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リハーサルのため、会場のホテルに直行したその日。
モデル達に挨拶したクラウドは、なぜか一斉に冷たい視線を向けられて正直言ってびびった。
メイク前の眉毛のない大女の集団は怖い。
「ふーん…あんたが警備の人?」
「は、…はい」
神妙に答えてみる。声を作っているので、普段よりもかすれて少し高い。
「ふん、若いからって、ぶりっこしてるの?はーい、だって」
お返事は「はい」ですって習いませんでしたか、おねえさん。
言い返すともっと言われそうで黙って立ってると、隣からまた別のモデル。
「メイク、してないのね。社会人なんだからメイクくらいすればいいのに。それとも、若くてメイクの必要なんてありませんって、自己主張かしら?」
いや、そんな事ありません。単純にメイクできないんです、目の際ぎりぎりにペンシルでライン入れるなんて離れ業、俺には出来ません。
「あ〜ら、可愛い顔に傷つけて。誰かに殴られたの?男、見る目がないのかしら?」
なんかずいぶん嬉しそうですね。一応兵士ですから、訓練で着いたくらいの事は連想してください。
「ロートに取りいろうったって無駄、よ。あと10センチ身長のばしてから出直してきなさいな」
なんでそういう話になるんですか、あと10センチ身長伸びたら、女装任務なんてきっと回ってこなくなります。てか、回ってきたって、絶対にここへ出直しなんてしません!
腰に手を当て顎を突き出した大迫力ポーズのモデル達に囲まれ、クラウドは壁際に追いつめられていた。
「何やってるの?メイク、早くすませてステージに集合してちょうだい!」
救いの手が登場した。昨日案内してくれたチーフアシスタントの金髪美女。眉毛のない美女達が鏡の前に渋々戻っていく。ほっと息を付くクラウドに、美女はにっこりと微笑んだ。
「ごめんね、昨日、ロートがあなたを口説いたって話が、なぜかみんなに広まっちゃってて」
「……口説くって、挨拶しただけです…」
クラウドはげんなりして答えた。そうか、ひょっとしなくても、俺は嫉妬されていたのか。
「ロートは入れ込み癖があるの。気に入った女性がいると、徹底的に手をかけてスターにしようとするの。だからみんな自分にそのチャンスが回ってくることを期待しているのよ」
そう言って彼女はふふっと笑った。
「ちゃんと神羅軍に籍を置いて、ソルジャーと一緒に仕事が出来るほどの女性が、いまさらロートを当てにするわけないのにね。ねえ、あの黒髪のソルジャーってあなたの恋人?」
「はい?」
クラウドは間の抜けた声を上げた。
「違うの?昨日、ロートの毒牙から一生懸命守ろうとしているナイトに見えたわよ」
「…違います。お…私が新米なので気を遣ってくれてるだけです…」
いい人そうに見えても、発想はあのモデルさん達と、そうかわんないんだな…なんで、全部そういう関係に見るんだろう…普通に、友人とか上司と部下とか…。
黙りこくったクラウドに金髪美女は照れているのだと勝手に解釈し、まるで妹を見るような目になった。
「私はサリーよ。何かあったら、相談してちょうだいね」
「はい、ありがとうございます、サリー」
騙している事に良心の呵責を覚えつつ、クラウドは礼を言って会釈する。
そうやっているうちに、ゴージャス美女に変身したモデル達がガウンを羽織っただけの姿で移動を始めた。
「さ、行きましょう。優雅なショーとは違ってステージ裏は戦争よ。びっくりしないでね」
サリーは悪戯っぽい顔で笑った。
彼女の言うとおり、秒刻みで服を着替え、ヘアメイクを整えていく彼女たちの姿はまるで戦争だ。何しろ、平気で服を脱ぎ捨てては、裸に等しい格好のままでうろうろしているのだ。
――女性の身体そのものにも夢がもてなくなりそうだ…。
飛びつきたくなるような裸身をさらしたまま、大股で歩き回るモデル達に、なんだかもう恥じらうどころかマネキン倉庫に迷い込んだ気分に陥るクラウドだった。
「……お前、それ、羨ましすぎ…オレ達、さすがにモデル達の着替えの場になんて入れないし」
ザックスがしみじみ羨ましそうに言う。クラウドは、
「替わりたいなら替わってやるから、明日はザックスがスカートはきなよ」
と冷たく答えた。
「紐みたいな下着付けただけで、堂々と胸張って大股で目の前行き来するんだよ。ソレも一人二人じゃなくて。なんか服着てる方がおかしいみたいな気になってくるし、恥ずかしがってるのが馬鹿みたいに思えて、しかもみんな目つり上げて鼻息荒いし、何がうらやましいのさ」
「そりゃ、お前。おねーちゃんのヌード」
ほぼ一息に言い切ったクラウドに対し、ザックスは一言で答える。室内にいる他のメンツも同調して頷いている。
「普段は見られないモデルのおねーちゃんたちが裸で目の前うろうろしてるんだ。恥じらいが無かろうが目がつり上がってようが、おねーちゃんのヌードに勝る物はなし!」
ザックスは目をハートにしている。堂々とポーズをとり、美しくターンを決める完成した美女の姿を目にすれば、それは服の中身も気になるという物だろう。
なにしろロートのデザインは露出度が高い。半乳、半尻当たり前と来れば、いっそ全部見せてくれ!と祈りたくもなる。
「まあまあ、隊長。お子さまのクラウドには、まだ理解できないって事で」
全員がその一言で納得している様子に、クラウドはため息を付く。
セフィロスのヌードの綺麗さなら理解できるぞ!といったら爆弾発言だろうか。
でも、モデルのヌードより、セフィロスの均整のとれた身体の方が、よほど綺麗だよ、うん。
頭の中でさんざんそう主張してみるが、口に出して言えるわけでも無し、クラウドは黙ってコーヒーの用意を始めた。
ショー裏側のモデル達の姿を見て疲れたと言ったら、セフィロスはどんな反応するだろう。…やっぱりザックス達と同じ、「まだお子さまだから分らない」と思うんだろうか。
そう言えば、セフィロスの浮き名の相手にはモデルもたくさんいた筈。噂だけの相手もいるだろうけど、やっぱりあのくらい綺麗で大胆じゃないと、セフィロスの噂候補にもなれないんだろうな――。
クラウドは頭をふると、人数分の粉を計ってコーヒーメーカーにセットした。
カップを数え、黒い液体がサーバーに落ちてくるのを眺めながら、ぼんやりと考える。
――なんで、セフィロスは俺と寝るのかな――。
同じ問いをセフィロスがクラウドに発したことを、クラウドは知らない。
翌日、本番当日。
ザックスはミッションの時に着る黒いタートルネックにごつい肩当て、巨大なバスターソードというソルジャー装備でデザイナーの傍らに仁王立ちしている。
その他のメンツもそれぞれ大きな剣を抱え、これ見よがしなヘッドセットつけて「正面ホール、異常なーし」だの言っている。実際の警備はサポートチームがやってるから「ソルジャーがここにいます」の主張以外の意味はない。
スタッフジャケットを着たチームメンバーは、こちらは控えめなイヤホンマイク装備で警備本部のショーンに「三番控え室問題なし」「西通路、階段とも異常なし」と連絡。
背後関係調査中のタークスからは、特別変わった動きはなしと連絡があって、ザックスは結局の所同業者の嫌がらせか、それこそ痴情のもつれから来る嫌がらせかどっちかと見当付けた。
「おーい、こっちは問題無さそうだぜ。モデルのおねーさんの方には何か変化あるか?」
「ないよ、一応、こっちに持ち込まれたバックは全部中身改めたけど、爆発物とか刃物とかはない。爆弾探知機にも一切反応無し」
クラウドはばたばたと身支度中のモデル達を少し離れたところで眺めながら、マイクに向かってそう答えた。彼女たちも本番当日で、クラウドをいびってる暇はないようだ。
広く見せた胸元や肩口が、ライトに映えるラメやシールのタトゥーで飾られる。
隙無く施されたメイクでモデル達は人離れした美しさだ。
少なくとも、あの布地の少ないドレスの下に武器を隠すのは無理だろうな。
露出度の高いモデルの間を、スーツ姿のサリーが忙しなく動いている。
外見上、モデルに引けを取らない金髪美女は、こわばった顔にぎこちなく笑みを浮かべ、クラウドに近づいてきた。
「ご苦労様。ショーが終わったら、任務も終りね。ロートが、あなたに似合うドレスをプレゼントしたいって言ってたわよ」
「……俺…私には着こなすのは無理だと思います…」
クラウドは力無く返事した。無理、絶対無理、なんと言っても上げ底胸だし。
それを謙遜と思ったのか、サリーはふわりとクラウドの髪にふれた。
「いくらなんでも、10代の少女にあんなドレスは着せないわ。ロートはあれで、相手のイメージに合わせたデザインも出来るの。あなたにならきっと、この金髪と蒼い瞳によく似合う少女らしいドレスをデザインするわ」
「はあ…」
クラウドは困惑してサリーを見上げた。彼女はまだクラウドの髪を触っている。
「綺麗な金髪ね。……これ、天然の色よね」
「え?はい、染めてはいませんけど…」
「……羨ましいわ、天然のハニーブロンド。華やかで甘くて人目を引く。そのブルーアイも、カラーコンタクトでは出せない色ね」
「サリーも綺麗な金髪ですよ」
あまりにも誉めてくるので、困ってそう応えると、サリーは切なげに笑った。
「これは染めてるの。本当は、無難でありきたりで目立たないブラウン」
返事に詰まるクラウドに、サリーは「またあとでね」と言って、モデル達の方に歩き去っていった。妍を競い合う女性集団の中では、より華やかで目立つ物の方が価値なのかと、サリーの寂しそうな表情を見て思った。
目立たなくたっていいのに。
サリーは代わりのいない大切な仕事を任されていて、必要とされている人なのに。
目立って誰とも知らない人に注目されるより、大事な人に必要だって言われることの方がずっと大変なのに。
俺は今は必要とされているけど、それは、自分がザックス達とちょっと違う格好が出来る容姿だから。大人になって、体が大きくなって、女装なんて出来なくなっても、それでも自分は必要としてもらえるのかな。
必要としてもらえるほど、強くなれるのかな――。
クラウドの中に、ちくりとした不安がよぎる。
いつだって不安ばかりだ。強くなりたい、誰からも必要とされなくたって、それでも俺は俺だって一人で生きていける力。
自分で自分を認められるだけの強さが欲しいよ。
でも俺はきっとずっと不安なんだ。だって、認められるだけのもなんか、全然俺は持ってないんだから。
■■■
ショーは無事に始まり、盛大な拍手とともに終了した。
妨害なんて何もなかった。
「今回の作戦って、なんて名付けようかな〜やっぱり『かかし作戦』?」
「俺、サンドバックになった気もしたけどな」
ぐったりと疲れた顔でクラウドは舞台裏で蹲った。その隣で腕組みをし、舞台の上を眺めながら、ザックスは苦笑いをしている。
「ほら、元気出せよ。俺達も打ち上げパーティーに参加させてくれるって言ってたからさ。元取るくらいに一杯食おうぜ」
「俺、帰って着替えしたい。駄目?」
上目遣いで見上げられると、何を言われても「ハイ、オッケーです」と言いたくなるザックスだが、残念ながら今回は辛いことを言わなくてはいけなかった。
「……残念。デザイナーさんがさ、絶対ルリさん同席させてくださいって言ってんだよな…」
「サリーが、ロートが俺に合うドレスをデザインしたがってるって言ってたよ。もしも採寸されたら、俺が男だってばれるよ。俺、女装でモデルの裸盗み見した変態なんて、言われたくない」
クラウドの言い分は真剣だが、ザックスとしては宥めるしかなかった。
「身体には触らせないからさ、とりあえず、乾杯の時まではいてくれ。その後はさ、適当に言って先に帰してもらうからさ」
「はあ……」
ため息を付いてクラウドは立ち上がる。
「借金生活って…辛いもんなんだな…」
しみじみと言うクラウドに、駄目亭主の看板をぶら下げられたような顔つきでザックスは呻る。
「すまん、必ず借金は返すから!」
「俺、完済されるより、増える方が早い気がする」
「……不吉なこと言うなよな」
「いい予感は外れるけど、悪い予感だけは当たるんだ、俺」
「その言い方は暗すぎるぞ、お前」
「暗くもなるよ〜〜〜もういっそ、ザックス小隊全員スカート制服にしろよ。俺だけなんてずるい!」
「無茶言うなよ、俺達がスカートはいたら社会の迷惑大迷惑だぞ!視覚の暴力だ」
「俺だって、好きでスカートが似合う顔なわけじゃない」
クラウドが嘆いていると、報告をしにやってきたスプラウトが追い打ちを駆けるような事を言う。
「では、ソルジャーザックス。装備確認が終わりましたので、自分たちは先に本部に引き上げます」
「班長達、帰っちゃうんですか!」
クラウドは慌てて聞いた。
スプラウトはすがるような目をする自分の部下と困り果ててる上官の顔を交互に見て、深いため息を付く。
「クラウド……そんな暗い顔をするな。少し見方を変えて見ろ。これはボーナスミッションでもあるんだぞ」
「ボーナス?」
「そうだ、俺達の部隊はミッションごとの使用実弾数が制限されている。しかし、一度申請した実弾に関しては、未使用時の返還は義務づけられてはいない。残った弾薬はそのまま部隊にストックとして残る。今回は一射もしていないから、そっくりそのまま実弾は残っている。つまり――」
スプラウトは厳かに言った。
「次のミッション時、俺達は弾の残数をいつもより気にせず使えるというわけだ。クラウド、今回のミッションはけして無駄ではなかったんだぞ」
「はい!」
せこくささやかな成果ではあるが、女装したことにちょっとでも意味があったのだと分かりクラウドは少しだけ浮上した。
むろん、借金が残っている限り根本的な問題解決ではないのだが。
「スプラウト〜感謝」
文字通りに感謝の言葉を告げるザックスに、スプラウトはにこやかに答えた。
「借金完済宣言――ちゃんと聞きましたからな」
しばし固まった後、ザックスは凍った笑顔のままで頷いた。