴も髪もレースの大きなリボンで飾った年齢も体格も違う自称乙女達が、ラッピングしたキャンデーよろしく集まって、やっぱりセフィロスに手を振っている。


クラウドは目眩がしてきた。
「も、なんでもいいから買い物すまそう…」
なんで他の連中は、こんなに大きな店の中で迷わず買い物が出来るんだろう…。


人酔いもして半ば朦朧としているクラウドは、ザックスとショップの店員にとっていい着せ替え人形だった。値札を見ないでもすむ買い物は、ザックスにとってもいい気分転換だったようだ。
セフィロスはあまりにも人目を引くと言うことで気を利かした店長が事務所に案内し、精算の時に呼ぶことになっている。
「よかったなー、ここ。スニーカーに下着まで同じブランドで揃ってるから、他の店行かなくてすむぜ」
言われるままに何度も着替えを繰り返し、ぐったりへたり込んでしまったクラウドに、ザックスは笑いながら言った。服を選んでくれたショップの店員さんが若くて可愛らしい女性だったので、えらく機嫌がいい。


「せっかく揃えたんだから、ここで着替えしてった方がいいな。それ以外は届けてもらうとして…どれ着る?」
聞かれても、クラウドは実のところ、どの服が購入決定なのか、よく分っていない。困っていると、可愛い店員さんが助け船を出してくれた。
「この後の予定に合わせて選んだらどうかしら。どこか、遊びに行く所とか無いの?」
「どうだろ、聞いてるか?」
クラウドは「知らない、買い物行くとしか聞いてない」と答えた。
「俺も…ちょっと旦那に聞いてくるから。悪いけど、彼女。とりあえずすぐ着て行けそうなの、選んでくれる?」
えらく甘い声でザックスは店員にささやく。まんざらでも無さそうな彼女が、ふふっと笑う。その自然な雰囲気に、クラウドはぼーっと見つめてしまう。いつの間に、そんなに親しくなってるのだろうか、ザックス…恐るべし。
事務室に引っ込んでいるセフィロスに予定を聞くため、ザックスが店の裏に引っ込むと、女店員は悪戯っぽい笑顔のまま、クラウドに近づいた。


「うふふ、疲れちゃったみたいね。肝心のご本人には聞きそびれていたけど、どういったデザインがお好みだったのかしら」
明るい茶色のショートヘアが可愛らしい女店員が優しく聞く。少し年上らしい綺麗な女性に話しかけられ、クラウドはどぎまぎしながら「…あまり、よく分らなくて…どんなのでも」とだけようやく答えた。すると、女店員は好意的な笑い声を小さくあげた。


「うふ、彼が言ったとおり。なんだかいろいろ教えてやりたくなるんだ〜なんて、変な誤魔化し方だと思ったけど、ほんとね。良いことも悪いこともたくさんお姉さんが教えてあげちゃう!って気になっちゃう」
「え、えーと…」
からかわれているのだろうか……ザックスはいったい彼女に何を言ったんだろう…と返事も出来ずに悩むクラウドに、女店員はにこにこしながら言った。
「あんまり熱心にあなたの服選んでるから――それこそ、あっちの色が似合うとか、こっちの方が可愛いとか。あたし、彼に『恋人なの?』って聞いたの。そしたら、『弟分。いろいろと疎いから、なんか構って教えてやりたくなるんだー』なんてでれっとした顔で言うから。あたし、やっぱり恋人かと思ってたのよね。そのくせ、今度デートしようなんて誘ってくるし。だから、ただの浮気性男かと思ってちょっと警戒してたの」
女店員は小首を傾げ、クラウドに同意を求めるような目で笑う。それに釣られてクラウドも笑った。
「うふ、可愛い。恋人でなくたって、もっと可愛さ引き立つようにしてやりたいって思うの、無理ないかも」
「…あの、誉めていただけるのは嬉しいんですけど、あんまり可愛い可愛い言われるのは…」
引きつったクラウドに、女店員は不思議そうに聞いた。


「恥ずかしい?だって、可愛いいもの。普段からそう言われない?綺麗だとか可愛いとか」
女顔だと言われる事はよくあるが、綺麗と言われるのは、大抵女装して化粧した時だけなので、クラウドは複雑な顔になる。
「あんまり…俺男だし、そういう言われ方はちょっとイヤかも…」
「あら、それは差別だわ!」
女店員はきっぱりと言った。


「このお店は同性カップルも多く来るんだけど。一見、さっきの彼とあなたみたいな感じの組み合わせね。普通の男女カップルと同じよ。自分のパートナーが一番魅力的に見える服装させたいと思うのは。そりゃあもう、熱心に選んで『綺麗、可愛い』連発よ。あたしはそれを見て、微笑ましいと思うし、二人が喜んでくれるような服を提供したいと思うわ」
胸を張って言う彼女に、クラウドが反論できる余地など無かった。自分の仕事に誇りを持つ女性――それだけで、半人前のクラウドにとっては尊敬すべき人間である。
(……そうか…可愛いって言われて喜ぶ男も居るんだ…じゃあ、本当に誉め言葉のつもりで言う人もいるんだな…)
田舎と都会の価値観の違いを一つ覚え、納得する少年に、女店員はにんまりと笑うと、さっきザックスに提案したものの、やんわり却下された服を一枚持ち出した。
「だからね……このピンクのパーカー着てみない?きっととっても似合って可愛いわよ?」




「おーい、この後はただ帰るだけだって…おい、何着てんの、クラウド」
可愛らしいピンクのパーカーに白のハーフパンツを着ているクラウドに、ザックスは目を丸くした。
さっき、女店員が「絶対に似合う!」と主張していた服だ。確かに似合うだろうが、あまりに可愛らしすぎる上にクラウドが着たらナチュラルに女装に見えそうなので、さすがに私服ではやめておいた方が良いのではないかと思って選ぶのを止めた服。


「あ、似合わない?」
クラウドは焦ったようだ。サンゴ色がかったピンクは思ったほど派手ではなく、クラウドの白い肌にはよく似合う。だが、――本気で女の子に見えて、ザックスは誉めて良いのかどうかちょっと悩んでしまった。
「お前、人が気ぃきかせて、カーキとかブルーグレーとか地味目な色選んでやったのに、何勝手にこんな可愛い色着てんだよ。こんちくしょう、俺だってほんとはもっと可愛い色着せたかったってのに」
女店員と目配せすると、ザックスは笑って店内を見回した。


「よし、もうちょっと服選びだ。今度はもっと明るい色の、思いっきりかわいーく見える奴」
「ちょ、ちょっと待って!まだ選ぶの!」
クラウドが悲鳴じみた声を上げた。それに構わず、ザックスは可愛い女店員と手をつなぐ勢いで勝手に服選びをしている。
「…もうこんなに選んでるのに!あんた、俺がこれ着る機会がいったいどれだけあると思ってるんだ!」
「何を騒いでいる」
全然話を聞いてくれないザックスにクラウドが恨めしそうに訴えていると、その声を聞きつけたのかセフィロスが店に出てくる。
妙に可愛らしい服装になった少年に、ちょっと驚いたようだ。
「それを着て帰るのか」
「えと、着ろと言われて着ただけなんですけど、…おかしいですか」
「いや、おかしくはないが…」
セフィロスは、喜々としてミントグリーンとレモンイエローのシャツを比べているザックスを見る。


「お前の服を選ぶのに、お前の意見は必要ないのか?」
「……俺の意見なんて…せいぜい、丈夫で動きやすいくらいしかないですから…」
クラウドはいじけたように言って壁に凭れた。
私服なんて非番の日しか着ないのに、いったい何年分買うつもりなのだろう。
全部同じサイズなんだから、ひょっとして来年も、体格が変わらないとでも思ってるのだろうか。
一応、一年後には2サイズくらい上の体型に育ってる予定だったのに。


不服そうに軽く唇をとがらせ、それでも何も言わずに黙っている少年に、セフィロスは苦笑しながら同じように壁に背を凭れさせた。
クラウドは自分の隣にいる長身を見上げた。腕組みをして壁に凭れ目を細くして、女店員相手に楽しそうなザックスを眺めている。
「あ、あの…」
ためらいがちに声をかけると、翡翠の目が下を向く。
「今朝は変な勘ぐりをして、申し訳ありませんでした」
クラウドがそう詫びると、セフィロスは片眉を上げる。
「急にどうした」
「えーと……ザックスとサーの話を聞いていて、俺と、サーでは財布の大きさがとんでもなく違うって事がようやく理解できましたので」
クラウドは小さくため息を付く。


「変なたとえですが、俺は貧乏だけど、誰かにドリンク一本奢るくらいはする事もあるわけで、それで、何かやましい事があるんじゃないとか、変に勘ぐられたら腹立ちます。サーにしてみたら、この買い物も俺にとってのドリンク一本と対して変わらない感覚だったんじゃないかと思ったら、ずいぶんと失礼なことを言ったんだと気が付きました」
「賢明だな。で、おとなしく出資させる気になったか」
「出世払いでいつかお返しします。頑張って働いて、階級をあげようという励みになりますから」


意地っ張りな少年に、セフィロスはくくっと喉奥で笑った。
なんですか、と声に出さないものの、問いたげな目をクラウドはセフィロスに向ける。
「利息は付けないから焦る必要はない。ゆっくり返せ」
そう言って、セフィロスはクラウドの頭を撫でた。見上げてくる目からは片意地張った硬さがとれて、幼さばかりが伝わってくる。
「普段から、そういう年相応の服装をすべきだな。似合っている」
「年相応…ですか?なんか、女の子っぽく見える気がして、恥ずかしいんですけど」
クラウドは自分が着ている柔らかいピンクの服を見下ろした。
「そうか?オレはお前が女物を着ている姿を見慣れているせいか、むしろ少年らしく見える」
クラウドは顔を赤くして俯いてしまった。それを見て、セフィロスは笑みを浮かべる。
たまたま二人の方へ目を向けたザックスは、目を丸くした。


「ちょ、ちょーっと、何やってんの。どう見てもいたいけな子供を口説いてるロリコンにしか見えないぞ!っていうか、世間様に余計な娯楽を提供してどうする!」
大股に詰め寄るザックスに、クラウドとセフィロスは顔を見合わせた。
「娯楽を提供って?」
クラウドの無邪気なセリフに、ザックスは無言で背後を指さす。
店内には、当然だが他の客もいる。親子連れや、若いカップルや、若作りカップルや、ゲイカップルなど。それぞれ服を選ぶフリをしながら、英雄と可愛らしい少女とも少年ともつかない子供の様子をじっと眺めており、頬染めた子供に英雄が優しい笑顔を見せた時点で、いろんな思いのこもった悲鳴があちこちで上がっていた。


「あんまり目立ちすぎだな。名残惜しいけど、買い物はここまでだな。彼女、今まで選んだ服全部、自宅に送って欲しいんだけど」
「はいはい、それじゃ、この伝票にサインと住所お願いします〜〜」
大量の売り上げに、にこにこの店員が差し出す配送伝票に必要事項を書き込み、セフィロスは精算をすませた。クラウドがそれまで着ていた服や靴は纏めて紙袋に入れてもらう。それを手渡しながら、女店員がにっこりと満面の笑顔になった。


「配達は明日になります。またのご来店をお待ちしております」
「ご来店の前に、君に会いに来ちゃ駄目かな?名前教えてくれる?」
「うふふ、ネームプレート見てくれなかったの?」
「それは見たさ。でも、君の口から、き・き・た・い・の」
「いやね、もう…あなたが名乗ったら教えてあげる」
「もう教えちゃう、俺の名前はね…」


カウンターにへばりついてまだ口説いているザックスに、クラウドとセフィロスは同時に声をかけた。
「ザックス……いつまで口説いてるの〜」
「おいてくぞ。……確かあいつ、夕方からデートだと言ってた筈だが」
「……二股…?やっぱり、浮気性だ…」
二人の呟きが女店員の耳に届いたのか、彼女の笑顔がぴきっと固くなった。
数秒後、ザックスはがっくりと肩を落として二人の所へ戻ってきたのだった。







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