夢を見た場所

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4

キッチンのテーブルに突っ伏し、クラウドはぼんやりとしていた。
なんだか、適当に遊ばれてる気がする。
しっかりしようとか、はしゃぎすぎないようにしようとか、そんな密かな決意なんてあっと言う間にどこか遠くの空の下だ。顔を見ているだけでドキドキして、何がなんだか分からなくなってきて興奮しすぎだ。
俺のバカ、そう小さな声で呟く。


本当に意識しすぎだ。
少し頭冷やして、今後のことを考えよう。
今月分の仕送りは終わったけど、冬至祭に合わせて母さんに何かプレゼントとか贈れないだろうか。入隊して一年未満でも、いくらか年末特別手当が出るらしい。
新しいコート買うくらいはできるだろうか。 そういえば、自分の分のジャケットも欲しいかもしれない。
お金の計算でもしてみよう。
椅子を引いて立ち上がったところで、いきなり壁に激突した。
いや、そこにそびえていたのは、やっぱり家主だった。 どうすればここまで固い体になるんだろう。
もしや、ソルジャーになるための処置とは、皮膚の下に鉄板入れることなんだろうか。
今度ザックスの筋肉も触らせてもらおう。
ぶつけた鼻を押さえて涙目になりながら、クラウドはそんなことを考えた。


「……お話、終わったんですか?」
「終わらせてきた」
空になったコーヒーカップ持参で書斎から出てきたセフィロスは、自分でコーヒーサーバーに残っていたコーヒーをカップに注いでいる。


むっつりとした不機嫌そうな顔に、クラウドは少し気がかりになった。
「……難しいお話だったんですか?」
「もし引き受けるとして、お前なら難題一つとどうでもいい雑用100と、どっちがいい?」
「は?」
唐突な質問にクラウドが聞き返すと、セフィロスは「オレなら難題一つの方がいい」と言ってコーヒーを一気に飲み干す。ははぁとクラウドは納得した。
「どうでもいい雑用な話だったんですね…」
「あの髭だるまはオレをメモ帳代わりか何かと勘違いしているに違いない」
「豪華なメモ帳ですね」
軽く言った途端にじろりと睨まれ、クラウドは口をつぐんだ。


疲れてるみたいだから、軽口は止めておこう――って言うか、もう俺はしゃいでるよ。


どうしよう落ち着け自分、とか考えているうちに、シンクにカップを置いたセフィロスは無言でキッチンを後にしていた。構われると戸惑うくせに、おいていかれるとそれはそれで寂しい。クラウドはもやもやした気分で頭をかく。リビングから、アナウンサーがニュースを読み上げる声がする。寝たんじゃなかったと思い、クラウドはリビングを覗いた。
ソファに座ってセフィロスはニュースを見ていた。
ニュースの中身は特別どうと言うことのない内容だ。いつも通りのウータイの駐留軍の様子。今日は地元の人間と神羅軍の交流が特集のテーマで、雪に覆われたウータイの道路を雪かきする神羅兵が写っている。一面真っ白に覆われた景色にクラウドは目を奪われた。
いつの間にかテレビの前に座り込んで雪景色を眺めているクラウドに、セフィロスが訊ねた。


「雪が珍しいのか?」
「珍しいって言うか、こんなに雪が積もっているのに空が青いのが不思議で」
「不思議なのか?」
「ニブルヘイムだと、冬の空は殆ど灰色です。雪は少ないけど雹がよく降って、山から吹く風が冷たくて、いつでも空は雲に覆われているみたいで。雪がこんなに綺麗に光るなんて知らなかった」
クラウドはセフィロスを振り返った。
「サーがいるときにも雪、降ってました?」
「南ウータイはそうでもなかったな。ウータイは縦に長いから、北と南では極端に気候が違う場合がある」
「じゃあ、ここに写っているのは北の方なんだ…すごい」
真剣にテレビ画面を見つめていると、背後から名前を呼ばれた。
振り向くと、ゆったりとくつろいでいる姿勢のセフィロスが手招きしている。


機嫌、治ったみたいだ。


ほっとして膝立ちで近づくと、そのまま膝の上に座らされた。当たり前のように抱き寄せられ、当たり前のようにキスされる。自制しなくては、というクラウドの決意はどこかへ飛んでいってしまった。こうやって求められるのが嬉しいのは、誤魔化しようがない。
何度かキスを繰り返すうちに、クラウドは無意識でセフィロスの首に腕を回してしがみついていた。


気持ちがいい。
指に絡まる長い髪の感触も、何度も角度を変えて触れてくる唇も。慣れないうちは少し気持ちが悪かった舌と舌が触れる感触も、絡みついたり吸い上げられたりしているうちに夢中になっている。もっと近づきたくて、いつの間にか自分の方からセフィロスの舌を追いかけている。


僅かに身体が離れる。セフィロスの口元が笑っているように見える。一瞬、からかわれていたのかと思ったクラウドが上目で不安そうに見上げると、息が止まるくらい強くて深いキスをされる。


(どうしてこの人は、自分みたいな子供相手にこんな事をしてるのかな)


そんな想いがちらりと頭の隅に浮かんだが、すぐに頭の中が真っ白になる。
まくり上げられたシャツの裾から大きな手が入ってきて、クラウドはぎゅっと目を閉じる。
抱き上げられて寝室に運ばれたのも認識できず、気がついたときは全裸でセフィロスに覆い被されていた。息を乱しながら目を開けると、銀髪の頭が見えるだけで表情が判らない。


俺だって触りたいのに。
サーの身体に触れたいのに、と思って手を伸ばすとすぐに捕らえられ、身体ごとひっくり返されたりして、セフィロスの身体はクラウドの手の届かないところへ行ってしまう。
背中で感じる触れるか触れないかのしめった感触は、尖らせたセフィロスの舌の先。片手で前をしごかれて、もう片方の手で後ろを撫でられて、あちこちを一度に触られて、どこが気持ちよくてどこがくすぐったくて、どこが恥ずかしいのかも区別が付かない。


ずるいよ、俺だってサーに触れたい。
固い胸とか、広い背中とか、太い腕とか、それから形を変えて大きくなるセフィロスのあそことか。身体中でセフィロスに触れていたいのに、俺は玩具の置き場を変えるみたいに好き勝手に動かされるだけで、出来ることと言ったらシーツを噛んで声が出るのを堪えるだけ。俺の中にはセフィロスがいるのに、手で探っても見つからないなんてずるいよ。
息が止まりそうなくらいにさんざん追い上げられて、目の前にいるのが誰だかも分からなくなった頃になって、ようやくセフィロスが前から抱きしめてくれた。
必死になって抱き返したけど、全然力が入らなくて、すぐに腕が滑り落ちた。
目の前は真っ暗で腕の中は空っぽ。
こんなの嫌だ。
そう言いたかったけど、目の前だけじゃなくて頭の中も真っ暗。
全部分からなくなった。




失神するように眠り込んでしまった子供を見下ろし、セフィロスは乱れた髪を掻き上げた。
悦楽の限りを味わったはずなのに、子供の寝顔は泣き疲れた後のようだ。
自分は何をやっているのかと思う。
行為の最中、子供は何度も腕を延ばしては彷徨わせていた。自分を探すように。
実際に探していたのだと思う。
セフィロスは応えてやらなかった。
ただ一方的に愛撫しただけ。


セフィロスはバスルームに行って濡れたタオルを用意すると、それで子供の身体を拭ってやった。触られて起きるかと思ったが、嫌々するように身体を捩らせただけで目を覚ますことはなかった。
汚れたシーツも替えたかったところだが、さすがにそれをすると起きてしまうかと思い、毛布を身体を包むようにかけてやるだけにした。
シャワーを浴びてガウンだけをまとってキッチンに行き、ミネラルウォーターのビンを冷蔵庫から取りだした。
ダイニングテーブルの椅子に座り、頬杖をついてセフィロスは自己嫌悪に囚われていた。


大人の腕に守られて安心したい子供の気持ちにつけ込んだ自覚はある。
その安心すら与えてやらなかった。
子供の柔らかくて甘い香りを放つ肌も、潤んだ目も、掠れたあえぎ声も、計算されていないからこそ魅惑的だ。その無意識さに焦燥を覚えた。
子供に考えさせる暇を与えず、一方的に欲しいと思う気持ちだけをぶつけただけだ。


耳の隅でインターフォンが忙しなく鳴る音がする。
耳障りでそのままほったらかしにしていたが、音が止む気配はない。
舌打ちして立ち上がると、下のフロント直通のランプが光っている。
仕方なく受話器を取ると、響いてきたのは落ち着いた管理人の声ではなく、やかましい部下の声だ。


『あーーー、やっぱりいた!居留守なんて使うなよな、旦那!』
「ザックスか、なんの用だ」
『本社の作戦事務局から泣きつかれたの!サーのサインが欲しいのに、全然連絡つかないって!明日の朝一番で提出しなきゃならない書類だから、心当たりないかって』
「知らんと言ってやれば良かろうに」
『言える訳無いでしょ~~相手はピチピチ21才のカワイコちゃんよ』
「50のオヤジなら放っておくのか?」
『当然』


情に厚いのか薄いのかよく分からない男だ。


『とりあえず、サイン!5枚分だけでいいから!』
「……わかった、解除しておくから上がってこい」
『サンキュー、すぐ行くから』
通話が切れる直前、『おっさん、ありがとう』という声が遠く聞こえた。そう言えば、電話のコードを引き抜いたままだった。PHSの電源も落としていたので直接連絡が取れずに、管理人に無理を言って所在確認をさせたのだろう。
ため息をついて着替えのために寝室に向かった。


ベッドの上では、さっきよりも身体を小さく丸めた姿勢でクラウドが眠っている。
薄い身体は毛布に完全に埋もれてしまっているようだ。
セフィロスは僅かに毛布をずらし、動かない小さな顔に手を当てた。
子供が身じろいだ。
セフィロスの大きな手を抱き込むように腕を回し、頬をすり寄せてくる。
そのままベッドに腰をかけ、自分の手を大事そうに抱えて眠る子供の顔をセフィロスは見つめた。
理由もなく動けなくなる。


小さな手、小さな身体、小さな顔。自分を見上げる大きな瞳が頭に浮かぶ。
どうすればいいのだろう。
何をどうしたいのか自分でも定かでないまま、セフィロスは悩む。
オレはどうしたいのだろう。この子供に、いったい何を求めているというのか。


セフィロスは小さく息を吐くと、名残惜しげに子供から離れた。抱き込んでいた手が無くなると、クラウドは自分の身体を抱え込むようにまた丸くなる。
ずっと寄り添っていてやりたい衝動に駆られたが、ザックスがじきに来る。
セフィロスは手早く室内着に着替え、ドアを開ける直前にまたベッドを振り返ってみた。
クラウドは丸まったまま動いていない。
音を立てないようにドアを閉め、リビングに向かった。
ちょうどザックスが音を立てて玄関ドアを開け、入ってきたところだ。


「よ、こんばんは~~」


愛想良く手を挙げるザックスの顔に、なぜか目眩がしそうになった。
眉間を抑えて目を瞬かせていると、ザックスが不思議そうに覗き込む。

「なに、寝てた?」
「なんでもない。書類はどれだ」
「あ、これこれ~~。なんか、来週使うはずだったのが、いきなり明日の会議で使うってプレジデントに言われたとかで、焦りまくって可哀想でさ」
「年末年始の警備計画書?こんなのは毎年同じだろうに。予定外のイベントさえ入れなければ、去年と同じコースだ」
「……予定外のイベント、入れたいんじゃねーの?めんどーくさいけど」
「……全くだ。あいつらの我が儘ときたら……」
セフィロスは書類をめくりながらペンを取りに書斎に向かう。
その背後で、ドアが開く音がした。


「お、クラウド?悪い、起こした………か?」


愛想良かったザックスの声が、不自然に途切れた。
セフィロスは振り向いて、本格的に額を抑える。
寝ぼけ眼のクラウドが、裸に毛布を一枚巻き付けたままの格好で立っていた。
目を丸くして固まっているザックスの姿が目に入らないのか、ずるずると毛布を引きずってキッチンに行くと、無言でミネラルウォーターのビンを冷蔵庫からだし、そのままコクコクと飲み干した。
毛布からはみ出した腕も肩も素肌がそのまま見えている。たった今付けられたばかりのキスマークも丸見えだ。
クラウドは水を飲みおえると、来たときと同じように無言でザックスの前を通り抜け、ぺたぺたと足音を立てて寝室に続く廊下のドアを開ける。
ぱたんというドアの閉まる音にザックスは我に返った。
急いで目の前のドアを開けると、目に入ったのは閉じかけのドアの内側に吸い込まれていく引きずられた毛布の端っこ――廊下の突き当たりの――セフィロスの寝室の中。


「ク、クラウド!」
ザックスはクラウドが消えた部屋めがけて突進した。





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