夢を見た場所

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5

背後から聞こえるセフィロスの制止の声を無視し、ザックスは寝室に突進した。
後で思い起こせば、よくぞここでセフィロスにぶっ飛ばされなかったものだと思う。 きっとそれなりにやましさを感じていたのだろう。
それはともかく、寝室のドアを開けたザックスは、中を見た瞬間に固まってしまった。
そうだろうとは思ったが、やっぱり認めたくなかった光景だ。


キングサイズのセフィロスの巨大なベッドの上に小さな毛布の塊が乗っていて、それが呼吸に合わせて僅かに上下している。
シーツは乱れまくりのよれまくりで、さっきまで何をしていたかは一目瞭然だ。


ザックスは小刻みに震えると、大股で眠っているクラウドのそばに近づいて毛布ごと乱暴に抱き上げた。
その動きに瞬時にクラウドの目が覚める。
パチンと音がしそうな勢いで目を開けると、クラウドは目の前のザックスの形相に、訳が分からず焦った声を上げた。


「な、なに!なんでザックスがココにいるの!」
「俺の方こそ知りたい!なんでお前がセフィロスの寝室で寝てんのよ!」
ザックスは引きつってるクラウドを抱えたまま、ドアの近くで歯痛を堪えるような顔をしているセフィロスに向かって怒鳴った。


「あんた、やっちゃったんだな!」


セフィロスは苦々しい顔のままで頷いた。
どう考えても、否定できる状況ではない。セフィロスは開き直った。




リビングのテーブルを挟み、セフィロスとザックスがにらみ合っている。
その間にぺたりと座ったクラウドは、困って2人の顔を見比べた。
当たり前だが、きちんと服は着ている。
「……コーヒーでも淹れようか…」
「いい」
「いらねーーー」
場の重さに困ったクラウドの提案は2人同時に却下された。
なんでこんな事になっちゃったんだろう。
クラウドは困り切った顔で、剣呑な気配を全身から発している2人を見た。


「……でさ、いつ出来ちゃったのさ、あんたら」
「お前と一緒に服を買いに行った日だ」
ぶっきらぼうに聞くザックスに、それ以上にぶっきらぼうな口調でセフィロスは応える。ザックスは頭に手を当てて天を仰いだ。
「なんだよ、それ!同居始めた直後じゃん、信じらんねー!俺、あんたは少年趣味ないと思ってたのに!」
「……オレも、そんな趣味はないつもりだが」
「趣味無くたって、手ぇ出したじゃん!」
ザックスはドンとテーブルを叩く。
クラウドはおそるおそるといった風に、興奮しているザックスに声をかけた。


「……俺、レイプされたとか、そんなのじゃないよ…?」
「あのなーー、この際、そういうのは関係ないの!ミッドガルの条例じゃ、16才未満の子供相手のセックスは犯罪なの!」
ザックスはびしっとセフィロスに指を突きつけた。
「俺だってな、いくら好みのおねーちゃんが脱いだパンツ片手に脚広げてカモーンしてたって、14才だって分かったらその場でパンツ履かせて家に送り届けるくらいの分別あるぞ!」
「お前の初体験も14、5だったと聞いたが、ではお前の相手も犯罪者か?」
冷静な言葉に一瞬ザックスは絶句しかけたが、すぐに目を尖らせて怒鳴った。
「それとこれとは別だろ!アンタみたいにデカイ男に突っ込まれるのと、慣れた女に突っ込むのとじゃ、話が違うだろうが!」
「年齢が問題だというのなら、違うという言い分は通らんな」
「あんた居直るなよな!クラウドはあんたの部下に当たるんだぞ!普通に考えて、上官相手に断るに断れない状況と、年下のガキ食うのが趣味の女相手に納得ずくでやるとのと同じな訳無いだろ」
「納得ずくだよ、断れなくて仕方なかった訳じゃないよ」
たまりかねてクラウドは叫んだ。自分との関係の所為で、セフィロスが犯罪者呼ばわりされるのは堪らない気分だ。


「お前な!」
ザックスはぐるっと身体ごとクラウドに向き直ると、まっすぐに視線を合わせた。
「ちゃんと、よーく考えて見ろよ。そりゃ、お前らみたいな年頃なら、サーは憧れだろ。ベッドに誘われて、舞い上がってそのまんまやっちゃいましたって事は十分あり得るさ。でもさ、お前、サーん家に間借りしてて、最初、金払うの払わないのって揉めただろ。ただでお世話になるんだから、これくらい当たり前だって、そう思いこんだって事はないのか?」
クラウドは言葉に詰まった。
それは確かに、あの時は、自分の所為でセフィロスに不自由な想いをさせたのではないかと、そう考えた。少なくとも、同居した状態でなければ、あんな関係になることはなかっただろうと思う。


うなだれたクラウドに、腕組みをしたザックスは「どうだ」と言わんばかりの顔でふんぞり返っている。そのままの勢いで、セフィロスに向き直った。
「大体にしてあんた、クラウドをこれからどうする気なんだよ。まさか、適当に遊んで、満足したら元通りの上司と部下に戻りましょうなんて、そんな都合のいい事考えてないだろうな」
「……では、どうしろと?手を出すのは駄目、途中で止めるのも駄目。お前はオレに何を望んでいるんだ?」
「だから、それを聞いてるのは俺だろ」
「一生面倒を見る誓約書でも書けと?」
「それが一番確実だけどな」
「それでお前が納得するというのならば、書いてもかまわんがな」
「俺を黙らせるためだけに書くってのなら、無しだぞ」
また2人で睨み合う。クラウドは沈黙に耐えられなかった。結局は自分が何も出来ない子供だからだ。ちゃんと自分で責任がとれる一人前の大人だったら、ザックスだってこんなに怒らなかっただろう。
自分が無力なためにみんなに迷惑を掛けているという現実は、早く一人前になりたいと願うクラウドの意地をあっさりと砕いた。


「……俺、ここ出てくから、……いがみ合うの止めてよ」
クラウドは力無く言った。下を向いていたので、その時に自分を見た2人がどんな顔をしていたのかまでは分からないし、知りたくもなかった。
「世話になってるから断れなかったんだろうって言うなら、俺がここを出てけば問題解決だろ。明日すぐに入寮手続きしてくるから、もう言い争いするの、止めて欲しい」
出来るだけ無感情に言おうと、クラウドは早口でそう告げた。もともとザックスとセフィロスは信頼し合っているいい関係だったはずだ。自分が関わったせいで、その信頼関係をぶちこわし、あげくに諍いにまで発展させたのかと思うと、いたたまれない。


「……騒がせてゴメン。俺、荷造りしてくる」
2人の顔を見ないまま、クラウドは立ち上がった。クラウドの言葉にザックスは狼狽えて視線を彷徨わせ、セフィロスは不機嫌に眉根を寄せたままソファに深く背を預けた。
その2人の横を通り過ぎて自室へ行こうとするクラウドを、慌ててザックスが引き留める。


「ちょ、ちょーっと待て!お前がそれじゃ、本末転倒だろ!」
「だって、俺がここにいて、サーと寝るのって駄目なんだろ。だったら、出てくしかないじゃないか」
「あーっと……だから……駄目って言うか……ただの遊び相手で終わらせられないようになぁ」
「遊びとか、一生面倒とか、そんなの俺考えてなかった。遊びならそれでもいいよ、どうせ先の事なんて分かんないんだし!」
そう言いきってから、クラウドは真剣なザックスの顔に気がつき、自己嫌悪に顔を歪ませた。
「心配してくれるの、分かるよ。でも、こんな事言ったら、ザックスに軽蔑されるかもしれないけど。俺、本当にそんな先の事なんて考えてなかったんだ……」


今、セフィロスと一緒にいられればそれで良かった。
その言葉をクラウドは飲み込んだ。これ以上変に拗らせたくない。


ザックスは軽く息を吐くと、顔を和らげた。
「軽蔑なんてしない。……確かにな、好奇心だけでエッチできる年頃かもしんねーし…」
「……ザックス」


向かい合って顔を見合わせている2人に、セフィロスは苛立ちが勢いよく沸き上がってくるのを感じた。これではまるでザックスとクラウドの愁嘆場だ。クラウドがあっさりと自分との関係を投げ出す発言をしたのも気に入らなかった。ここを出ていけばそれで終わる、その程度だったということか。
腹が立った勢いのままにセフィロスは拳をテーブルに叩きつけた。分厚い天然木材の一枚板で出来た天板が、ばっきりと割れる。ギョッとした2人が破壊されたテーブルを凝視してると、セフィロスが低く呻るように言った。


「つまりお前は、オレを遊び相手と考えていたと言う事か。オレではなく、お前が」
セフィロスは腕組みをすると、クラウドを挑むように見た。


「お前は、いつかはオレを捨てる気だったわけだ」


「そ、そんなの違う」
話の矛先が代わり、ザックスは口を開けて傍観するしかなくなった。クラウドは焦ってセフィロスの傍らに立つ。
「そんな、捨てるとか、遊ぶとか、考えて無くて」
「その時限りでいいというのは、そういう事だ」
「その時限りとか、そんなんじゃなくて!」
どう言えばいいのか分からず、クラウドはただ狼狽えた。


だって、一緒にいたいだけなんて言ったら、セフィロスに余計な責任を負わせることになりそうな気がしたんだ。
セフィロスは凄く魅力的で、恋人になりたい人がたくさんいて、俺がいなくたって全然問題なくて、一緒にいたいと思ってるのが俺だけだったら、負担になるだけだって思ったんだ。


セフィロスに誤解されたくない。でも、本当のことを言ったら、それこそ負担になりそうで、クラウドは口をつぐんでしまった。
 

……もういいや……迷惑かけるくらいなら、誤解されてた方がいい。
どうせ、嫌われるのには慣れてるから――それでいい。


結局クラウドは説明することを諦めてしまった。上手く自分の気持ちを伝えられるかどうかは分からないし、伝えたところでそれを押しつける事は出来ない。
鋭く自分を見つめるセフィロスの目を直視できず、クラウドは目をそらしたまま深く頭を下げた。目を見たり、口を開いたりしたら、涙が出そうだ。


「クラウド」
呼ぶ声がする。その声に逆らえなくて、クラウドはおそるおそる顔を上げた。
セフィロスが手を掴んで、自分の方へ引く。それでもセフィロスの顔をまともに見ることが出来ない。


「クラウド」
セフィロスがもう一度呼ぶ。


「質問の答えをまだ聞いていない」
そう言う声は優しい。泣いている子供を宥める父親のように。


「お前は、あの時の申し出を後悔しているのか」

独り寝したくないと言ったセフィロスへの抱き枕志願。後悔なんてしていない。
あの夜、そうしたいと思ったのは本心。
本当は離れたくない。この人の側にいたい。
クラウドは視線を逸らしたまま、首を横に振った。
そうしたら、涙がこみ上げてきた。
溢れてくるのを止められなくて、黙って首を振り続けた。
掴まれたままの手が、また引かれる。セフィロスの腕の中に。
クラウドはセフィロスの肩にしがみついた。
涙が止まらなかった。




「……なんかさ、……俺って、娘の恋路を邪魔する頑固オヤジみたいじゃん?」
セフィロスに抱きついたまま泣き出したクラウドに、ザックスは困惑したように言った。
「実際、そうだろう」
セフィロスはあっさりと返す。
ザックスは大きなため息をつくと、髪をガシガシとかき回した。セフィロスとクラウドの傍らにしゃがみ込み、顔を伏せている金髪を少しだけ乱暴に撫でる。
クラウドは顔を上げてザックスを見た。涙を湛えた大きな眼は不安そうだ。


「……ゴメン、ザックス。心配してくれたのに」
目をこすりながら謝るクラウドに、ザックスは困ったように首を傾げた。
「お前がさ、そんなんだから心配なんだよな。自分の責任は他人の責任、くらいにずうずうしけりゃいいのに」
クラウドはセフィロスのシャツの胸元を両手で握りしめている。セフィロスとの体格差の所為もあって、普段よりもよほど幼く見える。
成人ばかり相手にしていたセフィロスが、よくもまあこの小さい未熟な身体相手に勃ったものだと思うと不思議だ。


「なんかさ、言いたいこと引っ込めて我慢してるんじゃないかって思って。お前って、肝心なことは何も言わないからさ」
ザックスはクラウドの髪をぐしゃぐしゃにかき回しながらそう言った。
「先の事は考えて無くても、今はこれで満足なんだな」
少し躊躇ってから、クラウドは頷いた。
「そか、わかった。つまり、決定権はクラウドにあると思っていいんだな」
ザックスがにまっと笑う。
言っている意味が分からずにクラウドが首を傾げると、
「お前がセフィロスに飽きて出ていくって言ったら、それで終わり」
さばさばとした口調でそう答える。胡乱げにセフィロスは片眉を上げた。


「お前はオレが飽きられると、そう言いたいわけだな」
「だって、アンタ、艶聞多すぎだし。クラウドが貞操観念のある可愛い彼女欲しくなったって、仕方ないっしょ」
笑いながら言うザックスに、セフィロスは憮然とする。
少しの間ザックスを睨み付けてから、にやりと笑う。
「――では、飽きられないように、せいぜい尽くすことにしよう」
「そうしてくれ、イヤ、マジでさ」
ザックスは真剣な顔になった。
「大事にしてやってくれよな」
セフィロスは薄く笑う。2人の間の喧嘩腰の雰囲気が消えたことに、クラウドはほっとした。
ほっとしたら、一つ気になった。


「そう言えば、ザックス、なんでここにいるの?」
ザックスの笑顔が固まった。


「そ、そうだ!俺はカワイコちゃんに頼まれて、サーのサインもらいに……」
ザックスは時計を見てから、慌ててポケットからPHSを取りだした。
時間はもう深夜1時を回っている。12時過ぎ頃から10分おきに確認のメールが届いていた。最初の丁寧な文体からだんだんせっぱ詰まった内容になっていき、一番最後の6分前に届いたメールは『ザックスさんーーーーー!!!!!(;>_<;)』という強調特大赤文字、泣き顔の絵文字付きになっている。


「う、うわああああ、泣いてる!旦那、早くサインして、サイン!」
ザックスは慌てて返信のメールを打ち出した。
『目標物発見。10分以内に戻る』
簡単なメールを送信すると、30秒後に返信が来た。


『ザックスさんーー!ありがとう、愛してるわーー!コーヒー淹れて待ってるから、早く帰ってきてね!(* ^)(*^-^*)チュッ』


キスの絵文字にでれっとしているザックスに、クラウドは少し呆れた。セフィロスも同様で、頭痛をこらえるような顔で書類にサインを入れる。
5枚分確かめると、ザックスは急いで書類を紙袋に収めて立ち上がった。


「そんじゃ、俺、帰るから!おやすみーー」
「……おやすみ」
クラウドが疲れた仕草で手を振ると、ザックスはセフィロスを見てにやっと笑った。
「寝るのは良いけど、やりすぎんなよ!まだ体力無いんだから、ちゃんと手加減しろよ」
「心得てる」
苦笑しているセフィロスがそう答えると、一つ頷いて今度こそザックスは帰っていった。
いきなり静かになった室内に、クラウドは力が抜けてへたり込んでしまう。
……一体、今夜の騒ぎはなんだったんだろう。


「……騒々しい奴だな、全く」
セフィロスはへたり込んでいるクラウドをひょいと抱き上げた。
「サー」
「とりあえず、寝るか……それから、クラウド」
「はい?」
「今後は、プライベートではサーではなく名前で呼べ。ザックスの言い分ではないが、部下に強要してる気になる」
「名前って、いきなり言われても」
うーん、とクラウドは呻る。
「……俺、サーって響き、好きなんですけど、駄目ですか?」
「出来るだけ努力してくれ」
「……努力してみます……それと…」
「なんだ?」
セフィロスが先を促すと、子供はちらりとリビングを見て言いづらそうに口にした。


「……テーブル、もう使えませんね…」
「明日、いや、もう今日か……起きたら、買いに行くか」


一点物でそれなりに気に入っていたセンターテーブルだったのだが――まあ、いいか。
テーブル一つの犠牲で、代わりにはるかに良い物を手に入れたわけだし。


セフィロスは腕の中の少年を見つめながらそう考えた。





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