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「えーと、そんじゃ、作戦会議。一応、してみます」
ジンから回ってきた指令書片手に、ザックスはやる気なさげに部下を集めた。
「ミッション内容はファッションショーの警護。『ショーを中止させてやる』という脅迫文がデザイナーの所に届いたそうで。あ、ちなみにショーは明後日、夕方5時からセントラルホテル、大ホールだそうです。贅沢だなぁ」
室内にいるソルジャーも兵もくすくす笑う。
「脅迫の背景、犯人についてはタークスが動いてるから、俺達が調査する必要はなし。万が一、ホテルに爆発物等が仕掛けられた場合に備え、ホテル警備員と神羅の爆発物処理班が捜索中。つまり、俺達がやることと言ったら、思い切りよく肉弾攻撃しかけられたときの用心棒みたいなモノ。ちなみに、この仕事の出所は兵器開発部門のスカーレット女史で、どうやら俺達、女史のデザイナーへの熱烈アプローチの小道具に使われてるよーです。期待に応えて、ソルジャーはフル装備でデザイナーに張り付き、女史以外の女に囲まれるのを防いであげましょう」
くすくす笑いが遠慮のない爆笑になった。にかっと笑いながら、ザックスは具体的な指示を出し始める。
「俺は当日は番犬よろしくデザイナーにくっついてるから、ショーンは警備本部での報告受付その他、仕切よろしく」
「了解」
「俺とショーン以外は会場出入り口付近で警戒。威嚇も意味も込めて、めいっぱい怖い顔してやってくれ」
「アイ・サー」
「スプラウト班はスタッフジャケットを着て、目立たないように出入りの人間を警戒。会場全体の警備はホテル側がやる。そんで、クラウド」
「はい」
名指しにクラウドは緊張の面もちになった。ほら来た――そんな気分だ。
「お前は女性兵の制服来て、モデルの控え室内に待機。着付けやヘアメイクとかで外部の人間の出入りも多くなるし、ショーが始まれば戦争みたく忙しなくなるから、たとえば爆弾入りバックとか持ち込まれても気が付かない。その辺り、気を付けてチェックしてくれ」
「はい…って、控え室内に入るの?格好だけ変えたって、男は男だろ?」
クラウドは呆れ顔で言い返したが、「いーの、気分の問題」と一蹴されてしまった。
「あれ、でも、女性兵っているの?」
素朴なクラウドの疑問に、一般兵チームの班長であるスプラウトが笑いを堪えながら答える。
「前線配備はされないが、内勤についている女性兵はいる。情報解析部とかオペレーターとか」
「まあ、普段は本社ビルの奥にいるだけだから、目にした事ない連中も多いんだよな。そのおかげで、神羅女性兵の制服はマニアには絶大な人気があるらしい。クラウド、押し倒されないように気を付けろよ」
「誰に押し倒されるんだよ!」
室内はまた爆笑だ。クラウドは頬を膨らませて拗ねるが、その仕草がまた大人達の笑いを誘う。
「まあ、気を付けるのはクラウドだけじゃないけどな。ここで、大事なことを言っておく。各員、肝に銘じとくように!」
まじめな顔になったザックスに、全員が気を引き締めて耳を澄ませる。おもむろにザックスは口を開いた。
「間違っても、モデルのおねーさんたちとお近づきになりたいなんて思わないように!あの手の自分の美貌に自信があってそれが売りのおねーさんたちは、半端じゃなく男に貢がせる!何たって、セフィロスに初対面で20万ギルのネックレスを強請った強者もいたくらいだ!俺らレベルの給料じゃ、尻の毛までむしられる羽目になりかねん。経験者が言うんだから、間違いない!」
「隊長、むしられたのかよ!」
真面目な雰囲気が一転して爆笑の渦になった。笑い声で質問が飛ぶ。
「で、セフィロスは貢いだのか?」
「買ってやったそうだ」
「え、そんなにいい女だったのか?」
どよめきながら、全員が身を乗り出した。思わずクラウドも耳を澄ませて答えを待つ。
「神羅ジュエリーブランドのCMモデルに選ばれたトップモデルだったそうだ。サーセフィロスは気前よくネックレスを買ってやり――請求書を経費として経理課に回した。その女は二度と神羅のCMに起用されなくなったというオチ付き」
ザックスはにまっと笑う。
「我らが英雄は、貢ぐより貢がれる方に決まってるっしょ」
「違いない」と納得の笑い声が上がる。
「え?」とクラウドは周りを見回す。
「貢がれてるの?サーセフィロスが?」
「貢いででも、愛人にしときたいって女がわんさといるって事。あの人、特定の相手作らないから、空白の恋人の座を狙って身体もお金も貢ぎますから私を選んで〜って感じかな。きーーー、羨ましい!」
ザックスが冗談めかして言うと、また「うんうん、まったくだ!」と納得の声が唱和する。
「ふーん」と一見興味のない顔で、クラウドは呻った。
そうか、わんさといるのか。六股七股どころの騒ぎじゃないわけだ。
「まあ、とにかく。我らが英雄のもてっぷりをうらやましがるのは置いといて」
ザックスは時計を見た。
「今日の午後2時から、先方のデザイナーに顔見せに行くことになってる。俺とショーン、スプラウトとクラウドが同行。明日のリハーサルは午前11時開始のため朝の8時には会場入り。今日のうちに装備の点検しといてくれ」
「俺も行くの?」
「お前は大事なモデルさん警備担当だから、顔見せとかなきゃだめっしょ。いつもの部屋にルナが来てるから、着替えしてきてくれ」
「……はあ」
めんどくさい。クラウドはがっくりと肩を落とす。
「着替え部屋は4階事務局フロアだから、マートル、他のチームの奴にちょっかい出されないよう付き添いしてくれ。北口の備品搬入エレベーターなら、誰にも会わないから」
「イエス・サー」
「一人で行けるよ」
クラウドが慌てて言うと、マートルは面白そうに片目を瞑って見せた。
「いいじゃん、隊長推薦の女装姿、一番最初に見たいからさ」
面白がってるように聞こえるが、クラウドの事を心配して着いてきてくれるのは解ってる。現場に行く前から足手まといになってる。
そう考えると、なんだか落ち込んできそうだ。せめて出来ることを頑張ろう――となると、頑張って女っぽく見せなきゃ無いのか、それはそれでめげそうだ。
クラウドはため息を付いて、すっかりクラウドの衣装部屋と化している4階の小部屋に行った。ミズ・ルナはもう準備を整えていた。
ハンガーに吊されているのは、一般兵の物よりもグレーがかった青のツーピース。タイトなミニスカートが涙を誘う。ノーカラーのジャケットは身体のラインを強調するようなデザインで襟ぐりは深く、薄手のタンクトップが併せてある。
靴は足首までのブーツだがヒールは高めで、これでとっさの時に迅速に動けるのだとしたら尊敬ものだ。とりあえずはこれを制服に採用した上司にセクハラ疑惑で抗議したい。
「ストッキングは自由なんだけど、何色がいいかしら?最近じゃ黒のレースが流行らしいけど。クラちゃんなら生脚でもいけるかも」
「俺、今、青痣だらけなんだけど…」
ついたての影で着替えをすませて出てくると、マートルは低く口笛を吹いた。
確かにミニスカートから伸びる白い生脚は押し倒したくなるほど色っぽい。だが、残念な事に、膝上やふくらはぎにはくっきりと紫がかった痣が残ってる。
「なんかこの上着、胸着いてませんか?」
「クラちゃんがブラジャーつけるのは嫌だって言うから、上着に直接パット縫い込んだのよ。脱ぐといきなり貧乳になるから、脱がないでね。腰パットもつけると、もっとスタイルよく見えるんだけど」
「……それは遠慮します…」
マートルが、思わずクラウドの胸と尻に目を向ける。確かに、腰はもうちょっとボリュームがあった方がセクシーかもしれない…って、男の子がセクシーでどうする!と自分で自分につっこみを入れた。
「痣もそれだけはっきりしてると、ファンデーション塗って誤魔化すわけにはいかないわね。ちょっとイメクラくさくなるけど、黒ストッキングはくしかないわね」
またついたての後ろに引っ込んでストッキングをはく。イメクラくさいって、聞いただけでもうさんくさい格好になりそうだ。
ミニスカートの裾を気にしつつ、今度はメイクのために鏡の前に座った。
「あたし、今夜から別の仕事が入ってるから、残念ながら明日明後日は手伝えないの。簡単なメイク法教えるから、自分でやってみてね。とりあえず、髪はもうちょっと高い位置で結んでポニーテールにする。それだけで、かなり女の子っぽくなるわね」
うしろで思いっきり首を縦に振るマートルが鏡に映る。悔しいけれど、否定できない。
ルナはクラウドの眉の形を整え、アイブロウペンシルを持たせて簡単な眉の描き方を教えた。眉の下側だけラインを整えるような描き方で、クラウドでも何とかなりそうだ。
それから、薄付きのアップルレッドのグロス。
「この服の色なら、ピンクより赤の方が映えると思ったの。付けすぎたと思ったら、ティッシュで抑えるといいから」
鏡の中には、「タレントの一日体験入隊」みたいな美少女が出来上がっている。
マートルはしきりに感じ入ったように頷き、クラウドは全く違和感のない自分の顔に、少しばかりではない情けなさを感じた。
「はい、これで出来上がり。一人で出来るよね」
「はい、なんとか…いつもありがとうございます」
「いーのよ。あたしも楽しんでるから」
にこにこしているルナから、化粧品一式が入った化粧ポーチを受け取り、よたよたと小隊執務室のある8階に到着。マートルは他の隊の連中に出会わないかと、まるで敵のアジト侵入時のような警戒ぶりでクラウドを誘導する。クラウドはヒールでこけそうになりながら、なんとか部屋にたどり着いた。
「お前、あっちに着くまでにヒールで歩く練習しなくちゃな」
「……靴擦れしそう…ヒールって苦手だ」
ミニスカートで登場のクラウドに、ザックスは口笛を吹いた。
「おお、似合うじゃん!でも太股もじもじさせるのは止めろよな〜なんか、すっごくエロいぞ」
「なんだか落ち着かないんだよ、裾が短すぎて」
クラウドはスカートの裾を引っ張りながら、太股をすりあわせた。中にショートパンツは履いているが、どうしても股がスースーして落ち着かない。
「だから、エロいって……」
「エロいエロいしつこい!誰の所為だと思ってるんだ!」
言うなり、クラウドはザックスの腹に回し蹴りを喰らわせた。ソルジャーの頑丈な身体でも、さすがにヒールが食い込むと痛いらしい。膝をつき、もろに蹴られた腹を押さえながら、「……お前、その格好で蹴りはやめとけ…」と切れ切れに訴える。
はっと気が付くと、ソルジャー達はかぶりつき、サポートチームの先輩達は目のやり場に困ったような顔つきで後ろを向いている。
「隊長、…もう一回エロい言って、蹴られてください!」
「出来れば、踵落としで」
「お前らが蹴られろ!」
ザックスは涙目で怒鳴った。
「あんたら、一回、尻の毛毟られてこい!」
クラウドは勢いに任せて手近にあったパイプ椅子を振り回し、はしゃいだ声を上げて逃げまわるソルジャー達を追いかける。
「頼むから、何も壊さないでくれ!」
「……クラウド、ヒール履いて走れるようになったじゃん…」
スプラウトは悲痛な声を上げ、マートルは感心した声で呟いた。
スプラウトの願い通り新たな備品損壊の被害を出すこともなく、4人は時間通りにスカーレットお気に入りというデザイナーの店に赴いた。
「……デザイナーってなんて名前?」
乗り物酔いで少し青ざめたクラウドが聞く。
「……なんだったっけ…なんか面倒くさい奴」
「セヴィリァン・ロートです。別にそう面倒くさくないでしょ、隊長」
「舌噛みそうな名前ですな」
女性用ドレスのデザイナーなど全員興味がないので、やる気も起きない。ましてや、もともとは兵器開発部門のスカーレット関係である。あの派手で甲高い笑い声をあげる女性の姿を思い浮かべ、さて、そのお気に入りとはどんな服を作るのかと想像するだけでげんなりだ。
案の定――店のディスプレイのマネキンが着ているドレスは、どれも色調の違う赤メインで露出度が高い。
「おねーちゃんが実際に着てるなら垂涎ものだけど…って、明日は見れるんだな…」
鼻の下を伸ばしたザックスに、「自分で言ったこと忘れたんですか?」とショーンが突っ込む。
「約束の時間に遅れるよ、早く行こう」
通行人の視線が気になるクラウドがザックスをせかした。
「解ってるって…クラウドの女名は前に使った奴でいいんだな?ルリ・ストライフで」
「うん」
クラウドはしきりにスカートの裾を引っ張っている。
「クラウド、気にすればするほど、視線が集中するから」
苦笑したショーンがそう言うと、クラウドは大きなため息を付いた。
「俺、もう、女性のスカートの下に夢が見られない。めくったら自分と同じのがついてそうで」
「確かにそういう場合もある。……でも、相手の承諾を得ないうちはめくるなよ」
くすくす笑うショーンに促され、クラウドは新米らしく最後尾で店に入った。
二階のオフィスに案内してくれたのは、長身の女性。ハイヒールを履いて、腰を振るようにしてスタスタと階段を上っていく。深紅のスーツを着た金髪碧眼美女に、ザックスはさっきまでのやる気の無さはどこへやらとうきうきの表情だ。
「……ザックス…モデルのおねーさんには気を付けろって言ったくせに」
「彼女は、チーフアシスタント。モデルじゃないからいいの」
ザックスはクラウドの呆れた言葉に小声で返す。
案内された部屋で迷惑そうなデザイナーに挨拶。双方ともにお座なりの握手を交わしたあと、デザイナーはクラウドにとろけそうな笑顔を向けた。
デザイナー氏は40がらみ、黒髪黒目に割とがっしりとした長身の、甘ったるい雰囲気の美男子だった。
「ずいぶんとお若い方ですな。神羅の入隊資格は何歳からなんですか?」
「16才、ネンネの上に新兵なんで、お手柔らかに。腕は確かなんで、安心してください」
クラウドへの質問に横から答え、ザックスはさりげなくクラウドを背後にかばう。
が、デザイナーはそれをさらっと無視して、クラウドへ手を差し出した。
こうなると、新米ぺーぺーのクラウドが無視するわけにもいかず、白手袋をはめたままの手を差し出す。デザイナーはそれを握りながら、にこにこと話しかけた。
「16才とは、さすが若いだけの事はありますな。実に美しい肌をお持ちだ。それに見事な金髪、蒼い目…あと10センチほど身長が伸びたら、ぜひとも専属モデルとしてスカウトさせていただきたい。お名前を教えていただけますかな」
……ここでは女性としても背が低い扱いなのか……。がっかりしながらクラウドは気を付けて声を作りながら答えた。
「…ルリ・ストライフといいます。よろしくお願いします」
「ルリ……ウータイ語でラピスラズリの事ですね。ご存じですか?ラピスラズリは金と組み合わせると一番美しさが引立つ…あなたの髪と目の色のように」
じっと見つめる目にクラウドは恥ずかしくなって目をそらした。
ザックスの女好きの方が陽性なだけマシ!こういうねっとりじっとり系の口説き方は気持ち悪すぎる。
「でも、そういうのが好きな女もいるんだよね。歯が浮くようなセリフとか」
本部に戻って弾倉への弾込め作業を手伝っていると、話を聞いたマートルはしみじみと言った。
「チョンガーは少し真似した方が良かろうな」
既婚者で今も奥さんとラブラブなスプラウトは人ごとのようだ。
「超美人のモデルなんかいいからさ〜可愛い働き者のお針子さんと仲良くなりたい」
サポートチーム先輩の一人、ケビンが期待を込める。
「でも、やっぱり美人とお近づきになりたい…でも通帳の残高が…」
これはソルジャーサードのロズ。
「脅迫の相手って、ふられた女性とかじゃないの?なんだか、誰彼構わず口説いてそうな感じ」
弾の詰まった弾倉の数を数えながら、クラウドは嫌そうに言った。自分の分は拳銃一丁分、予備弾含めて弾倉2個。銃撃戦は多分無しの予定。
ああ、でもあのスケベ男。手袋越しでも伝わってきたしめった掌の感触。普通に握ったフリして小指の先で掌くすぐってきたのは絶対に忘れない。
自分以外のサポートメンバーはジャケットの下にマイクロタイプのサブマシンガンを携行する。滅多にお目にかからないタイプの銃に、クラウドは思わず羨望の目を向けた。これをスカートの下から取り出してあのにやけ顔に突きつけてやったら、どんな顔するだろう。
「まあ、あり得るだろうな。人気ブランドデザイナーで、なかなか苦み走ったいい男だし」
バスターソードを磨きながら、ザックスは笑った。
「でもクラウド、お前を口説いたのは、『誰彼構わず』とは違うと思うぞ〜」
面白がってからかう口調のザックスに、クラウドはむっつりとしてサブマシンガンで狙う振りをした。弾倉セットしてないのは、ここで乱射したら事務局への借金が増えるだろうなという理性が働いたからだ。
ザックスは両手をあげてわざとらしいおびえの顔を作ると、「クラウド!勘弁!」と言う。
なんだかおかしくなって笑ったら、いつの間にか全員が爆笑していた。
『ちっちゃな仕事も明るく元気に完璧に』がザックス小隊のポリシーだと、あとでこっそりスプラウトが囁いた。
なんだかとてもザックスらしいと思った。