子供の事情と大人の事情

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7

遅めの昼食をモール内のレストランですませると、ザックスは「リベンジ!」とばかりに、ショップの可愛い女店員を口説きに行ってしまった。
「今日はデートじゃなかったの?」とクラウドが聞くと、「今日のデートは今日のデート。彼女とのデートは、次の休日のデート」と悪びれもなく答える。
ザックスのめげないタフさぶりにクラウドは妙な感動を覚えるものの、置き去りにされ周囲の注目を浴びまくりで、結局早々にマンションに戻ってきた。
なれない買い物に疲れていたクラウドは、リビングのテーブルの横に崩れるように座り込んだ。


「疲れたか」
セフィロスにそう聞かれ、クラウドは素直に「はい」と頷く。
「なんだか、目がチカチカして。ミッドガルは都会なんだと、改めて思いました」
そのセリフに、セフィロスは薄く笑う。この子供は任務よりも大きなデパートに買い物に行かせた方が、よほどダメージが大きそうだ。その素朴さが笑みを誘った。
そんなセフィロスに反発を覚える余裕もなく、クラウドは大きく息を吐くと立ち上がってキッチンに向かった。とりあえず、何か飲みながらゆっくりしたい。


コーヒーメーカーが香ばしい香りを漂わせ始めた頃、リビングからテレビの音が聞こえてきた。
マグカップをトレイに乗せてリビングに戻ると、 眺めているだけ、という風情で、セフィロスはソファにゆったりと腰掛けてテレビを見ていた。大きな画面の中では、理知的な美貌の女性キャスターがニュースを読み上げている。
クラウドはテーブルの上にカップを二つ置くと、ぺたんとカーペットの上に座り込んだ。


『ジュノン基地で行われた海上フェスティバルには、全世界から20万人以上の観客が集まり、大変な賑わいを見せております。ジュノン軍楽隊によるパレードの他、ミス・マーメイドに選ばれた5人がパレードカーの上から手を振ると、大きな拍手がわき上がり、午後からは大道芸人が路上でパフォーマンスを繰り広げました』
キャスターの声に被さるように、派手な花火の映像が映る。
続いて、ミッドガル市議会からのスラム住人による犯罪の警戒の呼びかけ、八番街劇場の新作ミュージカルの宣伝、市内の高校生による戦争反対デモ行進の様子が流れる。
自分と同年代の少年や少女が『戦争反対』と書いたプラカードを手に、新羅本社に向けてデモ行進をし、警察に解散させられる映像を見て、クラウドは複雑な気分になった。


「あれは、茶番だ」
薄く笑いながらセフィロスが言う。クラウドが目を向けると、
「あれは社員の子供達だ。反対運動を繰り広げる純粋な子供達の意見に耳を傾けるプレジデント――という演出のな」
セフィロスの言うとおりに、ニュースは『プレジデントは平和を訴える少年達の声に耳を傾け、後日、会談の機会を設けることを発表しました』と続けた。
「わざわざあんな演出をするくらいなら、出兵自体を取りやめればいいものを」
セフィロスは辛辣に言う。クラウドは少し困ったように言った。
「……それじゃ、俺、失業するかも…」
「その時はもれなくオレも失業だな。もっとも、神羅がそれを止める事はないだろう。全世界を掌握するまでは」
怒っているのかと思ってセフィロスの顔を見ると、表情だけは笑っている。冷たい光を放つ目は綺麗だが、怖い。
本気で怒ったときは、どんな目の色を浮かべるのか、怖いけれども見てみたい、とクラウドは本気で思う。
そうしているうちに、キャスターは次の記事を読み上げる。


『写真週刊誌【ファインダーオール】に、神羅の英雄、ソルジャーセフィロスの密会写真が掲載されました。写っているのは、神羅スィートの新しいイメージキャラクター、モデルのソレイユ・パーシモン嬢で…』
「……本社ロビーで紹介されただけだが…」
テレビに映る写真画面は、一見ホテルロビーで並んでいるように見えるが、現場は実は神羅の本社ロビーで、ソレイユの斜め左辺りには彼女のマネージャーと会社役員がいた。見事なまでの切り張り写真に、セフィロスは思わず本気で呆れてしまう。
「さて、オレには何人恋人がいる事になるのか」
「俺が噂で聞いたのは、この三ヶ月で6人目ですけど」
「ザックスの二股どころではないな。六股か」


クラウドは吹き出した。それなら、自分を入れたら七股か――などと考えたが、口に出すのは止めた。くすくす笑いながらテレビを見ていると、不意に伸びてきた腕に襟首を捕まれ、クラウドはセフィロスの膝の上に引っ張り上げられる。
「いきなり何するんですか」
クラウドは頭の上にあるセフィロスの顔を睨みながら言った。
この人、俺が軽いと思ってぬいぐるみかなんかと勘違いしてるんじゃないか、と疑いたくなる。
「お前……六股じゃなくて、七股だと思わなかったか?」
口元だけで笑いながら言われ、クラウドはギョッとなった。なんで分ったんだろう?
目を丸くしたまま、意地の悪い笑い方をしている綺麗な顔を見ていると、くくっと声を上げて笑い出す。
「図星か」


「……もう…まだ抱き枕が居るんですか?」
じたばたしながら膝から降りようとするクラウドを、セフィロスは笑いながら抱きしめる。
「抱き心地が気に入った。おとなしくしていろ」
「……何が良いんだか、理解できません」
クラウドはため息を付いておとなしくセフィロスに凭れた。どうせ、じたばたしても逃げられない。女性のように胸があるわけでも無し、骨張ってて抱き心地などいいとは思えないのだが、本当に何が良いんだか。
ニュースはそのままソレイユ嬢のプロフィールを紹介し、神羅の英雄の好みについて解説員が分析を始めている。


『ソルジャーセフィロスは健康的で自立した女性と一緒にいるところを、多く目撃されていますよね』
『過酷な仕事をされていますから、戦場から戻ったときに気分を明るくしてくれるような、そんな女性を求めているのではないでしょうか』
「ニュースで取り上げるような内容か?」
と、セフィロスは苦笑する。
『いったんコマーシャルです』というキャスターの声の直後のCMでは、噂のソレイユ嬢がにっこり微笑む『この甘い時間をあなたと過ごしたい。神羅スィート新発売チョコレート【A sweetheart's time】』が流れている。
見え見えの宣伝にもう爆笑するしかない。


「新商品の度に恋人が増えそうだ」
セフィロスはわざとらしくため息を付くと、膝の上で声がかすれるまで笑っているクラウドに「笑いすぎだ」と呟く。
「だ、だって……サー……」
笑いすぎて言葉にならないクラウドに、セフィロスは顰め顔を作ると、顎をとらえていきなりキスを仕掛けた。笑いが止まり、クラウドは目をまん丸くしたまま固まってしまう。
「お前、夕べのことは覚えているか」
セフィロスはキスの場所を頬から耳へと移動させながら、聞いた。真っ赤になったクラウドは口をぱくぱくさせつつ、ようやく「…あんまり…」と答える。
「そうだろうな。あれだけよがっていては、記憶も飛ぶだろう」
「よ、よがるって……」
真っ赤な顔で絶句した少年に、セフィロスは笑った。
その真っ正直な反応が可笑しい。


「冗談だ。お前は途中で眠ってしまった。抱いてる最中に寝られたのは初めてだな。そんなにつまらなかったか?」
少年の顎を手で固定し、セフィロスは目をのぞき込むようにして言う。クラウドは答えに詰まっておろおろと視線を泳がせたが、なんとなく「…ごめんなさい」と謝罪を口にしてしまった。
やっぱり、途中で寝るのは相手に失礼なんだろう、……多分。


それを聞いて、またセフィロスは笑う。笑われる理由がよく分らず、クラウドは顔を顰めた。
「昨日は行軍訓練で疲れてたんです!」
「なるほどな。それで記憶がないお前は、今朝はどう思った?オレと寝たと思ったか?」
「……状況的に、やっちゃったかな…みたいな…」
「やっちゃったと思った感想は?」
セフィロスは面白がって質問を重ねてくる。恥ずかしがるのも馬鹿らしい気がして、クラウドは堂々と答えた。
「別に何とも。覚えてなかったから、それでいいや、と思いました。…あ、でも…」
「でもなんだ」
「……なんか、妙に体がだるい気したんですけど……」
セフィロスは一瞬だけ軽く眉を上げると、そのまま吹き出した。
「何か、心当たりあるんですか?」
「……それは、まあな。最中だったと言っただろう」
クラウドは焦った。結局、何をどこまで経験してしまったのだろう。とりあえず、キスをした覚えはあるのだが。


……まあ、いいや、とりあえず未遂だった訳か。
クラウドは潔く焦るのを止めた。どうせ聞いたって教えてくれないんだろうし、今更教えられても困る。
CMが終わり、テレビはニュースを再開している。


『アイシクルエリア、ボーンビレッジ西北部で続いていた部族間闘争がソルジャーセフィロスを筆頭とする神羅軍の介入により終結した件で、本日午前11時、神羅治安維持部総括ハイデッカー氏が会見を行いました』


ふざけて笑っていたセフィロスが、一瞬にして表情を無くした。睨み付ける眼差しで、テレビ画面の中で得意そうにふんぞり返っているハイデッカーを見つめている。


『長らく続いていた争いだが神羅との協力関係を拒み攻撃を仕掛けてきたハラ族は、先日、ソルジャーセフィロスを初めとする我が精鋭達の攻撃の前に、首謀者オハラ・ハラ・ハリを要する一派は壊滅。残党は全て降伏して、この周辺の部族間闘争は終結したと考えられる。実にめでたい。
これを持ってアイシクルエリアの開発は、我が神羅と協力関係を結んだシマ族の手によって行われることになった。
神羅はさらなる発展を遂げることとなるだろう。我らは助けを求める手を見捨てることはない。これからも、協力を求める地域があれば、いくらでも手を貸す。我ら神羅は、この星のために力の限りを尽くすだろう』


「攻撃を仕掛けたのはどっちだ」
セフィロスは不愉快そうに言うと、リモコンのボタンを押して髭を揺らして笑うハイデッカーの映像を消した。ソファに深く凭れ、目を伏せるとそのまま黙り込む。
クラウドは何も言えず、冷めたコーヒーを淹れ直そうと体を起こした。とたんに襟首が引かれ、ソファの上で身体が一回転して肘掛けに脚が引っかかる格好で止まる。
上半身仰向けで半ばクッションに埋もれたクラウドは、真っ正面を睨んでいるセフィロスを見上げながら、抗議しようかどうか少し悩んだ。
「…動くなと口で言えば分りますけど」
返事はないが、襟首を掴んだ手はまだそのままだ。起き上がろうとすれば、多分また引っ張られる。


――本当にこの人、俺のこと、ぬいぐるみか人形だと思ってるに違いない。


クラウドはあきらめてその姿勢のまま大人しくしていることにした。部屋は静かで、物音一つ聞こえない。セフィロスは微動だにせず、綺麗な置物みたいだ。
上目遣いで見つめていると、徐々に眠くなってきた。
どうせ動けないんだからと、クラウドは目を閉じて一眠りすることにした。
目が覚める頃には、セフィロスも自分を解放してくれるだろう。





膝の上から動きかけた少年を引き寄せたのは、殆ど無意識の動作だった。何か文句を言っていたようだが無視していると静かになった。
それきり意識から少年のことは消え去り、さっきのハイデッカーの会見とアイシクルエリアでの不本意なミッションの顛末について考える。


未開発地域の開拓については、シマだろうがハラだろうがどっちに任せてもいい話だった。いずれアイシクルエリア深部探索に神羅が本格的に乗り出す時の、拠点として利用されるだけの話だから。
むしろ今後の協力者としての資質を考えれば、独立志向が強く忍耐強いハラ族の方が信頼がおけただろう。セフィロスとしては、彼らとの交渉の糸を残しておきたかった。
いずれ前人未踏の氷原に探索に出されるのは、間違いなく、頑強な身体を持つソルジャー中心部隊になるからだ。
どうせ苦労させられるのだ。だったら、信頼できる協力者を育てておきたいと思うのは道理だ。


セフィロスが見たところ、シマ一族は依存心が強い上にずるい。強者にすり寄り、少しでも楽をしたがる。
武力を誇示したい神羅に飲み込まれても本望なのだろう。
だがそんな連中に命を預けられる訳はない。
セフィロスは喉奥に小骨を引っかけたような不快感を覚えた。


神羅がシマ族に肩入れしたのは、単に「平和を乱す勢力に神羅は屈しない」というポーズだ。実際は、ハラ族が開拓した土地にシマ族が勝手に入り込み、収穫をかすめ取っていく事から始まった争いだ。
他者を支配したい勢力と、強者に支配されたい勢力。単なる利害の一致。
今時、こんなあからさまなイメージ戦略に乗せられるのは、情報から取り残された田舎か魔晄の恩恵を受けている連中だけだ。
プレジデント神羅がエセ紳士的指導者の演技を続ける限り、悪役を押しつけられる勢力は作り続けられ、消えることはない。
ウータイではゲリラは活動し続け、各地ではテロリストが暗躍する。
クラウドが心配したような兵士が失業という事態は、当分ない筈だ。


セフィロスはふと傍らの少年に目を向けた。いつの間にかクッションに顔を押しつけた姿勢で眠り込んでいる。


こういった身体もろくに出来ていない、戦力としては物の役にも立たない子供を兵士として採用するのは、一番安価な警報装置兼、盾代わりだからだ。
攻撃があったときは真っ先に撃たれる位置に子供達は置かれる。主戦力である特殊戦闘員やソルジャーに敵襲を知らせ、反撃に転じるまでの弾よけになるのが仕事のようなものだ。
VIPの警護と称して、一体何人の子供が巻き添えで死んだろう。


神羅軍には崇高な使命など、どこを探しても存在しない。コストが最優先だ。時には幹部の気まぐれだけで兵士は死地へ追いやられる。命には値段が付けられ、平等はあり得ない。
神羅が必要としているのは、組織に益をもたらすだけの能力を持った人間で、自らそれを証明しない限りは、ただ使い捨てにされるだけだ。
それが解っているからこそ、セフィロスは無駄な戦闘を嫌う。
失った命を惜しむわけではない。神羅のために命を捨てることほど、馬鹿なことはないと思っているからだ。
神羅の象徴、英雄とも呼ばれる自分がそんな事を考えていると知ったら、この子供はどう思うのだろう。
セフィロスは眠っている子供の肩を揺さぶった。


「起きろ、クラウド」
子供らしい仕草で顔を顰めると、少年はぼんやりした顔のままでゆっくりと体を起こす。
「目が覚めたか」
「……イエス、サー…」
返事はするものの、どう見てもまだ寝ぼけている。
気にせずにキスを仕掛け、それでもまだぼうっとしている少年の耳元に、「夕べの続きをするぞ」と言ってやる。
クラウドは一つ瞬きをしてセフィロスの顔を見た。言われたことがよく理解できていない顔だ。


困惑気味の少年の身体をソファに押しつけると、何か考えるように視線がきょろきょろと動く。お互いに恋愛感情があるわけではなし、中途半端に終わった行為を継続する理由など何もない。
だが拒む様子はないのは、拒むだけの理由が思いつかないと言った所だろうか。
すでに「やっちゃった」気分になっていた少年にとって、セフィロスとのセックスはタブーではなくなっているのかもしれない。
この小さな頭の中で何を考えているのかと思いながら、セフィロスはキスを繰り返し、少年の服の裾から手を入れてなめらかな肌に触れる。
少年がセフィロスの髪を引っ張った。キスを止めて顔を上げ、その顔をのぞき込むと、困った顔のまま口をへの字にしている少年が、ばつが悪そうに言う。


「……続きと言われても、どこまでやったか覚えてないんですけど…」


難しい顔で考えていたのはそれか――と、思わず笑いがこみ上げた。
「わ、笑わなくたっていいじゃないですか」
身体をばたつかせる少年に、セフィロスはくくっと笑いながら答えた。
「それでは、最初からやり直そう」
ゆっくりと髪を撫でながら、ふれるだけのキスから始めると子供は大人しくなった。
結局は好奇心だけかも知れない。それでも構わない。
置き場所に困って彷徨っている手を自分の背中に回してやると、長い髪に指を絡めて飽きずに弄んでいる。どうやら本人はともかく、付属品である長い銀髪は間違いなく少年に愛されているらしい。
深くなったキスに苦しげな吐息を漏らす少年の唇を解放してやると、大きな瞳を潤ませて見つめてくる。


子供と大人の境界線を彷徨う目。そのアンバランスさに興味を引かれる。
少年が少年でいる時間は短い。身体は時間とともに成長し、精神は直面する現実によって変化する。
今は自分の腕の中にすっぽりと収まり、軽いキス一つで息を弾ませる子供も、数年後はすっかり違う生き物になっているはずだ。
または肉体そのものが失われているかもしれない。
あの名前も知らない北の国の少年のように。


今しか存在しない奇妙な生き物。
セフィロスが今のクラウドを見て感じる一番大きな印象は、それだ。
変わっていく様を見てみたい。
少年の長いまつげが震え、強く噛みしめた唇は紅を塗ったように赤くなる。
その唇を舌でなぞりながら、セフィロスは少年が知らない刺激を与えていく。
子供が掠れた声を上げた。
蒼い瞳には生理的な涙が盛り上がり、銀髪を握る手は固く力がこもっている。
一瞬、クラウドとセフィロスの視線が交わった。
一方的に翻弄されていた筈の少年が、自分を抱く男を見て目を細めるとほっとしたような笑みを口元に浮かべた。
その笑みの意味を問いただしたかったが、少年はすぐに視線を逸らしきつく目を瞑ってしまう。笑みは消え、再び唇は固く噛みしめられる。
奇妙な反応。
セフィロスは困惑した。
理解しがたい子供に、興味は強くなった。






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