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式典に合わせてセフィロスがクラウドの衣装として選んだのは、ミントグリーンのタイトスカートのツーピーススーツ。
胸のないのを誤魔化すためか、短めの上着は厚みのあるレースが使われている。
ホテルの中の美容室で髪のセットとメイクを施し、クラウドは軍の正装を身につけているセフィロスと緊張気味に車に乗り込む。
「……俺、おかしくないですか?なんだか、今まで着たのより大人っぽい気がする」
「髪を纏めているからだろう。似合っているぞ」
セフィロスはきっちりと編み込まれ、項のところでリボンで纏められた金髪に手を当てた。
前髪も少し上げているので、小さな顔のラインがすっきりと見えている。
少し不安げにセフィロスの顔を見上げたクラウドは、そのまま彼が着ている正装に視線を落とした。
黒のロングコートは変わらないが、胸元は閉じられて銀のラインが入っているし、布質も違う。手袋も革の黒じゃなくて、シルクの白だ。普段の戦闘用のコートを見慣れていると、なんだか変な感じだ。
「オレの方こそ、似合わないか?」
笑いながら訊かれて、クラウドは急いで首を横に振った。
「似合わない訳じゃないです。凄く似合ってます。でも、見慣れなくて」
「民間人が主催する式典でもなければ着ない服だ。オレも変な気がする」
セフィロスは白の手袋を見て首を傾げた。
本人も変だというのだから、そうとう変だ。とはいえ、このとぼけた会話のおかげでクラウドは緊張を解くことが出来た。
出席した式典自体は、セフィロスはあくまで本社役員の代理という位置づけで、支社の幹部と自治委員会の役員が交互にお世辞混じりの長ったらしい挨拶をひたすら繰り返していた。
ようやく挨拶が終わり、交流会の段階にはいると、今度は細々とした各部会の委員が要望書を直接持ってくる。
「サーセフィロス、実は、コスタ・デル・ソルからの輸入品の民間割り当てをもう少し多くして欲しいのですが」
「空港に民間機を増やしてもらえませんか?」
という、軍に関わりのある内容ならまだしも、「交通渋滞緩和のために信号機を増やしてくれるよう掛け合ってくれませんか?」などと言われると、ジュノン駐在の連中は日頃何をしているのかという気がしてくる。
「纏めて、ジュノン支社の総務にだしておけ」
面倒くさくなってセフィロスはそう言い捨てた。
「サー・セフィロス!うちの息子がソルジャーになりたいそうなんですが、推薦状書いてくれませんか?」
という男が現れるに至って、セフィロスはこれ以上会場に留まる意志を放り投げた。
「……帰るぞ」
「あの、俺も預けられたんですけど…」
クラウドは申し訳なさそうに小声で言った。その手には、休日は大通りをフリーマーケット会場として提供して欲しいとか、観光地として盛り上げるために軍でイベントをして欲しいという、他愛もない企画要望書の数々。
「……観光課に提出しておくか」
「……すみません、断り切れなくて…」
「いや、いい。提出したら帰るぞ」
ぐったり気疲れした風のクラウドに、セフィロスも疲れた顔でそう言った。
その時、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
「あ、やっぱりルリちゃんだ〜〜。こんにちは、サーセフィロス!」
振り向くと、空のグラスの乗ったトレイを持ったユーシスがいる。
「ユーシスさん、なんでここに?」
「私?コンパニオンのバイト!けっこう時給がいいのよ」
そう言うと、ユーシスは急に何かに気がついたようにトレイをテーブルに置いた。
「ルリちゃん、ここ、ファンデーションがムラになってるよ」
クラウドは顎のあたりを指さされ、驚いてその場所に手を当てた。
「……ムラ?」
「自分じゃ見えづらいものね。直したげるから、パウダリールームいこ。サー、ちょっとルリちゃんお借りします〜〜〜」
「え?あ、あの…」
断る間もなく、ユーシスはクラウドを引っ張って会場を出ていってしまった。呆気にとられたままそれを見送ったセフィロスの元へ、また陳情の男がやってくる。
「サー・セフィロス。兵舎の寝具の入れ替えをするときは、ぜひとも我が社のベッドパッドも選択に入れてもらえませんか?」
頭痛をこらえてセフィロスは言い捨てた。
「総務に言え!」
無人のパウダリーコーナーに引っ張り込まれたクラウドは、思いがけなく真剣なユーシスの顔に驚いた。
「……どうしたんですか?」
「ごめんなさい、お化粧がムラになってるって嘘」
せっぱ詰まった口調で彼女は言った。
「どうしても、内緒で話があったの。こんな事、いきなり言ってなんだって思うかもしれないけど、ジュノンの人間じゃ、信用できないの」
「……どうしたんですか」
クラウドはもう一度訊いた。ユーシスの顔は緊張のあまり真っ白にこわばっている。
「……サー・セフィロスに、ルリちゃんから話して欲しいの。去年起きた事故について、再調査を命令して欲しいって。事故として処理も全部終わってるけど、どうしても納得いかないの」
「どういう事ですか?」
「去年の夏の終わり頃、軍のパイロット候補の演習に出たへりが爆発墜落したの。パイロット候補の士官候補生は脱出して助かったけど、演習に付き添っていたパイロットはへりと一緒に海に落ちた。その候補生の証言で、パイロットの整備ミスが原因だって事になったけど、そのパイロットは必ず自分で最終チェックをすることで有名だった。整備ミスなんてあり得ない」
「……どうして、そう断言できるんですか?」
クラウドは慎重に訊いた。
「そのパイロットは私の兄で、マリカの恋人でもあったの。演習から帰ったら、マリカと映画に行くんだって張り切って出かけていった。私たちの父はエアポートの整備員で、整備の大切さをいつも口が酸っぱくなるほど言っていた。自分の身の危険に直結する、整備の手抜きなんてするわけない」
そう言われても、クラウドはその肝心の兄の人と成りを知らないのだから、死を受け入れられない身内の身贔屓とも受け取れる。反応に困っていると、ユーシスはなおも必死になって言い募った。
「身贔屓で言ってるんじゃない!最初は諦めようと思ったの、でも、その後、どうしても可笑しいことが起きて」
「どんな事ですか…?」
ユーシスは固い顔を崩さずに答えた。
「そのパイロット候補生が、最近、マリカに交際を迫ってるの。兄の葬儀の時に始めて会ったとかいってたくせに、それ以前に着ていたマリカの水着の事口にしたり、高校生の時の事知ってたり……とにかく、おかしいのよ」
事ここにいたって、クラウドはユーシスが何を疑っているのか理解できた。
「つまり、そのパイロット候補生が、以前からマリカさんのことを好きで、邪魔だったお兄さんを殺したんじゃないかって、そう思ってるんですね」
「ええ」
躊躇わずに頷いたユーシスに、クラウドは背筋が冷えるのを感じた。
戻ってきたクラウドの顔色に、セフィロスは不審げに眉を寄せた。
「ルリちゃん、疲れてたみたいです。休ませてあげた方がいいですよ」
にっこりと言うと、ユーシスは何事もなかったかのように仕事に戻っていく。
クラウドは動悸が収まらず、青白い顔で口元を押さえている。
「どうした?何かあったのか」
低く問われ、クラウドはどう答えればいいのか混乱していた。
――今言われたこと、そのままセフィロスに言っていいのだろうか。
戸惑うような視線に、セフィロスはその場で聞き出すことを止め、肩に手を回して会場からクラウドを連れ出した。
「少し、静かなところで休んだ方がいいか?」
「えと……」
ロビーでそう言われ、クラウドは少し考えて首を振った。
「ホテル、一度戻っていいですか?」
「……そうだな。どうせ、着替えなくてはいけないし」
無言のまま車に乗り込み、ホテルに戻る。
セフィロスは無理に聞き出そうとはせず、何か思惑ありげな目をクラウドに向ける。部屋に戻ると、クラウドはとりあえず服を着替えるからと寝室に向かった。
この後出席するパーティーはメンバーに若手が多いと言うことで、明るめのクリームイエローのワンピースが用意されていた。滅入った気分で見ると、その優しい明るい色が妙に白々しく見える。
髪型も変えなきゃいけないんだろうかと、今着ている服と全くシルエットの違うワンピースを見ながら思う。
女の人って面倒くさい。外出するたびに、服や化粧やたくさんの下着を身につけて、武装しているみたいだ。
そうやって、煌びやかに完全武装した彼女たちは、いったい何と戦っているんだろう。
着ていたスーツを脱ぎ捨て、ワンピースを手にしたところで、セフィロスが入ってきた。
「サー」
「後ろのファスナーが上げづらいだろう。手伝ってやる」
「1人で出来ます」
そう言うと、セフィロスがくすっと笑う。
「今断って、『上手くできない』とあとで泣きつくのは体裁が悪いぞ」
クラウドはぐっと詰まった。確かにハイネックのワンピースのファスナーを、後ろ手で上げるのはきつい気がする。
「……あんまり、じろじろ見ないでください」
視線を気にしながら服を身につけると、クラウドはセフィロスに背を向けた。
「上げてもらえますか」
口角を上げた笑みの形を作ると、セフィロスは歩み寄って背の中程までファスナーを上げ、そこで手を止めた。眼下にシルクの下着と、真っ白な背中が見える。
「……下着はちゃんと身につけているんだな…」
背後からの声音にクラウドはぞくっとした。こんな昼日中から、そんな声出さないで欲しい。
「……フォーマルな服だと、やっぱり、それ用の下着着ないと、変な風に見えるから……」
声が上擦りそうで、クラウドは息を潜めるように答える。
クラウドはストンとした形の長めのスリップを身につけていた。内側に厚めのパッドがついていて、ブラジャー無しでも多少は女性的なラインに見える。
その胸元に、長い指が滑り込んできた。
すぐ後ろに、セフィロスの気配がある。ぞくりと背が粟立つ。項に息がかかり、クラウドは振り返ろうにも出来ない状況になる。
「サー…こんな時に悪戯止めてください」
「さっきの娘と、なんの話をしていた?」
「…は?」
「ただ、化粧を直しに行った訳ではあるまい。お前を女だと思っているのなら、愛の告白をされた訳でもないな。察するところ、何かオレに口を利いてくれとでも言われたか?」
ドキンとして、とっさにクラウドは振り返った。
案の定、すぐ間近にセフィロスの顔がある。面白がっているように口元が笑っている。
「図星だな。で、何を言われた?」
「あの……凄く、プライベートなことで…」
「ほう?オレへのプロポーズか?」
「いえ、あの……わ!」
言い淀んだクラウドはひっくり返った悲鳴を上げた。胸元に入り込んだ手が、いたずらに敏感な場所をつまみ上げる。
「や、止めてください!」
「話したら止めてやる。1人で陰気な顔をされると、気になって仕方ない」
後ろからぴったりと密着され、耳元で囁かれ、あげくに手は直接肌に触れてくる。
クラウドは全身真っ赤になった。嫌でも息が上がりそうになる。
「だって、その」
「だっては無しだ。言うか、言わないか」
「言います、言いますから、止めてください!」
クラウドは悲鳴じみた声を上げた。胸を触っている方とは別の手が、スカートをまくり上げて脚を撫で始めたのだ。指が内股にのび、焦らすような微妙な動きをする。
これ以上やられては、腰砕けになったあげくに服を汚してしまいそうだ。
「素直だな、残念だ」
「俺は残念じゃないです!」
セフィロスが手を放すと同時に、クラウドはバスルームに駆け込んだ。
「手伝ってやろうか」
「いりません!」
ドア越しにかけられた声に、クラウドは涙声で言い返した。
なんで、これから出かけるという時に、1人で始末をしなくてはいけない羽目になっているんだ。とはいえ、セフィロスの手なんて借りたら、完全に腰が立たなくなって出かけるどころではない。だいたいにして、これから出かける場所はセフィロスの付き合いであって、自分の用事ではないのに。
その辺、自分の律儀な性格が恨めしくなるクラウドだ。
むかっ腹を立てた顔でバスルームから出ると、セフィロスがニヤニヤしている。
「オレも鎮めて欲しい物だが」
「全然必要ないでしょ!どうせからかっただけのくせに!」
クラウドは全く平常通りのセフィロスの下半身を睨む。
「そんな言い方をされるとは悲しいな。では、今から本気になるか」
「ならなくていいんです!」
クラウドは慌てて怒鳴った。また涙声になりそうで、その事に泣けてきそうになった。
セフィロスはくすくす笑いながら、中途半端な位置で止まっていたワンピースのファスナーを引き上げる。ハイネックのホックまできちんと留める指先の感触に、本気でこんちくしょうな気分に陥るクラウドだった。
いい加減に疲れたクラウドは抵抗する気力もなく、ユーシスから言われたことをそのままセフィロスに伝えた。
話を聞いたところで、実行してくれるかどうかはセフィロス次第だ。
ただ、セフィロスはソルジャー全部を統べてはいるが、軍全体の総括はあくまでも治安維持部門のハイデッカーになる。ジュノン基地にはジュノンの部隊長もいる。
すでに処理の終わっている事故の再調査など、セフィロスの権限で行わせることが出来るものなのだろうか。組織の手続き上、最初から無理な事なら、変にセフィロスを煩わせるようなことは伝えたくなかったのだが、結局話している自分の馬鹿さ加減に少しだけクラウドは情けなくなる。
もっと上手く取り繕うか、自分で対応できるくらいの能力が有ればいいのに。
話を聞き終えたセフィロスは、顎に手を当てて少し思案下だ。
「……状況がどうもはっきりしないな。身内が疑心暗鬼に陥っているだけにも聞こえる」
「はい……だから、俺も伝えて良いんだかどうだか」
「まあ、いい。そのパイロット志望の士官候補生の名前を聞いていたか?」
「は、はい。たしか、スモーク・グレイとか…」
「グレイ候補生か。今夜のパーティーにも出席しているかもしれないな。その疑惑の相手を見てからでも、遅くはあるまい」
クラウドは、少し首を傾げた。
「……再調査……可能ですか?」
勢い込むクラウドに、セフィロスは僅かに首を振る。
「ハッキリとしない内容で、再調査を命じる権限はない。ただ、本人の素行に何か問題があった場合は、別件で調査を命じることが出来る。一応、士官は神羅の顔になるからな」
「……そうなんですか」
「いくらオレでも、すでに調査終了して問題無しと判断された事故に文句を付けることはできん」
「……そうですよね…すみません」
「謝ることはない」
消沈してしまった少年の頭を撫で、セフィロスは薄く笑う。
「納得いかないのならば、個人的にオレが調べてやってもいい。とりあえず、その問題人物の顔を見に行こう」
クラウドは頷いた。