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「はい。まずはティーンエイジャーのたまり場!ゲームコーナー、映画館、アクセサリーショップ、ライブコーナーが充実しているショッピングモールです!」
「ちなみに、一階のオープンカフェのジェラートが好評で、毎日行列が出来ています」
なぜかそのまま行列に並び、びっくりするほど大きなコーンに盛られたジェラート片手にしたクラウドは、今度は貝で作ったアクセサリーが並ぶ露天を順に覗いている。
「ジュノンって元は漁業が盛んなところだったのよ。最近はめっきり衰退しちゃったけど」
「それでも、ちょっと離れたところに行けばけっこう綺麗な貝が見つかるから、アクセサリーや小物に加工されてるの」
マリカとユーシスが交互に説明しながら、イヤリングやネックレスをせっせとクラウドに合わせている。
「ルリちゃんはアクセサリーってあんまり興味ないの?ピアスだけ?」
マリカがクラウドの左耳に触れながら聞いた。そこには簡素な銀のピアスがはまっている。
「あ、これは……私の故郷の風習でお守り代わりなんです」
「お守りって、銀のピアスが?」
「……そうじゃないですけど…」
「そっか、大切な意味があるのは分かったわ。でも、たまにはおしゃれしても、罰は当たらないと思うわよ」
マリカはニコニコしながら、そう言った。彼女たちから見たら、年頃なのにノーメイクで指輪の一つもつけていないクラウドが不思議だったようだ。
クラウドは左耳のピアスをいじりながら、ちょっと曖昧な笑顔を作った。
心臓に近い左側の耳に邪悪な精霊が悪心を吹き込込もうとするから、それを防ぐために耳たぶに細工をしなくてはいけない、という迷信があり、母親もそれを信じてクラウドが幼児の頃にピアスの穴を開けた。
銀には魔除けの力があるとも言われているが、素材はさほど重要ではない。壊れたわけでもないのに買い替えるという発想がクラウドにはなかったので、そのままにしていただけだ。
はしゃぐ彼女たちと一緒に商品を覗きながら、一件の店の前でクラウドの足は止まった。
小さな球で出来たアクセサリーの専門ショップだった。
クラウドはその中で一対のピアスを手に取った。
翠と青の、違う色で一対になるという、変わった組み合わせの物だった。
「ああ、それ、素材が他と違うんですよ」
店主が気がついて説明する。まだ、若い男だ。妙に熱心なのは、クラウドのことを完全に女性だと信じているからだろう。笑顔が全開だ。
「それぞれ一個ずつしかないし、他の石と組み合わせると他の方が変色しちゃって、使い物にならなくなるし。それで、色は違うけど素材が同じ物同士で組み合わせたんです。色は違うけど光具合は一緒だし、ちょっと面白そうでしょ?」
クラウドは店主の説明を上の空で聞きながら頷いた。
それは小さなマテリアだった。神羅軍で支給されるような精製された物ではなく、おそらく天然の物だ。ジュノンは海底に魔晄炉が作られるほど、魔晄が豊かな場所だ。
そこで出来た結晶が砂浜に打ち上げられたのかもしれない。
クラウドは掌で微妙な波動を発している玉の表面を指で撫でた。
特別な効果を発するほどではないが、不思議なパワーを感じる。それに何より、色合いに惹き付けられた。翠の方は、セフィロスの瞳の色にそっくりだ。
「……これ、いくらですか?」
そう訊ねるクラウドの掌を、女性2人が覗き込む。
「これ、綺麗な石だけど半端物なんでしょ、まけなさいよ」
「そうそう、彼女を逃したら、絶対に売れ残っちゃうわよ」
店主は苦笑している。でも実際に店頭に並べてから数ヶ月売れ残っている品でもあったので、少し大げさな顔で数字を打ち込んだ電卓を見せた。
「3割引で1050ギル!」
「高い、もう一声!」
なぜかユーシスの方が値切りに夢中になっている。店主は渋い顔でもう一度電卓を打ち込んだ。
「900ギル!加工の手間賃考えると、これ以上は無理!」
「900ギルかぁ……まあまあかな…ルリちゃん、どう?」
「900……」
クラウドは慌てて財布を探った。と言っても、クラウド本人の所持金などもともと200ギル程度しかない。セフィロスから渡されたカードを見て、クラウドは一瞬どうしようか悩んだ。
ふっと、昔のことが頭に浮かんだ。母がくれた祭りのための小遣いを、1ギルも使わずそっくりそのまま返した時のこと。その時、母はがっかりしていたようだ。
彼女は、クラウドが好きな物を買って、楽しい時間を過ごすことを願っていたのだ。
(……サーも、そうなのかな…俺が買い物して、楽しかったって言った方が嬉しいのかな…)
クラウドは思い切ってカードを取り出して、店主に渡した。
「これ、使えますか?」
「うわ、神羅銀行本店発行の家族用クレジットカード!彼女、お嬢様なんだ!」
店主はカードを見てびっくりしていた。
「お嬢様なら、ねぎんなくてもいいじゃん」
「ばっかね〜〜その方が買い物は楽しいんじゃないの!」
ユーシスがそう断言すると、店主は苦笑しながら精算をすませ、ピアスを箱に入れようとした。
「あ…それ、すぐに付けたいんですけど…青い方」
クラウドがそう言うと、店主は少し目を丸くし、それからにっこりした。
「嬉しいね、それだけ気に入ってくれたんだ。じゃあ、外した方、残りと一緒に包装したげるから」
ピアスを付け替え、マリカが貸してくれた鏡でクラウドは付けたピアスを確認した。
意識していなかったが、青い石はクラウドの目の色とよく似ていた。
(サー、ピアス付け替えたの、気がついてくれるかな…)
似合うと思ってくれればいいなと思いながら、クラウドは包装して貰ったピアスの箱をバッグに入れた。なんだか、落ち着かないような、浮き立つような、不思議な気分だった。
「ようこそ、サー・セフィロス。お待ちしてました」
神羅軍本部でセフィロスを迎えたのは、ジュノンソルジャー部隊長のディーマンだった。
ウータイ戦の最中にセフィロスの副官を務めていた男で、サード、セカンド時代のザックスが所属していた小隊の隊長でもある。
「ザックスはちゃんとやってますか?いい男ですが、時々大雑把になるのが欠点で」
「……相変わらずだ。仕事はこなすが、大雑把さも変わらない」
「あれはまだまだ伸びます。長い目で見てやって下さい」
ディーマンはザックスの将来性を買っているので、つい甘い態度になる。
セフィロスは苦笑気味で頷いた。
「支社の方にも顔をお出しになったんですよね。どうでした?」
「どうもこうも、あっちも相変わらずだな。上はフラフラで、下の方が必死に業務をこなしている。トップダウンで命令されるのに慣れきっていて、自分たちで判断しようとしない。経験を積んだ現場の人間をもう少し重用してくれれば、よほど楽になるだろうに」
「結局、神羅はどこも一緒ですな」
ディーマンは肩をすくめる。
「それで、ウータイの方は?」
「昨年、サーが訪問したおりに立ち上げた組織が上手く作動しつつあります」
ディーマンは自分の執務室にセフィロスを招き入れると、端末に入っていたデータを大きめのスクリーンに投影した。
終戦宣言が出たとはいえ、実はミッドガルで報道されているほどウータイは落ち着いていたわけではない。
今でも各地で戦闘は続き、どさくさ紛れに侵入した反神羅組織はそれらの残党を煽って仕掛けてくる。
難民キャンプでの暴動のあと、セフィロスは駐留兵士とは別の治安維持組織を作った。
それは、ウータイ人による部隊だった。
部隊と言っても基本構成員の殆どは女性や子供。武力ではなく、戦いに飽きた女性達の心理を利用した物だ。
戦乱の中で子供を育て、男手を失ってきた彼女たちは、攻めてきた神羅はもちろんだが勝つことが出来なかったウータイ中枢に対してもかなりの不信感を持っていた。
セフィロスはその心理を逆手に取り、子供を産み育てる女性達のネットワークを駆使して、プライドから来る男達の反抗心を削ぎ、そして反抗する勢力が減れば治安維持の必要の無くなった神羅軍も撤退し、自由になれる、そう説得したのだ。
戦いに倦み、疲れていた女性達はその言葉に乗った。
これ以上、男どものプライドにつきあって、子供を戦場に連れて行かれるのはまっぴらだった。
神羅駐留軍も、女性達の密告により反乱勢力が摘発されても、「原則、武器没収と事情聴取のみで保釈。抵抗しない限り攻撃はしない。違反した者は処罰する」を徹底させることで女性達の信頼を得ることを第一の目標とした。
「あんたらが何もしなければ、あいつらだって何もしないじゃないの!あんたはあたしと幸せな生活をするのと、産まれた子供の手に銃を持たせるのと、どっちを選ぶの!」
こう言われてなお戦いを続けようとするのは、もともと戦士としての訓練を受けていた者達くらいだ。戦争末期に駆り出された男の大半は農民達で、彼らは家族との生活を守ることを第一と考えた。
ほんの狭い地域で動き始めたこの運動は、徐々に全国規模で広まりつつある。
セフィロスはほくそ笑んだ。
「女は強いな」
「強いですよ」
「彼女たちは現実的だ。反抗することのデメリットと、従うことのメリットと、その差をはっきりさせれば、より自分たちに都合のいい道を選ぶ」
「この運動はいずれウータイ首都のある北部にも広がるでしょう。どれだけ男達が徹底抗戦を叫ぼうとも、背後を守るはずの女性達が協力を拒否すれば自然と活動も縮小化する筈。ただ、問題は、神羅の上層部が横やりを入れないかですが」
「女達を味方に引き入れるメリットについては、プレジデントに直接報告してある。銃の持ち方も知らないような新兵に、1から訓練を施して前線に補充する金と手間を考えれば、女達のすることに少しの間目を瞑る方が、よほど効率がいい」
「強硬派のハイデッカーや副社長が暴走しないことを祈りましょう」
笑うディーマンに頷き、セフィロスは立ち上がる。
「これで終わりだな」
「せっかちですな。せっかくいらしたのですから、ジュノンのソルジャー達に顔を見せてやって下さい。志気が全然違ってくるんですから」
ディーマンに促され、渋々セフィロスはソルジャー達の詰め所に向かう。
その顔に、ディーマンは不思議そうに首をひねる。
「サー、顔つきが少し変わりましたか?……表情が増えたと言いますか…」
「なんだ、それは」
「いや、さっきからなんだかよく笑ってるように見えまして」
「笑っているか?特別意識はしていないが」
「ひょっとして、本命の恋人が出来たという噂は本当ですか?今回も同行させておいでとか」
「よく知ってるな」
「それはもう、おそらくジュノンのソルジャー全員知っていると思いますよ。昨夜遅く、サーが気を失っている金髪の少女を抱えてヘリから降りてきたと、報告がありましたから。どこから誘拐してきたのかと、一時騒然となったものです」
「誘拐などしておらん。乗り物酔いが酷かったから、眠らせただけだ」
憮然とするセフィロスに、ますますディーマンは不思議そうになる。
「……そんな顔、以前はしませんでしたな」
「どんな顔だ」
「駄々っ子が拗ねてるような顔」
さらりと言われた言葉に、セフィロスは一時固まった。
この男、丁重なフリして、やはりザックスの上官だっただけのことはある。自分の副官だったことはとりあえず棚上げで、セフィロスはそう思う。
変態ロリコン並みの言われようだ。オレは拗ねた駄々っ子か。
「いやいや、良いことだと思いますよ。なんといっても、いくらいい男でも、どっちかと言えばサーは悪党面ですからな。ヘラヘラしてるくらいでちょうど良いんです」
「ヘラヘラ……」
その言い方にセフィロスは絶句する。とはいえ、馬鹿にされているような気がしないのは、やはり人柄の所為だろうか。
ディーマンは本気で嬉しそうにニコニコしている。泥沼のウータイ戦の、一番酷い時期に戦場に立つセフィロスを、もっとも身近に見ていたのはこの男だ。
その男が言うのだから、当時に比べてよほど軽い印象に見えるのだろう。
可笑しくなって、セフィロスは薄く笑った。
その顔にディーマンは目を細める。
(本当に、人間らしい顔つきをするようになった)
心の底から、そう思った。
「さーて、おすすめフードは食べた。おすすめティータイムはすませた。おすすめ屋台は全部回った……あとは……」
「……ユーシス、食べてばかりよ…」
マリカのつっこみに、クラウドは静かに同意した。フィッシュサンドは美味しかったし、チーズケーキも美味しかったし、屋台のクレープもドーナツもフレッシュジュースも美味しかったけど、もういい加減満腹だ。
「ほんとは、おすすめカクテルも有るんだけど、ルリちゃん、未成年だよね〜〜あとは、おすすめディナーかな」
ユーシスはそんなつっこみなど意にも介さず豪快に笑う。
「……夕食は、帰ってからにします…から」
「ん?どこかリクエストある?」
控えめに言い出したクラウドの顔を覗き見るようにユーシスは聞く。
クラウドはちらりと顔を海に向けた。
「……海、もっとよく見たいんですけど」
「海?珍しいの?……ミッドガルって、内陸だったっけ」
「…はい…だから」
「日が暮れると、すぐ寒くなっちゃうけど……」
マリカがユーシスを見ると、ユーシスは目をキラキラさせながら頷いた。
「じゃあ、とっておきの場所に案内しちゃう。今の時間なら、一番海が綺麗に見えるわ」
2人はクラウドの手を掴んで、走り出した。慌ててついていくと、道路沿いのバス停に行く。
「時間どう?」
「すぐ来る、大丈夫」
「バスに乗るんですか?」
「うん、空港と港を繋ぐシャトルバス。ちょうどジュノン中央通りを行き来する形になってるの」
「…え?」
「空港にちょっとコネがあって、エアポートの端まで入れてもらえるの。そこからだと、障害物抜きで海が真正面に見えるの。今からなら、夕陽が沈んでいくところがよく見えるわ。ものすごく綺麗なのよ」
ユーシスはちょっとだけ自慢そうに笑った。