一緒の時間

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4

シャトルバスから降りると、ユーシスは2人を空港職員用の通用口に案内した。
警備担当の男は顔なじみらしく、彼女を見ると手を挙げて挨拶する。
「お、久しぶり。なんか用?」
「ガイドのお客さん。海が見たいっていうから」
「……あれ?」
男はクラウドを見ると、首を傾げた。「……どこかで見たような金髪」
「やーね。おじさん、いい年して、そんなセリフでナンパするもんじゃないわよ」
「ナンパじゃないよ。親父さんに、早く復帰してくれって言っておいてくれよな」
「わかった、じゃーねー」
明るく言うと、ユーシスはクラウドの手を引いて中へ入っていく。
「いや、ほんとに、どっかで見たんだって…」
男は3人の後ろ姿を見送りながら腕組みをして考え、そして「ああ」と声を出した。
「夕べ、サーセフィロスが抱えていた子だ」
顔は見えなかったが、華やかな金髪の色と癖のある毛先は覚えやすい。
「うーん、さすが、むちゃくちゃ可愛い子だったな…」と男は感動したように呻った。


あちらこちらで声をかけてくる職員達全員に笑顔で挨拶を返し、ユーシスはどんどん奥へ進んでいく。エアポートに出る通路前の警備兵に一言二言声をかけ、彼女はクラウドを手招く。マリカがニコニコしながら、クラウドを通路の先に押し出した。


「うわーーー」


クラウドは広いエアポートに声を上げた。ニブルヘイムからミッドガルに行く途中にここジュノン港を経由したが、その時はエレベーターから下に向かい、そこから長距離バスを利用したのでエアポートは見ていない。
遠くには大きな輸送機が数機停まっている。
「今日は離発着機の予定がないから、奥まで行ってもいいよ。ただし、風に煽られないようにな」
「はーい」
管制官の許しをもらい、3人はエアポートにでた。リフトを操作すると床がせり上がり、奥まで進めるようになる。
「この端!大丈夫、手すりあるから」
海から吹き抜ける風に髪を乱されながら、3人はエアポートの端に向かって走った。
到着すると、ちょうど正面に夕陽が沈んでいくところだった。雲も海も茜色に染まり、それが徐々に金色に変わっていく。
クラウドは目を見張ってその色の変化に見入った。


「……うわ……綺麗……」


やがて海はまぶしいほどの金色になり、次には金は柔らかく薄れ、藍を濃くしていく。 残光がはじける波も、静かに紺に染まっていく。
クラウドは時間を忘れてその色の変化を見つめた。
目の前には、冷たく澄んだ冬の夜空。ミッドガルでは見ることの出来ない程のたくさんの星が、白く大きく瞬いている。


「ルリちゃん、今日一番楽しそう」
隣からマリカが覗き込んでくる。クラウドは少し恥ずかしそうに笑った。
「……故郷の星空思い出して…ミッドガルはあまり星が見えないし」
「そっか、自然が綺麗な所から来ると、大都会はきついかもね。ジュノンもどんどん海が汚染されてたりして最高とは言えないけど、でもまだまだ綺麗かもね」
「うんうん」
隣で頷いていたユーシスが、突然鳴り出したPHSに慌ててバッグを開けた。


「は〜〜い、ユーシスで〜〜す」
『何脳天気なのよ〜〜こっちは大変なのよ〜〜』
「はい?」
『私よ、ジュノン神羅ロイヤルホテルのシーナ。そこにルリ様いらっしゃるの?』
「いるよ、当然。いまね〜〜エアポートから夜空見てたの〜〜〜」
不意に電話口の向こうから緊張した気配が伝わり、おろおろとしたシーナに代わって低い男の声が不機嫌そうに流れ出た。
『ルリに代われ』
「はい?えと、どちら様?」
『セフィロスだ』
「…え?えーと………えーーーーーー?サーセフィロス?神羅の英雄の?」
甲高いユーシスの声に、クラウドは飛び上がるほど驚いた。
「え?サーなの?」
「え、え??ルリちゃんのお父さんって、サーセフィロス?」
混乱しているのか、マリカがとんでもないことを口走る。
『父親ではない』
こっちの話が聞こえていたのか、明らかに憮然とした声が否定する。
『とにかく代われ』
「は、はい!」
ユーシスが目をまん丸にしたままクラウドに電話を差し出した。


「あの、サー…」
『今どこにいる。夕食までには戻ると言ったはずだが』
「あ、もうそんな時間……すみません、時間忘れてました…」
クラウドは小さくなって謝罪した。空と海の色を見るのに気を取られて、夜になった事を全然気にしていなかった。
少しの間のあと、小さい笑い声のようなものが聞こえ、幾分やわらいだ声が訊ねてくる。
『今、どこにいる?』
「エアポートです。ここから、海見てて…』
『海?』
「はい、陽が沈むところが凄く綺麗でした」
『……そうか』
その声が優しくて、クラウドはほっとした。怒っていたわけでは無さそうだ。
『今から迎えに行く。待っていろ』
そう言い残して、通話は切れた。クラウドは複雑な表情でユーシスにPHSを返す。
「サー……なんだって…?怒ってた…?」
おそるおそる聞くユーシスに、クラウドは少し困った笑みを向ける。
「迎えに来るから、待ってろって」
途端に女性2人は「ひーーーっ」と言う甲高い悲鳴とも嬌声ともつかない声を上げた。
「や、やだ!生英雄?」
「どうしよう〜〜〜お化粧直さなきゃ〜…髪型だってセット乱れてるし」
「私、バーゲンのコート着てるのよ、どうしよう〜〜」
お互いの手を握りあって、マリカとユーシスが意味無く跳ねている。興奮しすぎて、何をやっているのか分からなくなっているようで、クラウドは苦笑するしかない。


「と、とととと、とにかく!」
「サーが来るなら、いったん空港の中に戻ろう!」
空港へ引き返す間も、2人の足取りは速くなったり遅くなったり、もだえてみたりと落ち着かない。ああ、セフィロスを前にするとなると、こういう反応が普通なのかと、クラウドは今更ながらそう思う。
さすがにミッドガルでここまで興奮する人間を見たことがなかったので、ちょっと新鮮だった。
管制室近くの廊下でウロウロしながら待っていると、入り口の方からざわつく気配が近づいてくる。空港職員はともかく、居合わせた一般人が歓声を上げているのが聞こえる。
廊下の向こうから、足早に近づいてくる長身。
黒いコートの裾が翻る。軍用コート姿だ。支社からホテルに戻って、そのままこっちに来たのだろうかとクラウドが考えている間に、もう目の前に来ている。その歩く速さにクラウドは呆れた。


「サー、時速何キロで歩いてるんですか…?」
「計ったことはない」
セフィロスは生真面目な顔でそう答えると、クラウドの左耳に触れた。
「替えたのか?」
「あ、はい。綺麗なのを見つけたから……カード、使っちゃいましたけど…」
「似合っている。今日は楽しかったか」
「はい!」
クラウドは力一杯頷いた。セフィロスの顔に笑みが浮かぶ。
「そうか」という短い言葉だけれど、優しい気遣いが伝わってきて、クラウドは自分から腕を伸ばした。
抱きつくというより、抱っこを強請るような角度になってしまうのがちょっと情けない。案の定、長身をかがめたセフィロスは、クラウドの腕が首に回ると同時にその身体を片手で抱き上げた。
この片腕で抱え上げた格好は止めて欲しい気もするが、セフィロスの顔を近くで見られるようになるのは嬉しいので、クラウドはいつもジレンマに悩まされる。


「……やっぱり、ルリちゃんのパパ……?」
蚊帳の外に置かれていたマリカが小声で呟く。「違う」と否定して、セフィロスは棒立ちで眺めていた女性2人を一瞥した。
「誰だ?」
「今日のガイドをしてくれた人です。ユーシス・マックさんとマリカ・モスさん」
「ははは、はじめまして!」
「……失礼しました…」
慌てて頭を下げる二人に、セフィロスは穏やかな顔で頷いて見せた。
「ルリが世話になった。礼を言う」


「い、いえ、どういたしまして!…あの」
うわずった顔のユーシスが何かを言いかけ、マリカがその脇腹を小突いた。
「何か?」
その不自然な動きにセフィロスが問うと、マリカは急いで首を振った。
「いえ、何でもありません…あの、それじゃ、私たち」
目配せを受け、ユーシスは一瞬だけ泣き出しそうな顔になったが、結局はマリカと一緒に「それじゃ、私たち、これで帰ります。ルリちゃん、暇があったら、今度は仕事抜きで遊ぼうね」と声をかけて帰っていった。
明るいユーシスには似つかわしくない顔で踵を返していった事に、クラウドは少し疑問の顔になる。


「何か言いかけていたな、あの娘」
「……はい」
「心当たりは」
「ありません……ずっと明るくて」
「まあ、考えても仕方のないことだな」
セフィロスは抱き上げたままのクラウドの顔を見た。
「帰るか」
「あの、サーも一緒に海、見ませんか?星が写って、凄く綺麗です」
「そんなに綺麗だったか」
熱心に勧めるクラウドに、セフィロスは面白そうな顔つきになった。


「はい、出来ればサーにも気に入って欲しいくらい、綺麗でした」
「そうか、と言って見てみたい気もするが、今からではもう風が冷たい。海はホテルの窓越しに眺めるとしよう」
「……はい」
セフィロスは宥めるように笑う。
「夕陽が見える時刻にまた来ればいい。今度はオレが連れてきてやる」
クラウドは瞬時に嬉しそうな笑顔になった。その頬にセフィロスは軽くキスをする。
くすぐったい気分でセフィロスに絡みついていたクラウドは、その肩越しに見える人達の顔に急に今の状況を思い出した。ドアの影やら植木鉢の影から、じっとこっちを覗いている。
いきなり顔を赤くしてしがみつく腕に力を込めたクラウドに、セフィロスは片眉を上げた。
「どうした」
「……いえ、あの、……帰りましょうか…。その前に下ろしてください」
察したセフィロスは薄く笑うとクラウドを下に降ろしてやった。
「オレが抱えていった方が、早くこの場から立ち去ることが出来ると思うがな」
「いいんです!」
ムキになって言うと、クラウドは顔を伏せ、肩を怒らせるようにして足早に廊下を進んだ。
その姿に、素知らぬ顔で観察していた人々が微笑ましげに笑う。
セフィロスは笑って小さな背中を追いかけた。むろん、あっと言う間に追いついてしまう。
照れ隠しなのか少し拗ねた顔で自分を見上げるクラウドは、可愛らしかった。
それを口にすると余計に拗ねそうだったので、あえて口にすることはしなかったが。




「あー、やっぱり、あの子、サーセフィロスのお連れさんだったんだ」
通用口で、ユーシスとマリカは警備の男と一緒に紙コップのコーヒーをすすっていた。
「うん、びっくり」
「正面口の方、まだ賑やかだね。まだいるのかな」
マリカが廊下の向こうをちらりと窺うが、ここからでは姿を見ることは出来ない。


「ユーシス……この際どうだい?こんな機会は二度とないよ。ジュノンの事なかれ連中なんて当てにしないで、直接サーに直訴してみたら」
「……うん、それも考えたんだけど…」
ユーシスは歯切れ悪くいいながら、紙コップに口を付けた。
「マリカだって、このままでいいのかい?」
男は語りかける相手を替える。マリカは横目で自分を見るユーシスに、少し悲しげに首を振った。
「分からない。どうしたら良いんだろ」
「決めた、私、頑張ってみる!」
突然のユーシスの言葉に、マリカが目を見張る。
「だって、今更」
「今更だって、納得いかないものはいかないもの!」
ユーシスは眉をつり上げた。
「マリカだって、知りたくないの?真相を」
マリカは目を伏せた。その目には、真実への恐れが浮かんでいた。




「ほんとに、綺麗だったんですよ!海があんなに綺麗なんて、初めて見ました!」
夕食を摂りながら、クラウドは興奮気味に今日一日の事を話していた。
大きなジェラートを食べながら歩いたとか、買い物で値切るところを初めて見たとか、ザックスならば取り立てて珍しくないような事が、クラウドには全て初体験だった。
実は、セフィロス自身もそういった事は経験がない。観光目的で街を歩いた事がないので、今回クラウドを連れてきたとはいえ、自分が案内するとしたらせいぜい軍施設を見せるくらいだろう。
楽しそうなクラウドにガイドを付けて良かったと思う反面、嫉妬めいた気分も浮かぶ。
この子供をこんなに喜ばせてやったのが、自分ならば良かったのに、と思う。


「……つまらないですか?すみません、うるさくしちゃって…」
黙り込んだセフィロスに、クラウドは騒ぎすぎたと思ったのか、声を低くして謝ってきた。
その顔にセフィロスは苦笑する。
「そうではない、少し考え事をしていただけだ」
セフィロスはクラウドの頭に手を置いた。黙って自分を見つめてくる大きな瞳が、落ち着かなげに揺れる。
どうにも惹き付けられる瞳だ。 1度目にすると、逸らすことが出来ない。まるで、魅入られるように。
本人に責任はないのだが、訓練兵時代は何かとトラブルの中心になっていたというのも頷ける話だ。この瞳の表情がどう変化するか見たいがために、からんできた者も多いのだろう。


セフィロスは頭に置いた手を滑らせ、左の耳たぶに触れた。
「お前の目の色に似てるな」
指先でピアスに触れながら言うと、クラウドははにかむように笑った。
「……あの、これ、もう一個有るんですけど」
そう言って、椅子の傍らに置いてあったバッグから小さな箱を取り出す。
中から出てきたのは、クラウドが朝まで付けていた銀のピアスと、もう一つ、小さな翠のマテリアで出来たピアス。


「これ、サーの目の色にそっくりだと思って」
クラウドは翠のピアスを掌に載せた。
ライトに反射して、色が微妙に変わる。翠が濃くなったり、透明に近いほど薄い色合いになったりと、それでいて輝きは変わらない。
「変わった色合いだな」
「そこが、似てます」
愛しげにピアスを撫でながら、クラウドはそう呟く。まるで愛の告白をしているような密やかな声音だ。


「撫でるのは、本人の方にして欲しいが」
そう言いながら、セフィロスはピアスを撫でていた方の手を取った。小さな手を自分の頬に押し当て、掌にキスすると、クラウドはくすぐったげな笑い声を上げた。





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